第6話 サシュウ
サシュウは思いつめたような表情でうつむき、自分の身の上を話し始めた。
「零獣症、と言ってね。透明になり見えなくなる病気なのよ。歳をとるごとに透明化する時間が増えて、17歳になってからは誰も私を見ることができなくなった。18歳になるとこの世界から消滅しちゃうんだって」
俺は彼女の告白に衝撃を受けていた。そうか、それならば今までの奇行に合点がいく。
「生まれたときから零獣症でね。お医者さんでもわからない謎の病気だったの。お父さんが必死になって病気の正体を探して大昔の文献に載っていたって言っていたわ」
ため息をつき、辛そうな表情するが語り続けた。
「お母さんは私が子供のころに死んじゃって、冒険者だったお父さんは零獣症を治す手掛かりを探していた。たまに私も一緒についていったから、少しだけ強くなったのよ」
「ある日お父さんが「治せるかもしれないぞ!」と喜び勇んで帰ってきた。「お前は家で待っていろ」と言って家を飛び出して……。しばらくして死んでしまったという連絡が入ったわ」
何も答えられず、ただただ彼女の言葉に耳を傾ける。大切な人を失い、彼女もまた最後には消滅。かける言葉がみつからなかった。
「それから私一人で、零獣症を治す方法を探したんだけど、お手上げだったわ。最後は良いことをしようと思って、冒険初心者をこっそり手伝っていたの」
「そんな時あなたがやってきた。17歳になってから初めて私を見つけてくれた人。とってもうれしくて……」
小さく体を震わせ彼女は涙を流す。
彼女が泣き止むのを待ってから、俺は答えた。
「……俺にできることがあれば協力しよう。今から街に帰ってギルドに報告してくる。その間宿の部屋で待っていてくれ」
俺の提案を聞き入れ、湖で顔を洗ったサシュウと共に街へと戻った。
街に戻るとちょっとした騒ぎになっていた。岩山が吹っ飛んだんだ。そりゃこうなるか。サシュウを宿泊している宿屋の部屋へ通し、ギルドへ向かった。
「レオンさん、大丈夫でしたか!?」
焦った様子のアミリア。ギルド奥の小部屋へ俺を案内する。待っていると、あわただしく通路を走る音が聞こえ扉勢いよくが開かれる。戦闘準備を整えたメルツが入ってきた。
「無事か! レオン君!」
「ええ、何とか……」
その後一通り説明を終え、一緒に受付のある部屋へと戻る。そこには物々しい武具を身につけた冒険者たちが並んでいた。
「クリス湖にイーブル族があらわれた! これより討伐へ向かう! レオン君の仇は俺たちでとるぞ!!」
オー!! と冒険者たちは掛け声を上げ、続々とギルドから出ていく。有無を言わせぬ気迫がそこにあった。あ、俺は死んでないけどね。
薬草のクエストはイービル族があらわれたことにより、消滅。ギルドでマリスコアを買い取ってくれた。
宿屋に戻りサシュウの隣で考えを巡らせる。零獣症というくらいだから零獣なら何か知っているだろうか? 聞いてみよう。
(極炎竜皇よ、聞こえているか)
『ふむ、なんじゃ主よ』
(零獣症という、人が零獣のように見えなくなる病気があるんだが何か知っているか?)
『……聞いたことないのぉ。そもそも零獣は基本何者ともかかわらない存在じゃからな。人族のことに関してはさっぱりじゃ』
(そうか、ありがとう)
うーん、手掛かりなしか。他の方法を考えよう。目を開けるとサシュウが、心配した様子でこちらの顔を覗き込んでいる。
「今零獣と話をしていたんだ」
「え、私が見えるだけじゃなく零獣とお話まで出来るの!? やっぱりすごい人だったんだね、レオンさんは」
何かに納得した様子でウンウンと首を頷ける。ワビ石を取り出し、何かあるかなと画面を操作する。彼女のステータス画面を眺める。
ん? これは――
「……君を助けられるかもしれない」
「ほ、本当!!?」
彼女を助けられるかもしれない方法、それは。
『キャラクタークリエイト』
キャラの姿かたちを自分の思い通りに変更できるシステム。ゲームの説明では『転生する』と表現されている。転生を行うとクラス、スキルが一新され、レベルは全て1となる。元々初期キャラたちが、追加されるキャラ達より弱かったため救済処置として導入された。
彼女を救うことができるかもしれない。しかし――
「転生をすることになる。意識、姿形をそのまま維持できるが、転生後の君は今の君とは別人となる。それでも零獣症が治らない可能性はある」
彼女は眼を瞑り考え込む。
「スゥッ」
やがて眼を開き決意に満ちた眼差しで俺を見つめる。
「やるわ。正直転生ってのはよくわからないけど、お父さんが必死になって守ろうとしたこの命、無駄にはしたくない」
コクリと彼女がうなづく。もし失敗しても彼女の最後の時まで一緒にいてあげよう、そう心に決めた。
「わかった、では転生を始める」
転生を選ぶと『キャラクタークリエイト』の画面が表示される。名前、姿かたちはそのままにして実行を選ぶ。「本当に転生しますか?」と通告が来た。おれは「はい」を選ぶ。
「キューーン」
彼女の体が輝き始める。髪が上に沸き上がり、見ていられないほどまばゆい光を放つ。やがて光が収まり彼女のステータス画面を見る。レベル1スキルレベル1。転生は成功だ。
「終わったよ。零獣症が治ったかどうか、下に降りて試してみよう」
一緒に宿屋一階に降りると、夕飯時なのかお客さんでごった返していた。
「あれレオンちゃん、女の子連れ込んでたのかい! 若いっていいわねぇ!」
いやいやと、手を振り彼女の部屋を借りることにした。なんだい一緒に寝りゃいいのに! とぶつぶつ言いながら彼女に部屋のキーを渡す。一旦俺の部屋へ戻った。
「治ったのかな? まだわからないけどとりあえず今は見えるようだね」
「ありがとう、本当にあり……がとう……」
感極まったサシュウは俺に飛びつくように抱き着き、声を出し泣き始めた。
俺も涙が頬を伝った。