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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー

ヘソ

作者: 瑞月風花

参加表明を見て覗いて下さった方がいたらすみません。全然違います(汗)そっちの方も目下執筆中ですが……


 王様が一人、世界中を治めていた。王様の治める世界はとても平和で、彼が治めた国々は、どれだけ争いが盛んだった国でも平和になってしまうのだ。人々はそんな彼のことをとても尊敬し、神のように崇めていた。


 しかし、そんな国の中にも平和とは程遠い場所があった。それは、『ヘソ』と呼ばれる洞窟だった。ヘソの中には邪悪な物がたくさん棲んでいて、町を襲ったり、村を滅ぼしてしまったり、旅人を食ってしまったり、生贄を求めたりもした。その度に人々は恐怖に慄き、眠れぬ日々を送っていた。王様はそれをたいそう悲しんでいた。


 ヘソは、その名の通り国の中心に位置しており、その国の人々にほぼ平等に恐怖を与え、どの国にも存在した。王様が治める国が一つの時は一つ、二つの時は二つ、三つの時は三つ、というように。全世界を治めてしまった今は、ヘソの存在しない場所なんて存在しなかった。


 ヘソの中は、どこも腐敗臭に塗れていて、その入り口近くに立つだけで失神してしまう動物や人がいるくらいだった。だから、たいがいの人はそのヘソに近付こうとしない。風の強い日や天候の悪い日は、ヘソの奥から唸り声とも聞こえる轟音が響いてきて、それにこだまするように野良犬や狼達が遠吠えをした。入り口近くにはいけ好かない黒い油虫や百足、蛆がたくさん湧いており、その天井には蝿や蛾が飛んでいた。その上、その中には確実に人間の屍が転がっていることだろう、人々は噂していた。入ったが最後、そこは黄泉の世界に続いているのだと。


 誰が言い出したのか、誰も見たことのない噂が流れ始めた。


「洞窟の奥の奥には、世にも恐ろしい魔物が棲んでいて、暗闇の奥にぽっかりと空く穴のように目を光らせているらしい。そいつの好物は人間で、洞窟内は消えた人間の骸で溢れているんだ。その口は人間を丸呑みできるくらいに大きく開かれているらしい。一度入ったら出てこられない」


そんな邪悪なものを放っておけば人々は不安で仕方がないと、王様は何度も自分の兵を隊列を組んでヘソへと送り込んだ。しかし、誰も戻ってこなかった。ヘソの魔物は調子付いて、村を襲うことも多くなってきた。王様は困り果ててお触書を立てた。


 世界中、至る所に。


 御触れ

 兵求む。我こそはと思う者はヘソへ行き、邪悪な者の首を取ってくるように。この世を救ってくれた勇者には褒美を与ふる。


 腕に覚えありの(つわもの)どもが多数集った。中には女、まだ子どもにしか見えないものもいた。欲深い者、正義を信じる者、名声を得たい者、賞賛されたい者。思いはそれぞれだったが、ヘソへ向かった誰もが戻ってくることはなかった。


 勇者達が帰ってこなかったその度に王様は嘆き悲しみ、その家族には多大な慈しみを与えた。いつまでたってもヘソの憂いの晴れない王様に人々は同情した。そして、いつしか、噂が追加された。


「王様に世継ぎができないのは、あの呪われた洞窟のせいだ。ヘソの魔物は王様を呪っているんだ」


 王様には誰よりも賢く、誰よりも頼りになる兵隊長がいた。王様の右腕である兵隊長は王様の相談役でもあり、王様を守る剣であり盾であり、王様よりも政治に長けていた。その兵隊長が王様に申し出た。


「私が、あのヘソの魔物を仕留めてまいりましょう。そうすれば、王様にも待望の御子が授かるやも知れません」


王様は彼にやめるように進言した。しかし、彼はやめようとはしなかった。その頃兵力のほとんどなかった王様は、何もできないささやかな餞別として彼に皮の鎧を与え、国一番の鍛冶屋に彼の剣を鍛えさせた。彼は深々とお辞儀をして王様に帰還を誓った。


 ヘソの中は噂通り、臭くて仕方がなかった。耳元には蝿の羽音が常に鳴り響き、鼻には腐敗した水や、生き物の臭いが付いて離れることすらなかった。それでも兵隊長である彼は歩みをやめなかった。彼はただ、王様のためにどうしても役に立ちたかったのだ。洞窟は思いのほか深く、湿気ていた。彼はぬかるむ足下をしっかりとランタンで照らし、足を取られないように気を付けて進んだ。もし、うっかり転んでしまえば本当に進行方向が分からなくなってしまう。それほどにヘソの中は暗闇に支配されていた。不意に何かを蹴っ飛ばした彼の顔が顰められた。ランタンの光に映しだされたものは、まだ半分ほど、苦しみの表情を留めている腐りかけた頭部だった。(かたわ)らには、喰い散らかされたあばららしき骨が散らかっていた。そして、獣の匂いが彼の鼻に微かに臭ってきたことで、彼は王様からもらった剣を抜く。そうして、体を翻し、その何かを叩き落とすようにして斬り付けた。「キャイン」と鳴いたそれは地面にどさりと身を落とした。犬だ。中型犬くらいの野良犬。そして、彼は初めて自分の背後にいる犬の群れに気が付いた。自分の感覚がこの強烈な臭いにやられていることにやっと気が付いた彼は、初めて恐怖を感じた。


 それでも、彼は歩みをやめなかった。彼の背後からはさっきの野良犬の群れがずっと様子を覗きながら付いてきていた。しかし、彼には王様から頂いた剣があり、鎧があった。だから、野良犬の十頭、二十頭なぞに対して怖じ気づきはしなかった。彼自身、自分の腕が世界で一、二を争う物だと言うことをよく知っていたということもあるし、熊相手でも負ける気がしなかったのだ。おそらく、さっきの腐りかけた者もこの臭いの元になっている者達もあの犬の襲撃にやられてしまったのだろうと。だから、自分は必ずや王のために憂いを取り除けると、ランタンの光を更に洞窟の奥へと伸ばした。


 しかし、彼も戻ってくることはなかった。

 

 王様は大切な親友を失ったと、一昼夜泣き明かした。そして、彼を盛大に弔った。彼の家族には多大な褒美が与えられ、彼には過去に与えられたことのない最高級の位が与えられた。


 ヘソは世界の中心に、しかし至る所に存在した。王様が世界を治めていた七十年間。世界は本当に平和その物だった。命を奪い合う人間も存在せず、反乱を起こそうとする人間もいなかった。争いのない理想の世界だった。偉大な王様は天命を全うし、息を引き取った。世界中は悲しみに暮れ、お后様は毎日泣き続け、王の崩御一ヵ月後、その後を追うようにして静かに亡くなられた。世継ぎのいなかった世界は希望の太陽がなくなってしまったかのように、絶望に満ちてしまった。


 絶望は混乱を招いた。最初は些細ないざこざだった。嘘をついたとか、ぶつかったとか。いつもは、それを解決する王様がいたために大事には至らなかった。王様の決定は優しく、平等で、皆に納得がいった。いや、本当にそうだったのだろうか。誰もが王様を悲しませたくなかったから、納得していたように自らがそれぞれの意見を抑えていたのかもしれない。


 人々は隣人を信用しなくなり、疑い、騙し合いが日常茶飯事になっていった。そして、一つだった世界が二つに割れ、三つに割れ、十に割れ、数百に割れてしまった。たくさんの争いが勃発し、殺し合い、牽制し合い、自分達の領土を守るため、領土を増やすための戦争が起きるようになった。さらには相手に情報を洩らさないために同じだった言葉さえ、違えるようになった。境界を作り、塀を作り、それぞれに法を作り、兵を持つようになった。同じ法の下にない者は厳罰に処された。


 人々が、人々を殺し合う世界だ。


 こんな世界を王様が見れば、きっと嘆き悲しんだことだろう。されども、その王はもうどこにも存在しないのだ。


 何百年という月日が過ぎた。人々は王様の存在も、『ヘソ』の存在も、魔物の存在すら忘れ始めていた。


 とある国の衛生局が、気持ちの悪い洞窟の噂を聞きつけ調査にやってきていた。気持ちの悪い音がする、気持ちの悪い虫が蠢いている、気持ちの悪い臭いがする、何とかならないか?


 確かに風が洞窟内に響いているようで、何かが唸るように地響きを立てて洞窟から噴き出していた。そして、驚くことにその風には神経性の毒性があるようで、目がチカチカしたり、朦朧としたり、吐き気さえも催した。


 衛生局は五人のチームにガスマスク、防護服を着せ、銃を持たせた。そして、洞窟の入口近くにある木にロープを縛った一人がサインを送ると、残りの四人が中へ入り始めた。


 中は腐敗臭に塗れていた。ガスマスクなしでは歩み進めることなど到底できないはずだ。三日三晩の間彼らは進み続けた。ちょうど水も食料も半分を切った頃、泉が現れた。その向こうには太陽の光を浴び、眩しいくらいに輝く金色の(さかずき)があった。それほど深い泉ではない。水は澄んでいて水底(みなそこ)の岩肌が見通せるほど。今まであった景色には全くそぐわない、まるで地獄から天国へとたどり着いたような心持ちにさえなる。


 そして、先頭の一人がその景色、その奥で輝きを放つものに魅了された。彼は夢心地でそのまま泉に足を突っ込もうとした。しかし、後ろの衛生員が彼を止めた。


「見ろ。この水。何の生き物もいない」


「あ、」


澄んだ水はあまりにも奇麗過ぎて、全てを死に誘う。衛生員が落としたハンカチが水に溶けて消えてしまう。毒なんかよりもずっと恐ろしい。全てを梳かす魔法の水。


「硫酸か何かか?」


「さぁ、調べてみなければ分からないが、危険だ」


その向こうには目映い金色の杯が据え置かれていた。



 勇者は迷わずにその泉の中に足を踏み入れた。金の杯に目が眩んだのではない。あれを手に入れなければ終わらないと感じたのだ。勇者はどこか嫌な感覚を覚えながら、一歩、そして、一歩と歩み進めた。泉は三歩進んだところから急に深くなった。そして、勇者の肩の高さまで水が上がってきた。その時はまだ気づいていなかった。全身に纏っていた皮の鎧のおかげで最初は沈んでいく自分が溶けているとは全く思っていなかった。勇者はその杯に手を伸ばした。もうすぐ指が触れる。指がしびれる。痛みとしびれが全身に回ってきた。もう既に意識が痛みにしか反応できない。痛みと強烈な渇きが彼に襲いかかってきていたが、それでも無我夢中で指の先にある(さかずき)に刻み付けられた文様を見た。諸悪の根源たる者。勇者の目は血走ったまま見開かれ、その文様が彼の脳裏に刻み付けられる。


『蜘蛛の文様』


勇者の体躯は崩れ、泉に呑み込まれた。



 若かりし王様はお妃さまの薬指に永遠を誓った。お妃さまが金の指輪に刻まれた文様を不思議そうに眺めた。


「蜘蛛ね」


「この国の象徴の虫なんだよ。神の使いにも悪魔の使者にも例えられる蜘蛛。朝と夜で顔を変えるんだ。だけど、太陽のような君がいてくれれば、僕はずっと神の顔でいられると思う」


お妃さまはにっこりとはにかんだ。


「太陽みたいだなんて」


きっと幸せに満ちた日々が待っているに違いない。お妃さまは王様の手を握りしめた。


 

最後まで読んで下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人間には陰陽備わっているのが普通なのですから、王様に明るい面しか表れていないのであれば、必然的に「あったはずの」暗い面がどこか(ヘソ)に押しやられて歪んでいる、ということなのでしょうね。 …
2019/05/04 21:21 退会済み
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