04 出立
カロンは、翌朝戻ってくるなり、母の形見についていくつか言及した。二つの指輪と水筒はカロンが与えた猟刀と同じ魔法具だというのだ。気付かなかったことを告げるとまだまだ注意力が足りないと笑われた。同じ魔法具でも、一目でそれとわかるもの、実際に使ってみなければわからないものがあるのだという。
青い指輪には、持ち主から危険を遠ざける魔法が、翠玉があしらわれた指輪は解毒の魔法がこめられており、どちらも腕のいい魔工師によってつくられた魔法具だと養父はいった。
問題は水筒でこれは、岱陸東方のひょうたんという植物から作られた魔法具だが、持っているだけで水が内部に溜まっていき、なおかつその鮮度を保つ能力があるという。いわゆる金ではかえないしろもので、決して他人にこの魔法具の力を知られてはいけないとカロンはヨナに強く警告した。
どうやらヨナの母親はかなりの訳ありだったようだ。
そして、カロンからもらった猟刀は、火の魔法がこもっているらしい。
「そいつを持っていれば、とりあえず種火には困らんし、凍え死ぬ心配もない。だが人前でみだりに使う文でもない。普段は今使ってる古い猟刀を使うんだな。ただし、出し惜しみをしろってことじゃない」
他の魔法具も含めて上手く使え。
そういうとカロンはさっさと旅支度をはじめるよう急かした。
霧越えの儀へ出立する前にするべきことは多い。保存食を自前で要しなければならず、弓矢や猟刀、衣服やホロ(マント)の手入れを行い不備がないようにしなければならない。いくらか溜め込んでいた食料を仕分けたあとヨナはジルダに霧越えの儀をを行うことを伝えるためにでかけた。
ジルダはヨナが霧越えの儀を行うことを話すと喜び、ありがたいことに山羊の乳を発酵させて作る乾酪を分けてくれた。
「うらやましいぜ。王国は美人が多いんだってよ!」
「贅沢なこというなよ」
ジルダの家は家畜を多く持っていて集落でもかなり裕福な家だ。そしてジルダは長男で性格もいい。当然女衆からもてる。ヨナは拾われた子供で、親族はいないし、養父は変わり者で通っているものだから多少狩りの腕がよくても興味すらもたれない。過酷な環境の中では異性を見る目は合理的で現実的になるものだと、チャガ山脈の少年たちは幼いころに思い知らされている。
ちょっといいなと思っていた女の子がジルダに秋波(色目)を送っていることを知っているヨナは満面の笑みをジルダに向けた。
「ヨナさん、目が笑ってないですよ」
おもわず敬語になるジルダ。
そのあと、空を見上げながら言った。
「でも、やっぱり、うらやましいぜ。おれは白峰の矢をもらっても、親が許さねぇと思うから一生外の世界をみれないかも知れない」
ジルダは、ため息をついた。
「ヨナは、王国についたらどうするんだ。騎士とか目指さないのか」
「カロンが言うには騎士は族長筋の人間が選ばれやすいらしい」
「マジナみたいなやつか」
「親族が多いし、チャガ山脈で力を持ってる家のほうが都合がいいってことかな」
「結局家柄かぁ」
血筋や家柄は、どんな場所でもついてまわり、本人の意思とは関係なく結果に大きな影響を与えるものらしかった。
そのあとたわいのない話をいくらかしたあとにジルダと分かれた。ジルダは午後から学び舎で獲物の解体を年少組に教えなければならないようだ。
ヨナは小高い丘に登り、しばらく集落を眺めた。村人が畑の手入れを行い、遠くの斜面で牧童が山羊を引き連れて世話をしていた。この光景を見るのはこれが最後になるかもしれないとなんともなしに思った。
出立の朝、空が白み始める前にヨナは目を覚ました。すでに用意してあった軽い朝食をすませ、旅装を調えた。
身支度をすませたヨナは、十四年あまり過ごした平屋の中を改めて見回した。炉のそばで養父が寝入っている。別れの挨拶は必要ないということだろう。
ヨナは養父に頭を下げ、出て行った。静寂を取り戻した部屋のなかで炉の熾が赤い光をわずかにともしていた。
棚田の畦道を通り抜け、外壁に沿って進んでいくと、しばらくして北に領門が見えてきた。すでに数十人を越える数の人間が集まっており、霧越えに参加する子供とその親族のようだ。何組か母親らしき人が子供と抱き合っている。ヨナは少し離れてその様子を眺めていた。しばらくすると、マジナが二人の男を伴ってあらわれた。マジナより一回り大きな身体をもつ青年とひげを伸ばした初老の男性だ。氏族長のラグナ様とマジナの兄で次の氏族長といわれているラグム様だろう。ラグム様は、マジナに激励の言葉をかけている様子だった。氏族長は狩猟頭のラジクと言葉を交わしているようだった。
不意に氏族長はヨナに顔を向けた。見つめられたヨナが固まっていると驚いたことに目礼してきた。ヨナはあわてて礼を返した。
そのとき人を中から見知った顔が近づいてきた。ジルダだ。
ジルダは努めて明るい声で言った。
「見送りにきてやったぜ」
「朝の仕事はどうした」
「抜け出してきた。見送りがいないと心細いだろ?」
そういって笑うとあたりを見回していった。
「カロンさんは見送りにこないのか」
「うん」
「つめてぇなぁ」
「いいんだよ」
腰に下げた猟刀に手を当てる。暖かい熱が刀身を覆っている皮革の鞘から伝わってきた。養父からはもらったものは多すぎるくらいだ。
ジルダはヨナの表情に暗いものがないのを見て取り言った。
「おれの分まで世界を見てきてくれよ」
ジルダはこぶしを突き出した。
「美人もな!」
突き出されたこぶしにあわせるようにヨナもこぶしを突き出した。ふきだすように二人は笑った。
そのとき、朝日が天と地を分けるように顔をだし、出立の刻限を告げた。
「霧越えの儀をおこなうものは進み出よ!」
狩猟頭のラジクが霧越えに参加するものに前に出るように呼びかけると名残惜しげなようすで旅装に身を包んだ少年たちが見送りの人垣から進み出てきた。
ラジクの前にいる少年の数はヨナを含めて七人だ。
白峰の矢は与えられた少年は十人だった。つまり三人は辞退したということになる。
ラジクのそばに立っていた氏族長がゆっくりと進み出た。
氏族長はその良く通る声で少年たちのひとりひとりの名を呼び言った。
「これより、おまえたちはチャガ山脈の北端より"霧越えの儀"を行うこととなる。霧を越えた先にある岱陸にたどり着いたとき、おまえたちは自らの意思で道を選ぶことと成ろう。そして、ふたたびチャガの民として生きると定めたならばわれわれはおまえたちを霧狩人として迎え入れるだろう。こころせよ。そして、」
氏族長は一度言葉を切り、目を細めた。
「おまえたちが選ぶ行く末に、幸多からんことを」