01 山脈の少年
初投稿ですが、がんばって完結させたいと思います
よろしくお願いします
視線を感じて、ヨナは振り返った。
あたりには霧がたちこめており、自身が歩いてきた山道はかすんで、見通せなかった。
ヨナが目を凝らす。とたんに霧がまるで最初から存在しなかったかのように消えやがて見えなくなっていった。
視線の先にはチャガ山脈の山肌が広がっており、山肌の中腹まで青々としたみどりが良く映えていた。
狗鷲が山肌をなめるように飛んでいる。視線の主だろうか。
「ヨナ!おーい!」
こちらを呼ぶ声に、振る向くとジルダが百メルト(メートル)ほど先に見えた。
ジルダはヨナと同じ狩人見習いだった。こちらが見えてないのか必死に目を凝らしている。霧が濃すぎてジルダの目では見通せないのだ。
ヨナは、まっすぐにジルダに駆け寄った。ヨナの姿が見えたのだろう、ジルダは眉をひらいて息をはいた。
「あまり離れるなよ。おれ、おまえより"目"が悪いんだから」
「わるい・・・」
ジルダは、ヨナにとっては兄のような人だった。おおらかな性格で出自があやしいヨナが相手でも気兼ねなく声をかけてくれる。
「お前の目は見えてるのか」
「うん」
「ならお前の好きにやるといい。今日は霧が深すぎて、とてもじゃないが俺には無理だ」
ジルダは今日の狩りを諦めたようだった。
ジルダとともに獣道を下っていくと、さらに霧も濃くなり、いよいよ視界も狭まったが、ヨナは歩く速度を緩めなかった。ジルダにはもはやヨナの背と足元しか見えてないはずだが、黙々とついてくるのがわかった。
ジルダの信頼をくすぐったく思いながら歩いていると視界の端で小さな影が走ったのを見つけた。
(穴ウサギだ)
ヨナは、ジルダのほうに手のひらを向け、獲物を見つけたことを示す合図を送り、腰を落として目を凝らした。穴ウサギが鼻を鳴らしながら、地面を掘っているのが良く見えた。その耳はピンと立てられあたりを警戒しているのがわかる。
ヨナはゆっくりと弓に矢を番えた。
「すげえな。ヨナは」
ジルダはしきりに感心しな様子で言葉をもらした。
今日は霧が濃いため、獲物を見つけるのは難しいはずなのにヨナの目はあっさりと獲物を捕らえる。
手には、丸々太った穴ウサギを抱えていた。今日はこれで三羽目の獲物だ。
ジルダは抱えている穴ウサギを背負い袋にしまいながらつぶやいた。
「ヨナなら、ハイリヒアのお貴族さまに取り立ててもらえるじゃねぇかな」
ヨナは、次の獲物をさがすため、あたりを見回しながら言葉を返した。
「それは、たぶんないとおもう」
自分は孤児だからと、つづく言葉をとどめた。
「これだけ、霧が濃くても、見えてるなら十分いけるって」
ジルダは食い下がった。この弟分は、もっと自信を持っていいとつねづね考えていた。
氏族長の息子のマジナがよく自分の目のよさを自慢するが実のところヨナのほうが優れているとジルダは考えていた。
風にのって遠くから大角山羊の角笛の音がひびいている。集合の合図だ。
山脈の麓にのびる緩やかな丘陵を登っていくと、霧が少しずつ晴れていった。
ヨナの目には自分たちと同じように狩りに出ていた狩人見習いたちが丘を登っていく姿が見えていた。それぞれが集合場所の広場を目指して坂道を俊敏な山羊のように丘をかけ上げって行く。
ヨナもその様子を見て、駆け出したい思いにとらわれかけたが、ジルダが同行しているのを思い出して、わずかに早足で歩くのにとどめた。
ヨナたちが巨大な一枚岩が山の斜面から突き出るようにしてできた天然の広場についたとき、すでに他の見習いは全員そろっていた。
広場の中心にはラガ氏族の狩猟頭であるラジクがたっており、それを囲むように狩人見習いの少年たちがたっていた。
ラジクはヨナたちの姿をみとめると、猟の戦果を報告させていった。
今日は霧が特に濃かったため、あまり猟果はよくなかった。
見習いたちが順に獲物を見つけられなかったと悔しそうに報告する中、すらりと背の高い少年が狐を取り出し、得意げな表情をして皆に見えるように抱えあげた。
族長の次男であるマジナだ。マジナは少年たちのなかでも頭一つ抜きん出た実力を持っていた。しかし、ヨナが三羽の山ウサギをを取り出したのをみて、目を丸くし、面白くなさそうに狐を再び袋にしまった。
ラピは狐より警戒心が強くすばしっこいため、見つけるのも射抜くのも難しい。ヨナがそれを3羽もしとめたことがマジナにはおもしろくなかった。なにより、自慢するでもなく淡々としているヨナをみると、自分でもわからない苛立ちが胸の中に広がるのを感じていた。
マジナはヨナに近づくと
「いい腕だな。たいしたもんだ。これなら霧越えの儀に参加できるかもな? けど期待はしないほうがいいぜ。お前は"親なし"なんだからな」
と毒づいた。
ヨナは、マジナをにらんだが、マジナはいっそう得意そうな顔をして続けた。
「公領で、取り立ててもらえるのは、氏族の血筋がしっかりしているやつさ」
マジナはヨナが黙っているのをみて満足したのか肩で風をきるようにして山道を登っていった。
「何かいわれたのか?」
ジルダが心配そうにたずねたが、ヨナは首を振って何も言わなかった。
正直に答えたらジルダはおこってマジナに怒って突っかかるだろう。ジルダはトルガ氏族の族長の息子だ。ジルダの家族に迷惑がかかるのは避けたかった。
ヨナは少し前に狩りをおこなっていた山の麓をみた。こちらから見えるはずの平原や豊かな森は霧に覆われ、薄く途切れ途切れにしか見えない。
ヨナの目はどれほど霧が濃くても、どれほど遠くでも容易に見通すことができる。だが自分がどこから来たのか、どこに行くべきかその答えだけは見つけることはできなかった。
いつのころからか、世界には霧が満ちていた。
この霧は人にとって毒となり、長く霧の中にとどまれば身体を病み、命を失なった。
人々はこの霧から逃れ、巨大な台地や山脈の高地で暮らしていた。
やがて、豊かな大地を覆い隠す霧を人々はこう呼んだ。
『魔の霧』