夜空の鏡
粗末な筏のような小舟に寝そべり、海の音を背中から聴く。
手をだらりと伸ばして水につけ、少しぬるい夏前の海水に、おかしな喜びを感じる。
すぐ下には、昼に見たシャチがいるかもしれないのに。
けれど力を抜いたまま見上げた空は、誰の命も感じることができないほど、冴え冴えとした星の輝きに満ちている。
たぶん、このまま皆で乗ってきた船からひとり流されていけば、幸せに死ねるのだろう。
たいして強くもない僕は、数日後には意識を失って、体が干からびて朽ちる前に、心はどこかの世界に飛んで行く。
あれ、何を目指していたんだっけ、と僕は思う。
確かけっこう時間をかけて、一つのものを追いかけてきたはずなのに。
フラフラしながらも、心は何かをずっと求めていたはずなんだ。
波の音は、それらすべてをどうでもいいものへと変えてしまう。
海はただ、そこにあって全天の沈黙を映し出す鏡になる。
はるかに大きいはずの星空より、凪いだ海は広大な銀河とともに横たわっていて、僕の心に無心を連れてくる。
・・・いつか、長い時間を過ごした後に、僕は自分が捨ててきたものが、取り返しのつかない形の心だったことを知る。
そうだ。
僕は何かを求めて生きてきたんじゃない。
ただ目の前の、一つの小さな出来事が世界に繋がっていることを知りたかっただけだ。
遠くに見えるぼんやりとした憧れより、今ここにある自分のできることが、きっちりと遠い道になっていく。
夜の海は、僕をどこにも連れて行ってはくれなかった。
でも、筏を出した船の上から手を振ってくれた知人たちは、別の場所からそれぞれ同じように笑っていたんだ。