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カラクレム  作者: Arpad
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2部 第1章 大祭

 グリーバ掃討の後、フォルフトの集落イルムレにて、カラクレムも歓待を受けていた。

「シヌェェェッ!!」

「あはは、それは困りまーす」

 カラクレムは、繰り出された杖を、同じく杖の先で絡め取り、空高く弾き上げた。

「はい、そこまで!」

 審判の号令で、カラクレムは杖を下ろし、対戦相手は地団駄を踏んだ。

「アバゥ! まだ俺は負けたつもりは無いぞ!!」

「いや、完全に手玉に取られていたでしょう! いい加減カラクレム殿を解放してあげましょうや、頭領!」

 対戦相手のファムサと審判のアバゥが言い争うのを、カラクレムは困り顔で見守ることしか出来なかった。

「あの~私で良ければ、いくらでも相手になりますよ?」

「聞いたか、アバゥ! おのれ嘗め腐りおって・・・イルムレの狩人衆頭領として、ここで退けば笑い者ぞ!!」

「誰も笑いませんよ、カラクレム殿とまともに打ち合えるのは、頭領だけなんですから! カラクレム殿も、自覚無しで煽らないでください!」

「す、すみません・・・」

 流石に分が悪いと見て、カラクレムは一歩後ろに下がった。

「こうなれば、どちらかが力尽きるまで槍合うまでよ! さあ、穂先を付けよカラクレム!!」

「ああ、もう・・・お前ら、へばってないで頭領を止めろ!」

 興奮が治まらないファムサを、狩人衆の男らが総出で取り押さえに掛かる事態に発展した。一触即発、怒号と罵声が飛び交う中、一人の少女がカラクレムの傍らに現れ、悩まし気な吐息を漏らした。イルムレ首長の愛娘にして、ファムサの妹のファウである。

「何をしているのですか、皆さん?」

 呆れ果てているファウの問い掛けに、カラクレムは苦笑しながら経緯を説明した。

「はぁ、またですか・・・兄様!」

「ん? ファウ、何か用か!」

「何か用かではありません! 負けたのが悔しくて駄々を捏ねた上、多くの方に迷惑を掛けるとは・・・私にも限度というものがあるのですよ?」

「ハッ、妹が吠えおるわ! お前に何が出来るというのだ!」

「その点については、後々提示するとして・・・今は、非情なる言葉を投げ掛けましょう」

「何だ、言ってみろ!」

 ファウはカラクレムの袖を掴むと、大きく息を吸い込んだ。

「すぅ・・・・・・どうせなら! カラクさんみたいな! 兄が良かったです!!」

「な、何、だとぉ!?」

 ファウの非情なる言葉を受け、ファムサは膝から力が抜けてしまい、押さえ込んでいた狩人衆らにそのまま押し潰されてしまった。

『と、頭領ーー!?』

 目の前の惨状に、カラクレムですらドン引いていると、ファウが掴んでいた袖を引いてきた。

「それはそうと、今日はウロウサギ狩りの日ですよ。行きましょう、カラクさん」

「いや、でも、ファムサさんが・・・」

「兄様ですから、残念ながら大丈夫でしょう。せめて教訓としてくれてら良いのですが・・・」

「あはは・・・少なくとも、トラウマにはなるでしょうね」

 カラクレムは後ろ髪を引かれつつも、ファウの誘いを受けることにした。



「それにしても、あの様な事態に陥るのは目に見えているのに・・・何故カラクさんは、兄様達に協力するのですか?」

 西岸の森で、棍棒片手にウロウサギを捕まえながら、ファウはカラクレムに問い掛けた。

「皆さん良くしてくださいますから。それに・・・ファムサさんも、頭に血が昇らなければ、基本的には気っ風の良い方かと」

「はあ・・・カラクさんはもう少し怒って良いと思いますよ?」

「う~ん・・・何となくですが、ファムサさんの気持ちも解るんです。いきなり現れた余所者に負けたら悔しいでしょうし、何より大祭でしたっけ? そこで故郷の為に勝ち抜きたいという気持ちがひしひしと伝わってきましたので」

 大祭というのは、フォルフトの首長たちが集まり、近況を語らう宴を開くことを指している。その大祭では集落対抗で様々なことを競い合い、フォルフト随一の集落を決める習わしとなっていた。

「私は余所者ですから、直接大祭に参加は出来ません。だからこそ、出来るだけ皆さんの力に成りたいんです。こんな取り柄の無い私でも、何か・・・」

「カラクさん・・・・・・それは最近、狩りの腕を貴方に追い抜かれたのでは、と影ながら落ち込んでいる私への当て付けですか?」

「ち、違いますよ!? ファウ師匠の美しい弓使いには、まだまだ遠く及びませんよ」

「そ、そうですか? それは嬉しい限りですが・・・とにかく、カラクさんは自虐を控えてください。もはや嫌味か挑発になっています」

「わ、わかりました・・・ファムサさんの様に、自信満々に振る舞えば良いでしょうか?」

「駄目です、あれは自信過剰と言うのですよ。見習うなら断然、御父様です。冷静さと剛胆さを兼ね備えたような人になってください」

「それは難題ですね・・・努力はさせて頂きます」

「ふふっ、楽しみです・・・あの、カラクさんはやはり、イルムレの一員になるつもりは無いのですか?」

 ファウの不意打ちに、カラクレムは振り下ろしていた棍棒を止めた。

「・・・はい。嬉しいお誘いではあるのですが・・・」

「何故ですか? 父も、集落の皆も、あの兄でさえ、貴方を迎える事に反対はしないでしょう。それに、大祭にだって出られます・・・」

 カラクレムは、胸が張り裂けそうな想いを、必死に押し殺していた。ファウや皆の気遣いは嬉しいし、頭が下がるばかりなのだが、自分が居るだけで起こりうる問題について、カラクレムは考え、察してしまう。

 フォルフトの集落がどこもイルムレのように寛容とは限らない。むしろ、容姿の異なる存在を受け入れてくれているイルムレが例外なのだろう。まだ客人という扱いだから良いが、一員となれば他の集落との関係が拗れてしまう可能性は高い。それこそが、カラクレムが誘いを受けられない理由だった。

 そしてそれは、ある仮説をカラクレムに突き付けてくる。この世に、少なくともアールヴの社会において、カラクレムの居場所など無いのかもしれないという仮説を。すると脳裏で、ハルハントの騎士長の言葉が幾重にも反響する。 

「ハルハントで飼われてみないか? 貴重な個体だ、それだけの価値はある」

 あの時は断ったが、ファウやイルムレの民達と親交を深めるほど、カラクレムにはそれが正しかったのかすら、判らなくなっていた。残された道は二つ、ハルハントで飼われるか、これからずっと根なし草として放浪を続けるか、なのである。

「ありがとうございます・・・でも私は、いずれイルムレを去ると決めていますから」

 カラクレムは努めて、柔和な笑みを浮かべてみせた。



 夕暮れ時、カラクレム達がイルムレへ戻ると、ちょっとした騒ぎが起きていた。何でも、ファムサが怪我を負い、大祭への参加が危ぶまれているそうなのだ。

 怪我というと、先程の事態が無関係とは思えない。心配になった二人は、首長イグルの家へと急ぎ、帰還した。すると案の定、イグルの叱責が家屋から漏れ聴こえてきた。

「まったく、狩人衆の頭領が何という様だ! 情けないにも程がある!!」

 ここまで激昂しているイグルは珍しい。あまりの気まずさに、二人が二の足を踏んでいると、不意に背後から肩を掴まれた。

 恐る恐る、二人が振り返ると、そこに居たのはアバゥであった。

「お二人とも、今は止めておいた方が良い」

「あの、ファムサさんが怪我をしたと・・・」

「ええ、まあ・・・ここはマズイので、少し場所を変えましょうか」

 というわけで、一同は一先ず程近いカラクレムの小屋へと場所を移した。

「ファウ嬢さんがキツいのかました後は、身体的には未だ大丈夫だったんですよ。押し潰されてたのにピンピンしてました」

「では、兄様はどこで怪我を?」

「その身体の方は大丈夫でも、プライドがズタズタでして・・・あの後、血狂いを深める為に荒熊を狩りに出たんですよ」

「ああ・・・察しました。怪我の原因は熊でも無いですよね?」

「ええ、その通りです。都合良く荒熊に出会えた我々は、追い込み猟に入りました」

「あの、すみません・・・追い込み猟とは?」

「ああ、カラクレム殿は見たこと無いですよね。狩人衆の儀式みたいなものでして、荒熊を窪地に追い込んでから出口を塞ぎ、閉じ込めたところで試練を受ける狩人と一騎討ちさせるというものなんです」

「なるほど・・・それで、一騎討ちをするとどうなるのですか?」

「見事に荒熊を打ち倒すことが出来た狩人は、荒熊の血を啜り、その荒御霊と力を得ることが出来るんですよ。これがまた厄介な儀式でして、どこまで血に耐えられるものなのか人によって判らないんです」

「耐えられなくなると、どうなるのですか?」

「暴れ狂い、手がつけられなくなるんですよ。我々はそれを血に喰われると言いますが、今回ファムサは喰われる寸前まで陥りまして、狂う間際に自らの足を折ったんです。衆の仲間を傷付けないように」

「それで・・・ファムサさんは?」

「しばらく暴れていましたが、やがて血に打ち克って意識を取り戻し、一つでも危険な荒御霊を九つも従えた、歴代最高の狩人となったわけですが・・・まあ、無茶したせいで、首長にしこたま怒られていますが」

「まったく・・・兄様は安直なんです。すぐ力を得る事ばかり考えて・・・さらに手が付けられなくなりそうですね」

「え? どういう事ですか?」

「荒御霊は心にも影響を与えると伝わっています。実際、昔の兄様は、あそこまで好戦的では無かったんですよ」

「そうなんですか、アバゥさん?」

「ええ、ファムサも幼い頃は少女の様だと言われていたくらいですから・・・今じゃ気が昂ると収まりがつかなくなる、荒熊そのものですよ」

「それでも、ファムサさんはイルムレで最高の狩人にして戦士ですよね? 大祭に不参加というのは大丈夫なのですか?」

「とんでもない!? 大丈夫な訳がありませんや! 戦力的にもですが、何より狩人衆の頭領が不参加なんて集落の名誉に関わる事態ですよ・・・イグル様のお怒り様を見ても判るでしょう?」

「た、確かに・・・」

「それにしても困りましたね・・・獣並みの回復力を持つ兄様なら7日もあれば治ってしまうかもしれないですが、大祭は明後日です。どうにか、兄様を出場させる手は無いのでしょうか?」

 重苦しい沈黙が、室内に漂い出す。ファウもアバゥも起死回生の案を捻り出したいのだが、何も浮かんで来ないのだ。ただ、カラクレムだけは不思議そうな顔で首を傾げていた。

「誰か、代役を頼めば良いのでは?」

 カラクレムの素朴な疑問に、アバゥは嘆息した。

「カラクレム殿・・・血狂いというか、追い込み猟の儀式は、狩人衆頭領しか受けられないものでして、代われる者はイグル様くらいなんですよ」

「つまり、実質代役は立てられない、と?」

「いえ・・・待ってください」

 ファウはしばし考え込むと、突然、手を叩いた。

「確か大祭では、頭領のみ仮面を着けてましたよね?」

「ええ、その通りですが・・・ファウ嬢さん、まさか!?」

「はい、仮面で顔を隠せば、本人かは関係ない。後は、血狂い並みの力と兄様並みの槍捌きが出来れば、代役が務まります」

「それだ! 流石はしっかり者で定評のあるファウ嬢さんだ・・・しかし、イグル様がお認めになるでしょうか?」

「集落の一大事ですから・・・御父様ならば、御英断下さるでしょう」

「いや、ちょっと待ってください!? 血狂いが出来る人は他に居ないのではなかったのですか?」

「カラクさんは時折、察しが悪いですよね。血狂い並みの力さえあれば良いのですよ? つまり・・・カラクさんなら、兄様の代役が務まるというわけです」

「ああ、なるほど・・・・・・はい?」

「善は急げ、です。すぐにでも父上に進言しに行きましょう!」

「ええ、当たって砕けろですよ、カラクレム殿!」

「砕けたくは無いのですが!?」

 ファウに袖を掴まれて、アバゥには背中を押され、カラクレムは未だに怒号が響く家屋へと連行されていった。ちなみに、アバゥは入室手前に立ち去っていった。彼の立場では首長寄りか頭領寄りかを明確には出来ないのだそうだ。これからも、影ながら手を貸してくれるらしい。



 カラクレムとって不幸だったのは、激昂していたはずのイグルが代役案にすんなり乗ってくるという珍事が起きた事だ。

「この愚息に代わり、イルムレの名誉を守って欲しい」

 イグルにまで頼まれては、もはやカラクレムに断るという選択肢は残されていない。

「・・・分かりました、御引き受け致します」

 カラクレムが渋々、首を縦に振ったその時、足に添え木をしたファムサが地面に拳を打ち付けた。

「血迷ったか、父上! 余所者に俺の代わりなど務まるものか!!」

「黙れ、馬鹿者が! 誰の失態で客人に無理を頼んでいると思っておるのだ!!」

 またも、怒号が飛び交い始めるかと思われたが、それを制したのは意外にもカラクレムであった。

「すみませんが、ファムサさんと二人で話をさせて頂けませんか?」

「貴様と話す事などあるものか!」

「聞いての通りだカラクレム君、この愚息に話し掛けるだけ無駄というものだぞ?」

「お願いします」

「・・・分かった。ファウ来なさい、久方ぶりに稽古をつけてやろう」

「は、はい、お願いします!」

 イグルとファウが出ていったのを見届けてから、カラクレムはファムサへと歩み寄った。

「これで落ち着いて話せますね、ファムサさん?」

「何度も言わせるな! 俺は貴様と話すことなど無い!」

「それは、私もです。私が話したいのは、本来の貴方とですから」

 カラクレムは、赤茶色の外套を何処からか取り出すなり、それをファムサに有無を言わさず羽織らせた。

「貴様、何をしている!?」

「血狂いの仕組みは、魔法ほどには理解出来ていませんが・・・アールヴの能力に根差したものであることは間違いないでしょう。なので、消し去れるのか試してみようかと」

「・・・・・・君が何を言っているのか、何をしたのか、よく判らないけれど・・・こんな気分になるのは久しぶりな気がするよ」

 厚顔無恥の乱暴者、その様な雰囲気を今のファムサから感じる事は出来ない。イグルに似た冷静さを感じさせる青年へと変貌していた。まさに、憑き物が落ちたかのようである。

「俺は、未だ君を信用してはいないが、無礼な態度を取り続けていたことは今のうちに謝罪しておこう・・・すまなかった」

 ファムサは足の折れた不安定な状態ながら、深々と頭を下げた。

「私は大丈夫ですので、安静にしてください。荒御霊の事はア・・・ファウさんから聞きましたから」

「左様で・・・荒御霊は怒りそのもの、御し切れない己の未熟さには恥じ入るばかりです」

 謙虚というか、己に厳しいところで、本当にファウの兄なのだと実感する。根は似た者同士だったようだ。

「ファムサさん、どうか協力して頂けませんか?」

「それはもちろん、元は俺の不手際ですから、協力させてください」

「ありがとうございます、ファムサさん!」

「礼を言うべきなのは、俺の方ですよ・・・さて、どの様な術で荒御霊を鎮めているかは判りませんが、一度取り込んだ荒御霊は簡単には無くなりません。また落ち着きを無くす前に、もう少し話をしましょうか?」

「はい、喜んで」

 しばらく経って、イグルとファウが様子を見に戻ると、カラクレムとファムサが笑顔で談笑しているという異常事態に遭遇した。

 彼らの帰還に気付いたカラクレムは、信じ難い光景にイグルたちが目を擦っているうちに、ファムサに羽織らせていた外套をそっと消しておいた。

「ん? おお、父上! 俺はこいつに協力することにしたぞ!」

「そ、そうか・・・まあ、当然と言えば、当然なのだが・・・いったいどんな魔法を使ったのやら」

「いえいえ、魔法は使っていませんよ。というか、使えません」

「グリーバといい、兄様といい、カラクさんの話術は計り知れませんね」

「あはは・・・相変わらず手厳しいですね、ファウさん」

「そうですか? それよりも、兄様の協力を取り付けたのなら、やるべき事がありますよ」

「ええ、まずはファムサさんの怪我が大したこと無かったという噂を流しましょう。他の集落の知るところとなれば、代役を立てる以前の問題ですから」

「それもそうですが・・・大事な事をお忘れでは?」

「だ、大事な事・・・それは、何ですか?」

「決まっているじゃないですか、腹ごしらえです。もう、夕飯の時間ですよ」

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