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カラクレム  作者: Arpad
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終章

 意識を取り戻したエノゥは、傍らに笑顔のカラクレムが居るのを見て、舌打ちをした。

「ちっ、負けた・・・」

 エノゥは起き上がり、小突いてやろうとして、自身の身体がカラクレムの外套でもって、す巻きにされていることに気が付いた。

「あ、腹いせに小突かれないように拘束させて頂きました」

「まったく、どこまで予測されているのだか・・・お兄さんには負けたよ、完敗だよ」

「あはは・・・では約束は守ってくださいね?」

「分かっているよ~騎士長に伝えてくるよぉ~嫌だなぁ・・・」

「ありがとうございます。それと、殴り合った仲に成ったので、伝えておきます・・・」

「・・・何かな?」

「その臆病さを、もう少し赦してあげてください」

「え・・・?」

「自分に決して負けない誓約でもしているのでしょうが、感情を圧し殺すばかりでは、身が持ちませんよ? 特に、魔法で生み出した衝撃を生身の腕で叩き込むようなことは控えた方が良い」

「あはは・・・実はめちゃくちゃ痛かったよ、あれ」

「貴女の気迫は、悲鳴のようで見ていられませんし、その目の笑っていない作り笑顔は、信用を無くすだけですよ?」

「容赦無いなぁ・・・泣いちゃい、そうだよ・・・」

「計り知れない強がりが、貴女をそこまで強くしたのでしょう。ですが強くなった今、鍛えるべきは心でしょう。今にも折れそうな心の持ち主を、最前線に置きたくはないですよね? 私怨に走られたりして戦線を崩されたら堪ったものじゃありませんから」

「あはは・・・なるほどね。騎士長が伝えていたのは、そういう事だったんだね」

「激情で臆病さを隠しているうちは、私みたいな素人に足を掬われてしまうのですよ。視野が狭くて、仲間を危険に晒す。それじゃあ、連携が物を言う戦場には行けないですよね?」

「はぁ・・・分かったよ。直せるように頑張るよ~だからこれ外して!」

「あはは、分かってもらえて幸いです。さてさて、そろそろ解放しましょうかね」

 カラクレムは、外套を消し、地面に臥すエノゥに手を差し出した。エノゥはまじまじとカラクレムの手と顔を見てから、その手を借りて立ち上がった。

「では、くれぐれもお願いしますね」

「善処はするけど、過度な期待はしないでね?」

 エノゥは、やれやれと肩を竦めながら、率いてきた討伐隊の元へと歩いていった。そして間もなく騎乗するなり、隊を率いてハルハント方面へと駆け出していった。

 それを見送ったカラクレムは、ホッと胸を撫で下ろした。どうにか、目的を果たすことが出来た。大の字に寝転がりたいなと考えていると、カラクレムの元にファウがやって来た。

「お疲れ様です、カラクさん。集落の皆には、適当な理由を伝えて戻ってもらいました」

「あ、お疲れ様です。 その、また御迷惑を掛けて、すみませんでした」

「まったくです、無茶を謝った直後に無茶な手伝いを頼んでくるなんて、気が触れているとしか思えませんね」

「・・・面目無いです。どう御詫びをしたものか・・・」

「・・・あの、その外套の中では魔法が使えないというのは本当なのですか?」

「ええ、まあ。それで倒したわけですからね」

「そう、ですよね・・・えっと、私もエノゥさんと同じ体験が出来ないでしょうか?」

「え、今ですか?」

「はい、お願いします」

「は、はい」

 カラクレムは首を傾げながらも、外套を広げて迎え入れる態勢を整えた。

「えっと、どうぞ」

「失礼します」

 ファウはカラクレムの懐へ入ると、彼の胴に抱き付いた。

「ファウさん?」

「なるほど、本当に魔法が使えませんね・・・・・・えい」

 ファウが、カラクレムの胴のある部分をノックする。

「!!!!!」

 すると、カラクレムは声にならない悲鳴を上げながら、倒れ込み、のた打ち回っている。押されたのは、エノゥに拳を叩き込まれた場所だ。

「やはり、深傷だったようですね」

「い、痛い・・・まさか、ここまでとは」

「まったく、カラクさんは傷が絶えませんね・・・様子を見るので、服を捲りますよ」

 痛みのせいか、外套も消えてしまっているので、上衣を捲し上げるだけで良い。確認すると、左肋骨の辺りが赤黒く変色している。あまりの痛々しさに、ファウは突っついたことを後悔した。

 様々な想いや感情がファウの脳裏を交錯していき、最終的に抱いたのは、単純な嫌悪だった。カラクレムが怪我をしているという事実への嫌悪。怪我なんて消えてしまえば良い、そう思考した時、アザが薄くなっていき、やがては消え失せてしまった。

 驚愕するファウ、だがこの現象を引き起こしたのが、自身の魔法であることを感じていた。

「あの・・・どんな感じですか?」

 ファウがずっと黙っているので、カラクレムは状況を尋ねた。

「その・・・な、何ともないじゃないですか」

 困惑するあまり、ファウは全て無かったことにした。

「何ともないってことは・・・」

 訝しむカラクレム、ファウは咄嗟にアザのあった場所を、思いきり叩いてみせた。

「痛っ・・・くない?」

 カラクレム自身も確認したが、確かにあれほど痛かった場所に異常は見られなかった。

「殴られた時が痛すぎて、カラクさんが思い込んでいただけなのかもしれませんよ」

「・・・まあ、怪我は無くてもありがたいことですから・・・さて、私もそろそろ行かないといけませんね」

 カラクレムは身仕度を調え出した。

「カラクさん、私もついて行きたいのですが、問題無いですよね?」

「え!? いや、ありますよ。危ないですよ?」

「やきもきさせられるのは、もうこりごりです。連れていってもらえるほどの借りはあると思いますが?」

「うぅ・・・それはそうですけど、あの場所は精神的によろしくない場所でして、ファウさんには見て欲しくないのです」

「それでも、お願いします」

 ファウの真摯な眼差しに、カラクレムは嘆息するしか無かった。

「はぁ・・・分かりました。全力で送迎させていただきます」

「はい、期待しています」

 それから、カラクレムとエノゥは山の方へと歩き出すのであった。


                  

「エバ、あの人間、やった。白い奴ら追い返した」

 大樹の洞窟にて、斥候の報告を聞いたエバはにんまりとほくそ笑んだ。

「ふふ、ここまで巧く事が運ぶとは」

 エバは斥候を下がらせ、マグワイを呼び寄せた。

「マグワイよ、手筈は何度も説明した通りだが、覚えているか?」

「もちろんだ、エバ。白い奴ら、いずれエバを連れていく。エバが中で暴れたら、外で隠れていた我らが突っ込む。白い奴ら、皆殺しだ」

「その通りだ、マグワイ。お前は賢くて助かる。さあ、まもなくユートピアの若者が報告に来るだろう。まだ丁重にもてなすのだぞ? 我らがハルハントのアールヴ共を片付けるまではな」

 その時、別のグリーバが洞窟へ入ってきた。

「エバ、あの人間、来た。もう一人いるけど、喰うか?」

「喰らうな、阿呆が!! 捕まえずにここまで連れてくるんだ!!」

「うぅ・・・わかった」

 そのグリーバが急いで出て行ってから間もなく、カラクレム、そしてファウが洞窟内へ連れて来られた。

「これはこれは、使者殿。早々の御帰還ということは、良い知らせが聞けるのかな?」

「はい、ご依頼通り、討伐隊を帰らせて、和平の話を伝えてもらえそうです」

「おお、ありがたい! 何よりの朗報だよ。何か礼をしたいな」

「それなら、一つ教えて欲しいことがあります」

「何かな?」

「和平が成った後は、グリーバたちは何を食べていくつもりなのですか?」

「それは・・・悪いとは思うが、山で亡くなった人を・・・」

「山で亡くなる方は、それほどいるのでしょうか?」

「・・・というと?」

「里山ならまだしも、この山奥にまで来る人はそうそう居るでしょうか?」

「それは・・・狩人などが獲物を求めやって来て、返り討ちに合うことが・・・」

「確かに、それは無いとは言えません。しかし、ここに集うグリーバたちの食欲を満たすほどの人が亡くなるでしょうか?」

「・・・方々から、集めてくるのだよ。その為のマーケットだからな」

「なら、言い方を変えましょう。ここへ来る前に、マーケットで山になっていた所持品を確認させて頂きました。そこには猟具どころか、とても山奥へ来るような格好の方はありませんでした」

「めぼしいものは、奴らが持っていってしまったのだろうな」

「ゴミだから、持っていって構わないと言われましたが?」

「うっ・・・それは」

「核心を突きましょう。貴方は、山で亡くなった狩人を食料としていると言った。しかし、マーケットに積まれた遺体には女性や子供のものも混じっていた。それはつまり、貴方達は・・・」

 カラクレムが結論を述べようとしたその時、派手な音と共に地面が僅かに揺れた。洞窟の外で、何かが起きているのは明白である。

「何だ、また騒いでいるのか!? マグワイ、見てきなさい!!」

「わかった!」

 命を受けたマグワイは、二つ返事で飛び出していった。

「・・・さて、もう一度言いましょう。つまり、貴方たちは人間を襲っている。和平なんてアホらしくなるほど多くの人を」

「・・・だとしたら?」

「えっと・・・そうであろうと無かろうと、事は動き出していまして」

「何?」

「お兄さーん、生きてる~?」

 洞窟の入り口の方から、気の抜けた呼び掛けが響いてくる。やがて、真っ白な外套をはためかせ、エノゥが姿を現した。

「あ~いたいた、お兄さん発見・・・って、ファウちゃん!? 危ないよ、こんなところに居たら!!」

「お気になさらず、私の意思でここに立っているので。それと、私は岩ですので話し掛けないでください」

「・・・岩?」

「はい、狙われない為に目立たないようにしていて欲しいとカラクさんに頼まれたので、私は岩です」

「なるほどね・・・ごめん、やっぱりよく判らないや」

「おい! その白い外套・・・貴様、ハルハントの騎士か!? 貴様らは帰還したのではないのか!!」

「やはり・・・見ていたのですか?」

「まさか、儂の斥候に気付いていたのか!!」

「いえ、見つけることは出来ませんでしたよ。怪しいと感じたのは、貴方が山に隠っていると言うわりに、外の情報に通じていたところです。情報を求めるのは行動を起こす兆候ですからね。そこで、監視されていることを念頭に、一芝居打たせて頂きました」

 旅の神に言われたことが、最大のヒントだったとは言えない。

「いや、お兄さんに渡された手紙には驚いたよ。あれだけの決闘がただの目眩まし。討伐隊が帰還したと見せ掛けて、別方向からグリーバの本拠地を叩くのが本命だったとはねぇ」

 決闘後、カラクレムがエノゥに手を差し伸べた時、その手に手紙を忍ばせていたのだ。

「外では、討伐隊がグリーバたちと戦っています。エバさん、終わりです」

「・・・そうか」

 エバは、木の根元から立ち上がり、前へと進み出てきた。

「まさか、投げ込んだ小石に自分がやられるとは」

「小石?」

「君のことだよ、ユートピアの若者。君は騎士を名乗る小賢しきアールヴ共の牙城を崩す小石だった。騎士共は小癪にも盤石の守りを敷いており、攻めあぐねていてな。ほんの、戯れのつもりだったが、君は見事に隙を生んでくれた」

「・・・ずっと、不思議でした。マーケットに連れてこられていたというのに、何故殺されもせずにエヤの手に渡ったのか。エヤには私を生かして帰すように言い含めて、アールヴの世を乱すように誘導されていたわけですか?」

「そうだ、僅かな隙を生む波紋で良かった。本来の人間が姿を見せれば、必ずや騒ぎになるからな」

「でも、お兄さん地味過ぎて、全然騒がれなかったけどねぇ」

「・・・だが、貴様らの長には興味を持たれた。そして、儂を奴らの長と引き合わせておれば・・・」

「いれば?」

「この手でもって、粉砕してくれたものを!!」

 次の瞬間、エバの肉体が音を発てて巨大化し始めた。その体高はグリーバでも頭一つ出ていたマグワイを二回りは凌駕し、筋肉はパンパンに盛り上がり、シワは一つもない。

「これが、儂の夢見たグリーバの姿! 優れた頭脳と圧倒的な暴力、そして永久機関を備えた人類の未来よ!!」

 歓喜の咆哮を上げるエバに対し、カラクレムの反応は冷やかだった。

「理想は素晴らしいのですが・・・その姿はいただけませんね。大きいことはアドバンテージにはなりますが、最強ではないことは常識でしょうに」

「ぬぅ・・・この素晴らしさが解らぬとは、純粋な人間種ゆえ生かしておいてやろうと思っていたが、そこの害虫共々、叩き潰してくれるわ。純粋な人間なら、ユートピアに山ほどいるだろうからな」

「貴方は・・・ユートピアを襲うつもりですか」

「無論だ、グリーバの研究を続けるにはアールヴのような害虫ではなく、純粋な人間でなければな」

「そうですか・・・なら、ここで仕留めさせていただきます」

 カラクレムの目は、今までに無いほど、怒りに満ちていた。長剣と外套を発現させ、剣先をエバに向けた。

「自らを棄てた故郷を未だ思うか・・・それよりも貴様、それはアールヴの力か? 純粋な人間種の貴様が何故?」

「・・・まあ、そういう機会がありましてね」

「むぅ、グリーバを否定し、そのような変異を受け入れるとは」

「確かに、変わることへの違和感はありました。しかし、今ある環境に適した変化は、むしろ自然な事。貴方のグリーバは全てを無視した変化、それこそ変異だ。その弊害は既に不具合として表れています」

「その為の研究だ! このような弊害などすぐに・・・ぐあぁぁ!?」

 言葉の途中で、エバの左目に矢が突き刺さった。ここにいる中で、弓矢を使うのは一人だけ、ファウのみである。

「すみません。まどろっこしいので・・・つい」

「ファウさん・・・ついって」

「ファウちゃん、可愛い!」

「害虫がぁ!!!!」

 エバの丸太のような腕が振り上げられ、岩石のような拳が、ファウ目掛けて振り下ろされる。

 それに相対したのは、エノゥの地槍、極太で先端の丸い地槍が正面から拳とぶつかり合った。

「ちぃっ・・・馬鹿力だなぁ」

 エノゥの魔法とエバの腕力が競い合う中、エノゥの背後に来たファウがふと尋ねた。

「あの、先を尖らせた方が良かったのでは?」

 エノゥはエバから一時も目を離さぬまま、答えた。

「あはは、そうなんだけど・・・咄嗟に出したやつは何故か先端が丸くなっちゃうんだよ」

「お二人とも・・・すみません、私のせいで」

「気にしない、気にしない。よく解らない長話とか苦痛でしかないもんね・・・それに、お兄さんが動く隙が出来たし」

 エノゥとエバがぶつかり合ったその時、カラクレムはエバの股を抜け、その背後に回っていた。膝裏に斬り掛かり、体勢を崩すつもりだったが、思ったよりも高く、届きそうに無い。ならば、投げつけるまで。これは道を阻む者、そう念じながら、投擲の構えを取った。古にあった、撃剣とかいう投げ付ける剣を参考にしたが、何故か長剣の柄が手槍ほどに伸びてくれた。理由は判らないが、これが成長というものなのか。ありがたく、より慣れた槍投げの構えに変え、膝裏へと投げ付けた。命中した瞬間、皮膚が弾け、肉を裂き、骨まで達する一撃に、エバは堪らずバランスを崩し、片膝をついた。

 痛みに苦悶するエバが凶悪な一撃を放ったカラクレムに狙いを変えようとしたので、エノゥとのパワーバランスも崩れてしまった。

「よそ見は、禁物だよ!」

 余裕の出来たエノゥは、新たに空洞の天井から地槍を伸ばす。この地槍はエバの顔面に勢いよくぶち当たった。

 不の一撃にエバが怯んだその隙に、カラクレムはもう片方の膝裏にも投擲することにした。この長剣、手を離れると任意のタイミングで消せ、すぐまた手元に出せるので実に投擲に向いている。

 再び投擲した長剣も、見事に膝裏を穿ち、エバは四つん這いの体勢にならざるをえなかった。その瞬間を待っていたエノゥは、盛り上げた土砂でエバをがっちりと拘束した。小さな丘から出ているのは、頭部のみである。

「よっし、断頭台完成!」

 エノゥは、長剣を抜き放ち、三角跳びで丘を駈け上がり、エバの頸椎に狙いを定めた

「うらぁぁぁっ!!」

 エヤの首も落とした、必殺の一撃。刃が首に食い込もうとしたその時、唐突にして忽然とエバの姿が消えてしまった。

「はぁ!?」

 空振りをしたエノゥは、丘を崩して、エバを捜すがその姿はどこにも無い。あの巨体が、煙のように消えてしまったのだ。

 困惑する一同、エノゥは一旦、ファウの元まで退き、カラクレムは崩れた丘を捜索した。すると、崩れた丘の中から人影が飛び出してきた。緑色の肌をした人間サイズのそれは、エバなのであろう。カラクレムは長剣を構え、エバと距離を詰めた。

「それは、どんな手品ですか?」

「小さいものが巨大化出来るなら、巨大化したものが縮小したところで不思議はない」

 相手は丸腰で無防備、カラクレムは気が引けながらも、内から湧く不安に押されて斬り掛かった。首を狙った袈裟斬りを、エバは何の気なしに左腕で受け止めた。先ほどは簡単に皮膚を破っていた刃が、あっさりと受け止められている。カラクレムはその底知れ無さに恐怖を抱き、すぐに飛び退こうとした。 

「判らないか? ヒントは一度膨張しているという点だ。膨張した筋繊維が収縮に伴い高密度化していく。これが、グリーバの最終形。筋繊維が防刃繊維の様に君の攻撃を防ぎ、そして・・・」

 離れた距離も一息で詰められ、鞭のような蹴りが、カラクレムの大腿部辺りを襲った。

「このサイズの肉体では有り得ない力が出せる!」

 もはや爆発でも起きたような音と共にカラクレムが盛大に吹き飛んだ。そして、洞窟の壁にぶつかり、力無くその場に崩れ落ちた。

「カラクさん!!」

 ファウは脇目も振らず、カラクレムの元へと駆け寄っていった。それを見送ったエノゥは、エバの前へと進み出た。

「お兄さんは不甲斐ないなぁ・・・仮にも私を負かしたんだから、グリーバ風情に殺られてほしく無かったんだけど」

「風情だと?」

「さっき倒したでかいグリーバは見かけ倒しだったからなぁ。こいつもそうなのかな?」

「・・・はっ、貴様まさかマグワイを!?」

「知らないけど、たぶんそいつかな? 瞬く間に挽き肉にしちゃったからなあ~」

「許さん、よくもマグワイを! 貴様は楽には殺さんぞ!!」

 エバの殺気は完全にエノゥに向けられた。思惑通りに事が運び、エノゥはほくそ笑む。このグリーバに勝てるのか、正直エノゥには自信が無かった。弱い自分は、泣きながら逃げろと喚いている。カラクレムには、赦してやれと言われたが、今回ばかりは完全に蓋をする。狂喜の笑みで己を騙す。

「楽しみだねぇ、精々私を楽しませてよ!!」

 もっと楽な生き方もあっただろう。だが、楽じゃない生き方のおかげで、誰かを守るために戦えている。とんだ皮肉だと、エノゥは胸の内で笑う。

 そして、エノゥは長剣を握り直すと、全ての魔法を身体強化に回し、エバ目掛けて突貫した。


                  

 エノゥが決死の突貫を行なう一方で、ファウは倒れたままのカラクレムを助け起こしていた。

「カラクさん!! しっかりしてください、カラクさん!!」

 ファウが必死に揺り起こすと、カラクレムは困ったように苦笑した。

「・・・しっかりしてくれとは、胸に刺さりますね」

「カラクさん!?」

「・・・すみません、やられてしまいました。足の、足の感覚が無いのです、もう戦えないかもしれません」

「そんな、もともとカラクさんには、こんなになるまで戦う理由なんて無いじゃないですかっ! 何故こんなになるまで・・・」

「・・・そうですね、私には貴女方の世に干渉する理由も道理も無い。けれど、承伏し難い事には抗ってしまうものです。初めて、ファウさんと会った時、私はあのまま喰われても構わないと思っていました。でも、ファウや他の方々を見て、私が諦めたら、この人達も喰われるのだと考え、抗ってしまいました。誰かの為に抗うことを、生きる言い訳にしてしまったのです」

「それが、カラクさんの戦ってきた理由・・・」

「ええ、生きていてはいけないのに・・・散々足掻いた結果が、この様です。でも、これでやっとお役御免です。私の事は構わず、ファウさんは外へ。エノゥさんが戦っているようですが、一人では部が悪い、早く誰かを・・・」

「そうですね・・・カラクさん、早く行ってあげてください」

「えっと・・・そうしたいのですが、腰から下の感覚が・・・」

「まったく・・・付いてきて正解でした」

「え?」

 ファウは打ち砕かれたのであろう、骨盤の右側面辺りに触れた。外套や長剣は消えているので、問題は無い。

「カラクさん、これから私が秘密にしている事を見せますから、後でカラクさんの秘密も教えてくださいね」

 そして、あの時カラクレムの怪我を消した時のように、ファウは今回の負傷を全力で嫌悪した。魔法が生み出されるのを感じる頃には、何も無かった場所に骨の感触が戻り、カラクレムが驚いたように足を動かし始めていた。

「足が、治った? これをファウさんが?」

「はい・・・気付いたら出来るようになっていました」

「・・・なるほど、これがエバの言っていたアールヴの可能性・・・」

「カラクさん?」

「あ、何でもないです。それよりも、ありがとうございます。すぐにエノゥさんの援護に」

「待ってください、そのまま行っても先ほどの二の舞です」

「それでも、行かないと。その為に、治してくれたのでしょう?」

「えっと・・・私に考えがあります」

「考え?」

「外套は出さないでください。魔法が消えてしまうので」


                 

「ちぃっ・・・!?」

 長剣を弾かれ、腹に二発打たれたエノゥは、後ろに飛ばされながらも、なんとか踏み留まった。互角と言うには圧倒され、負けているとも言えないほど、耐えられている。まさにジリ貧とはこの事だとエノゥは苦笑した。

 エバの方は消耗した様子も無く、怒りを露にしたまま、エノゥに殴り掛かる。もはや瞬間移動としか言えない速度で接近し、理不尽なほど強力な打撃を加えてくる。エノゥはそれを的確にいなしているが、必ず二、三発は直撃を受けてしまう。身体強化をしているというのに、それらは骨身に滲みる。確実にエノゥは体力を削がれていた。

 とはいえ、攻撃があまり効いていないので、状況を打開することも出来ない。このまま、殺されてしまうのか。そんな結末がいよいよ現実味を帯びてくる。次の攻撃が来る、エノゥはエバの動きを察して、構えを取ろうとした。しかしその時、突然カラクレムがエバに肉薄し、そのまま切り刻んでしまった。


                 

「私に、考えがあります」

 そう言って、ファウが始めたのは、カラクレムへの身体強化であった。

 元来、身体強化は自身にしか出来ない魔法とされてきた。しかし、怪我への嫌悪からカラクレムを魔法で治療したのをきっかけにあるアイデアが浮かんでいた。

 他の魔法も人に掛ける事が出来るのではないか、というものだ。

 例えば、エノゥが巨大なエバと拮抗している時、彼女に身体強化を掛けようとしたが、弾かれてしまった。その理由は、彼女には既に彼女の魔法が付与されていたからかもしれない。とはいえ、仮に付与されていない状態で魔法をかける事が出来たとしても、それは本人が付与することと本質は変わらない。ならば、元々身体能力が高く、魔法の無いカラクレムにかけた場合はどうなるのだろうか。

 ファウは、カラクレムが敵より弱いことを嫌悪した。絶望的な状況をあっという間に好転させた人、その人が立っている限り、自分も立っていられるから。カラクレムは、身体中が暖かな何かに包まれていくのを感じた。力がみなぎると言うよりも、力が迸るといった感覚である。一息で立ち上がり、長剣を構えた。標的はエノゥに攻撃を仕掛けようとしている。

 今、この状態は未知数過ぎて、持久戦は得策ではない。一回の攻撃で仕留めるとカラクレムは決断した。自分でも驚くほどの速さで、エバとの距離を詰める。長剣を振り上げ、振り下ろし方をイメージする。それは、最近感じた明確な死。それは意外にも、先日襲ってきた狼たちの狩り方。三頭の狼が一斉に襲い来るあれを、今の力なら再現できるだろう。

 実際は同時とは行かないが、息つく暇無く斬撃を繰り出す。最初の斬撃は防ごうとしたエバの左手を切り落とし、二撃目は右手を、三撃目は肩口から身体を引き裂いた。まだ足りない、その考えのままに下腹部を横薙ぎに払い、返す刀で首を撥ね飛ばした。

 斬り裂かれたエバは、悲痛な声と共に地面へ転がり落ちた。これも筋繊維のおかげか、損傷の割に出血量は少ない。エバにはまだ息があった。

 カラクレムがトドメを刺すべく歩み寄ると、エバは笑っていた。

「どうだ・・・儂は、強かったか?」

「・・・ええ、反則です」

「はは、それを倒した君は何なのだろうな・・・あまりに長く生きたせいで、儂はグリーバこそが正しいと固執することでしか、生きられなかった。生きることから解き放たれ、儂は今、とても満足しているよ」

「私は・・・個人的には貴方を憎めません、好きにもなれませんが。これが貴方という人間の最期なら感慨深くもあります」

「儂はまだ・・・人間か?」

「ええ、生きることに理由を求めるような生き物は人間しかいませんから」

「ふっ、そうだな・・・だが、儂は人間を超えたつもりだ。その儂が負けた本当の理由を教えよう」

「本当の理由?」

「儂には先が無かった。人間を超えた先について、まったく思いつかなかったのだよ。思い知らされた、進化とは意図して起こるのではないと」

「先・・・つまり、行く末ですか?」

「ああ・・・どれほど高尚な思想や神にも等しい優れた技術も、先が無ければ滅ぶのみだ。それが煩雑に存在していた人類が滅んだのは、無理からぬことなのだろうな」

「・・・貴方は、先ほどから何を」

「だが、今の世界にはその取捨選択を乗り越えた生命が息づいている。アールヴや竜種、そして儂らもだ!!」

 カラクレムが違和感を覚えたその時、にやけたエバの頭をエノゥが長剣で串刺しにした。

「強敵はすぐに、息の根を止める!!」

 エノゥは憤慨しながら、カラクレムの背後を指差した。カラクレムが振り返ると、そこには筋繊維が結び付いて再生していたエバの肉体が迫っていたのだ。頭が潰れたからなのか、肉体は急に力が抜けたように仰向けに倒れていった。


                    

 エバが死んでから間もなく、ノイ従士長率いる討伐隊が空洞内に雪崩れ込んできた。

 激しい戦闘の跡や枝葉を広げる大樹に、討伐隊は戦々恐々としていたが、エノゥの檄の下、事後処理が迅速に行われた。この窪地や洞窟にあるものは全て焼却処分。特に大樹やエバの身体は完全に灰になるまで監視するという徹底ぶり、ただエバの首は首級にするとかで、凍結した状態でハルハントへ持ち帰るとのことである。おそらくは騎士長が燃やすだろうとのことだ。

 炎の魔法は、触媒となる火が必要になる。皆、松明を片手に方々を走り回っている中、カラクレムとファウ、そしてエノゥは別れの挨拶をしていた。

「私はここで陣頭指揮をしないといけないけど、二人は帰って大丈夫だよ」

「そんな、手伝いますよ・・・と言いたいところですが、流石に疲れたので、御言葉に甘えます」

 あっさりと受け入れるカラクレムとは違い、ファウは少し気まずそうであった。

「あの・・・すみません、エノゥさんも休めていないのに」

「ありがとう、ファウちゃん! 薄情なお兄さんとは大違い。これはお仕事だから、サボるわけにはいかないけど、今度休暇を取ろうと考えているから心配しないで」

「休暇・・・ですか? 私また、抱き枕なのでしょうか?」

「し、心配しないで? 南部に旅行でも行くつもりで・・・そんなに嫌だった・・・のかな?」

「い、いえ! そんなことありましたが、そんなことありませんよ!!」

「それはどっちなのかな!?」

 ファウとじゃれあってから、陣頭指揮へ戻っていくエノゥを見送り、カラクレムは少し安心していた。

「なんと言うか・・・余裕が出てきましたね、エノゥさん」

「はい・・・最初は迷子のようでしたが、今は年上のお姉さんという感じです」

「・・・えっと、そう思っていたのは黙っておきましょうね。また一悶着起きそうですから・・・」

「そうします・・・さあ、私たちも邪魔になる前に行きましょうか」

「そうですね、行きましょう」

「あ、集落へ戻る前に罠を仕掛け直しに行きたいのですが?」

「え、これからですか?」

「はい、最近はサボってしまいましたから。本来、命を頂く役目として罠を放置することは赦されない事。一刻も早く、戻らねばなりません」

「な、なるほど・・・どのくらい直すのでしょうか?」

「そうですね・・・山中のと、湖の西岸の罠もですね」

「お、多い・・・」

「嫌ですか?」

「いえ、嫌とは言えないほどの借りがありますから、喜んでお供しますよ」

「はぁ・・・? とりあえず、日暮れまでに終わらせたいので急ぎましょう」

「分かりました」


                  

 山中の罠を直し、掛かったまま絶命していた動物たちの供養をしてから、ヌーレ湖の西岸に着く頃には、空は茜色に染まり始めていた。

 あまり猶予が無い為、手分けしてアナウサギ用の罠を直すことになった。手順を聞いたばかりのカラクレムが、慣れない手つきで罠を直していると、どこからともなく笑い声が響いてきた。

「ふっ、我が勇者は戦いの後でも少女の小間使いとは、これ愉快」

 木々の間から姿を現したのは誰あろう、金髪の乙女、旅の神ディリアであった。

「あ、神様。その節はどうも」

「あ、ああ・・・なんとも、味気無い反応だな。まあ、それは良い、中々手に汗握らせてくれる戦いだったではないか」

「あ、見ていたのですか?」

「そなたの行く末を観るのが娯楽ゆえな。それにしても、我ながら我が加護はあまり役に立たぬな」

「まあ、魔法を使う相手ではありませんでしたからね」

「ふむ、加護の成長を期待するしかないというわけだな・・・ところで、そなたは今後どうしていくのか決めたか?」

「・・・考えてはいます。やはりこの世界を見て回ってみようかと」

「ほほう、旅の神として喜ばしい申し出だが・・・この世は優しくは無いぞ?」

「はい、それでも。まだ自分の終わり方はわかりませんが、グリーバの様な遺物を探して・・・いつか故郷に帰り、学んだことを役立てたいと」

「故郷には、帰りたいのか?」

「絶対ではないですけど・・・故郷ですから、多少は。帰る方法は中々見つからないとは思いますが」

「いつ、旅立つ?」

「しばらくは、このまま。ファウさんの下で小間使いをしながら生きる術を学びたいと思います」

「ふっ、小間使いも良いが、時は待ってはくれぬぞ? 好機は逃すなよ、我が勇者」

 不意にディリアの気配が無くなったので、カラクレムが顔を上げると、ファウが立っていた。

「こちらは終わりましたが・・・カラクさん、大丈夫ですか?」

 この小さな師匠を超えるのは何時になるのか、カラクレムは複雑な笑みを浮かべるしかなかった。

「これからもよろしくお願いしますね、ファウさん」

「え・・・あ、はい?」

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