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カラクレム  作者: Arpad
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2部 第11章 プリシーバのアイディール

 衣装対決をした日の夕方、カラクレム、エノゥ、ファウ、そしてマーレイの四人は、漁港周辺に舞台を移した復興祭へと足を運ぶことにした。

 もちろん、遊ぶ為だけでは無い。エノゥは街を守った英雄として、マーレイは街を救った女神として、復興に勤しむ漁師達の激励が主な目的であり、何の謂れも無いのはカラクレムとファウのみである。

 折角の祭なので、エノゥとファウは自らがデザインした衣装を身に纏い、祭りへ望むことにした。マーレイは宣言通り、ユクワー伝統の衣装を纏っている。カラクレムは相も変わらず、フォルフトの衣装の上に、恩賜の外套を纏っていた。この外套が意外と過ごし易いというのもあるが、厄介な正体を隠す為でもあるのだ。

 エノゥとマーレイが漁港へ着くと、大きな歓声が巻き起こった。復興作業をしては祭で呑み食い歌い、また復興作業へ戻るという行程を繰り返す人々の士気は、異様なまでに高い。押し寄せる人々の波が、カラクレム達をあっという間に分断してしまう。

 新しいものが大好きな女性陣は、奇抜な着回しをしたエノゥとファウを取り囲み、漁師達はこれからの幸運を願ってマーレイを拝み始めている。カラクレムは、位置的にマーレイの護衛に従事する事になった。

 しかし、予想以上にマーレイを触ろうとする輩が多い為、カラクレムはマーレイを連れ、一旦退避することにした。早くも建て直された飲食店の中へ逃げ込み、追い縋る者らから身を隠す。

「はぁ・・・凄い人気ですね。危うく圧殺しかねない勢いでした」

 カラクレムはマーレイに言ったつもりだったのだが、彼女から返事帰ってこない。振り返ると、マーレイはボーッと店の壁を見つめている。疲れてしまったのだろか、カラクレムはマーレイの肩を掴み、優しく揺さぶってみた。

「マーレイさん? 大丈夫ですか?」

「・・・あれ、私・・・ここは?」

 マーレイは、自分がどこに居るのか把握していない様子だった。

「漁師の方々のマーレイへの勢いが凄かったので、ここへ逃げ込んだのですが・・・覚えていませんか?」

「・・・覚えて、無い。漁師さん達に囲まれてたのは・・・うん、覚えてる」

 つまり、群衆から逃げ回っている間から店に逃げ込むまでの記憶が、ごっそりと欠落しているという事になる。マーレイの身に、いったい何が起きているのだろうか。

「・・・そういう事は初めてですか?」 

 カラクレムが問い掛けると、マーレイは首を横に振った。

「ううん・・・前からあったよ。でも最近は、今日は多い・・・かも?」

「・・・そうですか」

 考えずにはいられない、マーレイの命の残り火について。この現象と関係があるのか確証は無いが、このタイミングで全く関係が無いと断じるのも不自然である。だが、憶測だけでマーレイに不安を与えたくないと、カラクレムは何も言わないことを決めた。

「・・・カラクお兄さん、私もうお別れ、なのかな?」

 決めたのだが、カラクレムはマーレイの事を、少し侮っていたようである。彼女は聡い娘だ、下手な誤魔化しは効かない。誤魔化すことは、彼女への侮辱に他ならない。

 この世で息をしている時点で、誰しも死は避けられないのだから。それに、己が死期を悟る事で、踏み出せる一歩がある。自分がそうであったことを、カラクレムは思い出した。

「・・・そうかもしれません」

「・・・そっか」

「でも、違うかもしれません・・・そんな時は、例えそうであったとしても悔いが残らぬように、やってみたい事を叶えて行きましょう?」

「・・・やってみたい、事?」

「ええ、マーレイさんが望む事を残さずやり遂げるんです・・・私は全力をもって、貴女の願いを余さず叶える事を、ここに誓いましょう」

「・・・うん、ありがとう、カラクお兄さん・・・お兄さんは、お母様の願いも叶えてくれた。だから私、信じる」

「ええ、任せてください・・・それで、何かしたいはありますか?」

「う~ん・・・お魚、捕るの手伝いたい」

「漁を手伝いたい、ということですか? そうなると・・・追ってきた漁師さん達にご協力願いましょうか」

「あと・・・歌いたい」

「・・・歌? ああ、なるほどエイディアの物語ですね! マーレイさんも読んだのですか?」

「ううん、ファウに読んでもらったの・・・あとね、恐い顔のお姉さんのところも行きたい」

「はて、恐い顔のお姉さん・・・・・・もしかして、自警団の人達かな? 恐い顔で思い出すのは失礼とは思いますが」

「それから・・・お兄さんやお姉さん、ファウと遊びたい。一緒に泳ごう?」

「ええ、そうですね。二人にも話して、叶えて行きましょう」

「うん! でもね・・・約束はまだ守って、お願い」

「・・・分かりました、仰せのままに」

「・・・ありがとう、カラクお兄さん」

「いえいえ・・・さて、そうと決まれば、戻りましょうか。漁師さん達にお願いしないといけませんし」

「・・・うん、行こう」

 カラクレムは、マーレイの手を引いて、祭の中心へと戻っていった。すると、エノゥとファウがそんな彼らを見つけ、慌てた様子で駆け寄って行く。

「ちょっと、お兄さん達! どこに行ってたのさ、心配してたんだよ?」

「すみません、エノゥさん。マーレイさんが人波に酔ってしまったようなので、少し隠れてたんですよ」

「え、そうなの? マーレイちゃん、もう大丈夫なの?」

「・・・うん、平気。お願いするから、頑張る」

「ん? お願い?」

「えっとですね・・・マーレイさんには、挑戦してみたい事があるみたいで・・・」

 カラクレムはエノゥ達に、マーレイの願いを伝えた。

「なるほど・・・なら、私とマーレイちゃんでお願いしてくるよ。その方が、あっちも断り難いでしょう? 何たって、大英雄と女神様だもの!」

「誇大な表現に変わっている気もしますが・・・お願いします、エノゥさん」

「おうさ! 行こう、マーレイちゃん!!」

「うん、お姉さん!」

 エノゥとマーレイは、手に手を取り合い、人の波間に走り去って行った。

「こうして見ると、あの二人は本当の姉妹のようですね、カラクさん?」

 ファウは駆けていくエノゥ達の背中を見つめながら、優しく微笑んだ。

「ええ、そうですね・・・エノゥさんの事ですから、恋人の様だと言った方が大喜びしそうですけど」

「ふふっ、エノゥさんなら、きっとそうですね・・・では、私たちは今、周りからどう見えているのでしょうか?」

「う~ん・・・賓客とその護衛、といったところでしょうか?」

「・・・そうですね、カラクレムらしいです」

「あの・・・何故、急に真顔になったんですか?」

「いえ・・・何でも。プリシーバの女性には、この衣装をお褒め頂いたのですが・・・カラクさんには未だ、感想を頂いていないなと思いまして」

「感想ですか・・・よくお似合いで、可愛らしいと思いますよ? 正直、マーレイさんに着せていた時よりも、衣装が映えて見えますし・・・本場の着こなしといった感じでしょうか?」

「っ・・・カラクさんは本当に、良くも悪くも臆面がありませんね」

「そう・・・ですか? それより、顔が赤いようですが、お疲れですか?」

「・・・いえ、夕焼けのせいでは? それより、祭なのですから、屋台を見て回りましょう。私、お腹が空きました」

「ええ、そうしましょう。屋台巡りと言えば、アボイの市を思い出しますね?」

「はい、それほど時は経っていないはずですが、懐かしいです・・・もう、黙って商品を指差すのは止めてくださいよ?」

「その節は御迷惑を・・・流石に学びました」

「それなら良かったです・・・さて、イルムレではお目に掛かれない海産物、本場プリシーバ屋台の実力とやらを、見せて頂きましょうか」

「あはは、燃えてますね。ここなら、ファムサさんへのお土産も見繕えるかもしれませんね?」

「兄様? ああ・・・忘れてました。アボイでは邪魔をされたので、お土産は無しです」

「て、手厳しい・・・」

「さあ、行きますよ。芳ばしく焦がした魚醤の香りが私を呼んでいます!」

 その後、ファウが屋台を制覇した事は言うまでも無いだろう。



 復興祭から、一日と少しが経った夜半過ぎ、カラクレムとマーレイは漁港に居た。エノゥの交渉で漁への参加が認められたからである。

 しかし、漁船に乗せるのは御法度であり、エノゥが涙ながらに引き下がって、カラクレムが代理でお供することになった。そもそも、女神が嫉妬してしまわない様に、漁船に女性を乗せてはならないのだそうだ。ゆえに、現女神であるマーレイは例外らしい。

 二人は漁師の纏め役である漁師長に従い、漁船へと乗り込んだ。先のダンタリオによる襲撃で漁船が全滅してから、漁師達は波に呑まれても修繕所に残っていた大型船の修復に注力し、それぞれの船が仕上がるまで、全漁師で漁を行なう事にしたそうである。

 大きな帆が張られ、漁師長が風を操り、帆へと風を吹き付けさせて漁船は動き出す。

 マーレイとカラクレムは船首に待機している。マーレイが指で示した方向を、カラクレムが舵取りに教え、舵取りが漁師長に風向きを指示するという流れになっているのだ。

 マーレイは、魚の集まっている場所が何となく判るらしい。はっきりと見えたり、聞こえたり、臭ったりするわけではなく、本当に何となく知覚出来る程度なのだそうだ。

 だが、マーレイの示した場所に網を入れ、それを引き揚げてみた時、船上は異様な興奮に包まれた。今まで見たことが無いほどの魚介類が網に掛かっていたのである。

 てんやわんやの漁師を尻目に、マーレイはさらなる場所を次々と示していく。どこももちろん、約束されていたかのような大漁であった。

 夜明け前までの漁獲量は、3ヶ月分にも及ぶと、漁師長は豪語する。港へ戻るまで、船上はまたもやお祭り騒ぎになっていた。

 漁師達は、新鮮で旨味の多い魚を捌き、挙ってマーレイへ献上してきたり、力自慢の漁師達がカラクレムに腕相撲を挑んで惨敗するなど、船上は多いに沸き立った。奴が現れても、それは続く。

「大海蛇だぁ!!」

 見張りの漁師が何事かを叫び、海中を指差す。次の瞬間、水飛沫と共に海中から鱗が碧く煌めく大蛇が姿を現した。その大きさ、帆の先端に迫る程である。

 これこそが、ユクワーの魔法技術発展の理由、彼らの漁場には規格外の怪物が彷徨いているのだ。奴の狙いは、甲板にうず高く積まれた海産物、それとついでに人間達も頂こうとしている。

「追っ払えーー!!」

『応ッ!!』

 漁師長の掛け声で、漁師達は各々、風を操り、真空刃で大海蛇を攻撃し始めた。しかし、真空刃は大海蛇にかすり傷を与えるばかりで、決定打を食らわせられていない。漁師長曰く、こんな大物は規格外中の規格外であり、滅多なことでは姿を現しすらしないという。莫大な漁獲量とドンチャン騒ぎが、彼を目覚めさせてしまったらしい。このままでは、全員の命が失われてしまう。

 カラクレムは、半ばヤケクソで長剣を発現させ、大海蛇の額目掛けて投擲した。しかし、これが効いたようで、大海蛇は断末魔の叫びを上げて、海中へと没していった。漁師達は大歓声を上げながら、縄の繋がれた銛を携え、海中へと飛び込んで行く。大海蛇の回収へ向かったらしい。その鱗は、装飾品として珍重されているのだそうだ。

 史上類を見ない程の漁獲量に、プリシーバ全体が沸き立った。海の女神とその従者が大いなる富を与えてくれたと。また揉みくちゃにされる前に、カラクレムは漁師長に礼を言い、マーレイを連れて漁港から脱出した。

「凄かったね、カラクお兄さん・・・楽しかった、よ?」

 マーレイも御満悦のようで、しばらく興奮冷めやらなかった。



 その翌日は、マーレイとファウで飲食店の再開店を手伝いに行った。女神の給仕ということで、ここも瞬く間にお祭り騒ぎになってしまう。

 押し寄せるお客様を、接客など素人のはずのファウが的確に捌いていき、マーレイは客達に教えられた歌でもって、食事時を大いに彩った。エイディアが美声というのは事実のようで、マーレイも素人とは思えない歌声を提供している。客達も呼応して歌い出すと、その歌声はプリシーバ中にこだまし、新たな客を呼び寄せ続けた。

 エノゥとカラクレムが様子を見に行った昼下がりには、砂浜も埋め尽くす程の大宴会へと発展しており、ファウはユクワーの恐ろしいまでの祭好きさを、その脳裏に深く刻まれることになる。マーレイはユクワーの迫力など何処吹く風よ、実に楽しそうに歌い続けながら、客の間を渡り歩いていた。



 その次の日、マーレイはエノゥに付き添われ、プリシーバ自警団の元を訪れた。あの大波襲来から一週間の時間が流れていたが、お祭り騒ぎでよく遭遇するので、久しぶりというわけではない。

 ライエナ団長は歓待するつもりでいたが、マーレイが訓練に参加したいというので、度胆抜かれてしまう。困惑するエノゥと協議し、とりあえず軽い訓練に付き合わせるということで一致した。

 市街の見廻りを兼ねた走り込みや、武器の素振りに練習試合、最後は極限まで肉体を苛め抜く筋力増強訓練などを経験し、マーレイは訓練の厳しさを知ることになる。マーレイはライエナ達を褒め称え、彼女達をほっこりさせた。本日の〆として、彼女達しか食べない、戦中限定の肉料理が振るわれた。普段は、あまり美味しくない豆のスープを食べており、戦意高揚の為の料理らしい。熱した鉄板に木犀油を薄く伸ばし、削ぎ切りにした各種肉とニンニクをその上で焼いて、魚醤で食すというもので、マーレイとエノゥはたらふく平らげた。これを期に、マーレイが筋肉に目覚めないかと憂慮していたエノゥであったが、そんな素振りは一切なかったので、ホッと胸を撫で下ろしていた。



 その明くる日、面倒を避ける為、復興も大部分が完成した事で人の姿がめっきり減る昼下りを狙い、4人は海水浴へと繰り出した。

 度重なる波で洗われ、砂浜は以前のような真っ白な姿を取り戻している。異臭も無いので、この前の宴会も開催できたというわけだ。

 ユクワーの水着を纏い、波打ち際で水遊びに興じるエノゥ、ファウ、マーレイとは裏腹に、カラクレムは木陰に蓙を敷いて、うたた寝をしていた。照り付ける陽射しと砂浜という組み合わせに、あまり良い思い出が無いからである。火に掛けた鍋底のような砂を踏むと、嫌でもあの時の砂丘を思い出してしまうのだ。

 しかしそんな事は、彼女達には関係ない。カラクレムは陽の下へ引きずり出され、水遊びに参加するように強要されたのである。仕方ないのでカラクレムは、水着の上に恩賜の外套を羽織って、波打ち際へと現れた。日焼けにも良い思い出が無いのだ。

 その姿は大いに笑いを誘ったが、一旦水遊びが始まると、エノゥ達は戦慄することになった。この外套、水を弾くのである。海水に濡れるのも気が乗らないカラクレムの最後の足掻きであったが、逆に水を弾くという性質が気に入られ、カラクレムはしこたま海水を掛けられることになる。それも魔法を使って、大々的に。これには流石のカラクレムも根負けし、密かに行なわれていたエノゥの意趣返し(公衆の面前で負かされた事や抜け駆けされた上、待ち惚けを食らった事、さらにはアクアニウム自爆時に海へ振り落とされた逆恨み等)は成功に終わる。

 カラクレムは木陰で倒れ、エノゥ達が海水泳に興じ始めてから、しばらく経っての事である。ファウの悲鳴が、依然としてぐったりしていたカラクレムの耳に届いた。

「ファウさん!?」

 カラクレムが急いで波打ち際へ駆けつけると、エノゥが、ぐったりとしたマーレイを担いで、ファウと共に戻ってきていた。

「何が起きたんですか!?」

「マーレイさんに泳ぎを見せてもらっていたのですが・・・急にぐったりと動かなくなってしまって、溺れたのではないかと・・・」

「マーレイさんが・・・溺れた?」

 先天的に、肺呼吸とエラ呼吸の双方を有しているマーレイに、そんな事が起こりうるのだろうか。マーレイを蓙まで運び、カラクレムは彼女の口と鼻の前に手を翳した。

「・・・呼吸はしていますね」

 やはり、溺れたわけではない。となれば、いつかの様に放心状態になっているのかもしれない。3人で必死に名前を呼び掛けたが、マーレイに目を開けなかった。海水浴はここで切り上げ、マーレイを別荘へと連れ帰った。



 それから街の医師を呼び、マーレイを診てもらったが、昏睡状態に陥った原因は判らなかった。医師は、まるで死を迎えようとしている様だ、という言葉を残し、己の力不足を詫びて去っていった。

 突然の出来事に、エノゥもファウも言葉を失っている。先程まで元気に遊んでいたマーレイが、今ではベッドの上でピクリとも動かない。既に日も暮れ、倒れてから結構な時間も経っている。その不安や焦りからか、エノゥはカラクレムに掴み掛かった。カラクレムだけが、何が起きたのかを理解しているような顔をしている様に見えたからだ。

「どうして・・・どうしてマーレイちゃんが死にかけているのさ!!」

「っ・・・それは・・・」

 カラクレムが言い淀んでいたその時、ファウが声を上げた。

「マーレイ!」

 マーレイは、久方ぶりに目を開いていた。エノゥはすぐに踵を返すと、すがり付く様にマーレイの手を取った。

「・・・エノゥお姉さん、カラクお兄さんを、怒らないで・・・私が、頼んだの」

「頼んだって・・・何を?」

「・・・もうすぐ、お別れしないといけないこと、誰にも言わないでって・・・」

 本人が約束を明かしたのを受け、カラクレムも堅く閉ざしていた口を開放した。

「今年が、マーレイさんの寿命なのだそうです・・・この症状は、おそらく医師の言う通り・・・」

「そんな・・・」

 エノゥの双眸から涙が零れ、頬を伝って落ちていく。ファウは茫然と立ち尽くしている。

「・・・ありがとう、カラクお兄さん・・・最後まで、約束守ってくれて」

「いえ・・・本当に、良かったのですか?」

「・・・うん、楽しかった」

 こんな時でも、マーレイは微笑んでみせる。本当に楽しかったのだろう。

「・・・マーレイさん、もっと貴女の事を教えてくれませんか? 私たちが、貴女の事を忘れないように」

「・・・うん、良い、よ?」

 マーレイは、今にも寝てしまいそうな様子で語り始めた。これまでどの様に、どの様な事を感じて、今この時まで生きてきたのか。最初は淡々としていたが、エノゥと初めての出会ってからの事は、彼女の胸の高鳴りが判るくらい、感情がこもっていた。

「・・・助けてくれて、ありがとう、お姉さん・・・友達になってくれて、ありがとう、ファウ・・・約束、守ってくれて、ありがとう、お兄さん・・・」

「・・・最後までありがとう。偉いです、マーレイさん」

 カラクレムは、マーレイの頭を撫でた。

「マーレイ・・・友達は不滅だと、父が言ってました」

 ファウは強く、マーレイの手を握った。

「・・・ふぅ」

 エノゥは涙を拭うと、マーレイの額にそっと唇を寄せた。

「・・・ありがとう、マーレイちゃん・・・大好きだよ?」

「えへへ・・・・・・やったぁ」

 マーレイは笑みを浮かべると、眠りに落ちていく様に、目蓋をゆっくりと降ろしていった。

 その明け方、マーレイは安らかに息を引き取った。

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