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カラクレム  作者: Arpad
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2部 第10章 プリシーバのアイドル

 それは、プリシーバに語り継がれる、お伽噺。

 昔々のプリシーバ、とある若い漁師が沖合いで漁をしていると、美しい娘が波間に漂っていることに気が付いた。

 娘を助けた漁師は、彼女をプリシーバへ連れ帰り、目を覚ますまで介抱した。

 目覚めた娘は、記憶を失っており、漁師は娘の記憶が戻るまで面倒を見ることにした。

 娘は魚のよく捕れる場所を熟知しており、漁師は多くの財を得た。また、歌声も素晴らしく、酒場で歌えば、極上の酒盛りとなった。

 日を重ねると、二人は互いを想い合うようになり、ついに漁師は求婚したものの、娘はそれを哀しげな顔で断り続けた。

 漁師は娘の行動を訝しみ、記憶が戻ったのではないかと問い詰めた。すると、娘は観念したらしく、全てを語り出した。

 娘は最初から記憶など失っておらず、人と暮らす為に嘘をついてきたことを詫びた。そして、自分は海底の都から逃れてきたエイディアという種であり、近く自分を連れ戻しに追っ手が来るかもしれないと告白した。迷惑を掛けてしまうゆえ、いつまでもプリシーバには居られないのだと娘は語った。

 漁師は、プリシーバの住人らに娘が打ち明けた事の全てを話し、彼女の居住の許しを求めた。全ての漁師により多くの魚をもたらし、素晴らしい歌声を届ける娘の事を、住人らは愛していた。娘の居住を許し、追っ手が来たときは共に戦うことを誓った。

 皆の意志を知った娘は涙を流し、漁師の求婚を受け入れた。

追っ手が現れたのは、婚姻の前日の事であった。海より、魚の頭を持った巨兵が現れ、人を襲い始めた。人々は勇敢に戦い、巨兵を何度か退けた。だが、さらなる体高を誇る将軍(ダンタリオ)が現れてからは、敗北することが常となった。やがてプリシーバの命運は退っ引きならない状況へと陥っていった。

 皆が滅びを覚悟したその時、娘が立ち上がった。奴らの狙いは自分であり、自分が囮となってプリシーバから引き離すと言い出した。漁師はもちろん引き止めたが、娘は漁師と口づけを交わすと、追っ手で溢れかえる海へと消えていった。その後、巨兵や将軍もいつの間にやら姿を消し、プリシーバには平穏が戻ってきた。娘が戻ってくることは、二度となかった。

 漁師、そして住人らは、娘一人も守り切れなかったことを嘆き、その最期とこれまでの献身、胸を高鳴らせる歌声を讃えて、プリシーバを見守る海の女神として、彼女を弔った。

 そして今でも、女神に祈ると漁獲が増えたり、大海原でプリシーバへの帰り道を見失っても歌声が導いてくれる等の奇跡がまことしやかに囁かれている。



 子ども向けの伝記を読み終え、エノゥは嘆息した。騎士長ラグトゥへの報告書が終わらないのだ。

 気にもなっていたし、参考になればと読んではみたものの、エイディアという存在がいまいち掴めない。というか、全体的に多分に脚色されていると思われる。エイディアの物語というのは、既に風化したお伽噺で、プリシーバ自警団団長が知っていたのは奇跡的な偶然なのだそうだ。

 嬉しいことに、子どもたちに最近人気なのは、ハルハントの騎士の物語だという。グリーバの件も発刊されるという事で、エノゥには取材の予約が既に入っていた。

 話を戻そう、抜け駆けしたカラクレムを尋問した結果、マーレイの家つまりはエイディアの住み処にはエイディア兵とダンタリオでプリシーバ征服を狙う親玉が居り、それをマーレイの母の犠牲をもって討伐したという証言を得た。真偽の程は定かではないが、例え偽りであろうと、エイディア兵の排除に成功したのは事実であり、当面の危機は去ったと言えるだろう。

 さて話は変わるが、風化したエイディアの物語は、今や大フィーバーを起こしている。それもそのはず、街を救った生き神様が現れたのだから当たり前であった。プリシーバでは今、エイディアの娘帰還兼街の復興祭が催されている。何でもかんでも祭りにしてしまう、そんな精神性には呆れもするが、その逞しさは敬意に値するだろう。プリシーバは毎日お祭り騒ぎである。

 それに伴い、マーレイはハルハントの別荘で身柄を預かっている。住人らの熱狂に対して、海の女神信仰をひっそりと続けてきた者らでは、彼女を守り切れないと判断したからだ。ハルハントの騎士の御前で無礼を働く者など滅多にいない、仮に居たとしてもエノゥが即座に殴り飛ばす。

 そして、生き神様にはトラブルが絶えない。

「ひゃあっ!?」

 今日も別荘の何処かから、給仕の悲鳴が響いてくる。

「仕方ないなぁ~」

 エノゥはちっとも進まない報告書は捨て置き、悲鳴の上がった場所へ向かうことにした。それも、鼻歌混じりで。

 悲鳴はどうやら、一階のエントランスで上がったようである。エントランスには、給仕に何故かシーツを巻き付けられているマーレイの姿が見えたのだ。

「どうしたのかな?」

 エノゥが給仕に問い掛けると、彼女は実に慌てた様子でそれに応えた。

「そ、それが、マーレイ様がまたお召し物を着ずにお出掛けになろうと・・・」

「あはは、またかぁ・・・マーレイちゃん、お洋服は嫌いかい?」

 シーツを巻かれたマーレイは、困った様に首を傾げた。

「・・・お洋服、嫌いじゃないよ? でも、着てなかったから、忘れちゃう」

 マーレイの言葉に、エノゥは腹を抱えて、大いに笑った。

「なるほど、それは仕方ない!」

 エノゥは、給仕に新たな洋服を取ってくる様に頼むと、マーレイの両肩に手を置いた。

「マーレイちゃん、何度も言うようだけど、私たちの間では、他人前では服を着ないといけないんだ。良いかい、着ないで良いのは、お風呂と私の前だけだよ?」

「・・・うん、分かった」

 エノゥが良からぬことをマーレイに吹き込んでいると、その背後では大きな溜め息が漏れた。ファウである。

「マーレイ、信じてはいけませんよ。エノゥさんは、ちょっと残念なお姉さんですから」

「ふぁっ、ファウちゃん!? な、何故ここに? というか今、私のことを残念なお姉さんって言わなかった!?」

「悲鳴が聴こえたので、またマーレイが服を着ずに外へ行こうとしたのだろうと・・・どうやら予想通りだったみたいですね」

 ファウも、マーレイと共に別荘で世話になっている。エノゥが呼び出した賓客という扱いだが、しっかりしているので給仕達から評判が実はエノゥよりも良い。

「ところでマーレイ、どこへ行こうとしていたのですか?」

「・・・カラクお兄さんのところ、もう二日も来てくれないから」

「その格好でッ!? ・・・これは由々しき事態ですね」

「・・・ファウも、行く?」

「はい、私もカラクさんが顔を出さないのが気になっていましたから・・・ですがその前に、マーレイのお洋服問題を解決しないといけませんね。ですよね、エノゥさん?」

「え? う~ん、どうかな? 残念なお姉さんには判らないよー」

「はぁ・・・謝りますので、根に持たないでください」

「よし、では私好みに謝ってもらおうか!」

「エノゥ好みに・・・」

 ファウは少し考えてから、エノゥ手を取り、胸の前辺りまで持ってくると、そっと両手で包み込んだ。

「ごめんね、エノゥお姉ちゃん?」

「合格!!」

 赦しを得たファウは、身悶えするエノゥの手をさっさと離し、この隙に外へ出ようとしていたマーレイをガッチリと捕縛した。

「行かせませんよ、マーレイ」

「・・・ファウ、駄目?」

「駄目です、それシーツじゃないですか・・・エノゥさん、マーレイちゃんのお洋服を買いに行きましょう」

「でへへ・・・ん? マーレイちゃんのお洋服なら、持ってくるように頼んであるけど?」

「こう言うのも何ですが、ユクワーの衣装は白無地のものばかりなので、愛着が持てないのだと思います」

「なるほど・・・確かに、ユクワーは服にあまり関心が無いみたいだよね。隠せれば良いというか、布巻いただけだしね」

 エノゥとファウは、お互いの格好を見合い、苦笑した。本当に布を巻いただけだと、再確認したのだ。

「そういえば、給仕さんから聞いたのですが、ユクワーも他の領域から影響を受けて、東区で新しい衣装の販売を始めているそうですよ?」

「まったく、商業ではユクワーに叶わないなぁ・・・よし、そのお店を見に行こうか?」

「はい、そうしましょう! そこでなら、マーレイも忘れず着てくれる服が見つかるかもしれません」

 熱を帯びていく二人の会話に付いて行けず、マーレイはとりあえず、ボーッとしていることにした。



 カラクレムはここ数日、ハンハント駐留組の宿舎で、文字の勉強に勤しんでいた。この街には、院という大きな図書館があると聞き、せっかくなので本を読めるようになろうとしているのだ。二日の成果として、専門書で無ければ読める程度には成れた。今は専門書でも読めるように勉強しているところである。

 何か、マーレイの為にしてあげられる事は無いのか。その答えを、どうにか見出だそうとしていた。だが未だ、最善とは言えない方法しか見出だせておらず、カラクレムは少し焦っていた。

 知りうる技術ではどうしようもない事なので、アールヴの技術なら光明があるのではと期待していたのだが、やはり何とか出来る事柄ではないのかもしれない。

 考えるのを止め、ベッドに寝転んでいると、ドアがノックされた。カラクレムは急いで起き上がり、応答した。

「どうぞ」

 するとドアが引かれ、エノゥの副官であるノイ従士長が顔を覗かせた。

「カラクレム殿、勉学の方は捗っておりますかな?」

「ええ、まあ・・・今は休憩しているところですが」

「そうでしたか、ちょうど良かった。我々、少し球遊びをするので、お誘いに来たのですが・・・いかがです?」

「球遊び・・・ですか? そうですね、気分転換には良いかもしれません。ぜひ、参加させてください」

「ほほぅ、これで面白い事になりそうですな。では、庭へ降りましょうか?」

 


「これは・・・」

 プリシーバ東区の衣装店で、エノゥは度胆を抜かれていた。そこで売られていたのは、色とりどりの布と刺繍が施された布等、とりあえず布布布であった。

「影響を受けても、基本は変えないのですね」

 ファウも、布を手に取りながら、落胆の色を見せていた。

「ここまで来ると、確固たる意志を感じるよねぇ・・・仕方ない、こうなったらユクワーの衣装を私達なりに手を加えるしかないね」

「つまり、それぞれの故郷色を強く出す・・・というわけですね?」

「うん、その通り! ついでに、どっちがマーレイちゃん好みか勝負しようよ?」

「勝負・・・ええ、構いませんよ!」

「良い返事だ、ファウちゃん! 君も負けず嫌いと見た! 折角だから、お兄さんにも拝ませてあげようか? うん、審査もさせよう♪」

「望むところです、負けませんよ!」

「私だって負けないよ! 勝ってファウに一日お姉さん呼びを強制するんだ♪」

「待ってください。聞いてないですよ、そんな話?」

「あはは、ファウちゃんが勝てば問題ないでしょう? それとも、勝つ自信が無いのかな?」

「むっ、聞き捨てなりませんね・・・良いでしょう、私が勝ったら、エノゥさんにお姉さん呼びを強制します」

「え、ファウちゃんをお姉さんと呼ぶのか・・・・・・有りだな」

「頬を赤らめないでください・・・やはり、対象はカラクさんにしておきます」

「そんな~!?」

 白熱する二人のやり取りに付いて行けないマーレイは、女神様と叫びながら手を振ってくる市民らに、手を振り返し続けていた。



 衣装店で必要な物を揃えたエノゥとファウは、マーレイを伴って、カラクレムの滞在するハンハント駐留組宿舎へとやって来た。

「ふむ、やって来てはみたものの・・・裏庭の方が騒がしいね」

 エノゥ達が訝しみながら裏庭へ回ると、エノゥの従士隊とカラクレムが、木の棒で掌大の木の球を転がし、地面に突き刺した枠の中を通り抜けさせる遊びに興じていた。

「お爺ちゃんかッ!!」

 エノゥが思わず叫んでしまい、驚いたカラクレムは明後日の方向に球を打ってしまった。

「あっ!? そんなぁ・・・って、エノゥさんにファウさん、マーレイさんまで? 皆さんお揃いでどうしたんですか?」

「お兄さん・・・何してるのさ?」

「これですか? ノイさんに誘われて・・・門球でしたっけ? ハンハントの最先端の球遊びを教えてもらっていたんだすよ」

「ハンハントの最先端ねぇ・・・それ、草原時代の遊びだよ」

「草原時代?」

「ほら、話したでしょう? ハンハントが未だ草原の民だった頃の遊びってこと。もう、お爺ちゃんしかやってない古~い遊びだよ」

「そ、そうなんですか? まあ、最先端でなくとも面白くはありましたよ? ねぇ、皆さん?」

 カラクレムが問い掛けると、従士隊一同腕を組み、頷いた。

「ええ、門球は最高の娯楽」

「門球は我々を、今は遠き草原の地へと誘ってくれる」

「童心がたぎる限り、門球は不滅なり」

 思い入れが深過ぎて、カラクレムは苦笑いしか浮かべられなかった。

「黙りなさい、お爺ちゃん達。もっと良いものを拝ませてあげよう・・・マーレイちゃんのお着替え対決を!」

『オオォォッ!?』

 従士隊は、木の棒を捨てさり、大いに熱狂した。

「思い入れはッ!?」

 カラクレムは、老兵達の豹変ぶりに驚きを隠せなかった。

「よし、それでこそ私の部下だ。これから準備するから、ちゃんと片付けておくようにね!」

『はっ!!』

 従士隊は、さっさと伝統を片付けて、観覧する為の椅子を宿舎のエントランスへ運び出し始めた。

「えぇ・・・」

 事態の急変に付いて行けず、カラクレムが棒立ちになっていると、ファウがその肩に手を置いた。

「イルムレにも似たような、アナウサギ落とし、という遊びがありますよ。今度、一緒にやりましょう」

「ファウさん・・・お気遣いありがとうございます」

 話に付いて行けなかったマーレイは、よく分からないがファウと同じように、カラクレムの肩に手を置いた。

 カラクレムが居たたまれない気持ちになったのは、言うまでもないだろう。



「さあ、準備が出来たよー!」

 エノゥとファウの、衣装アレンジ対決。まずは、エノゥの作品からである。

「機能性に拘り、布を取っても大丈夫な様にしました!」

 エノゥは下半身用の下着以外に、ハルハント御用達のタンクトップ式上半身下着を着せることで、隠すことを気にしない布の巻き方が出来る様にした。彼女の場合は肩を陽射しから守る様にした襷掛けを選び、余らせた布を腰に巻き付ければ完成である。

『よっ、ハルハント式!』

 従士隊納得の仕上がりに、カラクレムは首を傾げていた。

「それって・・・布を巻く必要あります?」

「いや、それは・・・大丈夫だからって、恥ずかしくないわけじゃあないからでしょ?」

 エノゥが珍しく真顔で返答してきたので、カラクレムはそれで納得することにした。

 後攻のファウは、またひと味変わった格好であった。2枚の布を、上半身は衿合わせ式に、下半身はパレオ式に纏わせている。普通に巻き付けるよりも暑苦しさが軽減された、フォルフト風の仕上がりだ。

『めんこいの~』

 従士隊は、デレデレである。

 そして決着の刻、従士隊の票は綺麗に割れた。つまり、カラクレムの一言で勝敗が決するのだ。カラクレムは逡巡した後、答えを出した。

「その・・・甲乙つけ難く・・・引き分けで」

 この判定には、エノゥとファウから不安が噴出した。

「ファウちゃんがお姉さんと呼んでくれないじゃないか!」

「カラクさんにお姉さんと呼んでくれないじゃないですか!」

「反論がよく分かりませんが・・・決着はマーレイさんにお任せします」

 決着を投げられたマーレイは、ボーッとしていたが、視線が集まっていることに気付き、首を傾げた。

「・・・何?」

「マーレイさん、どの服装が気に入りましたか?」

 カラクレムが問い掛けると、マーレイは今とは逆の方向に首を傾げた。

「う~ん・・・・・・普通のが一番好き」

 茶番終了、である。

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