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カラクレム  作者: Arpad
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2部 第8章 エイディアの呼び声 後篇

 球体型の潜水艇は、如何なる光も届かない真っ暗な海を、小さな明かりを二つだけ点灯させて進んでいた。

 計器の類いが無いせいで、正確な深度は不明である。だが、潜水艇が深海と呼ばれる領域に達していることは、カラクレムにも理解出来ていた。

 だからこそ、球体の周りを随伴する様に泳ぐマーレイの姿が異様なものであると言わざるをえない。ここまで息継ぎもせず、深海の水温や水圧にすら耐えている。人間の姿形をした彼女が、深海を思う存分泳ぎ回るという光景は、白昼夢と言われた方が納得出来る。彼女が時折、外壁を叩いて笑みを向けて来なければ、カラクレムもこれは潜水艇内に投影された映像だと思うことにしていただろう。

 また、マーレイが潜水艇をノックした。カラクレムが見上げると、マーレイはまるで会話でもしているかのように、口を動かしていた。深海で口を開けて平気な時点で大騒ぎだが、カラクレムは彼女の唇の動きを注視していた。

「もう、すぐ、つく・・・わたしの、いえ?」

 マーレイが指差した方向に目を向けるも、暗闇しかない。彼女には何が見えているのだろうか、カラクレムが首を傾げた次の瞬間、潜水艇のライトが巨大な影を照らし出した。

 魚の様な顔をした巨人の上半身、エノゥがダンタリオと呼んでいた存在であると、カラクレムは察した。顔のすぐ脇を通り抜けたが、襲ってくるどころか、こちらを気にする様子さえ無い。

 カラクレムが安堵のため息をついたのも束の間、潜水艇はまたもダンタリオの顔の横を通り過ぎていった。これには流石のカラクレムも戦慄してしまったが、驚くのはまだ早い。その後も5回ほどダンタリオとすれ違った。この怪物は、いったい何匹存在しているのだろうか。

 そうこうしていると、潜水艇のライトは、明らかに人工的な物質を照らし出していた。金属とは違うようだが、光沢が有り、硬度も高そうに見受けられる。おそらくは、何らかの建築物なのだろうが、暗過ぎて全貌を窺えそうにない。潜水艇は建築物を下から回り込むように進み、やがて大気の有る空間へと潜水艇は浮上した。どうやら、マーレイの家とやらに辿り着いたようである。

 カラクレムが、潜水艇のライトで周囲を窺おうとした次の瞬間、日の光を直視したような閃光が彼の目を眩ませた。それは敵対行為等ではなく、照明が点灯しただけのようだ。

 今度こそ周囲を窺うと、そこは建築物の中であり、まるで潜水艇一隻だけを格納する為のような小さめの空間だ。どうも、エアロックのような役割を果たしているらしいが、カラクレムは潜水艇の外へ出ることを躊躇っていた。海水が入って来ないということは気圧が、つまりは空気があるということである。だが、それが呼吸の出来る空気かは判らない。

 カラクレムが決断に困っていたその時、ハッチが開放されてしまった。

「カラクお兄さん、大丈夫?」

「えっ!? あっ・・・・・・大丈夫、です、よ?」

 どうやら、カラクレムがいつまでも出てこないので、マーレイが心配して開けてしまったようだ。開いてしまえば、後には退けない。呼吸にも問題ないようなので、カラクレムは潜水艇から降り立った。

「こっちだよ、付いて来て」

 背後から、横を走り抜けようとしたマーレイに、カラクレムはサッと自らの外套を纏わせた。そのままの格好というわけにはいかないので、緊急処置的なものである。

 マーレイは、纏わせた意味を理解しているのか怪しい反応だったが、カラクレムが身体が冷えてしまうからと言葉を添えると、納得はしたようである。

 マーレイの先導に従い、カラクレムは気密ドアを開け、エアロックの外へ出た。外とはいえ、建物の中であることに変わりは無い。そこはホールの様な空間で、カラクレムが出てきたエアロックとおぼしき部屋が幾つも並んでいた。照明はぼんやりとだが点いており、マーレイが奥の通路へ走っていくのが見える。小走りで後を追うと、通路の先にはさらに広い空間が存在していた。

 その全容は掴めないが、吹き抜け構造になっているらしく、おそらくはエントランスのようである。予想できるのは、彼の故郷にも似たような造りの建物があったからだ。

 カラクレムは興味深々で、端から見て回りたかったが、マーレイがさらに奥へと進んでしまい、後ろ髪を引かれながらも、その後を追った。

 次は半円状の通路になっており、右に向かって緩やかなカーブを描いている。驚くべきなのは、半円状の壁や天井が透明になっていて、外の様子が窺える事だ。真っ暗な深海だが、この建築物が発する光によって、様々なものが照らし出されている。

 例えば、この建築物の外観だ。見た限り、全体があの潜水艇と同じにび色の物質で構成されており、円環で結ばれた4つの塔とその内側にはドームが存在している。先程のエントランスは塔の内部だったようで、振り返ると頂の見えない塔が確認出来た。この4つの塔を結ぶ円環の上部のみが内外変わらず透明になっており、随分先を走っていくマーレイの姿も見えている。彼女は塔へ続く道ではなく、中心のドームへと続く道へと折れて行った。

 カラクレムも駆け足で追跡し、やがてドームの入り口へと辿り着く。入り口横の壁には、関係者以外立入禁止、とカラクレムの見知った文字が書かれていたが、これといって行く手を阻むようなものは無い。恐る恐るドームへ足を踏み入れてみると、そこは不思議な造りをしていた。

 大きなドームの中には、天井と床から伸びる細い円錐と円錐に挟まれるようにして浮かぶ球体だけが存在している。そして、その球体の前で、マーレイは立ち尽くしていた。

「マーレイ・・・さん?」

 カラクレムがマーレイの元へ歩み寄ると、彼女は振り返り、球体を指差した。

「カラクお兄さん、お母様、です」

 マーレイの発した言葉の意味を、カラクレムは理解出来なかった。言葉が通じないという事では無く、意味が解らないのだ。マーレイは、この球体を母と呼んだ。この無機質な球体がマーレイを産み落としたとでも言うのか。

 カラクレムは混乱し、とりあえず挨拶をしておく事にした。

「初めまして・・・カラクレムです」

 すると、球体が淡く明滅し、どこからともなく声が響いてきた。

「初めまして、カラクレム・・・ワタシは都市管理機構、シムズ」

「シムズ・・・貴女が、マーレイさんのお母さんなのですか?」

「・・・その質問に答えるには、先ずは多くの事を知って頂く必要があります・・・」

「何を、ですか?」

「・・・我々の始まり、そして現状について・・・お話し致します」

 カラクレムは一先ず、その場に腰を降ろすことにした。

「では、お聞かせ願いましょう・・・」



 シムズが語り出したのは、はるか過去に動き出した、とある計画に関する事だった。

 アクアニウム計画。それは近々起こりうる大戦に備え、海の中にフロンティアを求めた人類の夢。その実行の為に、この海中都市アクアニウムとそれを管理運営する人工知能シムズが生み出される。計画の遂行者、信奉者らはアクアニウムに搭乗し、大戦終結まで海溝の奥深くに身を隠すことにした。

 アクアニウムは完璧な海中都市だった。海流を利用して電気を起こし、特殊な装置で海中から酸素を取り込めた。海産物を粒子分解し、まったく別の食品に再構成出来た。地上とまったく交流を持たず、未来永劫海中を漂えた。

 ただ、人の心は大きく混乱していった。どれほど素晴らしい施設を用意しようと、それが密閉空間である事に変わりは無い。人々は、アクアニウムの外へ出ることを望み始めた。計画からの離脱ではない、自由に海を泳ぎたいという意味である。潜水艇は論外だった、あれも所詮は密閉空間に過ぎないからだ。需要の高まりを受けて、アクアニウム計画は終了、新たな計画が始動した。

 それこそが、エイディアン計画。人の姿を保ったまま、あらゆる海の回遊が可能な新人類。いずれ大戦で荒廃するであろう惑星環境を癒す者として、それをエイディアンと名付けた。

 人間をエイディアンにするには、二種類の方法があった。まずはDNAの改良、これはイルカのDNAをベースに、数種類の魚の特性を、人間のDNAに取り込ませたもの。

 もう一つは、外科的方法。DNAの改良は、後の世代を想定したもので、現行世代は外科手術と投薬で以下の特性を付与した。目立ちにくいエラの増設による水中呼吸、水温、水圧対策としての骨格と筋肉の増強、そして僅かな光を取り込み増幅する暗視能力である。

 こうして、アクアニウムの人々は次々とエイディアンになり、息の詰まる生活から海の中で深呼吸する生活へとシフトしていった。

 全てが好調に思えた。いや実際、好調だった。あの事件が起こるまでは。

 問題が起きたのは、エイディアン第2世代、つまりDNAを改良された世代からだった。産まれてきた子ども達が成長と共に、顔の変形や鱗の発現等の症状を訴え出したのだ。解決法が見出だされるよりも先に、子どもの異変は猛スピードで進行していった。肉体は急激に発達し、顔は魚のそれと同じ様になり、全身を鱗が覆い尽くす。とても人とは言えない異形と化した子ども達、既に自我は消失しており、親である第1世代エイディアンを襲い、全滅させてしまった。それが、アクアニウム計画から30年、エイディアン計画から2年で起きた惨事である。

 人間、いや自我のある旧エイディアンが居なくなっても、シムズは都市の管理を続けてきた。異形に成り果てた現エイディアン、つまりはユクワーがエイディアと呼ぶ存在を管理対象とし、全てを見続けてきた。そして、その研究観察も彼女の日課となっていた。

 現エイディアンは代を重ねる事に魚化が進行し、今では人間くさい行動が見られるものの、あらゆる意味で魚そのものへと変貌している。シムズは、この現象が人間のDNAの繊細さ、もとい脆弱性が原因であったと推察した。要するに、取り込んだつもりが、内側から食い荒らされてしまったというわけである。

 彼らはアクアニウムを巣とし、深海で細々と生き延びてきたが、シムズはその生態に興味深い現象が起きていることに気が付いた。ある周期で、先祖返りが発生していたのである。その先祖返りは、海生生物として完璧な素養を備えており、皮肉にも、かつてアクアニウムの住人が目指した、真のエイディアンそのものであった。

 だが、卵から生まれようとも哺乳類の特性を持つ彼らは、餌を得ることが出来ずに、衰弱死するのが定めであった。シムズは管理の為、生まれたばかりの先祖返りを保護し、研究、育成することにした。

 先祖返りは、人間と同じペースで成長する。よって、回収してきた幼生は胎児の大きさになるまで培養液で生育させた。一般的な出産サイズに成長したら、培養液から出し、肺呼吸を促す。産声を上げてからは、人間の赤子と同じ様に育てていく。先祖返りは大体、四半世紀周期で現れ、同時期に複数現れたことは無い。生殖能力は備えておらず、無発展を宿命付けられた、生命の木の落葉の様な存在である。この素晴らしくも憐れな生命を、シムズは幾度も育て上げてきた。そしていつからか、ある疑問を抱き始める。

 現エイディアン、この罪深き生命は、存続すべきなのだろうか。

 その数を爆発的に増やしつつある彼らは、いずれは人類に牙を剥くとシムズは懸念していた。人類を生かす自分が、人類を脅かす存在を管理しているという矛盾に、シムズは苦しんでいる。ゆえに、許しが欲しかったのだ。役目を終えて良いと、人間の口から。



 シムズの報告、いや独白を聴き終えたカラクレムは、大層苦々しい表情を浮かべていた。

「つまり・・・マーレイさんは、その先祖返りで・・・私は貴女の終わりを許す為に、ここへ招かれたと?」

「・・・その通りです、人間よ・・・私には分からないのです。彼らを生かすべきか、滅ぼすべきなのか・・・それを、貴方に判断して欲しい・・・」

「そんな事、突然言われましても・・・」

 カラクレムは困惑しつつ、マーレイに目を向けた。彼女はいつの間にか、彼の膝を枕にして寝息を発てていた。

「・・・滅ぼす場合、マーレイさんも一緒に処分するおつもりですか?」

「・・・いえ、マーレイには子孫を残す事はできません・・・よって、生かしていても問題無いのです・・・」

「良かった・・・それと聞きたいことが幾つかあるのですが?」

「・・・何でしょう?・・・」

「ダンタリオ・・・あの巨大な怪物が貴女の話には出てきませんでしたが、あれは何なのですか?」

「・・・あれは、アクアニウムの防衛用に作られた生物兵器です・・・謂わば、ワタシの同僚・・・主人たる人間を失ってからは、現エイディアンに追随しているようです・・・」

「なるほど・・・次に、エイディア兵・・・じゃないか、現エイディアンが港町を襲っているのですが・・・」

「・・・ああ、危惧していた事が起きたのですね・・・」

「いや、その、ちょっと違いますが・・・彼らはマーレイさんを追い掛けてきたと考えられていますが、現エイディアンは先祖返りを襲うのですか?」

「・・・はい、彼らは同族以外に襲い掛かります・・・先祖返りは同族と見なさず、最優先で排除しようとする行動が見られました・・・マーレイには気取られないようにと、言い聞かせたのですが・・・」

「つまり・・・マーレイさんを追ってプリシーバヘたどり着き、そのまま他種族を襲い続けているのですね。彼女が目的というよりも、他の生命が気に入らないといった感じでしょうか?」

「・・・はい、第1世代を全滅させた事から、その残虐性は高いと思われます・・・食す以外の目的で命を奪う、人間の特性を十二分に引き継いでいるかと・・・見境が無い分、脅威と言えますが・・・」

「同族も手に掛ける人間とは良い勝負ですね・・・ですが、今回被害に遭っているのは、同族を殺さず、無駄な殺生を好まないアールヴ達です。見過ごすわけにはいきません」

「・・・アールヴ? 人間ではないのですか?・・・」

「人間は大戦の結果、一部を残して滅びましたよ。今、人間という称号を引き継いでいるのはアールヴです」

「・・・そうだったのですか、人間は、人類は既に・・・」

「ええ、私はたまたま近くに居た、ただ独りの人類でして・・・そういえば、マーレイさんを送り出したのは人間を連れて来させる為だとして、好きになってくれる人を探せというのは? それに、何故このタイミングで行動を起こされたのですか?」

「・・・それらの質問の答えは、彼女がもうすぐ、誕生から15年を迎えるから、です・・・」

「それは・・・どういう意味ですか?」

「・・・現エイディアンの寿命は5年、そして先祖返りの寿命は、15年程なのです・・・ワタシは何度も看取ってきました・・・ワタシはもう、看取りたくは無かった・・・マーレイには人と交流し、彼女に好意を持ってくれる人に看取ってもらおうと決断しました・・・」

「そんな・・・そんなことって」

 カラクレムは、拳を強く握り絞めた。そのような理不尽には怒りを禁じ得ない。だが、怒りをぶつけるべき者はこの世には存在しない。彼らは既に、自らが生み出した存在に滅ぼされているからだ。

「貴女は、迷っていると言っていましたが・・・最初から滅ぼす為に動いていたのですね?」

「・・・はい、ワタシはマーレイを最後と決めました・・・ですが、ワタシには滅ぼせないのです・・・」

「それは、どういう意味ですか?」

「・・・ワタシは、管理機構。自爆シークエンスへのアクセス権がありません・・・操作出来るのは、生身の人間のみ・・・」

「・・・私は、マーレイさんの代わりなんですね?」

「・・・はい、その意味をまだ理解出来ていないマーレイに、同胞を滅ぼさせるのは酷過ぎると判断しました・・・なので、第三者に公平な目で判断して欲しかったのです・・・」

「・・・最後に、自爆と仰有いましたが、現エイディアンをここへ集める手立てがあるのですか?」

「・・・ある音波に、現エイディアンを引き寄せる特性があるのを見つけてあります。街を襲っているという群れも、すぐに引き返してくることでしょう・・・」

「・・・分かりました、今後マーレイさんの様な方を生み出さない為、私が貴女とエイディアンを滅ぼしましょう」

「・・・感謝します、カラクレム・・・」

「気にしないでください・・・他種族を滅ぼすのは、人間の専売特許ですから」

「・・・感謝します・・・」

「自爆させるには、どうしたら?」

「・・・この施設の下層に、自爆起動用のコンソールがあります・・・最期の抵抗手段として搭載されたものです・・・そこまでは、ワタシが誘導します・・・ですがそこは・・・現エイディアンの巣にも近いですので、ご注意を・・・」

「なるほど、強行突破ですか・・・分かりました、やりましょう。なのでその間、マーレイさんと最後に話し合てあげてください。突然の別れにならないように・・・」

「・・・はい、そうします・・・では、これから点滅させる床に移動を・・・昇降機を作動させます・・・」

「・・・はい」

 カラクレムは、マーレイの頭を丁寧に床へ降ろしてから、赤く点滅を始めた床へ移動した。

「・・・昇降機、起動・・・御武運を・・・」

 カラクレムの立つ地点から1m四方の床に切れ目が入り、彼を乗せたまま、ゆっくりと下降していった。



「カラクさん・・・遅いですね」

 凪の海に浮かぶボートの上で、ファウとエノゥはカラクレム達の帰還をただただ待っていた。

「何だか、いきなり蚊帳の外って感じ・・・私としては納得できないよ~!!」

 エノゥは寝転び、ジタバタと足を振り乱した。

「止めてください! 気持ちは痛いほどわかりますが、ボートが転覆してしまいます!!」

 ファウは、エノゥの足をがっちりとホールドした。

「でもでも~・・・はっ、今は久々にファウちゃんと二人きりではないか!?」

「何ですか、唐突に・・・」

「へっへっへ・・・暇だからお話しようよ~」

「え、お話しですか? エノゥさんと話す事・・・あれ、思いつきません」

「うぅ・・・やっぱり手厳しいなぁ。ほら、再会を誓ってからのことを、語り合おうよ!!」

「誓いましたっけ、再会? まあ・・・それくらいなら良いですよ?」

「やったぁ♪」

「抱き付かないでください! だから、転覆しちゃいますって・・・あっ!?」

 その後の珍事を見ていたのは、中天に掛かる月だけであった。

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