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カラクレム  作者: Arpad
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2部 第6章 カーニバル

「エイディアの将軍、ダンタリオ・・・」

 漁港に佇む規格外の怪物ダンタリオを見据え、エノゥは口を尖らせていた。

「あれも絶対臭いよ・・・うん、間違いない」

 隣に居たライエナは、呆れたように肩を竦めた。

「・・・そこか?」

「えぇ! そこ以外に大事な事があるの!?」

 エノゥは大袈裟に驚いて見せた。それが冗談なのか本気なのかは不明である。

「はぁ・・・ダンタリオをどう倒すか、ではないのか?」

「それは・・・極太の地の槍でぶち抜く・・・とか?」

「いったいどれだけ街の地形を変えれば、奴に届く槍が作れるんだ?」

「無理かぁ・・・それじゃあ、大竜巻を起こして、木っ端微塵にする・・・とか?」

「プリシーバにどれだけの被害を出すつもりだ?」

「えぇ・・・後は水・・・は効きそうに無いしなぁ・・・あれ、もしかして打つ手無し?」

「もう一つ、大事なものを忘れておるぞ!」

 唐突に背後から嗄れた声が響き、エノゥは飛び上がりながら振り返った。

「あれ? 院の大老様!?」

 エノゥ達の背後にはいつの間にか、院の大老エピと研究員らが集結していた。

「こ、これは大老様、御機嫌麗しゅう存じ上げ・・・」

「今さら取り繕う必要もあるまい。非常時だ、いつも通りに振る舞いなさい」

「それは・・・そうだね。ありがとう、お爺ちゃん!」

「お、お爺ちゃん!? お爺ちゃんは・・・・・・良い響きだな。子も孫も居らぬから、新鮮で仕方ないわい」

「それでお爺ちゃん、大事なものって何なのかな?」

「やはり新鮮・・・コホン、お嬢さんや、炎をお忘れでは無いかね?」

「ああ、炎ねぇ・・・使わないから、すっかりポンッと忘れてたよ」

「まあ、炎を操るには手近に燃焼物が必要ゆえ、忘れても仕方あるまい・・・だが、奴の弱点は炎と見た!」

「そうなの、お爺ちゃん?」

「おそらくは、な。魚類というのは火に滅法弱い。焼き魚をしても、すぐに目が白濁とし、身が崩れてしまうだろう?」

「えっと・・・お料理の話、なのかな?」

「ただの例え話だ・・・さて、遅れ馳せながら、我ら院も手を貸そう。宜しいかな、自警団長?」

「もちろん、自警団の損耗も激しい今、援軍は素直に有り難い。感謝する、大老殿」

「うむ・・・では、まずはこちらの提案から話そうか?」

「提案とは?」

「内容は、簡単な事だ。儂は、あのデカブツを焼き払う魔法の準備に入る。君達にはその間、小物の侵攻を防いでいて欲しい」

「なるほどね・・・それはもちろん引き受けるけど、大丈夫? あれ倒せる?」

「ああ、任せなさい。儂以上に魔法を扱える者は、このプリシーバには居らぬわい」

「うん・・・そうだね、信じるよ。それで、発動までどのくらい時間が掛かるの?」

「ざっと見積もって・・・・・・夜明け頃かの?」

「・・・・・・ふぇ? まだ夜半も過ぎてないんだけど、夜明け頃って本気で言ってるの?」

「仕方なかろう、儂が放とうとしているのは強自我魔法。最も強く世の理に干渉する力だ、発動には時間が掛かる。まあ、儂の場合は性格と強自我魔法が噛み合っていないせいで、大幅に時間を食う羽目になっているのだが・・・」

「魔法って、性格とも関係してくるの?」

「当たり前だ、魔法とは自我によって世界を塗り替えることだと説明したであろう? 自我は性格と密接な関係であり、思い込みが激しいほど速く魔法を発動出来る。儂はあらゆる事象は理論的に説明しなければ収まらない質でな、あのデカブツを丸焼きにする理論を展開するのにおそらく夜明けまで掛かると、判断したというわけなのだよ」

「お爺ちゃんが前線ではなく、院で大老をやっている理由が、なんとなく判った気がするよ・・・」

「要は我の強いハルハントの定規で計らんで欲しいのだ。我が強いと言えば、ラグトゥの奴は・・・」

「失礼ながら、話は後にしてもらたい! 今は少しの判断の遅れでも命取りになりかねない・・・大老殿は準備を始めてくれ! 我々はここで迎撃体制を整えるぞ!」

 痺れを切らせたライエナが檄を飛ばし、一同は慌てて動き始めた。

 大老エピは、僅かな供回りを連れて、西区へと移動していった。通りでは広さが十分でなく、広さがあり、見晴らしの効く場所として院と行政府前の広場を選び、そこで魔法の発動を執り行うそうだ。残った数十人の研究員らは、ライエナの指揮下に入り、迎撃に加わるという。

 ライエナ達も、疲弊した身体に鞭打って、侵入を防ぐ為の防壁を大急ぎで組み立てていく。ここが最後の砦であり、撤退の二文字は存在しないそうである。

 エノゥはというと、ハルハントの駐留組も迎撃に参加させると申し出、その場を離れた。もちろん、いの一番に向かう場所はハルハントの別荘ではなく、東区の礼拝堂だった。

「マーレイちゃん!」

 エノゥが呼び掛けると、礼拝堂の奥、女神像の陰から、マーレイが顔を覗かせた。

「・・・お姉さん?」

「そうだよ、こっちおいで~」

 マーレイを呼び寄せるなり、エノゥは彼女を抱き上げた。

「わっ・・・どうしたの、お姉さん?」

「ごめんね、ちょっと予定変更。待っていてもらう場所を変えたいんだ、良いかな?」

「・・・うん、良いよ?」

「ありがとう、マーレイちゃん。じゃあ早速・・・いや待てよ・・・あっ、あれの存在を忘れてたよ!」

「・・・あれ?」

「ごめんね、マーレイちゃん。ちょっと寄り道させてもらうね? あと、しっかり掴まってて」

「・・・うん、分かった」

 エノゥは、マーレイを抱えたまま礼拝堂を出るや、一蹴りで二階建ての建物の屋上まで飛び上がった。

「お姉さん・・・凄い!」

「えへへ、でしょう? お姉さんはね、割りと最強なんだよ~」

 そのまま、エノゥはぴょんぴょんと屋上を跳び移っていき、やがて夕方に自分が上がってきた非公式の階段へとやって来た。

「ああ・・・やっぱり」

 あの階段を、エイディア兵が無理矢理登ろうとしていたのである。

 エノゥは、マーレイを自分の胸に押し付けることで視界を遮りながら、指先を動かして、エイディア兵ごと階段を地の槍で粉砕した。これで、あちらから侵入してくることは出来ないだろう。

「お姉さん・・・苦しい」

「おっと、ごめんよ。もう、終わったから行こうか?」

「ぷはっ・・・ふぅ・・・うん」

「・・・やっぱり可愛いなぁ~」

 エノゥは鼻先で、マーレイのおでこをくすぐり、戯れてから、ハルハントの別荘へと踵を返した。



「皆、揃っているか!」

 別荘へ戻るなり、エノゥがそう呼び掛けると、別荘の給仕達が全速力で一階に集結してきた。二階からなんて飛び降りてきている。

「申し訳ありません、アンリヌイ卿! 例の少女は未だ・・・」

「その件はもう良い、ご苦労だった。だが、まだ君達には働いてもらわねばならない・・・良いか?」

『はっ、なんなりと!』

「うん、皆良い返事だ・・・さて、プリシーバは現在、未曾有の危機に陥っている。城塞には援軍を要請したが、今は一刻を争う。皆、武装した後、中央通りでプリシーバ自警団と合流し、共に事に当たって欲しい・・・良いか!」

『はっ、直ちに!』

 給仕達は敬礼をするや、またも全速力で別荘を出ていった。別にある駐留組の武器庫へと向かったのだ。

「・・・・・・よし」

 人の気配が遠ざかったのを確認してから、エノゥも別荘の外へ出た。そして、すぐ脇の茂みに声を掛ける。

「お待たせ、マーレイちゃん」

 すると、茂みの中からマーレイが現れた。指揮下にある給仕にすら、彼女の存在を知られるわけにはいかない。折角今は、全体がダンタリオ討伐に一丸と成っており、少女の存在をもう誰も気にも留めなくなっているのだ。マーレイを守るには、まだ彼女は逃げ回っているということにしておいた方が都合が良い。

「葉っぱがチクチクして・・・痒い」

「あはは、あんまり掻かないの~玉のお肌が荒れちゃうぞ? さて、それじゃあ中へ入ろうか」

 エノゥは、マーレイの手を取ると、別荘内へと足を踏み入れた。そして2階へ上がり、彼女を自室へと連れ込んだ。

「次はここで待っていてほしいんだ。ベッドで寝ていても良いんだよ?」

「うん・・・少し、眠い」

「そっか、じゃあ着替えよ?」

 エノゥは、マーレイの髪に絡まった葉っぱなどを取り除いていき、薄汚れた服を脱がすと、結果ぶかぶかなのだが自らの服を着せてあげた。それと、ベッドで寝るのだから、足の裏も念入りに拭いておくのも忘れない。

「おやすみ、マーレイちゃん」

「うん・・・またね、お姉さん」

 相当疲れていたのであろう、マーレイはすぐに寝付いてくれた。エノゥは彼女の頭を一撫ですると、満足そうに自室を後にした。

 そっと鍵を閉め、それからやっと感情を露にする。

「何だか、元気出たーー!」

 意気を新たに、エノゥは踵を返した。そして、厨房で適当な物を胃に詰め込んでから、ライエナ達の待つ中央通りまで駆け出した。



 中央通りでは、着々と防壁が組上がっており、人員の配置も進んでいた。

 防壁とその守りには自警団が、通りにある建物の屋上には院の研究員とハルハントの駐留組が展開し、坂を上がってくる敵を袋叩きにする算段である。エノゥは、ライエナと再度の確認を行なっていた。

「もうすぐ、卿の足留めが突破されてしまうそうだ。決戦は夜半からといったところだろうか」

「夜明けには、お爺ちゃんの魔法も準備が終わるだろうし、この数時間が命運を分かつわけだね・・・ダンタリオの様子は?」

「漁港に展開したまま、沈黙している。おそらくは、陸上では活動出来ないのだろう。幸いな事に、大量のエイディア兵のみを相手にするだけで良いみたいだな」

「面倒な事、この上無いけどね~」

「ふっ・・・卿の腕前には期待している。狩り過ぎることはあれど、仕損じることはあるまい?」

「もちろんさ、私はハルハントの騎士だよ? 奴等が漁獲禁止になるまで、刺して刻んで上手に焼いてあげるとも!」

 エノゥはライエナの背中を叩き、ハルハント駐留組と合流すべく、建物の上へと跳び上がった。

 上へあがると、坂全体の様子が窺える。防壁の前面には幾つもの松明が、まるで槍衾のように突き出ている。ダンタリオが火を苦手とするなら、エイディア兵もそうなのでは、というライエナの考えであった。安直だが、成功を祈る他無い。そこを突破されれば、プリシーバは陥落。人々は殺戮され、マーレイもどうなってしまうか判らないのだから。

 ふと気になったので、視力を強化し、西区の広場を遠望してみる。広場には篝火が円上に配され、その中心に大老エピが鎮座していた。瞑想でもしているのか、微動だにせず、ただ唇だけは動き、何かしらの言葉を紡ぎ出しているようだった。

 最後に、建物の上に展開する面々にも、目を向ける。皆が手に手に松明を持ち、炎の魔法の準備を整えている。もうすぐこの坂は火の海と化し、後に炎上通りとでも改名するに違いない。

 そんな想像をしながら、エノゥが全体を把握していると給仕の、いや従士の一人が松明を差し出してきた。

「どうぞ、アンリヌイ卿」

「うん、ありがとう」

 エノゥは松明を受け取ると、試しに燃え盛る炎を操ってみた。炎に消さない程度の風を送り込みながら、とぐろを巻く蛇のように、螺旋状に燃え上がらせる。この様にして炎を糸のように加工していき、それから生き物のように動かし、標的に襲い掛かるというわけだ。

「まあ、こんなところかな? あんまり使わないから、よく判らないけど・・・それはそうと、皆は炎の魔法は扱えるの?」

「いえ、アンリヌイ卿程の事は・・・せいぜい、炎を吹き付けるのが、やっとでしょう。対岸の方々は、そうではないようですが・・・」

 確かに、向かい側の建物の上では、院の研究員らが炎の糸ならぬ、炎の毛糸玉を作り出していた。

「ほうほう、ああいう風にするんだね、なるほど・・・」

 やり方を学び取ったエノゥは、同じ様に炎の毛糸玉を作り出して見せた。

「でも、これはどうやって使うものなのかな?」

 エノゥが首を傾げていると、岩を砕くような音が響いてきた。そして次の瞬間、エノゥが作り出した地の槍が崩れ、ついにエイディア兵が坂に姿を見せた。

 それと同時に警笛が鳴り響き、決戦の幕が上がる。

 まずは、院の研究員らが動き始めた。熱心に作り出していた炎の毛糸玉をエイディア兵に投げ付けたのだ。毛糸玉は空気抵抗で網の目状に広がり、数体のエイディアへと覆い被さった。するとどうだ、網に絡まったエイディアから煙が立ち昇り、その場で悶え苦しみ始めたではないか。

 だが、仕留めきれてはいない。エノゥも自らが紡いだ毛糸玉を投げ付けようとした時だった。何処から土器の小壺が飛来し、網に掛かったエイディア兵にぶつかり、砕け散ったのである。中に詰まっていた液体が撒き散らされた次の瞬間、エイディア兵らは炎に巻かれ、盛大に炎上していた。どうやら、自警団から投げられたらしい。要するに、院の研究員による炎の毛糸玉は、火種かつ足留めであり、自警団が投げ付けた木犀油入りの壺でトドメを刺す作戦のようだ。

「えぇ、聴いてないよ・・・面白そう!」

 というわけで、エノゥも別も群れに毛糸玉を投げ付け、絡めとることに成功した。すると間髪入れずに油壺が飛来し、まとめて火炙りにしてしまった。

「おお、これは捗りますなぁ~」

 仲間が燃やされ、坂が火の海になると、次々と押し寄せていたエイディア兵らの動きが止まった。どうやら、本当に火を恐れているらしい。

「ほら、ハルハントも負けてられないよ! 出来る限り、燃やしてやるんだ!」

『はっ!』

 従士達は、エイディア兵が密集している箇所へと松明を投げ入れた。そして、風で炎を活性化させ、松明周辺のエイディア兵を炙り始める。これも決定打にはならないが、足留めにはなっており、そこへ油壺を投じれば、炎の網と同じ効果を発揮した。

 手際の良い迎撃に、エイディア兵は敗走し始め、後は坂で燃え盛る炎を維持させていれば、近付いて来ないかもしれない。炎の劇的な効果に、一同から歓声が上がり始めた。早くも、勝利したかのようである。

 その中で、エノゥは不気味に沈黙するダンタリオを注視していた。このエイディア兵の劣勢を覆しうるのは、ダンタリオだけなのである。そして、エノゥの憂いは、現実のものと成った。

「ウーウォンォンォンォン・・・ウォンォンォン・・・」

 ダンタリオから奇妙な音が発せられるなり、坂や直線上の漁港からも、エイディア兵の姿が消えた。

「これは・・・何か仕掛けてくるつもりだよ!」

 エノゥの警告とほぼ同時に、ダンタリオのヘソ部分から物凄い勢いで、水が噴出された。それは、轟音と共に漁港の石畳をひっくり返し、恐るべき速さで、そのまま坂の方へと迫ってきた。

「逃げるんだ、団長さーん!」

 渾身の叫びが届いたのか、間一髪でライエナ達自警団は防壁から退避し、その直後、防壁は木っ端微塵に吹き飛ばされてしまった。しかも、それでも水の勢いは止まらず、プリシーバ北の正門まで吹き飛ばして見せた。恐るべきダンタリオの力に、皆は絶句することしか出来なかった。エノゥを除いて。

「ほら、何ぼんやりしてるの! 火が消されたんだから、すぐに奴等が攻め寄せてくるよ!」

 エノゥの一喝で正気に戻った一同は、燃え盛る炎が消された事で、坂に姿を現したエイディア兵目掛けて、再度攻撃を開始した。

「あの攻撃は、連続では放てないはずだから! 何度消されようとも攻撃を続けるんだ! 朝まで耐えれば、私達の勝ちだよ!!」

『応ッ!!』

 エノゥは下がり一方であった士気を力ずくで立て直し、さらに士気を上げてすら見せた。もし、あの放水が炎に反応して出されたものなら、ここで火を絶やせば、次に狙われるのは、大老エピである。それだけは絶対に避けねばならなかったのだ。

「さあ、これはお祭りだよ! ユクワーは祭り好きなんでしょう? 火と水の掛け合い祭りだ! 気張って行こうかぁーー!!」

『応ッ!!!!』

 後は意地のぶつかり合いである。攻め寄せる敵を燃やし、整えた体勢を呆気なく吹き飛ばされ、それでもまた立ち上がる。皆の顔から恐怖や緊張の色が消え、もはや満面の笑みすら浮かべている。これは祭りだ、エノゥが適当に発した言葉が、皆の意識を変えたのである。ゆえに、同じ行程を際限無く繰り返せた。東の空に朝日が昇る、その時まで。

「やっちゃえ、お爺ちゃーん!!」

 いよいよ祭りは最終局面、遂に大老エピが動き出す。

「・・・は・・・であるからして・・・によって・・・あのデカブツは・・・で・・・焼却されるべきであーる!!」

 エピの双眸が見開かれた次の瞬間、周囲を囲んでいた6つの篝火が燃え上がり、6柱の火柱へと姿を変える。さらに、その6柱は縒り合わせられ、一本の巨大な柱と成って、白み始めた空を駆けた。やがてそれは、エノゥらの頭上を越え、大蛇の如く口を開け、ダンタリオへと肉薄していく。

 しかし、ダンタリオも黙ってはいない。またもヘソから水を噴出させ、炎の大蛇を迎撃したのである。だが、その水は炎の大蛇に触れる事無く霧散してしまった。何時間も練り上げられた魔法と乱発していた放水では熱量が違い過ぎる。水は瞬く間に蒸発させられているのだ。

 もはや大蛇を阻むもの無い。ダンタリオの喉元へと食い付き、さらに胴にも巻き付いて絞めあげる。ダンタリオは触手を駆使して、大蛇を剥がそうとするが、すぐに火が通り、焼き固まってしまう。程無くして、大蛇はただの炎へと戻り、炎上したダンタリオは、上半身を消し炭にされ、海中へと没していった。

 割れんばかりの歓声が巻き起こり、祭りの終結を大いに喜んだ。ただし、エノゥを除いて。

「ほらほら、片付けまでが祭りだよ! まだまだ食べ残しがいっぱい居るんだから!」

 エノゥは、右往左往するエイディア兵らを指差した。憐れエイディア兵、その後盛り上がりの絶頂を迎えた人々によって散々に討ち果たされ、海中へと敗走していったのである。



 ダンタリオやエイディア兵の大規模攻勢を耐え抜いた英雄達は、防壁を直し、松明を掲げてから、中央通りでバタバタと気絶していった。それはライエナも例外ではない。一晩中戦い抜いたのだから、無理もない。

 エノゥがただ一人で、皆の介抱をしていると、どこからともなく人が集まってきた。プリシーバの市民達である。老若男女問わず、集まってきた彼らは、英雄達を称賛しながら、介抱や炊き出しに従事してくれた。

 昼頃には、皆も起き出し、炊き出しで英気を養った。その頃には大老エピも中央通りに姿を見せ、辺りはまさに祭りのような熱気に包まれている。

 まるで戦勝ムードだが、まだ南区は奪還出来ていない。とはいえ、エノゥの疲労も限界を迎えていたので、後をライエナに託し、自室へと引き揚げた。

 自室では、マーレイがまだ寝息を発てていた。その姿に安堵を覚えたエノゥは、身に付けていた装備を脱ぎ捨て、長腰掛けに倒れ込むや、あっという間に眠りへと落ちていった。

 彼女が再び目を覚ましたのは、その日の夕方の事である。扉をノックする音で目が覚めた。

「アンリヌイ卿、お休み中失礼します」

 そんな呼び掛けがあり、エノゥは急いで衣服を整えた。

「ちょ、ちょっと待って」

 袖を通しながら、エノゥはベッドに目を向けた。しかし、そこにマーレイの姿が無かったので、一瞬胆を冷したが、ベランダで夕日をぼうっと眺めている彼女を見つけ、胸を撫で下ろした。

「良かった、マーレイちゃん・・・」

「アンリヌイ卿? いかが致しましたか?」

「別に何も! 今開けるね!」

 エノゥが急いで自室の扉を開けると、その先には予想だにしなかったが、予想すべきだった人物が立っていた。

「遅いですよ、アンリヌイ卿?」

 ニコニコしながら、従士の声掛けをしていたカラクレムと、何故かご機嫌斜めなファウである。

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