殺人未遂
「僕は、死にたくても死ねないんだ」
ある日、道路で頭からトラックに轢かれた彼は、ぐちゃぐちゃになった頭部を持って、そう俺に言った。
正直今でも信じられない。絶対に死んだと思った。
もし、轢かれていたのが俺だったら、頭からじゃなかったとしても絶対に死んでいたのに。
それなのに、それなのに彼は平然とした顔でぐちゃぐちゃになった頭部を担いでいた。
「こんな姿を見られても、君とは親友でいたかった」
「なにを…言ってるんだ。お前は」
彼の姿を見て俺の表情が青ざめているからだろうか、それともこんな姿を見られたからもう一緒には居られないということなのだろうか。
彼は悲しそうな表情…をしているように見えた。
今、彼の頭部は2つある。見ただけで気分が悪くなるほどグロテスクな状態にある頭部と、まるであたらしく生えてきたかのように綺麗な頭部。
もちろん胴体についているのは後者の首だ。
気味が悪くなり嘔吐物が喉を通過する。
座ったまま、俺はそれに耐える。
「不死身と言ってもさあ、痛覚はあるんだ。君は一瞬で死ぬかもだけど…。僕はずっと痛みが続くってわけ」
「そうか…それは、辛いな。俺なら耐えきれない」
こんなこと現実なわけがない。人は必ず死ぬ。
死なないなんてありえない話…、いやでも目の前のこいつは生きている。死んでいない。
これは夢なのか…? 彼は夢の中だから生きているのか…?
「ここは現実だよ。夢なんかじゃない」
「夢じゃない…か」
まるで俺の考えていることを読み取ったかのようにそう答えた彼は、ゆっくりと俺に近づいた。
今までなら、親友の彼が近づいたところで何も感じなかったはずなのに、恐怖で心臓の鼓動が早くなる。
「何を怯えてるのさ。僕たち親友だったろ?」
「でもお前…頭…」
「いつの日だったっけ。君の弟さんが事故にあったの」
「急に…なんの話だよ」
彼の言う通り、俺の弟は去年事故にあった。原因は不明で、そのまま息をひきとった。
それが今の彼と何の関係があるのか。
彼はくすりと笑う。
「あの時思ったよ。ざまあみろっ…てね」
俺の中で怒りが恐怖を打ち勝つ。
そうだ…、俺は弟の仇をとるためにここにいるのだ。
ここにいるのは…、親友なんかじゃない。親友だと思っていたただの化け物だ。
「爽快だったなぁ、…僕の正体に気づくのが遅かったから…、あんなことになったんだ」
「うるせぇ…、殺人鬼め…」
今、この場には俺と彼以外に誰もいない。
彼が俺を殺したところで、数日は目撃者がでてこないだろう。彼はその間に逃げるつもりだ。
彼が不死身だとか、そんな非現実的なこと考えてもいなかった。
ただただ殺すことだけを考えていた俺には、もうどうすることもできなかった。
何も考えず、アクセルを踏み込む。
大型のトラックが前進し、再び彼を轢き倒した。
「俺の弟のぶんまで苦しめ…!!永遠と苦しめよ…!!!」
もう何度…、彼の上をトラックで通過しただろうか。
真っ赤に染まったアスファルトの上を何度も何度も往復する。
ガチャリ。
後部座席の扉が開いたことにも気づかず、俺はひたすらに運転し続けていた。