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Over the Dimension  作者: 古河 聖
第一部 迷子のエルフさん
9/9

第八章 イレギュラーと奇跡

 オリビアのバカ認定から一夜明け、移動2日目の朝。

「……眠い」

 女子とあんな狭い空間に2人で、まともに眠れるはずがなかった。俺にそういう耐性は皆無なのだ。というわけで圧倒的寝不足だ。

「ちゃんと寝ないとプロシャインまでもたないですよ、ハルカ様?」

「無茶言うな」

 人の腹を布団がわりにして爆睡していたオルネはすこぶる元気そうだ。そして俺の寝不足の原因たるオリビアはと言うと。

「ん~、よく寝ました〜!」

 俺がすぐ隣にいることなど気にもせず爆睡していたのでこちらも元気なようだ。俺は男として微塵も意識されていないのか、それとも単にコイツがバカなのか……後者だな。

「……本当に何もなかったんでしょうね?」

 目を擦る俺を睨みながらクレアが尋ねてくる。いや、どう見たって何もないだろうが。少し話した後イビキかいて爆睡してたんだぞ、コイツ。

「……ハルカ様、女の子相手にそんなこと言っちゃダメですよ」

「言ってねえ」

 お前が勝手に心の声を読んでるだけだ。

「……とにかく、何もなかったよ。あったとしたら、オリビアがバカだと判明したくらいだ」

「ええっ!? 私バカですか!?」

「それは薄々気づいてたわよ」

「ええええっ!? オリビアでゅあるしょっく!」

「なぜ、急にプ◯ステ……?」

「偶然でしょうね。この世界にソ◯ーはないですし」

「……だよな」

 多分オリビアは二重にショック的な意味で言ったんだろう。偶然の産物だ。

「……ハルカさん、眠そうですけど大丈夫ですか?」

 睨むクレアと違って俺の心配をしてくれるプリムはやっぱり優しい。

「まあ、徹夜にはある程度慣れてるからな。このくらいは平気だ」

 向こうの世界にいた時は徹夜でODも少なくはなかったので、多少は平気だ。だが、こうしてよく眠れない日がプロシャインまで続くとすると、かなりしんどいかもしれない。戦闘に影響が出ないうちに解決策を練らねば。


 朝食を摂り、テントをアイテムボックスに収納すると、俺たちは再びプロシャインに向けて歩き――

「……あれ? ハルカ、プロシャインってどっちだっけ?」

「は? いや、どう考えてもこっちだろ」

「え、嘘。あっちじゃないんですか?」

「おい案内役……」

「……すみません、私もあっちだと思ってました」

「マジかよ」

 なんかプリムにまでそう言われると不安になってくる。え、こっちで合ってるよな……?

 改めて周囲の景色をもう一度確認する。俺たちの目の前にはプレミエルとプロシャインを繋ぐ一本道。右を見ても左を見てもそれが続いているだけで、区別できるような違いはない。太陽でも出ていれば一瞬で方角が分かったのだが、本日は生憎の曇り空だ。太陽の現在地は確認できない。つまり頼れる判断材料は、昨晩俺たちが進行方向に対して道のどちら側にテントを設置したかの記憶だけ。俺は道の右側に設置した記憶があるからこっちを主張しているわけだが……。

「……ね? 迷いますよね?」

「いや、そんなドヤ顔で言われてもだな……」

 でも確かに、これはオリビアが迷ったのも分からないではない。太陽に頼れないとなると、自分の記憶をアテにするしかなくなるような風景だ。案外一本道もバカにできない。テントは絶対道のこっち側、という風に決めておいた方がいいかもしれない。

「……まぁ、ここ数日のプレミエル周辺は快晴だったはずなんですけどね」

「言ってやるなよ」

 言われるまでもなく、コイツは太陽が出てたって間違った方向に向かうだろうとは思ってたさ。

「とにかく、プロシャインはこっちだ」

 方向感覚の残念な女性陣に対し、道はこっちだと強く主張する。これで俺が方角を間違えていたら大恥だが、多分大丈夫なはずだ。

「……まあ、ハルカがそこまで言うならこっちに行きましょ。間違ってたら全責任はハルカってことで」

「ひでえ」

 間違っていたら何をされるか分かったものじゃない。こっちが正しい道であることを切に願いつつ、俺たちは本日の移動を開始した。


「そういえば、なんですけど」

 昨日に比べて微妙にエンカウント率の上がったワイルドウルフの群れを今日も軽快に蹴散らしながら、オリビアが口を開く。

「ハルカさんって、スカーレット・ブレード持ってるんですよね? なんで使わないんですか?」

 ……なんでそんな事知ってるんだ、コイツ。ってそうか、昨日オルネが自慢げに語ってたっけ。

「アレ使うと、大抵の敵がワンパン出来るようなエグい火力になるんだよ。で、それだと戦闘経験がロクに得られないから、普段は普通の剣で戦うんだ」

「へぇ〜。ワンパンの方が戦闘が楽で良さそうですけどね」

「今はそれで良くても、後々敵が強くなってきて火力でゴリ押せなくなった時に、火力頼みの戦い方しか出来ないってなったら命に関わるからな。それに、経験点を積み重ねた方が一度のレベルアップでステータスも多く上昇するし」

「ほへ〜」

「……途中からちゃんと聞いてなかっただろ、お前」

「そ、そんなことないですよ。ゴリラの火力は命に関わるって話ですよね?」

「全くそんな話はしてないんだが……」

 そもそもゴリラどっから出てきた。というか、この世界にゴリラいるのか。

「いますよー。大陸南西のベルフォレア森林地帯に、ゴリラ型の魔物が馬鹿みたいに生息しています。フィフスダンジョンに行くためには必ず通らないといけない場所で、彼らの火力は真面目に命に関わるので、ダンジョン内を除いた地上三大難関ポイントにも指定されています。まあ、本当に危険なのはその森林地帯の奥地に生息するバカデカいゴーレムなんですけど、普通に通過する分にはまず出くわさないので心配はないかと」

「へー」

 オリビアの発言も間違っちゃいなかった訳か。戦うのは少し先になりそうだが、ODにその手の魔物は出てこなかったので事前知識もない。対策はきちんと考えておくべきだな。ゴーレムの事も気にはなるが、コイツが心配ないと言うんだから大丈夫なんだろう。

「ちなみにその難関ポイント、あと2つはどこなの?」

 オリビアの討ち漏らしを捌き終えたクレアが、剣をしまいながら会話に入ってくる。

「1つは大陸と小島の間にある海域、タンペートですね。凶暴な魚型の魔物が多く棲み着いている海域で、天候も荒れる事が多いと聞きます。そこを船上で戦いながら突破することになるので、命を落とす方も少なくないとか。特に近接、前衛職の方は不利ですね。まあ、テレポーテーションがあればそんな危険は冒さずに大陸と小島を行き来できるんですけど。で、もう1つが大陸中央部にそびえる山岳地帯、グランターニュです。ここはとにかく足場が悪いですね。起伏が激しい上に地面が常時凍っています。加えて飛行型の魔物が多いので、地上においては最難関とされていますね。こちらはエイスダンジョンからナインスダンジョンへ向かう途中で必ず通ることになるので、対策必須です」

「へー……聞いといてなんだけど、アンタ本当に詳しいわよね。そういう知識、全部頭に入ってるの?」

「叩き込まれましたからね。案内役を名乗る以上、尋ねられて答えられないって事がないように、って教わりましたので。だからまあ、この世界のマップやダンジョン、魔物、情勢、歴史辺りの疑問なら大抵は答えられます」

「うへぇ……」

 聞いているだけで頭の痛くなるような話だ。それだけの知識を詰め込むのには一体何年勉強する必要があるのか。ちょっとだけオルネの評価が上がったのと同時に、受験とかしなくて心底良かったと思った。

「ちょっとだけですか!?」

「上がっただけマシだろ」

 この間解説は短くするよう言ったのに、また十何行も喋りやがって。改善する気ないだろ、お前。

「だって私のアイデンティティですし! だって私のアイデンティティですし!」

 2回言わんでも分かるわ。

「……って、私別にゴリラの話がしたかったわけじゃなくてですね」

大脱線した話題を元に戻すように、オリビアがパンと手を叩く。

「もしよかったら、ハルカさんのスカーレット・ブレード、見せてもらっても良いですかっ?」

「まあ、別に構わないけど……」

 なんでそんなに興奮気味なんだ? と頭を捻りつつも、別に拒否する理由はないので、アイテムボックスから例の紅剣を召喚する。召喚された剣は、俺が柄を握った途端瞬く間に緋色に発光する。

「ほれ」

「はわー!」

 それをオリビアに示すように差し出すと、彼女は瞳を輝かせて奇妙な声をあげた。

「凄い、本当に紅く光るんですね! 話には聞いていましたけど、実際に見るとより凄いです! これ、ハルカさんの手から離れると光らないんですかっ?」

「え? あ、ああ……」

 急にテンションが跳ね上がったオリビアに面食らいながらも、疑問に答えるように剣をオリビアに手渡す。すると、先ほどまで輝いていたのが嘘かのように剣は光を失い、程なくしてスカーレット・ブレードはただの剣に戻った。

「わっ、消えました! 消えましたよ! 本当に特定の持ち主にしか反応しないんですね……! 感動です! あのっ、もう1回持って貰ってもいいですかっ?」

「ああ」

まるで子供のような反応をするオリビアを少し微笑ましく思いつつ、差し出されたスカーレット・ブレードを再び握る。俺が持ったことにより、剣は再度紅い光を放ち始める。

「わはー! 何度見ても凄いですね! さすが、現存片手剣の最高峰です!」

「……なに、このテンション。まるで子供じゃない」

「そう、ですね。何か思い入れでもあるんでしょうか?」

 ここまで傍観していたクレアとプリムが、流石に耐えかねたのか口を開く。確かにスカーレット・ブレードが珍しいのは分かるが、このテンションはそれだけではなさそうだ。

「思い入れというか、鍛治師を志望している方なら誰しもが憧れ目標にする武器ですよ、スカーレット・クリスタル製の装備は! かくいう私だって、いずれはこういう装備を作りたいと日々思いながら鍛錬に励んでいるわけですし!」

 なるほど、そういう理由か。生涯の目標としているような業物を目の前にしているわけだから、確かにそのテンションも納得だ。例えるなら、漫画家を志すひよっ子が尾田栄◯郎先生の生原稿を手にしているような気分だろう。そりゃ大興奮だ。子供みたいに目を輝かせるしかない。

「ふーん……まあ、確かに憧れるわよね、スカーレット系の装備って。鍛治師にとっても、冒険者にとっても。あたしもいつかは装備してみたいものだわ。それもただ装備するんじゃなくて、ハルカみたいに選ばれた上で、ね」

「クレア様もダンジョンボスソロ討伐とかすれば認めてもらえるんじゃないですか?」

「そんなバケモノと一緒にしないでよ」

 バケモノ……。まあ、否定はできないし悪意もないんだろうけど……地味にダメージ入るな、これ。

「それに、ハルカがスカーレット・ブレードから選ばれたのってダンジョンボスソロ討伐前でしょ? 実績で判断されてるわけじゃないじゃない」

「まあ、それもそうですね。スカーレット・クリスタルに関してはまだまだ研究も浅いですし、流石の私でも正確な発光条件はわかりません。一説では経験点の総量とか、潜在能力の高さとか、討伐した魔物の数とか言われていますが、どれも確たる証拠はありません。なのでまあ、色んな努力をしながら祈るしかないですね」

「そうなるわよねー……はぁ。ハルカが羨ましいわ」

「そう言われてもだな……」

 そんな、至って平和な会話を繰り広げている最中だった。

「……っ!」

 強烈な殺気が全身を襲う。大した戦闘経験の無い俺でさえ感じ取れるほどの、隠そうともしない敵意。ワイルドウルフのそれとは比べものにならないほどの圧に、手に持ったままのスカーレット・ブレードを咄嗟に構えて戦闘態勢を取る。

「な、なによ、この殺気……ワイルドウルフなわけないわよね……」

「う、うん……もっとおそろしい、感じがする……」

 クレアとプリムもその殺気を敏感に感じ取り、納めていたそれぞれの得物を召喚して即座に構える。

「この殺気…………いやでも、だってここはペイリール平野ですよ……? こんな低エリル地帯にアレが出てくるわけ……」

「……?? あの、みなさんどうして急に武器を構えてるんです……?」

 オルネは口元に手を当てて何事かをブツブツと呟きつつも油断なく周囲を警戒する。一方、1人だけこの殺気を感じ取れていないオリビアは、突然武器を構えて戦闘態勢を取った俺たちを見て首を捻っていた。この殺気が分からないとかマジかお前。

「いいから構えとけ! ハンパないのが来る! オルネ、コイツの正体は!?」

 先程意味ありげな独り言を口にしていたオルネに尋ねる。多分、アイツはこの殺気の正体を知っている。

「心当たりはあります! ですが、こんな駆け出しのフィールドに出てくるような奴じゃありません! だってコレは――――伏せてください!」

 説明の途中に割り込まれた鋭い一声に反応して、全員が身を屈めた直後。恐ろしい質量の何かが頭上を通過し、尋常じゃない風圧が俺たちを吹き飛ばした。

『うお(きゃあ)!』

 草原の上を2回程回転したところで両足を地面に擦り付け、どうにか勢いを相殺して態勢を整える。顔を上げたその視線の先に映った、殺気の主は。

「ゴオオオォォオオォォォォオオオ!!!」

 石の巨人。そんな言葉しか出てこなかった。全長15メートルはあろうかという巨躯の全ては巨大な石を繋ぎ合わせるようにして構成されており、その右腕を横に薙ぎ払ったような姿勢で俺たちの目の前に立ち塞がっている。まるで蜂や蜻蛉のような、気味の悪い巨大な双眸が俺たちを見下ろしていた。

「インヴィンシブル・テンペスト・ゴーレム……!」

 一番小さく軽いながらも、その羽根を巧みに操って風圧を上手くいなしたオルネが、その双眸を睨み返しながら叫ぶ。インヴィンシブル・テンペスト・ゴーレム。どうやらそれが俺たちを襲ったコイツの名前らしい。ODでは聞かなかった名だ。

「嘘……! こんなデカいのが近くにいたら、もっと早くに気づくでしょ……!?」

「オルネさんが叫ぶまで姿も見えなかったですよ……!?」

「うわぁ……おっきいですねー……」

 吹き飛ばされた3人も態勢を立て直し、ゴーレムを見上げながらそれぞれに感想を口にする。約1人緊張感のない奴がいたが、他2人の感想は俺も思ったことだった。こんな見晴らしのいい平原で、こんなデカブツの接近に直前まで誰も気が付かないわけがない。

「それを考えるのは後にしてください! 第二波来ます!」

『!』

 オルネの忠告に、思考を中断してゴーレムに意識を戻す。先程空振った右拳を上に引き、今まさに地面に叩きつけようとしていた。俺たちが左右に分かれて全力で跳躍し、回避行動を取った直後。その拳が真っ直ぐに振り下ろされた。ドガンッ、という恐ろしい音と共に、地面に巨大なクレーターが誕生する。土煙が舞う。その光景が、この魔物の異常な攻撃力を雄弁に物語っていた。

「おいオルネ! こんなバケモノが出てくるなんて聞いてないぞ!」

「私だって聞いてないですよ! あれは先程話題に上がったベルフォレア森林地帯の奥地に生息しているバカデカいゴーレムです! こんなエリルの低い地域にいるわけないんですよ!」

「マジかよ……!」

 オルネでさえも聞いたことのないイレギュラーが絶賛発生中、っというわけか。しかも、この世界の三大難関ポイントに指定されるようなバケモノが、初心者の街のすぐ近くに現れるとかいう、絶望的なイレギュラー。1ば◯どうろにチャ◯ピオンロードのポ◯モンが現れるようなものだろう。そんなバグが発生した日には即刻電源オフだ。そして二度と起動することはないだろう。要するに、もう匙を投げるしかないような状況ってことだ。誰だって諦める。俺だってそうしただろう。……自分の命が、仲間の命が懸かっているのでなければ。

 続けざまに繰り出された左拳の3撃目を全力ステップで交わしつつ、俺はオルネに尋ねる。

「アレは俺たちが戦って勝てる奴か!?」

「無謀ですっ! 私アイツの名前言いましたよね!? インヴィンシブルです! 無敵なんですよ、アレは!」

「はぁ!?」

無敵ってどういう事だよおい。こっちの攻撃が一切通らないって事か? 確かに攻撃力もさる事ながら、全身巨石で出来た身体は防御力も高そうだが……。

「そういう事じゃありません! むしろアレの防御力は紙です! 攻撃が当たればハルカ様たちにも勝機はあるかもしれません!」

「じゃあ――」

 当てればいいだけだ。左腕を地面に叩きつけた衝撃で一瞬硬直している隙を突き、全速力でゴーレムのバックを取り、スカーレット・ブレードを中段に構える。そして、そのまま横に一閃。確実に、その巨体の右足を捉えた――はずだった。

当たらない(・・・・・)んですよ、アレには!」

 オルネの叫びが聞こえたのと同時に、背後から恐ろしい殺気が襲う。反射的に180度反転。石の拳がもう目の前に迫っていた。

「嘘だろ……!?」

 咄嗟に地面を蹴り飛ばし、半ば転がるようにしてどうにかその一撃を躱す。なんだよ、今の……! 目の前にあったはずの巨体が、一瞬のうちに背後に回り込んだ上に拳を振り下ろしていた……? そんなの反則だろうがよ! 瞬間移動でも使いやがるのか!?

「アレの……インヴィンシブル・テンペスト・ゴーレムの一番恐ろしい点は、その機動力です」

 俺が回避した先に飛んできたオルネが、ゴーレムから目を逸らさないまま解説を続ける。

「あの巨体に反して、アレは恐ろしく機敏に動きます。全速力のハルカ様でさえ凌ぐでしょう。それに加えてあの眼。いわゆる複眼という奴です。蜻蛉などが有名で、片眼で一度に見渡せる範囲が約270度と言われています。つまり、先程のように背後を取ったと思っても、アレの視界にバッチリ入っているという事です。捉えているのであればあの機動力ですから、瞬間移動のように回避し、逆に冒険者の視界外からカウンターを決めにくるでしょう。それが、あのゴーレムがインヴィンシブルを冠する所以です。分かりやすく言えば、育成ゲームでパラメータを全て攻撃と素早さに極振りしたような敵です。当たらなければどうという事はない、みたいな」

「厄介だな……!」

 あの機動力に、ほぼ360度に近い視界が組み合わさっている……そりゃ無敵だろう。相手の動きが全て見えている上に、相手を上回る素早さも持ってるとか。スマ◯ラの自分以外スローになるアレが常時展開されているようなもんだぞ。チートだ、そんなもん。

「なんか弱点とか倒し方のコツはないのかよ!」

 一瞬で背後に回り込むほどの素早さを見せた俺を優先して倒すべき敵と定めたのか、俺に向けて立て続けに振るわれる拳を大きなステップで躱して距離を空けつつ、オルネに尋ねる。が、空けたつもりが一瞬で詰められたり回り込まれたりしているので油断ならない。足の速さは異常だが攻撃速度が並で殺気ダダ漏れなのだけが救いだ。でなければ俺の敏捷があっても躱し続けられはしないだろう。

「弱点という弱点はありません! 視界を奪えば一気に楽にはなるでしょうけど、そう簡単にそれをさせてくれる相手ではありません! 一般的には、自動追尾(ホーミング)を付与した魔法でダメージを積んでいくのが最も効率がいいです! いくらあの機動力でも、自分を永遠に追い続けてくる攻撃をいつまでも避けられるわけではないので!」

 異常な速度での攻防に流石についてこれなくなったオルネが、少し離れた上空に避難しつつ声を張り上げて回答をくれる。自動追尾を付与した魔法……この中でそれが使えるのは恐らく俺だけだろう。しかし、俺にタゲがガッツリ向いている今の状態では正直詠唱どころじゃない。じゃあ、他の誰かにタゲを取ってもうか? いや、俺でさえ躱すのが割と精一杯のこの連撃を、彼女たちに耐えてもらうのは些か酷だ。今だって俺たちの戦闘に入って来れずに少し遠くで心配そうな顔をしている。一撃食らうだけでも相当なダメージ量だろうし、この案は却下だ。

 でも、じゃあどうする? このまま避け続けていても勝てない。俺とアイツなら先に俺のスタミナの方が切れるだろう。何か手を打たなければいけない。

 一番いいのは、やはりオルネも言っていたように視界を奪う事だ。その視界さえ封じれば、自慢の機動力も役に立たなくなる。どうにか視界を奪って、全員でタコ殴りにするしか俺たちに勝機はない。問題はその方法だ。馬鹿正直に眼を狙いに行っても、あっさり躱されて終わりだろう。やるなら視界外から一気にだが、アレ相手ではそもそも視界外という概念があるかどうかすら怪しい。そうすると残された道は……回避しようがない程大規模あるいは広範囲な魔法か、或いは自然現象か。都合よく雨でも降ってきてくれれば、あの大きさの眼だ、少なからずダメージはあるだろう。視界だって幾らか鈍るはずだ。だが、空は相変わらずの曇り模様ではあるものの、雨が降ってきそうな気配はない。というか、そもそもよく観察すれば、あのゴーレムの目の上には庇のように石が出っ張っている部分がある。雨除けの為に発達したものだろうか。確かにコイツが本来棲息するのはゴリラの蔓延る森林地帯だ。雨量の多い地域だろうし、きちんと対策されているということだろう。いずれにせよ、あれでは雨が降っても期待はできない。

 他にアレの視界を封じられそうな広範囲魔法は……知ってる範囲だと、砂嵐系か閃光系か、あるいは霧系か。だが、どれを選んでも自分たちの視界まで奪いかねない魔法だ。使うにはタイミングや方法をしっかり考えないといけないし、そもそも俺に詠唱の余裕が殆どないので他の誰かが唱える必要がある。誰も何も使えなければその時点で詰みだ。クレアやオリビアには期待ができないから、可能性があるとしたらプリムだが……雷系の攻撃魔法と回復魔法を主に習得している彼女が、こういう補助系の魔法を習得しているかどうか……。

「どれも使えないみたいです!」

 口を開いてプリムに確認しようとした途端、オルネから返答が返って来た。俺の心を読んだオルネが代わりに尋ねてくれたのだろう。正直、徐々に勢いを増しているゴーレムのラッシュに話す余裕もなくなって来ていたので助かった。こんな形で読心に感謝する日が来るとは思わなかったが。しかし、そうか。やっぱり使えないか……ならこの手段も使えない。もう、詰みなのか。

 いや、諦める前にもう一度考えろ。よく観察しろ。本当にもう残された手段はないのか? 俺たちはここで全滅するしかないのか? ここまでの会話を、思考を、記憶を、映像を、1つ残らず洗い直せ。今までそういうことばっかりやって生きてきたんだ、得意だろう? どんな些細な事だっていい。見付け出せ、この逆境を跳ね返す為の一手を……!

『インヴィンシブル・テンペスト・ゴーレム……!』

 無敵の名を冠する巨大な魔物。

『ベルフォレア森林地帯の奥地に生息しているバカデカいゴーレムです!』

 本来、こんな初心者の街近郊の草原に現れるハズがない。

『当たらないんですよ、アレには!』

 360度に近い視界と巨体に見合わぬ機動力で全ての攻撃を躱し、なんならカウンターまで決めてくる。

『むしろアレの防御力は紙です!』

 その機動力と攻撃力の代償か、防御力は低い。

『俺にタゲがガッツリ向いている今の状態では正直詠唱どころじゃない』

 並行詠唱する余裕が無いくらいには躱すので手一杯になるが、拳を振るう速度は並で殺気もダダ漏れなので、ここまでどうにか躱し続ける事は出来ている。

『ゴーレムの目の上には庇のように石が出っ張っている部分がある』

 元々の生息地が雨の多い森林地帯なので、対策がきちんと発達している。雨などの自然現象による視界へのダメージは期待できない。

『どれも使えないみたいです!』

 自然現象以外で視界を奪えるような魔法も存在はするが、俺以外には誰も詠唱出来ない。

「…………見えた」

それはあまりに細い光だったが。本当に運良く繋がった希望だったが。まだ、まだ終わっちゃいない。

けど、それを実行に移すにはまだ少し情報が足りない。チャンスはたった一度だ、事前にきちんと確認する必要がある。

 何度目かもわからない石の拳が俺に迫る。今までサイドステップやバックステップで躱していたそれを、今回だけは全力で上へ回避した。全筋力を乗せて地面を蹴った俺の身体は、簡単に上空20メートル程まで上昇する。それはつまり、ゴーレムよりも高い位置。着地に備えて身体を捻りつつ、ゴーレムの顔を伺う。こちらを見上げていた(・・・・・・)

「……ビンゴ」

 やはりそうだ。アレは目の上の庇のせいで上が見えていない(・・・・・・・・)。俺を見上げているのがその証左だ。その自慢の視界が上空にも及んでいるのなら、わざわざ顔を上げる必要はない。実際俺が背後に回り込んだ時も、ヤツの顔は1ミリも動きやしなかった。当然だ、そんな事しなくても見えているのだから。だが、俺が上に回避行動を取ったらどうだ。ヤツは顔を動かした。俺を視界に捉え続けるためには、顔を動かす必要があったという事だろう。これで少し、か細い光が補強された。

 喜びも束の間、当然のように着地点を狙って放たれた左拳をスカーレット・ブレードで受け止める。折れはしなかったが、凄まじい衝撃に襲われ吹き飛ばされる。こうなる予想はしていたが、想像以上の火力だ。直接打撃を貰ったわけでもないのにHPが2割近く持っていかれた。だが、その危険を冒しただけの見返りはあったので良しとする。

 さて、次はその得た情報をいかに活用するかだ。再びサイドステップとバックステップでゴーレムの攻撃を躱しつつ、次の一手を考える。上空からの奇襲なら攻撃が当たりそうな確証は得られたが、問題はその奇襲をどう仕掛けるかだ。先ほどのように単純に飛び上がっただけでは、奴の視界に捉えられ続けてしまう。それでは奇襲にならない。一瞬でもいいから奴の視界を塞いで、その隙に上を取る必要がある。更には上を取った後。渾身の一撃を何処に振り下ろすかと言えば当然その眼だが、上から狙う都合上あの庇ごと貫く必要がある。いくら防御が紙とは言え石の装甲にはそれなりの硬さがあるだろう。俺の筋力値であっても片眼を潰すのに全筋力を回す必要がありそうだ。だが、この一度のチャンスで両眼を潰せなければ俺たちに勝機は無い。複眼は片眼でも相当な範囲を見渡せるらしいし、奇襲だって学習されてしまえば二度目は通じない。というか、そもそもこの奇襲は一度しかできない。この一回で、確実に両眼を粉砕する必要がある。そのためには、俺と同じくらいの筋力値をもった奴が…………いるじゃないか、ちょうど。

 なら、作戦は決まりだ。これが上手くいかなかったらもう打つ手は無いが……何もしなければこのままやられてしまうだけだ。俺を変えてくれるかもしれない仲間たちの命も、今一度だけやり直してみようと思えたこの命も。……そんなのはごめんだ。まだ俺は再スタートを切ったばかりなんだ。俺たちは、一歩踏み出したばかりなんだ。こんなところで終わらせない。絶対に成功させる。イレギュラーだろうがなんだろうが、そんなもの跳ね返してやる……!

「プリム!」

 石の拳を一際大きなバックステップで交わしつつ、今回の作戦の要へと声を張り上げる。

「はっ、はいっ!?」

「今撃てる最大威力の魔法を、クレーターに(・・・・・・)向けて撃て(・・・・・)!」

「え、えっ……!? い、一体どうして……!」

「土煙を起こす! 一瞬でいい、奴の視界を塞げ!」

「! わっ、わかりました!」

 俺に何か策があるのだと察したプリムが詠唱体制に入る。

「“刻む(ルート)”」

 その姿は奴の視界にも映っているはずだが、反応するそぶりも見せない。放たれてからでも余裕で躱せるということだろうか。なめてくれやがる。

「“其が示す属性は雷アトリビュート・サンダー” “其が象る現象は大砲シンボライズ・キャノン”」

 なら、その詠唱を止めなかったことを、あの世で後悔するといい。……まあ、そんな動きをしようとすれば俺が全力で阻止していたわけだが。

「“荒ぶる魔を打ち砕けクラッシュ・ジ・エネミー”」

 プリムの詠唱がほぼ完了し、魔方陣も組み上がる。今だと判断した俺は、ゴーレムに背を向けて全力で仲間の元へ走り出す。正確には、仲間たちの真ん中に突っ立っている、筋力バカの元へと。

「“起動(ブート)”」

「オリビア!!」

「ふぇっ!? こ、今度は私ですか!? 一体何を――」

「歯ぁ食い縛れよ!」

「サンダー・キャノンッ!」

 プリムが叫ぶのと同時に、魔方陣から雷の塊が放たれる。激しく発光しながら突き進んでいくそれは、ゴーレムとは見当違いの方向へと向かっていく。そのためか、奴も特別なアクションは起こさない。今も俺の背を追ってきている。やがて発光する雷の塊は高度を下げていき、そして着弾する。ちょうど、俺とゴーレムの間にできたクレーターに。

 ドガアアアアアアアアアン、という激しい爆発音と共に、土煙が舞い上がる。それはあっという間に広がっていき、ゴーレムの大きな図体を丸ごと覆い尽くした。今しか無い。

 俺は走りながらスカーレット・ブレードを一旦しまうと、フリーになった右手を地面に向けつつ、左手ですぐそばまで来ていたオリビアの腰をしっかりと抱える。

「ひゃぁ! え、ちょ、ハルカさ――」

「“事前詠唱(プレリリース)再起動(リブート)”!」

 唱えた瞬間、地面に向けた右手の少し先に既に組み上がっている緑色の魔方陣が現れる。

「ちょっ、ハルカ様!? いつの間にそんなの仕込んで――」

「ウィンド・キャノン!」

 驚きに満ちた声で何事かを叫ぶ妖精を無視し、地面に向けて爆風を解き放つ 。その反動で、俺たちの体は宙に押し出されていく。ODの時に何度も使った、擬似的に空を飛ぶ手段。

「ほわぁ! え、私空飛んでます!?」

「“強化(レイズ)”!」

 補助魔法で威力を上乗せすることで、さらに上空へと昇っていく。高度はぐんぐんと上昇し、一瞬後には雲を突き抜けた。分厚い雲の上には青空が広がっていて、太陽が俺たちのことを出迎えてくれる。

「え? えっ!? ここ、雲の上ですか!?」

「ああ。悪かったな、何も言わずに連れてきて。あまり時間もかけたくないから、手短に説明する」

 右手を下に向けて風魔法を放ち続けてホバリングしつつ、左手で抱えたオリビアに作戦を説明する。

「奴は眼の上に出っ張った庇のせいで、上の方が死角になってる。だから、俺とお前で上方から奇襲を仕掛ける。そのためにこうしてお前を抱えて飛んだ」

「はあ、なるほど。……それにしたって、高く飛びすぎじゃないですか?」

「奇襲を仕掛けるためには、一度奴の視界から完全に外れる必要があったんだ。けど土煙じゃちょっとした時間稼ぎにしかならないだろうから、その一瞬をついて確実に視界から外れられる雲の上(ここ)まで来た」

「ほえー……なんかよくわかんないですけど、こうする必要があったんですね」

「……まあ、その理解でいい。お前に今覚えて欲しいのは、こっから先のお前の仕事だ」

「仕事……あの、私自慢じゃないですけど、あんまり複雑なことは覚えられませんよ?」

 本当に自慢にならないな……。だが、元より難しいことをするつもりはない。

「安心しろ。覚えるのはたった一つだ。『庇ごとヤツの左眼を全力でブン殴れ』」

「なるほど。近づいて殴るだけの簡単なお仕事ですね」

「ああ。その仕事に、俺たち全員の命が懸かってる。……やれるか?」

「……もちろんです。みなさんには一度、命を助けてもらっている身ですし。そのご恩は絶対にここで返します。それに、殴るのだけは得意なんですよ? 私」

 そう言ってこんな状況でも笑うオリビアは、なんだか非常に頼もしく思えた。俺自身も覚悟を決め、眼下に広がる雲、その先に構える敵を見据える。

「よし。じゃあ行くぞ!」

 下へ向けていた右手を180度回し、天へと向ける。2人分の重力を相殺し続けていた爆風は、今度は俺たちの落下速度を爆発的に跳ね上げる推進力へと豹変する。上昇時より遥かに速い速度で分厚い雲を貫通し、視界はあっと言う間に草原に切り替わる。恐らく俺たちの上昇時の爆風で殆どが掻き消えたのだろう、土煙は既に残っていない。だから、目立つ石の巨体は簡単に捉えられた。右の掌の方向を微調整して落下方向をコントロールし、整え終わったタイミングで魔法の出力を止める。既に充分な推進力を得ている俺たちの身体は魔法を止めたことで減速するどころか、重力加速度によって更に速度を増していく。あまりの速度に目が勝手に閉じそうになるが、視線は絶対に奴から外さない。予断なくターゲットの様子を捉え続ける。

 そのゴーレムはというと、地面に棒立ちのまま佇んでいる。恐らくだが、視界から消えた俺を探しているのだろう。普通の視界を持つ者ならキョロキョロと辺りを見回す動作をしていたに違いないが、奴は顔を動かさずとも全方位を確認できるが故に、あんな間抜けな図になっているのだろう。何にせよ、動いていないのなら好都合だ。簡単にその眼を捉えることが出来る。

 そんな分析をしている間に、ゴーレムの頭があっと言う間に迫る。

「そろそろだ。手離すぞ」

「はい!」

 舌を噛まないよう短いやり取りを交わすと、俺は魔法を止めた右手にスカーレット・ブレードを召喚し、オリビアを支えていた左手もその緋剣に添える。俺の手から離れたオリビアも、天性の感覚なのかしっかりバランスを保ちながら、ナックルを装備した右の拳を引き突撃体勢を整える。

「「はあああああああああああああ!!!」」

 特に合わせたわけでもなく2人の声が重なるのと同時、交差点が訪れる。両手で突き下ろした俺の緋剣が、全力で振り下ろされたオリビアの右拳が、ゴーレムのそれぞれの庇へと突き刺さる。レベルに見合わない異常な筋力値に凄まじい落下の勢いが乗算された渾身の二振りは、ゴーレム自慢の岩肌を紙の如くいとも簡単に打ち砕き、その先に待つ両眼(ターゲット)へとあっさり到達した。想像を絶する程の衝撃が、その眼を襲う。その眼を外側から、内側から、完全に破壊し尽くす。

『ガッ、ゥアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 完膚なきまでに眼を破壊されたゴーレムが、両手で眼を覆って蹲る姿を横目に、俺とオリビアは仲間たちの元に緩やかに着地する。落下の勢いは先の一撃で既に殆ど相殺されているので、2人とも問題なく着地できた。

「ハルカ! オリビア!」

「話は後だ! 奴が再び動き出す前にタコ殴りにするぞ!」

 こちらに駆け寄って来ようとするクレアたちを制し、左手にシングルソードを召喚して蹲るゴーレムへと駆け寄ると、全力の二刀流でゴーレムを斬りまくる。言いたいこと、聞きたいことが山程あるのは分かるが、俺たちの命の危機はまだ完全に去ったわけじゃない。視界を完全に奪い取ったとはいえ、奴の攻撃力の高さは身をもって知っている。俺のHPをガードの上から2割も削るんだ、事故でもまともに一発食らってしまえば、一撃死だってあり得るかもしれない。だから、奴が再び動き出す前に、残り3段のHPを削りきらなければ、俺たちの命の危機は完全には消え去らない。

「わっ、わかったわ!」

 クレアもゴーレム討伐が優先だと理解してくれたのか、右手に得物を喚び出して蹲る石の塊へと斬りかかる。プリムも少し遠くから魔法を立て続けに詠唱し、オリビアもジョ◯ョばりのラッシュでボコボコにしていく。防御が紙と言う話は本当だったらしく、残っていた3段のHPはほぼ一瞬のうちに消えていき、ゴーレムが再び立ち上がる前に奴の7段あったHPは全て削り切られた。

『アアアアアアアアァァァァァァァ!』

 最期まで蹲ったまま叫び続けていたゴーレムは、頭の方から徐々に光の粒子となっていき、やがてその姿は完全に見えなくなった。

「勝っ、た……」

 それを確認した直後、張り続けていた全身の気が一気に抜け、思わずその場にへたり込む。足腰に力が入らない。思えば全力の回避行動を幾度となくさせられたし、イレギュラーな化物との死闘でアドレナリンも出ていた。その疲労は想像以上に溜まっていたのだろう。

「や……やった! やったわよハルカっ!」

「すっ、すごいです……! あんなでっかいのを、倒しちゃいました……!」

「見た目の割に意外と殴りごたえがなかったですね。でも、みなさん無事で良かったです!」

「……まさか、こんな序盤でインヴィンシブル・テンペスト・ゴーレムを倒してしまうなんて……いや、ハルカ様ならそれくらいは……それよりも先に考えるべきは……」

 女性陣が勝利の喜びを露わにしながら俺の方へ駆け寄ってくる中、あごに手を当てた妖精はブツブツと呟きながら先程までゴーレムの居た場所を見つめている。……確かに、どうにか危機は去ったが、考えなければいけないことは色々ある。だが今しばらくは、こうして命があることを喜ぼう。何か1つでも破綻していれば、俺たちはここで全滅していたのだから。

「みんなのお陰で何とか乗り切れた。ありがとな。だがすまん、俺の疲労がピークだ。少し休ませてくれ」

「当たり前よ! むしろちゃんと休みなさい! その代わり、元気になったら色々と説明してもらうからね」

「ああ」

 返事をして、草原に寝そべる。途端に睡魔に襲われ、俺の意識はあっという間に刈り取られた。そういや俺、寝不足だったな……。……。



 それからどのくらいが経ったのだろう。俺が目を覚ますと、あの分厚かった雲は何処へやら、やや西に傾いた太陽の光が飛び込んできた。角度的に昼過ぎといったあたりか。それなら大した時間は経っていないかもしれない。

「あっ、起きましたか?」

 お腹の辺りから声がした。視線を向けると、人の腹の上に寝そべった妖精が居た。

「プリム様がヒールをかけてくれているのでHPは大丈夫だと思いますが、疲労はどんな感じですか?」

「まあ、動くには問題なさそうな感じだな。で? お前はなんで人の上に寝てんの?」

「お見守りに決まってるじゃないですか。周囲の魔物の討伐はクレアさんたちがやってくれているので、戦闘力の無い私は無防備に草原で眠りこけるハルカ様を見守る係を仰せつかったんです」

「ああ……そっか」

 こんな敵の出るフィールドのど真ん中で突然眠り始めた俺の為に、クレアたちは休憩せずに周囲の警戒をし続けてくれてたのか。それは申し訳ないことをしたな。

「気にしないでください。ハルカ様はゴーレム討伐の一番の功労者ですから。言ってみれば命の恩人にも等しい訳です。なので、ハルカ様のお休み中の警戒くらいお安い御用です」

 ……まあ、そういうことなら厚意としてありがたく受け取っておこう。だがオルネよ。それは人の上で寝そべってただけのお前が言うことではないだろう間違いなく。

「あっ、ハルカ! どう? 疲れは平気?」

 そんなやり取りをしているうちに、ワイルドウルフの群れを蹴散らしたらしいクレアたちが戻ってくる。

「お陰様でなんとか。悪いな、周囲の警戒とかしてもらってたみたいで」

「いいんですよ、このくらい。それよりも、お腹とかすいてませんか? 一応用意はしてありますけど……」

「……確かに、腹は減ったな」

「じゃ、決まりね。みんなでお昼食べながらさっきのやつについて話しましょ」

「「ごはん! 待ってましたっ!」」

「急にテンション高いわね……」

「ふふっ。今日はちょっと多めに作ったので、少しくらいおかわりしても平気ですよ」

「「Foooo↑↑」」

「ちょっと! あたしたちの分まで食べちゃダメだからね!」

 ……ああ、この光景を見ていると安心する。突然の危機(イレギュラー)は去ったのだと。無事に日常へと復帰できたのだと。そこら中にはゴーレムの残した爪痕(クレーター)が広がってはいるが……ようやく、これで元通りだ。

「ほらハルカ! ボーっとしてると食欲魔人の2人にお昼全部持っていかれるわよ!」

「おう。今行く」

 返事をして立ち上がると、俺もその日常の中へと足を踏み出した。


「まずは確実に答えの出せそうなものから確認していきましょ」

 全員の手に昼食のシチューが渡り、いただきますをした後、クレアがそう切り出した。

「じゃあ早速だけど、ハルカとオリビアがアイツの眼を潰した攻撃。あれ、いったい何だったの? 何が起こってるのかさっぱりわからなかったんだけど」

「ああ、あれはな……」

 シチューを口に運びながら、雲の上でオリビアにしたのと同じような説明を繰り返す。全方位どこだろうと見渡せるように思えたゴーレムにも上方という死角があり、それを利用して一撃で確実に両眼を破壊するために、オリビアを抱えて上空に飛び、雲の上からズドンした、と。

「上方が死角……あの高速戦闘中によくそれに気付けましたね、ハルカ様。私だって知らなかったですよ、そんな弱点」

「そうなのか? 少し考えれば思いつきそうなもんだが」

 結構しっかり突き出てたぞ、庇。

「普段は暗い密林の奥地に生息する魔物ですから、その姿をはっきりと視認できる機会はそう無いんですよ。加えてあの速さと強さなので、冷静に観察している余裕のある冒険者もそう多くありません。なので、インヴィンシブル・テンペスト・ゴーレムに関する情報はそれほど多くは無いんですよ。広く知られているのは、戦闘中にも私が言ったように、複眼による全方位の視界と桁外れの機動力でこちらの攻撃が擦りもしないことと、追尾(ホーミング)を付与した魔法ならいつかは命中すること、防御力がかなり低いことの3点くらいです。そのため討伐に挑むパーティの殆どは追尾魔法連打という攻略法を取りますので、上方が死角だなんて気付きようが無い訳です」

「なるほどな……」

 相変わらず解説を短くする気は無さそうだが、まあ納得は出来たから良しとしよう。

「確かに弱点に気付いたのも凄いけど、それをちゃんと利用できるのも凄いわよね。あんなデカい奴の上を取るなんてそう簡単に出来ることじゃないわよ」

「ですね。それを実現した風魔法の使い方も見事ですけど……あの、気のせいじゃ無ければ、ほとんど詠唱してないですよね? なんだったんですか、あの魔法。あんな短い詠唱の魔法、聞いたことないです」

 ……ああ、それの説明もしてなかったか。プリムが知らないってことは、少なくとも駆け出し冒険者が使う技術じゃないんだな、アレ。

「あれはだな――」

「あれはですね!」

 説明をしようとしたら、横から解説中毒者が割り込んできた。……まあ、オルネの方が詳しいだろうから任せるか。

「ハルカ様が使ったのは、事前詠唱(プレリリース)という補助魔法の一種ですね。魔法の詠唱を事前に完成させておいて、任意のタイミングで起動できる便利魔法です。中級冒険者以上になるとマストで覚えておきたい魔法の1つですね。詠唱に時間のかかる大魔法をストックしておいてここぞのタイミングで撃ったり、回復魔法をストックしておいてピンチの時に使ったり出来るので、非常に重宝します。事前詠唱魔法を使うときは事前詠唱(プレリリース)再起動(リブート)と唱えるだけで済みますからね。補助魔法という括りではありますが、使用時にMP消費もないですし。あ、もちろん詠唱した魔法の分のMPは持っていかれますよ? 例えば消費MP30の魔法を事前詠唱した場合は、再起動するまでの間MPの最大値が常に30減っている状態になります。一度にストックできる魔法は一つだけですが、それでも十分です。万が一などに備えて覚えておくに越したことは無いかと。それを教えた覚えもないハルカ様が使える点については、しっかり問いただしますけど」

「ゲームにもあったじゃん。事前詠唱ってコマンドから魔法選択すると、選択した魔法の詠唱エフェクトの後に出てくる短いやつ、アレが事前詠唱の呪文だろ? あと、解説長い」

「遂に直接言われた!? でもこれがアイデンティティなので私はやめませんよ! あと、ハルカ様は人間の基礎スペックを凌駕し過ぎです! 頼もしい限りですが、なんで1秒にも満たないエフェクトの呪文が再現出来るんですか!」

「……慣れと気合?」

「それであんな人間離れした所業が出来るなら人類は苦労しないですよ! 人類に謝ってください!」

 え、俺何を怒られてんの? なんで人類への謝罪を強要されてんの?

「まあ、その辺にしなさいよオルネ。その人間離れした化け物能力が無かったらあたしたち今頃全員お陀仏なんだから」

 クレア、お前フォローしてるようでしてないだろ。

「事前詠唱……あのっ、ハルカさん! それ、後で私にも教えてください!」

「ああ、それはもちろん」

 魔法担当のプリムは覚えておいた方が良い補助魔法だろう。うまく説明出来るかはわからんが、頑張ってみよう。

「ハルカ様の説明がわかりづらかったらいつでも私を呼んでくださいね。この人間違いなく天才型なので、きっと説明ヘッタクソですよ」

「余計な事を口にするのはこの妖精か……?」

「のおおぉぉぉぉ! グシャってなるううぅぅぅ!」

 さて。折檻も済んだところで次の話題へ移ろう。

「あと確認しておきたいのは……アレだ。オルネが言ってた、エリルってやつ。アレはなんなんだ?」

「あ、そう! あたしもそれ気になってた!」

 俺の疑問に、クレアも食いついてくる。という事は、この世界でもあまり一般的に知られている用語じゃないのか。

「けほっ、こほっ……サイズダウンするかと思いました……。それにしても、お2人してよく覚えてましたね。では、要望にお応えして解説しましょう。ところで皆さん、魔物ってどうやって生きていると思いますか?」

「「「「……はい?」」」」

 唐突になんだ、それは。意図がわからん。

「ちょっと抽象的過ぎましたか。では、もう少し噛み砕きましょう。いかに魔物とは言え、広義には私たちと同じ『生き物』に分類されます。そして生きている以上、命を保つための何らかのエネルギーを摂取する必要があります。私たちで言えば食事ですね。あ、そうそう。あまり知られてはいませんが、しばらくの間空腹でいるとHPが徐々に減少していきますので、空腹には注意してくださいね。……じゃなくて。では、魔物は何を食べて生きているのでしょう?」

 ……改めて問われると、案外難しいな。そんなの今まで考えたこともなかった。草木や果実の類はダンジョン内にはないだろう。というか、そもそも奴らが草食だとは思えない。だとすると……。

「……同じ魔物とか、あるいは人間とか……?」

「まあ、そういう発想になりますよね。ですが、残念ながら不正解です。魔物同士の共食いは起こらないですし、倒した人間たちを食べるなんていうエグいこともしません。そもそも、死んだら魔物同様光の粒子になって消えてしまうので死体は残りませんからね。正解は、空気中に含まれる『エリル』という物質を取り込んでいるんです」

 ここでようやくエリルが登場か。

「魔物にとってはこれが唯一のエネルギー源になります。どんなに小さな魔物であれ、先のゴーレムのように超巨大な魔物であれ、エリルが不足してしまえば生きていくことはできません。そして、体の大きな魔物やエネルギー消費の激しい魔物はその分だけ大量のエリルを必要とします。ですが、空気中のエリル含有量は全世界、全ダンジョンによって大きくばらつきがあります。例えばここ、ペイリール平野はエリル含有量の非常に少ないエリア、低エリル地帯です。ですので、生きていく上でさほどエリルを必要としない低級の魔物の生息地となっています。対してインヴィンシブル・テンペスト・ゴーレムの本来の生息地であるベルフォレア森林地帯はエリル含有量の非常に多い高エリル地帯に分類されます。あの図体ですから、必要なエリルの量は相当なものでしょう。だからあのゴーレムはベルフォレア森林地帯に生息していますし、そこから出てくる事は有り得ないんです。だって、あの森林から外に出ればエリルが不足して生きていけなくなってしまうんですから。ましてや、こんなに距離の離れているペイリール平野まで自力で移動してくるなんて、ハルカ様が女の子になるくらい信じ難いことなんです」

 何故例えがそれだ。もっと他に色々あっただろうが。だがまあ、エリルについてはある程度分かった。そして、あのゴーレムがここに現れたのがいかにイレギュラーだったのかも。

「自力で移動するのが有り得ないんだとすると……誰かの手で移動されられた?」

「……考え難い事ですが、それが今のところ最有力だと思います。あれだけの巨大な魔物をテレポートさせるのには相当な技術が必要になりますが……それ以外にアイツが現れた理由は思い当たりません」

「ちょっ……それって、誰かがあたしたちを明確に狙って仕掛けて来たってこと!?」

「……みなさんを不安にさせるのは申し訳ないですが、おそらくは。何者かの手が介入しなければ、こんなイレギュラーは起こり得ません」

「そんな……! でっ、でも、どうして私たちが……!?」

「まあ、十中八九ファーストダンジョンでの一件が原因でしょう。世界の救世主として最高のスタートを切れたと思ってたんですが、少々目立ち過ぎてしまったのかもしれないですね。あれだけ派手をやらかせば、その情報は瞬く間に大陸全土に広まる。それを世界の停滞を突き動かす希望と見る人もいれば、最前線(じぶんたち)の立場をおびやかす脅威と捉える人もいる。だから、今のうちに始末しておこうと考えたクズがどこかにいたのかもしれません。ハルカ様の世界で言う、『出る杭は打たれる』というヤツですかね」

「…………」

 詰まるところ、俺のせいか。俺を始末する為に誰かがこんな事をして、結果大切な人たちの命を危機に晒したのか。俺が……俺さえいなければ、クレアたちがこんな目に遭う必要はなかっ――

「ハルカのせいじゃないわよ」

 まるで心を見透かしたように、クレアの一言が俺の思考を遮った。

「確かに、あのゴーレムをけしかけられた理由はアンタかもしれない。でも、そんなイレギュラーを全員無事で乗り越えられたのは、アンタがいて、プリムがいて、オリビアがいたからでしょ? アンタだけだったら乗り切れなかった。あたしがオリビアを連れて行くのを拒否してても乗り切れなかった。このパーティの4人が揃ってたから、誰も欠けず、誰も傷付かずにこうしていられるのよ。ならそれでいいじゃない。確かに今後、何度も命の危険には晒されるかもしれないけど、あたしたちだって冒険者なんだからそれくらい覚悟の上よ。それに、結果的にハルカと一緒にいた方が生存率高そうだし」

 そう言って、クレアは最後に悪戯っぽく笑った。……ほんと、この世界での俺は仲間に恵まれているようだ。

「わかったよ。勝手に俺のせいだとか思って、自分を責めるのは無しにする。俺たちは一蓮托生だ」

「い、いちれ……? なんかよくわかんないけど、きっとその通りよ!」

「ああ。というわけでクレア、次からは戦闘面でもしっかり活躍してくれ」

「ちょっ! せっかく人が慰めてんのにそういうこと言う!? 実はちょっと気にしてたこと言う!? 我ながら強引にねじ込んだなー、と思ってたこと言う!?」

「はははっ!」

 ともすれば喧嘩の種になりかねないような俺の発言も、きちんと冗談だと汲み取ってくれる。そんな友人がどれだけ希少か、俺は知っている。やはりこいつらとの出会いは奇跡で、既に想像以上に大切で、失いたくない存在なんだとこのイレギュラーが教えてくれた。

 どこのどいつが何の目的でけしかけたんだか知らないが……やれるもんならやってみろ。俺たちでその全てを跳ね返してやる。



★    ★    ★



「まじかー、アレを倒すのかー……。あの化け物をここまで連れてくるの、結構大変だったんだけど……こりゃホンモノってわけだ。なら――こっちも本気で叩き潰しに行かなきゃな」




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