第七章 オリビア・ピュアレットと野宿
草原に倒れ伏す少女に駆け寄った俺たちは、恐る恐る声をかける。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫じゃないです~! 助けてくださいぃ~!」
「うおわ!」
軽く声をかけた瞬間、少女が俺の足に縋りついてきて思わず変な声が出た。
「ち、ちょっとアンタ! いきなりハルカになにしてるのよ!」
「そっ、そうですよ! そんなのはしたないです!」
突然のことに戸惑って動けない俺の代わりに、クレアとプリムが二人がかりで少女を引きはがそうとする……が、びくともしない。というか掴まれた足が段々痛くなってきたんだが! 見かけによらずバカみたいな腕力してるぞこいつ!
「ちょっ、痛い痛い! わかった、話を聞くからとりあえずその手を離せ!」
「ほっ、ほんとですか⁉ ついでに食べ物も恵んでくれますか⁉」
「え? いや……まあ、うん」
図々しいな、と一瞬思ったが、またあの腕力で縋りつかれても面倒なので、しぶしぶ頷く。長旅に備えて食糧は多少多めに準備してあるので、この少女に少し分け与える程度ならまあ大丈夫だろう。
アイテムボックスから乾パンを取り出して手渡しつつ、少女から詳しい話を聞く。
「あんた、名前は?」
「もっきゅもっきゅ……わはひ、おひひはひゅあへっほれす」
「パン食うか喋るかどっちかにしてくれ」
なに言ってるかさっぱりわからねえ。
「……もっきゅもっきゅ……」
「食うんかい!」
そっち優先すんのかよ! どんだけ腹減ってんだお前!
結局最後までパンを食いきってから、少女はようやく口を開いた。
「もっきゅ……ごくん。改めまして私、オリビア・ピュアレットと言います! 食糧ありがとうございます本当に助かりました!」
ヘッドバッド級の勢いで頭を下げる少女――オリビア。いちいちアクションの激しい子だな……。
「まあ、困った時はお互い様よ。それよりあんた、なんでこんなところで飢えてたのよ。プレミエルはすぐそこよ?」
クレアが後方を指差しながら尋ねる。そこにはまだぼんやりとだがプレミエルが見える。まあ、まだ2時間くらいしか歩いてないからな。
「えぇ⁉ 私プロシャインに向かってたはずなんですけど、3日間飢えて彷徨ってようやく見えてきたあの街、プレミエルなんですか⁉」
「ええ。プロシャインはあんたの真後ろの方角よ?」
「⁉」
クレアの指摘に驚愕の表情で固まるオリビア。……この一本道で迷ったのかよ。なにをどうしたらそんなことができるんだよ。
「……なんということでしょう。私の飢えと戦った3日間は一体……」
「まあ、ほぼ無意味ね」
「うわーん!」
……初対面の相手に容赦なさすぎだろ、お前。
「ク、クレアちゃんもう少し言葉を選んで!」
「でも事実だし」
「た、確かにそうだけどっ」
「うわわーん!」
プリムが追い打ちかけやがった。2人とも半ば無自覚だろうからタチが悪い。
「……まあ、プレミエルもすぐそこなんだし、一回出直したらどうだ?」
ちょっと可哀想になってきたので、そう提案してみる。すると、泣き顔を披露していたオリビアは急に真面目な顔になった。
「……いえ。プレミエルに帰るわけにはいかないのですよ」
場の空気が一気に重くなる。……あんまり触れてはいけない部分に踏み込んでしまっただろうか。
「なぜなら、結構カッコつけて街を出てきてしまったので!」
全然そんなことなかった。
「……ハルカ、この子はほっといて行きましょ」
「……そうだな」
「ちょっ、待ってください〜! 見捨てないでください〜!」
クレアと共に立ち去ろうとしたら、例の馬鹿力でしがみつかれた。ちょ、痛い痛い下半身もげる!
「わ、わかったわかった! 見捨てないからその手をはなせ!」
「ホントですか⁉ 私を置いていかないですか⁉ ついでに私をプロシャインまで案内してくれますか⁉」
「置いてかない! 置いてかないし案内するからそろそろその手はなせ腰から下がなくなる!」
俺の必死の訴えに、ようやくオリビアの手が俺の腰から離れる。あー、マジで死ぬかと思った。一体あの細腕のどこにあんな力があるんだよ。
「……ちょっとハルカ。リーダーのあたしを差し置いてなに勝手に決めてんのよ」
「すまん、下半身を失う恐怖には勝てなかった」
「どんだけ馬鹿力なのよ、その子……。ま、いいわ。あたしも困ってる子を無視して置いて行こうとは思わないし。ただし! このパーティのリーダーはあたしだから。あたしの指示には従うのよ?」
「救いの女神……! ありがとうございます〜!」
クレアの言葉に目を潤ませたオリビアは、薄々そんな予感はしていたが案の定感極まってクレアに全力で抱きついた。
「ちょっ、あだだだだ! 腰っ! 腰から真っ二つになっちゃうから! 一旦ハグやめっ!」
数瞬と待たずにクレアが悲鳴をあげる。……な? そいつの腕力冗談抜きでヤバいだろ?
「……あー、裂けるかと思ったわ……アンタマジでどんな筋力値してんのよ。ちょっとステータス画面見せなさいよ」
「いいですよ〜」
特に躊躇うことなくあっさりステータス画面を開くオリビア。俺もその筋力値が気になるので隣から覗き込む。
『オリビア・ピュアレット
Lv:34
年齢:20
職業:無職
種族:エルフ族
所持A:305
経験値:124480/131920
HP:469/469
MP:203/203
筋力:5086(+300)
知力:170
敏捷:350
防御:460(+100)
幸運:420
装備:アイアンナックル、布ローブ、橙インナー、橙スカート、サンダル、ブラジャー(橙)
攻略履歴:1D制覇(1L〜200Lまで『目指せ鍛治師連合』と共に攻略』
「「いや、筋力値!」」
思わずクレアと同時に突っ込んでしまった。マジでなんだよその値。確かにその値ならあの馬鹿力にも納得だが、俺よりも高いって相当異常だと思うぞ。
「なるほど、鍛治師志望の方なんですね……ならその筋力値も納得……できませんよ⁉ なんですかその異常値! ハルカ様より高いとかマジですか⁉」
ほら、うちの案内役も驚いてるし。
「そ、そんなにおかしいですか? 私、普通に魔物を殴ってただけなんですけど……」
「そのレベル帯の平均からしても全然異常ですよ。どんだけ魔物殴ったんですか?」
オルネの目が不審なものを見るようなものになる。結構あからさまな視線だったが、オリビアは気にした様子もなく返す。
「んー……結構たくさん?」
「いや、そういうことが聞きたかったんじゃないんですけど……。ちなみに、この『目指せ鍛治師連合』は何人パーティですか?」
「えっと……確か20人くらいです」
「ああ、ちょっと多いんですね。なら、このステータスでも不思議はない……んですかね」
なにやら1人で納得するオルネ。いや、俺たちにも説明しろよ、という目で俺とクレアが睨むと、それに気付いたオルネがカラクリを説明してくれる。
「ハルカ様にも以前説明しましたけど、この世界の転職にはダンジョンボス攻略が必須です。たとえ戦闘能力の必要ない農夫や商人になるのだとしても、ダンジョンボス攻略時にもらえる『てんしょ君』が必要になります。鍛治師もそのうちのひとつで、戦闘経験はいらないけどダンジョンボス攻略は必要、という職業です。なので、冒険者志望の人たちよりも多い人数でパーティを組んで楽にダンジョン攻略をしよう、というグループがいくつも存在します。オリビア様が所属していたパーティもおそらくそうですね。通常は10〜15人くらいのパーティを組むのですが、オリビア様のところは20人なので少し多めです。で、ここからが重要なんですけど……クレア様、この世界の経験値取得方式は当然ご存知ですよね?」
「たしか、分散型でしょ? 魔物からもらえる経験値は一定で、それがパーティメンバーに等しく振り分けられる、っていう」
「その通りです。魔物から得た経験値は、戦闘参加の有無に関わらずパーティメンバー全員に均等に割り振られます。つまり、パーティの人数が多いほど一人頭の経験値は少なくなって、レベルアップまで時間がかかるわけです。では今度はハルカ様に質問です。この世界のステータス上昇の方式、覚えていますか?」
「……経験点、だったか? レベルアップまでの間に魔物を何体どう倒したとか、どれだけ攻撃を防いだか、躱したかとかで経験点が溜まっていって、それに応じてステータスが上昇……あ」
自分でそこまで言って、オルネが言わんとすることにようやく気付いた。
「気付いたみたいですね。そうです、オリビア様は20人パーティ所属だったのでレベルがひとつ上がるまでにかかる時間が長く、その間に蓄積された経験点によってステータス……特に筋力値が一気に上昇した、ということなんだと思います」
まあ、確かにそれならこの異常値も納得か。筋力値以外はクレアたちとそう変わらないステータスなわけだし。……ほんと、どんだけ魔物殴ったんだろうな。
「そういうことならまあ、そこまで異常ってわけじゃなさそうね。それに、その筋力は間違いなく戦力だし。じゃ、改めてプロシャインまでよろしくね、オリビア。あたしはクレアよ」
「私はプリムです。よろしくお願いしますね、オリビアさん」
「オルネです。戦闘力は皆無です」
「その自己紹介はどうなんだ……あ、俺はハルカな。よろしく」
「……あっ、はいっ、みなさんよろしくです! パンを恵んでいただいたご恩は必ず返しますので!」
オルネのやたら長い説明を聞き流していたと思われるオリビアが、俺たちの自己紹介にワンテンポ遅れてそう返す。……まあ、確かに長かったしな。次からは3行以内に収まるよう努力してもらおう。
「案内役のアイデンティティがピンチ!」
街を出てから数時間でなんだか色々あったが、オリビアをパーティに加えて再びプロシャインを目指して歩き始める。道中話題になるのは、当然ながらオリビアのことだ。
「オリビアの武器ってナックルよね? ってことは、やっぱり前衛で戦うタイプ?」
「はい。近づいて殴るだけの簡単なお仕事です」
「いや、簡単ではないと思うんですけど……。でもそうなると、前衛3人に後衛が私1人になるんですね」
「確かに。超凸型パーティ感は否めないですね。ハルカ様がいるので苦戦はないと思いますが、バランス的に戦いづらいですよね。FFとか心配です」
「……FFってなんです?」
「フレンドリーファイアのことよ。味方の攻撃が味方に当たっちゃうやつ」
「ほえ~……」
女性陣が楽しげに会話する後方で、俺は1人今日の寝床について考えていた。突然同行人が1人増えてしまったが、幸いにもテントは2人用が二つあるから問題なし、とは当然ならない。男女比を考えたらすぐにわかる。1人とは数え難いオルネを除いて男女比は1対3。それを2、2でわけたらどうなるか。どうやったって女性陣の誰か1人と俺が同じテントで寝ることになる。これはマズい。せめてテントがもう少しゆとりのあるサイズ感だったらよかったのだが、シェルターのような見た目に反して中はきっちり大人が2人寝られるだけのスペースしかない。しかも女性陣がこのことに気付いていないっぽいのが余計にマズい。俺から言い出すべきなのか、彼女たちが気付くのを待つべきなのか。これは重要な選択肢だ。
「おっと。プレミエルを出て約4時間、ようやく魔物とご対面ですね」
そのオルネの声に思考を一時中断し、前方を注視する。そこには、この世界に来てからプレミエルに向かうまでに散々倒したワイルドウルフの群れが見えた。5、6体はいるだろうか。
「ようやくお出ましね。道中は結構魔物が出るって聞いてたけど、そうでもないのかしら」
「いえ、街から離れる程遭遇頻度は高くなっていきますよ」
「あ、そうなの。じゃあ、ここからが本番ね」
言いながら剣を構えるクレア。それに続くようにプリムとオリビア、俺もそれぞれ得物を構える。今更ワイルドウルフごときに手間取るとは思わないが、命がかかっている以上どんな相手でも油断は禁物だ。
「よしオリビア! アンタの実力を見せてみなさい!」
「らじゃー!」
言うや否や、地を蹴って弾丸のような速さで接敵するオリビア。はえー……アイツの敏捷は人並みだったと思うが、異常筋力値で地面を蹴ったせいか。難なくワイルドウルフに接近したオリビアは、その勢いのまま右拳を構え、ウルフの顔面を殴った。彼女のスカートが翻るのと同時、ワイルドウルフが50メートルくらい吹っ飛んだ。
「「「「え…………」」」」
その光景に、俺たち4人は敵前なのも忘れて呆然とする。突然瞬間移動のごとく吹っ飛んだ仲間を見て怯えた残りのウルフたちが逃げていったことに気づいたのもしばらくしてからだ。
「ちょっ、飛ばしすぎでは⁉」
「ウルフ消えたんだけど⁉」
「想像以上のパワーです⁉」
「おまっ、パンツは⁉」
一拍置いてから、4人が揃ってオリビアにツッコミを入れる。……ん? 今、4人揃ってたか?
「……ちょっとハルカ? アンタ今なんて言った?」
「いやだから、アイツのパンツ! 今見えただろ!」
みんなそれで驚いてたんじゃないのか⁉
「いえ、私たちはオリビア様のパンチの威力に驚いていたんですけど……ハルカ様は一体どこを見ていたんですか?」
「そんな蔑むような目で見るなよ!」
アイツのパンチの威力はあの筋力値を見れば予想はできるが、さすがにパンツを履いていないのは予想できるはずがない。そっちに驚くのはごく普通だろうが。
「まあ、ハルカ様の言い分もわからないではないですけど……。確認ですがオリビア様、今パンツって装備してますか?」
「え? ……あっ、そういえばしてませんね。どうりでいつもよりスースーするわけです」
「「え、反応その程度なの⁉」」
もっとこう、色々あるだろうが。もう少し恥じらうとかさ。それともなに、この世界ではノーパンはそんなに珍しくないのだろうか。
「いや、そんなわけないじゃないですか」
「だよな」
それを聞いて一安心だ。
「でも、違和感があったのなら、どうして確認しなかったんですか?」
「いやー、なんかスースーするのが気持ちよくて。別にこのままでもいいかな、って」
「……なるほど。変態エルフさんだったんですね」
ちょっ、オルネさんストレートすぎない⁉ もっと歯に衣着せて!
「えへへ、それほどでも~」
そしてそっちはそっちでなんでそんな反応⁉ なに、自覚のある変態なの⁉ それともただの天然⁉
「……ハルカ様? 別に声に出してツッコんでもいいんですよ?」
「咄嗟に声が出なかったんだよ!」
ツッコミどころが多すぎるんだよ、お前らのやり取り。もう少しツッコミどころを絞ってくれないとつっこめん。
「……でもハルカさん、よく気づきましたね。普通は派手に飛んだウルフの方を見ちゃうと思うんですけど」
「それは……まぁ、うん」
男の性だからしょうがないよな。俺みたいな底辺の人間でも、あれだけ大きくスカートが翻ったら見ないわけにはいかないんだ。
なんてことをプリムたちに言うわけにもいかないので、俺は適当に笑ってごまかした。
「ハルカ様も男の子なんですね……」
約1匹には見透かされていたようだったが。あとで口止めをしておこう。
その後、どうにかオリビアにパンツを穿かせてから(結構苦戦した)、改めてプロシャインに向けて歩き始める。ワイルドウルフの群れとも何度か遭遇したが、ワンパンオリビアの敵ではない。俺やクレアが何かするよりも早く群れに突っ込んでいき、狼を群れごと蹴散らしてくれる。おかげで楽な道中だったが……これでいいのだろうか。
「いいんじゃないですか。ワイルドウルフなんて、ハルカ様やクレア様でも余裕でワンパンレベルの雑魚敵ですし、得られる戦闘経験や経験値、経験点も無に等しいです。楽に行けるならそれに越したことはないかと」
まあ、案内役がそう言うならいいか。
そんなこんなで休憩を挟みつつ歩くことさらに数時間。日が完全に落ちて真っ暗になった辺りで、本日は野宿をすることになった。舗装された道から少し外れた草原の上にテントを召喚する。とはいえすぐに寝るわけではなく、まずは夕飯だ。プレミエルで買い込んだ薪をテントの近くに配置し、魔法で火をつける。その上に鉄鍋を置いてそこに再び魔法で水を張り、本日の夕飯であるレトルトのカレーを投入。その横では、器用に組み上げた薪を利用してプリムが飯盒炊爨よろしく米を炊いている。今日からプロシャインにたどり着くまでは大体こんな感じの食事が続く。飽きが来ないように色々な料理を買ってはあるが、すべてレトルトか缶詰、乾パン系だ。生の食材はアイテムボックスに入っていても腐るらしいからな。歩くのもそうだが、食に関してもしんどい旅路にはなりそうだった。
「とは言っても、ハルカ様のいた世界のレトルトや缶詰と比べると、こちらのものの方が圧倒的に美味しいと思いますよ? 科学技術やらなにやらはこちらの世界の方が断然上ですし、長旅が多いのでこういった食品の開発・改良も盛んですし」
「ふーん」
オルネの解説をぼんやり聞きつつ、夕食の完成を待つ。ステータスの影響か、あるいは魔物との戦闘が多くなかったせいか、丸一日歩き通しだった割には疲労感は少ない。10日間歩きっぱなしと聞いて最初は結構身構えていたのだが、この程度であれば案外余裕かもしれない。
「まあ、プレミエルとプロシャインの間は道も平坦で魔物も弱く少ないですからね。ですが、高難度ダンジョンに近づけば近づくほど道も険しく、魔物も強く多くなっていきますので、たかが移動となめたりはしないでくださいね?」
「……あの、オルネさんは先程から誰と話してるんですか?」
「ハルカ様の心の声ですけど……あれ? オリビア様には聞こえないですか?」
「普通は聞こえないんだよ!」
そんなやり取りをしているうちに、夕食のカレーが完成する。プリムが炊いたおこげ付きの白米の上にレトルトのカレーをかけただけというシンプルな一品だが、野宿という特別なシチュエーションのせいなのか、やたらとうまそうに見える。
『いただきます』
全員で声を合わせたのち、一口。
「うまっ!」
口に入れた瞬間全体に広がる香ばしいスパイスの薫りと絶妙な旨辛さ。到底レトルトで出せる味ではない。確かにオルネの言う通り、この世界のレトルトはかなり高水準のようだ。これなら毎日食っても多分飽きない。
「でしょう? 所詮レトルトと侮ることなかれです。にしても、本当に美味しいですね。レトルトカレーは当然ですが、ご飯も絶品です! プリム様、いい仕事しますね!」
「あ、ありがとうございます。実際に飯盒でお米を炊いたのは初めてでしたけど、上手くいってよかったです」
「いや、初めてとは思えない出来だぞ。ご飯のふっくら加減もおこげの具合もベストだ。やっぱプリムは料理上手いんだな」
「え、えへへ……ちっちゃい頃から結構やってるので。今度、機会があったらちゃんとした料理も振る舞いますね」
「お、それは楽しみだな」
この世界の家庭料理とか、結構興味あるしな。宿とか飲食店で食べた料理は向こうのセカイとそこまで差はなかったし、その時が楽しみだ。
「……むー。あたしも料理勉強しようかしら」
ちやほやされるプリムをちょっと羨ましそうに眺めるクレアからそんな呟きが漏れる。そんな気はしていたが、やっぱりクレアは料理できないんだな。
「……ちなみにハルカって料理できるの?」
「できないぞ」
高三重家の飯はほとんどコンビニ弁当だったからな。天乃が作ってくれるようになってからは俺も多少手伝ってはいたが、ほぼ天乃任せだったので料理はできないに等しい。こうしてレトルトを温めることぐらいは出来るが。
「よかった。それを聞いて少し安心したわ」
「ちなみに私も料理は出来ないですよ!食べる専門なので!」
「そこは威張るところじゃないだろうが」
「あだっ!」
「オリビアは? オリビアも食べる専門よね?」
与えられたカレーを一瞬で平らげたオリビアへとクレアが話を振る。オリビアは食器を地面に置きながら堂々と答える。
「当たり前じゃないですか! 料理は食べてなんぼです!」
予想通りの回答だった。つまり、プロシャインまでの今後の調理担当ほぼプリム任せというわけだ。負担をかけてしまって申し訳ないな。俺も手伝えるように料理を勉強するべきか。
「料理は美味しく作れる人が作るのが一番だと思うんですよ!」
「下手にあたしたちが調理しようとして失敗して、貴重な食料を減らす方がよくないと思うのよ」
「勝手に料理が出てくるって素晴らしいですよね!」
「お前らな……」
この三人は料理をする気がないらしい。おいクレア、さっきの発言はどうした。……まあ、いいけど。でも、今後は周囲の魔物を警戒しながら調理、食事をしなきゃいけない場面も出てくるだろうし、そういう時のために全員が一定水準以上のことはできたほうがいいと思うんだけどな。
食事を終えた後。軽く雑談をしてからさあ寝るぞというタイミングで、俺は一つの問題を思い出した。そう、寝床問題だ。オリビアのパンツ事件のせいで、すっかり忘れていた。
「……ち、ちょっと、どうすんのよハルカ。あたしたち3人の中の誰かがアンタと一緒に寝なきゃいけないじゃない」
「俺にそれを言われてもな……」
「お、男の人と一緒に寝るなんて……恥ずかしくて無理です……!」
「私は別に構わないですよ?」
「オリビアはちょっと黙ってなさい」
案の定、そう簡単には結論が出ない。まあ、無理もない。2人寝るのがやっとという空間に異性と二人というのは、場合によっては恋人や夫婦同士だって躊躇するレベルだ。色々あったとはいえ、まだまともに話すようになってから一週間弱の俺たちが実行できるようなものじゃない。若干1名変なことをぬかしている奴がいるが、あれは多分事の意味をちゃんと理解していないからこその発言だろう。そうでないならいよいよ変態認定をしなければならない。
「……でも結局、私たちのうちの誰かがハルカさんと一緒に、その……ね、寝ないと、この問題解決しないですよね」
「ハルカ様がテントの外で寝るという手段があるにはありますが」
「ふざけたことを言うのはこのチビか……!」
「のおおぉぉぉ! 潰れるううぅぅ!」
今まで宿で夜を越していたせいで気付かなかったが、この世界の夜は意外と冷える。向こうの世界のように季節があるのかどうかはわからないが、日本の四季に合わせて表現するなら、現在の気候は冬の終わりかけぐらいの感じだ。防寒対策もなしに外で夜を越せばまあ間違いなく風邪をひく。だからテントの外で寝るのは断固拒否だ。
「……まあ、あたしもこの寒空の下でハルカを寝かせようとは思ってないから、オルネの案は却下ね。そうなるとやっぱり、あたしたちの誰かがハルカと寝ることになるんだけど……問題は誰が一緒に寝るかよね」
「さっきも言いましたけど、私でいいですよ? 助けてもらった恩もありますし、危ない役は引き受けます」
……あー、それでさっきの発言につながるわけか。何も考えてないとか変態とかではなかったわけだ。俺と一緒に寝ることが危ないと言われたのは若干ショックだが、まあ一般論からしたらそうなるだろう。そう、これはあくまで一般論の話だ。そうに違いない。
「いや、パンあげたくらいでそこまで体張ってもらうのは逆に申し訳ないわよ。道中の魔物ももほとんどオリビアに倒してもらったし」
「そ、そうですね。ここは、私かクレアちゃんのどっちかが……」
恥ずかしそうに言いながら、プリムが視線をちらっとこっちに向ける。……いや、ここでこっちに振られても困るからな? クレアとプリム、どっちと寝るか選べとかなったら、どうやったって今後の関係に禍根が残るし。そうなる前に手を打つか。
「もう、ジャンケンでいいんじゃないか?」
こういう時はこれが一番公平だろう。これなら今後の関係にも支障はきたさないだろうし。
「「「……じゃんけん、ってなに(なんですか)?」」」
しかし返ってきたのは賛同の言葉ではなく、オルネを除いた3人の疑問の声だった。
「おーう……久しぶりのワールドショック」
マジかよ……この世界にはジャンケンないのかよ……それはさすがに予想外だ。
「まあ、ダンジョンに潜って戦うのがこの世界の子供たちの常ですからね。その手の遊戯なんかはあまり発達してないんですよ、この世界は」
耳元でオルネがこっそりそう教えてくれる。なるほどな……そうなると、一からジャンケンについて説明しなければいけないのか。……改めて言葉にしようとすると難しいな……オルネ、パス。
「丸投げですか⁉ ……まあ、説明しますけど。えっと、ジャンケンというのは、手だけを使った遊びの一種ですね。グー、チョキ、パーの3種類を使うんですけど、この3つは3すくみの関係になっています。グーはチョキに勝って、チョキはパーに勝って、パーはグーに勝ちます。で、最初はグー、ジャンケンポンの掛け声に合わせて手を出して勝敗を競います。全員が同じ手だった場合や、3種類全部が出てしまった場合にはあいこといって、もう一度仕切り直しです」
「「「へ~……」」」
さすが解説役、わかりやすい説明をしてくれる。が、あまり伝わってはいないようだ。まあ、口で説明されてもいまいちか。
「それもそうですね。じゃあ、私とハルカ様でやってみましょうか。負けた方が外で寝るということで」
「ちょ、おま! ふざけ――」
「最初はグー、ジャンケンポン!」
「ポン!」
不意打ち気味に始められたジャンケンに、慌ててパーを出す。対するオルネはグー。つまり俺の勝ち。
「お前、二言はないだろうな?」
「という感じでやります。あ、もちろん今のはデモンストレーションなので無効ですよ」
「握りつぶすぞコラ」
「ぎゃーっ!」
ふざけやがった妖精に罰を与えつつ、3人の様子をうかがう。表情を見るに、今度はジャンケンのやり方をきちんと理解できたらしい。
「おっけー、大体わかったわ」
「じゃあ、勝負ですね!」
「えっと、負けた人がハルカさんと寝る、という感じでいいですか?」
「それが妥当ね。じゃあ、いくわよ。最初はグー、ジャンケン」
「「「ポン!」」」
そして行われた若干ぎこちないジャンケンの結果、一緒に寝ることになったのは――
「隣失礼しますねー」
「お、おう」
二人並んでねるのがやっとという狭いテントの中に、オリビアが入ってくる。ジャンケンの結果、負けたのはオリビアだった。クレアかプリムという話の流れになっていたはずなのに、なんでジャンケンに参加したんだろうという感じだが……まあ、本人が楽しそうにしてたからいいか。
「並んで寝ると意外と狭いですね」
言いながら俺の横に寝転がるオリビアに照れや恥じらいといった要素は見受けられない。俺が男として見られていないということなのか、オリビアが気にしなさすぎなのか。後者だといいなあ……。まあ、下手に意識し合って気まずくなるよりは全然いいのだが。
「ところで、私はどこに寝たらいいので?」
「なに言ってんだ、お前は外だろ?」
「ちょっ、それは冗談ってことで片付いたはずでは⁉」
一応、2人きりにはならないようにとオルネは俺たちの方のテントで寝ることになっている。俺がこの状況であまり緊張せずにいられるのは不本意だがコイツのおかげだろう。このくだらないやり取りのおかげで気が紛れているのは確かだ。
「ほ、ほら、私役に立ってるでしょう? だから外で寝る件はなかったことにしましょう? ね、ね?」
「……まあ、今回は許してやろう」
「ありがとうございます!」
「……ハルカさんとオルネさんって、仲良いですよね。もう結構長いんですか?」
俺たちのやり取りを見ていたオリビアがそう尋ねてくる。
「……どうだろう。3週間くらい経ったか?」
「ですかね。プロシャインに着く頃にはちょうど1ヶ月ってところでしょう」
「さ、3週間⁉ たったそれだけですか⁉」
「そうだな。……考えてみれば、まだそれだけしか経ってないのか」
「まあ、その間に色々ありましたからねー。文庫本1冊分くらいはありますよね」
「その話ぜひ聞きたいです! なにがあったらたった3週間でここまで仲良くなれるんですかっ?」
3日間彷徨っていたはずなのにまだまだ疲れた様子もないオリビアがワクワクした様子で尋ねてくる。それに対してうちの案内役も、話したくてうずうずしながらこっちをチラチラと見てくる。……まあ、話したらいいんじゃないか。俺は寝るけど。
「いや、起きて聞いててくださいよ!」
「……………………」
「無視ですか⁉ 寝たフリしたって私にはわかりますよ!」
「だーわかったわかった! 聞いてるから耳元で叫ぶな!」
こんな耳元で叫ばれてたら寝たくても寝れないし。
「じゃあ、お話しますね。ハルカ様と出会ったのは約3週間前のことでした――」
そこから、オルネが長々とここ3週間の出来事を語りだす。もちろん、俺が異世界から来た云々の辺りはうまいこと誤魔化しつつだが。そうして語ることおよそ30分くらいだろうか。全部を聞き終えたオリビアは、興奮した様子でこう言った。
「ダンジョンボスソロ討伐って、それどんな化物ですか⁉」
やはり真っ先にツッコまれたのはそこだった。確かに、この世界の常識と照らし合わせたらそうなるのだろう。……でも、でもな? これだけは言わせてほしい。
「その俺よりも筋力値が高いお前も、相当な化物だからな?」
「いやいやいや、そんなことないですって。ハルカさんに比べたら普通ですよ、普通」
「「いや、どう考えても普通じゃないから(ですよ)」」
お前が普通だとしたら、クレアやプリムの立つ瀬がないだろうが。
「いやでも、ホント凄いですよ、ハルカさん! 私たちが20人がかりでどうにか倒したアイツを1人で倒しちゃうとか! 今後間違いなく歴史に名を残す人になりますよね! そんなすごい人と一時的にとはいえパーティ組んでたとか、今後のいい自慢話にできそうです!」
「ええ、もう存分に自慢してください!」
「なんでお前が答えるんだよ」
……でも、そうか。オリビアとはとりあえずプロシャインまで、っていう話だったもんな。……こいつ、1人で大丈夫なんだろうか。今日1日一緒にいただけでも色々と抜けている点やズレている点が散見されたので、やや不安だ。
「……オリビアって、プロシャインに着いた後はどうするんだ?」
向こうに知り合いがいるとか、なにかアテがあるならいいんだが。
「うーん、とりあえずは一緒にセカンドダンジョンに潜ってくれるパーティメンバー探しからですね。いつまでも無職ではいられないので、サクッと攻略して転職するためにも頼もしいメンバーを探したいです」
「まあ、プロシャインに向かうということは当然セカンドダンジョン目的ですよね。…………いや、待ってくださいオリビア様。オリビア様って、ファーストダンジョン制覇してますよね?」
「してますよ?」
「なのに、無職なんですか? オリビア様の筋力値なら、鍛冶師見習いには余裕で転職できるはずですが」
「そ、それは……」
そういえばステータス画面を見せてもらった時、確かに職業は無職になっていたな。筋力値のインパクトのせいでスルーしていたが……冷静に考えると変だよな。
「えっと、実はですね……恥ずかしながら私、『てんしょ君』を使用するのをすっかり忘れてまして。気が付いたときにはもうアイテムボックスにはなかったんですよねー」
「「………………」」
「で、もう一度『てんしょ君』を入手しなければいけなくなったので、セカンドダンジョンを目指すことにしたんです。でも、転職しはぐったからセカンドダンジョンの攻略に付き合ってくださいなんて恥ずかしくて連合の人たちには言えなかったので、『ちょっとセカンドダンジョンでもう少し鍛えてくる』と連合のみんなに格好つけて、1人でプレミエルを出たんです。まあ、結果迷子になって三日三晩彷徨って、ハルカさんたちに助けられたわけですけど」
……今日が初対面だし、そういう面が彼女の全てではないからと、この評価を下すのは避けていたのだが……ここまで来たら、もう認定するしかない。
こいつ、バカだ。