第六章 注目と旅の準備
大変お待たせしました。私生活の都合上、半年以上更新が止まっていましたが、いよいよ第一部スタートです。今後も更新ペースはまちまちになってしまうと思いますが、どうぞよろしくお願いします。
ファーストダンジョンの攻略を終えてプレミエルに戻ってくると、一瞬で街の人たちに取り囲まれた。
「さっきの戦闘、マジすごかった!」「二刀流、超かっこいい!」「最後の魔法ってどこで覚えたの⁉」「私にも教えて~!」「そのスカーレット・ブレードって、やっぱりあの武器屋に飾ってあったヤツか⁉」「結婚してっ!」
大人子供関係なく寄ってきては色々なことを同時に言われ、訳が分からなくなる。一緒にいたクレアやプリムも巻き添えでもみくちゃにされていて、非常に申し訳ない。一人悠々と上空に退避したオルネにはあとで何か制裁を加えなければ。
群衆からの声に苦笑いと共に適当な答えを返しつつ、どうにかこうにか人だかりを抜けていつもの宿に帰ってくる。普段の3倍以上時間がかかった。受付を済ませていつもの部屋に入ると、力尽きたようにベッドに倒れ込む。
「………なんなんだ、これ」
雀の涙程度しかないコミュ力を全力まで振り絞った結果、疲労感が尋常じゃない。下手するとボス戦より疲れた。
「なんなんだ、って……どう考えたってハルカ様が原因でしょう?」
宙を漂っていただけなので大して疲れた様子もないオルネが俺のポケットから顔を出しながら言う。
「今まで三人パーティによる攻略すら前例がなかったあのカタストロフ・ナイトに、ハルカ様はたった一人で、しかも圧勝してしまったんですよ? これでモニターを見ていた人たちが盛り上がらないわけがないですよ」
「いやまあ、そうなのかもしれないが……」
「……みんな、アンタに期待してるのよ。この人なら、ハルカなら、この世界の停滞を打ち破ってくれるかもしれない、って」
俺と同じように人ごみにもまれて疲労困憊の様子のクレアが、俺の部屋に入ってくる。装備していた軽鎧は自分たちの部屋で解除してきたのか、白シャツ短パンとかなりラフな格好だ。
「……しかも、クレアちゃんの……オリエント家次女のピンチも鮮やかに救っちゃいましたからね。多分、今のハルカ様の注目度は大陸全土でも上位だと思いますよ」
同様に疲労している様子のプリムも、クレアに続いて部屋に入ってくる。こちらも着ていたローブを脱いでワンピースだけのラフな格好。
「やりましたね、ハルカ様!」
「まったく嬉しくない……」
注目を集めるのは嫌いだ。この紅いコートだって、敏捷3倍の恩恵さえなければ即座に脱ぎ捨ててるし。
「……っていうか、アンタ一人だけベッド使っててズルいわ。あたしも疲れてるんだから使わせなさいよ」
言い終わらないうちに、クレアが俺の転がるベッドに乗り込んでくる。お、おいこら。シングル用のベッドに二人で乗ったら狭いだろうが。なんか色々当たってるし。
「……自分の部屋のベッドに行けよ」
「もう、移動するのも面倒くさいわ……はふぅ……」
大きなあくびをすると、クレアはそのまま人のベッドですぅすぅと寝息を立て始めた。……まあ、コイツも相当疲れてたんだろう。昨日はあまり眠れていないはずだし、そんな状態で一人でダンジョンボスに挑んでいたんだ。そこでとどめとばかりに街中の人たちからもみくちゃにされれば、こうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。このまま寝かせてやるとしよう。
……しかし、寝ている女の子の隣に寝転がり続けるのもアレだよな……。
「……俺、風呂行ってくる」
なので、俺はベッドから身体を起こし、寝るのとは別の方法で疲れをとることにする。
「行ってらっしゃいませー」
「ゆっくりしてきてくださいね」
「おう」
オルネとプリムに見送られて脱衣所に向かい、装備を解除するとすぐさま湯船に浸かる。
「はあぁ~………」
肩まで浸かった瞬間、想像以上に溜まっていたらしい疲労が一気に溢れ出す。思い返せば、寝起きからの全力疾走、そしてそのままダンジョンボスとまたしても全力で駆け回りながら一対一で戦闘、それが終わったと思ったら街でもみくちゃにされるという、これで疲労がたまらないわけがない濃い半日だ。今がまだお昼過ぎだというのが信じられない。
「……でもまあ、クレアは助けられたし、クレアの父親も認めさせたし、この疲労の見返りとしては十分か」
だんだんと見慣れてきた、星のよく見えるこの世界の夜空とは違う、明るく雲一つない青空を新鮮な気持ちで見上げつつ、先程の戦闘を振り返る。
……HPゲージの赤いクレアを見たときは、本当に怖かった。俺の到着があと1秒でも遅れていたらと思うと、背筋がぞっとする。これが「ダンジョン」という場所なんだと、この世界なんだと、改めて痛感させられた。たった少しの行き違いで、簡単に命が呑み込まれる。ここは、そういう世界なんだ。
「……今後、もう二度とこういうことは起こらないと信じたいが……万が一のときのためにも、俺はもっと強くならなきゃいけないな。それに、もっとクレアたちのことを、知らなきゃいけない」
今回の件の原因は、クレアがあそこまで思い詰めていることに気付けなかったこと……つまりは、俺がクレアのことをよくわかっていなかったことにもある。今後共に冒険していく上でも、パーティメンバーのことはもっとよく知らなければいけない。だが、問題が一つ。
「……しかし、仲良くなる、ってどうしたらいいんだ……?」
全く自慢ではないが、向こうの世界では友人なんてものは皆無だったので、俺は人と仲良くなる術を知らない。仲良くしようとしても、具体的にどうしたらいいのかさっぱりわからない。
「………でもまあ、焦る必要もないか」
時間はこれから山ほどある。今回のファーストダンジョンは2週間弱でのスピード攻略になってしまったが、今後もそんなハイペースでとはいかないだろう。じっくり時間をかけて仲を深めつつ、着実に1歩ずつ攻略を進めていけばいい。
「……また明日から頑張るか」
とりあえず、今日はもう頑張りすぎるくらいに頑張った。午後はゆっくり休んで、明日以降に備えよう。そう決めると、限界まで露天風呂で羽を伸ばし、のぼせる寸前くらいで湯船から上がる。服を装備して部屋に戻ると、俺のベッドで女子二人と一匹がすやすやと寝息を立てていた。
「……俺も昼寝したかったんだが……」
俺はどこで寝たらいいんだろう。普通に考えれば、クレアたちの部屋のベッドで寝ればいいんだろうが……さすがにここ数日女子が使っていたベッドに寝るというのは、少々……というか、かなり気が引ける。というかそもそも、クレアたちの部屋は現在誰もいないので鍵がかかっているはずで、その鍵はクレアかプリムのどちらかが持っているはず。つまり向こうの部屋に入るには、二人のどちらかのアイテムボックスに入っている鍵を受け取るために、二人を起こさなければいけなくて……。
「「…すぅ………すぅ……」」
息ぴったりに寝息を立てる二人を見ると、とてもそんな気は起きない。……はぁ。仕方ない、その辺の床で寝るか。ソファでもあればよかったんだが、露天風呂の代償か安っぽい椅子ぐらいしか置いてないし。
硬い木の床に寝転がり、目を閉じる。最初は「こんな硬い床で眠れるか」と思っていたのだが、よっぽど疲れていたのか、目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきて、あっという間に眠りに落ちていた。
「ぐえっ!」
腹を踏み抜かれるという、最悪の起こされ方で目が覚めた。
「え? あっ、ご、ごめんハルカ!」
どうやら犯人はクレアらしい。誤って踏んでしまっただけのようだが、痛いことに変わりはないので抗議はする。
「お前……よくも人の安眠を妨害してくれたな……」
「だ、だから悪かったってばっ。でも、まさかこんなところで寝てるなんて思わないでしょ⁉」
「それもお前らが人のベッドを占領して寝始めたせいだろうが」
「うぐっ。そ、それを言われると………ごめんなさい、あたしが全面的に悪かったわ」
「うむ」
クレアに非を認めさせたところで、改めて周りの状況を確認する。そろそろ夕飯ぐらいの時間にはなっているかと思って窓の向こうを見ると………空が、明るい………?
「……なあ、クレア。今って何時だ?」
「……多分、朝の6時くらいじゃない? あたしも起きたばっかりだから、正確な時間はよくわかんないけど、日射しの方角的に多分そのくらいよ」
「マジか……」
風呂から上がったのが確か午後2時くらいだったはずだから……14時間も寝ていたことになるのか。確かに疲れは溜まっていたと思うが、まさかここまで長時間眠ってしまうとは……。
「あたしもびっくりよ。起きて外見て愕然としたわ。プリムも起こしてくれないし」
……そういえば、プリムの姿が見えないな。まあ、きちんとした子だし、昨日のうちに起きて、ぐっすり眠る俺たちに気を遣って声をかけずに自分の部屋に戻ったとかだろう。
「とりあえず、あたしは自分の部屋に戻ってお風呂入ってくるわね。ソレを起こすのは任せたわよ」
言いながらクレアが示したのは、相も変わらず人の枕の上で眠り続ける妖精族。起こすのに苦労しそうで面倒なんだが……まあ、仕方ないか。起こさないといつまでも寝てそうだし。
「ああ。じゃあ、食堂で集合な」
「了解よ」
クレアが部屋を出ていくのを見送ると、枕の上で眠り続けるオルネを起こす手段を考える。……まあ、手っ取り早く強引に起こしにかかるか。
俺はオルネの眠る枕を掴むと、枕を思いっきり引っ張った。今まで眠っていた場所を失ったオルネはクルクルと宙を舞い、そのままベッドに叩きつけられる。
「あたっ! ……うぅ~、なんですかもう……」
ベッドが柔らかいのでそこまでの衝撃ではなかったと思うが、オルネは狙い通り目を覚ましてくれた。
「おはようオルネ。現在朝の6時だ」
「……いや、それよりも私の起こし方ですよ。もう少し優しく………って、はい? 朝、6時?」
抗議しようとしたオルネが言葉を途中で止め、目を丸くする。まあ、そういう反応になるよな。俺だって未だに信じ難いし。
「ああ。半日以上寝てたことになるな」
「……マジですかっ。昨日の夕飯食べ損ねました!」
「真っ先に気にするのがそれかよ……」
コイツ、もしかしなくても食べることと寝ることにしか興味がないんじゃないだろうか。最近は俺の飯半分くらい食いやがるし。あの十数センチの身体の一体どこにそんな容量があるのだろうか。
「だって、もうすぐ次のダンジョンへ向けて街を出るんですよね? ってことは、ここの宿で食べられるご飯はもうそんなにないじゃないですか! しかも、セカンドダンジョンの最寄りの街までは10日ですよ、10日。その間野宿になるので、宿で出てくるようなちゃんとしたご飯はしばらく食べられないんですよ⁉」
「あー………そう言われると、なんか昨日食べはぐったのが結構痛く感じるな」
「ですよね⁉」
不覚にもオルネに同意してしまった。……しかし、そうか。野宿か。そうなると、自分たちで料理をしなきゃいけないんだよな。……アイツらって、料理できるんだろうか。クレアはお姫様だし、多分できないだろう。プリムならできそうな気がするが……まあ、聞いてみないことにはわからないな。……俺? できるわけがないだろ。高三重家ではいつもコンビニ弁当とかだったし。
「……ちなみに、オルネは料理できたり……」
「しないですよ?」
「………そうか」
即答された。……仕方ない。プリムに賭けよう。
朝食を取った俺たちは、目立つ紅いコートやら何やらといったダンジョン用装備をせず、地味な格好で街に繰り出した。やはり紅いコートで覚えられているのか、昨日に比べて気付かれる頻度は大きく減った。まあそれでも気付く人は気付くし、昨日程ではないにせよ多少時間を取られるので、目的地まで時間はかかったが。
「ふぅ。やっと目的地に着いたわね」
「……ここは?」
クレアの案内で連れてこられた店を見ながら、連れてきた本人に尋ねる。
「一言で言うなら雑貨屋ね。必要なものは大体ここで揃うわ。というわけで、今日はセカンドダンジョンへ向けた旅の準備よ」
場を仕切るように宣言すると、クレアは早速店の中に入ってく。……そういえば忘れかけていたが、一応このパーティのリーダーはクレアなんだよな。
既に店内の商品の物色を始めているクレアに続き、俺たちも入店する。店内は、クレアが言うようにまさに雑貨屋だ。テントや寝袋などの野宿用品を始め、家具、家電、日用品、本など、確かに何でもと言っていいレベルで色々揃っている。ファンタジーな街並みに似合わず、むしろ現代日本に近いような光景に若干の違和感は禁じ得ないが。
「まあ、ここは上位次元世界ですからね。街並みは少々古っぽく見えるかもしれませんけど、技術レベルはハルカ様のいた3次元世界を遥かに上回りますよ」
俺の心の声に、オルネが勝手に答える。……だから、なんで人の心が読めるんだよお前は。
「……ねえオルネ。今のはギャグ?」
「……いえ、事故です」
意図しないオヤジギャグをクレアに指摘されたオルネが恥ずかしそうに俯く。まあ、人の心を読んだ罰だな。
「で、クレア。まずは何から見るんだ?」
こっちの世界でどんなものが売っているのか俺にはわからないので、その辺は現地人に任せようとクレアに話を振る。
「うーん、とりあえず寝床かしら。寝てる間に魔物に襲われたら危ないし」
「まあ、そりゃそうだな」
というわけで、まずはテントや寝袋などが売っているエリアに向かう。なんかすごい硬そうな素材でできた大形の箱がいくつも並んでいた。もはやちょっとしたシェルターのような様相である。3次元世界でテントと言うと、いわゆる三角錐のアレを想像するが、こっちの世界だとだいぶ違うらしい。まあ、魔物が襲ってくるかもしれないことを考えると、こういう感じになるのだろう。
「……え、これ持って10日も旅すんの?」
明らかに重量がトンを越えていそうなんだが。死人が出るぞ。
「……いや、アイテムボックスがあるじゃない」
「あ、そうか」
そういえばこの世界にはそんなものがあるんだった。このデカブツも楽々持ち運びできるって、やっぱアイテムボックスって便利だな。
「じゃあ、テントはあの四人用のやつにしましょう」
「いや待て、お前絶対に一人用のスペースいらないだろ」
身長十数センチのくせにいつも一人前を要求するよな、お前。三人用なら3万Aで済むが、四人用だと5万Aになるんだぞ。
「いや、もっと先にツッコむところあるでしょ⁉ と、年頃の男女が、その、同じテントで寝泊まりなんてアウトよっ!」
クレアの叫びに、隣のプリムも首をコクコクと縦に振る。……そういえばそうだな。宿の部屋も別々だったし、テントだって当然別々だろう。確かに、先にツッコむべきはそっちだった。
「それもそうですね。じゃあ、二人用を二つにしましょう」
「だから、なんでお前はすぐに一人前を要求するんだよ」
二人用も一つ2万Aするんだぞ。
「だからアンタはツッコむところが違うって言ってるでしょ⁉ なんでアンタとオルネは普通に同じテント使うことになってるのよ! オルネも女の子でしょ⁉」
「えー………このちんちくりんが?」
「さっきからハルカ様、私に対して失礼すぎませんか⁉」
怒ったオルネが小さな両手で人の頭をポカポカと叩いてくる。全く痛くないんだが、地味にうざい。
「だーもうわかったわかった! 二人用が二つでいいんだろっ?」
「ハルカ様……!」
「あたしの話聞いてた⁉ それ、アンタとオルネが同じテントなのが解決してないんだけど!」
「まあ、大丈夫だろ。クレアたちとパーティ組む前は普通にオルネと同じ部屋で寝泊まりしてたわけだし」
それに、オルネと同じテントなら俺が1.9人分のスペースを使えるし。
「ハルカ様、もしやそれが本音ですか⁉ っていうか、私のスペース0.1人分ですか⁉」
「それくらいあれば十分だろ」
「そんなわけないですよ! 寝返りも打てないじゃないですか! せめて0.5人分はください!」
「それはさすがに取りすぎだろ⁉ 絶対お前に半人分のスペースはいらない!」
「なんですとっ!」
ふざけた要求をするオルネと、周りの注目も気にせず口論になる。今後もダンジョン間の移動の度に野宿することになるのだろうし、ここは譲れない。
「………はぁ。一つ目の買い物からこれだけ揉めるって、全部終わるのに一体何時間かかるのかしら……」
「あはは……。でも、私はいいと思うよ。賑やかで」
「でも、買うもの結構いっぱいよ? このペースだと今日中に終わらないわ」
「それは、まあ……。でも、急ぐことはないよ。時間はいくらでもあるんだし、ゆっくり準備すれば」
「……それもそうね。ハルカのおかげでお父さんの許可ももらえたし、時間はたっぷりあるものね。……でも、さすがにくだらないことで揉めすぎよね。ちょっと説教してくるわ」
「そ、そうだね……いってらっしゃい」
この後めちゃくちゃクレアに怒られた。
クレアの説教の後は普通に買い物を進め、どうにか本日中に全ての買い物を終えることができた。いつもの宿に戻ってきた俺たちは、プレミエルを出発する日にちについて話し合う。
「あたしは、すぐにでも出発でいいと思うんだけど。っていうか、早く出発したいわ!」
「……戦力的には平気そうか?」
やる気に満ち溢れているクレアに対し、俺は冷静にオルネに尋ねる。
「はい。プレミエルからセカンドダンジョンの最寄り街、プロシャインまではある程度道も舗装されてますし、フィールドに出現する魔物もせいぜいファーストダンジョン100層クラスですから、今の戦力でも十分だと思います」
「……そうか。なら、すぐに出発しても問題はなさそうだな」
案内役のオルネがこう言うのだから、次の街までは割と苦戦せずに辿りつけそうである。むしろしんどいのは野宿の方か。3年近くネカフェ暮らしをしていた俺だが、さすがに野宿は初体験だ。
「あたしも初めてなのよね、野宿。ワクワクするわ!」
子供か。っていうか、テンション高かった理由はそれかよ。
「べ、別にいいじゃないっ」
「誰も悪いとは言ってないだろ」
そしてナチュラルに人の心を読まないでください。
「……えっと、話をまとめると、もう明日ぐらいにはプレミエルを出発する、っていう方向でいいのかな?」
逸れかけた話をプリムが軌道修正する。こういう人がパーティに一人いてくれると安心だな。
「いいと思うわ。ハルカもオルネも異論はないわよね?」
「ああ」
「問題なしです」
「じゃあ明日、宿を出たらそのままセカンドダンジョンに向けて出発するわよ!」
そういうことになった。となるとこの宿も今日が最後ということになるし、今日は目いっぱい露天風呂を満喫するとしよう。
「……ところで皆さん、ちゃんと転職しました?」
「「…………あ」」
オルネの指摘に、俺とクレアが同時に声を漏らす。……やばい、すっかり忘れてた。
「……あのアイテムの有効期限、いつまでだっけ?」
「ダンジョンボス討伐から3日間だったはずだから……明日いっぱいは大丈夫なはずよ」
「え……? あの、明日いっぱいって……?」
……そういえば、プリムには何の説明もしてないんじゃないだろうか。
「ダンジョンボスの討伐に成功するともらえる、転職用アイテムの使用期限ですね」
「え⁉ それってすごく大事なことじゃないですか⁉ なんで忘れてたの二人とも!」
「「ご、ごめんなさい……」」
疲労がピークだったとはいえ、これは忘れていた俺たちが悪いので素直に謝る。
「まあまあ。幸いまだ使用期限は過ぎていないわけですから、今のうちに使ってしまいましょう」
珍しく怒っているプリムをなだめつつそう促すオルネに従い、俺はアイテムボックスから転職用アイテムを取りだ――そうとして、失敗。アイテム名が違うようだ。ならイメージで……って、転職用アイテムなんて見たことないからイメージできねえ……。
そんな俺の表情を読み取ったらしいオルネが、説明を付け加えてくれる。
「転職用アイテムの正式名称は、『てんしょ君(Ⅰ)』ですよ」
「…………ごめん、今なんて?」
なんだか世界観をぶち壊しにするようなアイテム名が聞こえた気がするんだが。気のせいだよな?
「だから、『てんしょ君(Ⅰ)』ですって。あ、ちなみに括弧の中の数字はその『てんしょ君』を入手したダンジョンを表していますよ」
「そこじゃねえよ‼」
それは説明されなくても察しがつくわ! それよりもアイテム名のほうだろ! なんだよ『てんしょ君』って! ネーミングセンスが酷過ぎるわ!
「お前らはなんの違和感もないのかっ?」
『てんしょ君』を普通に受け入れてるっぽい二人にも話を向けてみる。
「……違和感って言われても……別に普通じゃない?」
「そうですね……。ハルカさんのいた世界では、この名前はおかしいんですか?」
「なん……だと……」
こっちの世界ではこういうネーミングが一般的だというのか。俺が慣れるしかないのか。
悲しい気持ちになりつつ、アイテムボックスと念じる。今度はきちんと転職用アイテム――『てんしょ君(Ⅰ)』を取り出せた。スマホによく似た形の、タブレット型アイテムだ。画面には『転職!』という文字がでかでかと踊っていて、おそらくこれをタッチすると転職ができるのだろう。タッチみると、画面の表示が『経験点読み取り中』というものに切り替わった。
「……経験点?」
経験値ではなく? と不思議に思い、思わず口に出る。
「ODで言うところの隠しパラメータのことですね。ポ○モンの努力値に似たようなもので、魔物を倒したときに経験値を得るのと同時に、その魔物をどのように倒したのかによって溜まっていくのが経験点です。例えば、片手剣を主体に戦っていたのであれば片手剣の経験点が、魔法を主体に戦っていたのであれば魔法の経験点が溜まっていく、という感じです。で、その経験点が一定以上溜まることによって、転職のときに選べる職業が増えていくんですよ」
「なるほどな……」
俺の疑問にすかさずオルネの解説が飛び込んでくる。非常に分かりやすいのはありがたいんだが、なぜこいつはポケ○ンを知っているのだろう。しかも努力値なんてワードまで。
「案内役ですから」
いや、絶対にいらんだろ、○ケモンの知識。
そんなことをしているうちに、経験点の読み取りが終わった。画面の表示が再び切り替わり、いくつかの職業が表示される。
『職業を選択してください
・駆け出し剣士:筋力、敏捷+100
・駆け出し双剣士:筋力、敏捷+200』
「……この、右に出てる数字は?」
「その職業を選択したときに得られる能力補正です」
「なるほど……じゃあ、双剣士の方を選択した方がいいわけか」
まあ、能力補正云々に関わらず、そっちを選択するつもりではあったが。
「……もう双剣士が選択できるんですか、ハルカ様は。相変わらずのチート性能ですね。実は先程の経験点ですが、右手で剣を振るったか、左手で剣を振るったかによって溜まる経験点が違うんですよ。で、双剣士っていうのはその両手の経験点がどちらも一定以上溜まっていると選択できる職業です。ファーストダンジョンクリア時点でその職業に就ける人はそうそういませんよ」
「なるほどな」
俺はよく左右の手に剣を持ち替えて戦うから、自然と両手の経験点が溜まっていたというわけか。
そんなオルネの解説を聞きつつ、双剣士を選択する。
『駆け出し双剣士を選択しました。セカンドダンジョンも頑張ってください』
そうメッセージが表示された直後、タブレットは空気に溶けるように消えていった。これで転職が完了したのだろうか。
確認の為に、ステータス画面を呼び出してみる。
『ハルカ・タカミエ
Lv:61
年齢:18
職業:駆け出し双剣士
種族:人間族
所持A:194720A
経験値:755680/758170
HP:1983/1983
MP:1833/1833
筋力:1335(+2450)
知力:2500
敏捷:2132(+200)
防御:911
命中:1458
幸運:13
装備:シングルソード、スカーレット・ブレード、黒インナー、黒ズボン、トランクス
攻略履歴:1D制覇(180L~200Lまで『クレア・オリエント』『プライミリア・カルスティア』とともに攻略)』
「ちゃんと転職できてるな」
ステータス画面の職業表示が無職ではなくなっていて一安心。やっぱり無職って響きは嫌だからな。……しかし、深層を20層も攻略してダンジョンボスまで倒したのに、レベルは1しか上がってないのか。単純に次のレベルまでの必要経験値が多くなってきているのもあるが、やはり取得経験値がパーティで分散するとレベルは上がりにくいな。……っていうか待て、筋力の補正値が明らかにおかしい!
「……なあ、オルネ。スカーレット・ブレードの筋力補正って1500じゃなかったか?」
前に装備したときはそのくらいだったと記憶してるんだが。でも今のステータスを見るに、シングルソードの補正値が50、職業補正が200だから、残りの2200がスカーレット・ブレードによる補正ということになる。
「スカーレット・ブレードの補正値は、装備者に合わせて変動しますよ。ハルカ様が成長すればするほど、補正値も大きくなるはずです」
「チート武器だな……」
攻撃力が上がるのはありがたいんだが、これじゃあ戦闘経験もへったくれもないんだが。普段はシングルソード2本とかで戦うか。
「……ところで、ついでだから今まで地味に気になってたことを聞いてもいいか?」
「もちろんですよ。というか、そのための案内役ですよ」
「……それもそうだな。じゃあ聞くが、俺って今、武器なんて装備してないだろ? なのになんで、ステータス画面には武器が表示されてるんだ?」
前から違和感はあった。服装は今現在着ているものだけが表示されるのに対して、武器だけは手に持ってようが持ってなかろうが、常に装備欄に表示される。何故、と思うのは当然だ。
「あー、確かに不思議ですよね。でも、ちゃんと理由はあるんですよ。ハルカ様、試しに今ここでアイテムボックスから武器を取り出してみてくれませんか?」
「おう」
言われるがまま、とりあえずスカーレット・ブレードを取り出……せなかった。あれ、俺さっきもこんなことしなかったか?
「……取り出せないぞ?」
「でしょう? 客室の中で試し振りとか素振りをされてうっかりがあると大変なので、ほとんどの宿屋では武器の類が取り出せないようになってるんです」
「あー……」
普段魔物を斬るようなものだ、うっかり室内の備品とか壁に当たったら簡単に傷だらけになるからな。
「……で、それがステータス画面の表示とどう関係するんだ?」
「例えばハルカ様が新しい武器を買ったりドロップで入手したりしたとき、その武器がどんな効果を持っているか、実戦で使う前に試しに装備してみますよね?」
「そりゃ、武器効果の確認は必須だろ」
「はい。でも、今みたいに宿屋の中にいる状況ではそもそも武器を取り出せないので、試しに装備することもできませんよね? 武器の効果確認のためだけに宿屋の外に出るのもアレですし」
「面倒だな」
「その通りです。そこで、先程のステータス画面の表示が役に立つんです。実はあの装備欄、念じれば任意の武器を表示できるんですよ」
「……ああ、それで新しく入手した武器を表示して、効果を確かめられる、と」
「そういうことです。ちなみに、特に何も念じていない場合は最後の戦闘で使用した武器が表示されます」
「なるほどな。解説どうも」
「いえいえ、これが本来の仕事ですし」
「……そうだよな。お前、ただの食欲魔人じゃなかったんだよな」
「酷い認識‼ え、私ってそんな風に見えますか⁉」
「「「うん」」」
「今まで会話に参加してなかったお二人まで!」
クレアやプリムにまで同意されてしまったオルネが枕の上で膝を抱えていじける。とりあえずそれは一旦放置し、俺はクレアたちに向き直る。
「二人は転職できたか?」
「ええ。選べる職が一つしかなかったから、迷う余地もなかったわ」
「私もです」
言いながら、二人がステータス画面を開く。
『クレア・オリエント
Lv:45
年齢:17
職業:駆け出し剣士
種族:人間族
所持A:65525A
経験値:285620/304950
HP:505/505
MP:259/259
筋力:285(+300)
知力:319
敏捷:400(+70)
防御:289(+150)
命中:240
幸運:333
装備:クリスタルソード、フラワーパジャマ上(ピンク)、フラワーパジャマ下(ピンク)
攻略履歴:1D制覇(1L~200Lまで『プライミリア・カルスティア』とともに、180L~200Lまで『ハルカ・タカミエ』とともに攻略)』
『プライミリア・カルスティア
Lv:45
年齢:17
職業:駆け出し魔法師
種族:人間族
所持A:50395A
経験値:285620/304950
HP:501/501
MP:275(+100)/275(+100)
筋力:277
知力:324(+300)
敏捷:390
防御:294(+100)
命中:241
幸運:305
装備:クリスタルロッド、フラワーパジャマ上(ライトグリーン)、フラワーパジャマ下(ライトグリーン)
攻略履歴:1D制覇(1L~200Lまで『クレア・オリエント』とともに、180L~200Lまで『ハルカ・タカミエ』とともに攻略)』
二人も無事に転職できたようだ。ちなみにフラワーパジャマというのは、所々に花のデザインが施された、二人が今身に着けているおそろいの寝間着だ。
「これでようやく、冒険家として第一歩ね。ダンジョンに潜り始めてからここまでホント長かったわ」
「そうだね……もう10年くらいになるのかな。最初はクレアちゃんと一緒に、オリエント家へのちょっとした反抗のつもりで始めた冒険だったけど……まさか、こんなに続くとは思ってなかったよ」
「あたしもよ。しかも、こんなに注目されるなんてね。これからもますます頑張らなきゃだわ」
「……このパーティが注目されている主な理由は俺だがな」
「ちょっと、人がせっかく決意を新たにしてるところに水を差さないでよ!」
「でも事実だろ?」
「わかってるわよ! だからこそ腹が立つのよ!」
叫びながらクレアがポカポカと殴ってくる。本人は軽めに叩いているつもりなのだろうが、筋力値のせいか結構痛い。
「ちょっ、やめろクレア! 痛い、まあまあ痛いから! からかったのは謝るから勘弁してくれ!」
「いいえやめないわ! 確かに世間の注目度とかステータスはあんたの方が高いかもしれないけど、このパーティではあたしの方が上なんだからね! それが分かるまで今日は叩き続けてあげるわ!」
「リーダーの横暴が酷い⁉︎」
「あはは……相変わらず仲良しですね」
「ですね。まったく、明日から旅立ちだと言うのに、緊張感のない二人です。でも……こういう空気、いいと思いますよ」
「……はい。明日からも、楽しくなりそうです」
こうして、プレミエルでの最後の夜は更けていく。明日からの長旅に多少の不安はあるが……まあ、この二人と一匹と一緒ならなんとかなるだろう。1週間前の自分からは想像もつかないそんなことを思いつつ、俺は眠りについた。
翌朝。最後の露天風呂と朝食をしっかりと堪能し、出かける準備を整えて宿屋の受付に部屋の鍵を返す。
「今まで世話になったな」
異世界に来てからは、結局ずっとこの宿の世話になった。ここの露天風呂があったおかげで、ダンジョンでの疲れや慣れない環境での疲れを取り除くことができ、ダンジョン攻略に集中できた面は少なからずあるだろう。今日でこの宿ともお別れだと思うと名残惜しい気持ちはあるが……俺たちは進まなきゃいけない。
「……その様子だと、今からセカンドダンジョンかい?」
「ああ。またこの街に来ることがあったら使わせてもらうよ」
「……わかった。その日を楽しみに待ってるぜ、英雄! ついでにウチの宿の宣伝もして回ってくれよな!」
「……おう」
最後の一言がなければ、いい別れのシーンだったんだがな……。まあ、このおっさんにそんなこと期待しちゃいけないか。
というわけでおっさんに見送られて宿を出た俺たちは、セカンドダンジョンの最寄り街、プロシャインへと続く道のあるプレミエル西側へと歩き出す。フィールドに出るということで当然いつもの紅いやつを装備した戦闘用の装いなわけだが、まあ目立つ。一昨日同様プレミエル中の人たちに声をかけられ、応援され……いくつもの憧れと期待の込められた瞳に見送られて、俺たちは街を出る。
「……なんか、いいですね。こういうの」
街を出て、見送ってくれた人たちが見えなくなるくらい歩いたところで、プリムがそう呟いた。
「……そうね。なんかこう、頑張らなきゃって気持ちにさせられるわね。あたしたちに向けられた憧れや期待の大きさを改めて感じたというか。彼らの期待に、応えなきゃいけないわね」
「……ああ」
今まで18年近く生きてきて、他人から応援されるなんて、期待されるなんて初めての経験だったが……悪くない感覚だ。もちろんその応援に、その期待に背けないという緊張感もあるが……それ以上に、普段以上の力が出せそうな、やる気に満ちた感覚。
「みなさん士気は高まったみたいですね。じゃあ、その勢いのままプロシャインに向かいましょう!」
「おー! …って、なんでアンタが仕切ってんのよ!」
いつものように揉めだすクレアとオルネを、いつものようにプリムと少し後ろから苦笑いで眺めつつ、舗装された道を歩いていく。オルネ曰く、このままプロシャインまで舗装された道が続いているらしい。途中で川や森を越えたりとかそういうのもないらしく、まさに一本道。迷うことがなさそうなのはありがたいのだが、このまま景色もあまり代わり映えせず、ただ10日間歩き続けるとなると……かなりしんどそうだ。筋力値のおかげで肉体的には問題なくとも、精神的に辛い。
「……ねえ、ハルカ」
「……なんだ」
なんて言うのか予想がつくが、一応聞き返す。
「退屈だわ!」
「絶対そう言うと思った」
歩き始めて約2時間。早速クレアが限界を迎えた。まあ、こいつの性格からして耐えられそうにないよな。この展開は読めた。
「だって景色も変わらなければ魔物も出てこないじゃない! あたしの旅に対する期待はどうしてくれるのよ!」
「そう言われてもな……」
俺だって旅というワードに少なからずワクワクはしていた。が、こうも何も起こらないのでは面白くない。アクシデントもなく平和に事が進んでいると思えばいいことなのかもしれないが、やはりこれが10日も続くと思うと気が滅入る。
「まあまあお二人とも。楽しくおしゃべりしてれば10日なんてあっという間ですよ」
「「限度があるわ!」」
確かにクレアたちと話してるのは楽しいし、現状退屈を凌げる手段はそれくらいだが、いくらなんでも10日は持たない。話題が途中で絶対尽きる。
「……オルネお前、そう言ったからにはきっちり10日間話題提供してくれるんだろうな?」
「ゑ? え、えーっと………あっ、そうです! せっかくですから、ハルカ様のいた世界の話とかどうですっ?」
アイツ、絶対そこまで考えてなかったな。今のも咄嗟に思いついた話題だろう。まあ、その割には悪くない話題選択だ。……まあ、問題はあっちの世界について俺が語れることがほとんどないことだな。高三重家時代のことは思い出したくもなければクレアたちに聞かせるような話でもないし、ネカフェ時代は本当にバイトとネトゲしかしてなかったからそれはそれで語ることがない。だが……。
「あ、それ面白そうじゃない! オルネのくせにいいこと言ったわ!」
「ちょ、私のくせにとはどういうことですか⁉」
「……でも、異世界のお話、私も興味あります」
2時間以上も変わり映えしない旅路に退屈しているこいつらが、この話題に食いつかないわけがなかった。……どうするかな……マジで喋ることないんだが……。
「たっ、助けてくださいぃ~!」
俺が本格的に悩み始めたそのタイミングで、突然そんな声が響いた。
「な、なにっ?」
俺に詰め寄ってきていたクレアも、一旦離れて声のした方に視線を向ける。話をしなくてもよさそうな流れに少しだけホッとしつつ、しかし聞こえてきた声は助けを求めるものだったので、なにか非常事態だろうかと考えつつ俺も声をした方を見る。幸い障害物もほとんどない平野だ、声の主はすぐに見つかった。見つかった、のだが……。
「も、もうこれ以上はお腹が減って動けません~! あとここどこですかぁ~!」
そこにいたのは、何もない草原に突っ伏して助けを要求する、耳の長い少女だった。