第五章 オリエント家とカタストロフ・ナイト
7時になる直前くらいにギリギリで風呂から出てきたクレアたち(なぜかプリムは額を押さえていた)と共に食堂に向かって朝食を食べ(ちなみにオルネは、周りの目を盗んで俺の朝食をつまんでいる。結果俺の朝食が減るので、やっぱりオルネのぶんの宿代も払った方がいいんじゃないかと割と真剣に検討中)、宿を出て本日の攻略に向かう。ダンジョン攻略に関しては、昨日の180層ボス戦での一件以降本当に順調だ。まだ組んでから間もないということで、一戦終わるごとに反省会をしながら進んでいるので、問題点の発見とその修正がとにかく早い。多分今の俺たちの戦闘を見たら、到底組んで2日目には見えないと思う。数日前の俺では想像もできないな、これ。
188層から攻略を再開し、節目の190層を越える。ついにファーストダンジョンボス戦まで10層を切った。ダンジョン内でたまにすれ違う別パーティもどこかピリピリとした感じで、いよいよ難敵が近づいているんだということを肌で感じる。3人で、しかも組み立てのパーティで挑むことにやや不安はあるが、オルネが大丈夫と言っているし、俺たちの連携も一戦闘するごとに良くなっているのは感じるので、大丈夫だと信じたい。
196層に到達したところで本日の攻略は終了し、宿(昨日と同じ)に帰る道すがら、今後の予定について話し合う。
「このままのペースで行くと、明日には間違いなく200層に到達はするわよね」
残りの攻略しなければならない階層は、ダンジョンボスの部屋のみが存在する200層を除いて4層。下手をすれば午前中で終わりかねない。
「かといって、いきなりもう明日にダンジョンボスに挑むのは、ちょっと急すぎるかな、と思うのよ。あたしたちだって組んでまだ3日だし、もう少し連携を高める期間が必要でしょ?」
それはまあ、その通りだろう。オルネ曰く、ダンジョンボスはこれまでの敵とは比べ物にならないくらいの強敵らしいので、できれば準備は万端で挑みたい。
「ってことで、一応の今後の予定なんだけど。とりあえず明日中に199層の攻略まで終えて、その後一週間くらいは、ダンジョンボスに形状の似てるダンジョンナイトやバーサーカーが階層ボスとして出てくる190層とか199層を中心に、連携を高めつつ対策を考えながら周回、充分行けそうだって自信がついたらダンジョンボスに挑む、って感じでいこうと思うんだけど、どう?」
……普段の言動からじゃあまり想像つかないが、意外にちゃんとリーダーしてるんだよな、コイツ。
「いいんじゃないか?」
「うん。私も」
「決まりね。それじゃ、ボス戦に向けて頑張るわよ!」
「「「おー!」」」
なんだか慣れないノリだったが、それが逆に新鮮で楽しかった。この2人と組まなかったら、多分一生こんな機会はなかったと思う。2人と会えたのは、本当に幸運だった。
……だが、俺は翌日嫌というほど痛感することになる。自分が、一体どういう星の下に生まれてきたのかを。
翌日。予定通りに午前中で199層の攻略を完了し、お昼を挟んで午後からは190層や199層を何度か周回しながら連携の問題点を洗い出したり、対ダンジョンボスへの戦略を練ったりした。そしていつものように例の宿へ帰ろうとしたところで、異変が起こった。
気がつくと、黒服にサングラスの、SP風の男たちに包囲されていた。いつ現れたのかも気づけないくらい、本当にいつの間にかだ。
「……なに、あんたたち。なんの用?」
クレアが一歩前に出て、男たちに問いかける。たいへん勇敢なことだが、本来ならそれって俺がやるべきなのでは……って、男子も女子もダンジョンに潜るこの世界じゃ、あんまりそういうのは関係ないのか。
「クレア様。当主様より、至急屋敷に戻られるようにとのことです」
黒服の中の1人がクレアにそう告げる。……なに、知り合い?
「お父さんが? なんで急に」
「詳細は屋敷で説明なさるとのことです。ですので、クレア様には至急屋敷に戻っていただきます。それからプライミリア様、それとそちらの人間族と妖精族の方も、ご一緒に屋敷へいらっしゃるようにと」
……お父さん? ってことはこの黒服、クレアの実家関係か? というかもしかしなくても、そこの人間族と妖精族の方って俺とオルネのことだろうか。
「電話とかじゃダメな用事なの?」
「はい。直接お屋敷でお話になるとのことですので」
「……はぁ。まったく、自分勝手で面倒な父親ね。プリム、ハルカ、オルネ。そういうわけだから、悪いけどうちの実家までついてきてもらえるかしら」
「うん、平気だよ」
「同じく」
「です」
詳しい事情はよく分からんが、お父さんが呼んでいるんだったら行った方がいいだろう。俺たちまで一緒に呼ばれる理由はよくわからないが。プリムはともかく、俺とオルネなんて知り合ったのも2週間前だし、一緒に行動するようになったのなんてほんの3日前だぞ。
「……ありがと。じゃあ、さっさと行って用事を済ますわよ。あんた、ちゃんと移動手段用意してるわよね?」
「テレポーテーションを使える者が待機しております。当主様の話もそれほど長くはならないとのことですので、おそらく19時までにはこの街に戻ってこれるかと」
「そう。なら宿代も無駄にせずに済みそうね。じゃ、移動して」
「はっ」
クレアの合図で、俺たちを取り囲んでいた黒服たちが一か所に集まっていき、そのどこからか呪文詠唱の声が聞こえてくる。最後に『テレポーテーション!』という魔法名が力強く叫ばれると、俺たちや集まった黒服たちの立つ地面が発光し始め、やがて全身が光に包まれていく。その後、少しふわっと宙に浮く感覚があって、視界が晴れたところで見えてきたのは、なんというか…………城、と言うほかなかった。しかもこう、ある程度想定していた大きさを遥かに超えてくる大きさの城だ。一体何坪あるのかわかったもんじゃない。その大きさに驚いているのは、どうも俺だけっぽいが。
「……言ってなかったかもしれないけど、これ、あたしの実家ね。大陸四王家の一つ、東のオリエント家って言えば、聞いたことくらいはあるかしら」
「……まあ、な」
実はオルネから既に聞いていたので知ってました、とは言えないので、とりあえず話を合わせておく。
「じゃ、さっさと用事済ませて帰るわよ」
言うや否や、いつの間にか玄関前に整列していた黒服たちの間を抜け、慣れた様子で城へと入って行く。それにプリムも慣れた様子で続く。やっぱり昔からの知り合いっぽいし、この城にも来たことがあるんだろう。
「ほら、ハルカ様もさっさと行きますよー」
同じく驚いた様子がまったくないオルネが未だに固まる俺を促してくる。
「……いや、俺まだ目の前の光景を処理しきれてないんだけど」
目の前の城に圧倒されすぎて、一瞬で長距離を移動出来るみんなの憧れ、テレポーテーションに驚いたり感動したりするの忘れてたんだぞ。
「気にしちゃいけませんよ。大陸四王家の本家ともなれば、これくらいは普通です」
いやまあ、そうなのかもしれないけどさ。今まで俺が生きてきた世界じゃこんなでっかい建物身近にないから、急に慣れろと言われても無理なものは無理である。
緊張を隠せないまま黒服の間を通り抜け、城の中にお邪魔する。内装も見た目に違わず恐ろしく豪奢だ。マンガとかでしか見たことがないような光景に、もはや圧倒されるしかない。俺、場違いじゃないだろうか。
迷う様子もなく城内を進んでいくクレア(自宅なんだから当然か)とプリムに続き、俺もびくびくしながら進んでいく。やがてクレアが一つの扉の前で止まる。それだけ他の扉と違い、無駄に大きくて無駄に輝いている。もしかしなくとも、クレアのお父さんの部屋だろう。
「お父さん、あたしだけど」
『……クレアか。入りなさい』
クレアが呼びかけると、中から野太く威厳のある低音が響いて来た。既に若干威圧感がある。さすが、大陸…四王家? の当主ということか。……ところで、大陸四王家って何なんだろう。字面で何となくの意味は分かるが、実はよくわかっていない。
父に促され、クレアが扉を開けて入室する。それにプリム、オルネ、俺の順で続き、俺は凄く高そうな扉を慎重に閉める。
「……で? 話ってなによ」
見るからに機嫌のよくないクレアがぞんざいに尋ねる。父親とあまり仲は良くないのだろうか。……まあ、以前オルネから聞いた話を考えれば、それも無理ないのか。
「……お前、そこの男子とパーティを組んだらしいな」
「……だからなによ?」
「噂になっている。オリエント家の次女が、男子とパーティを組んでいる、と」
「噂って……組んだの、たった三日前なんだけど?」
「それでも、このオリエント王国に話が届くレベルで既に大きな噂になっている。お前はもう少しオリエント家の次女という立場が世間に注目される事を自覚しろ」
「そんなの知らないし」
親子の険悪なやりとりが続く。これは下手に口を挟めない……というか、挟まない方が身のためか。
「……で? その噂と、あたしが呼び出されてることになんの関係があるのよ」
「……既に、お前と組んだあの男子はなんだ、オリエント家次女とどういう関係なんだと気にかけている有力貴族がいる。中には恋仲にあるのではないかと邪推をする者までな。このままにしておけば、お前が嫁ぐときに障害になるかもしれない。だからクレア、今すぐそこの男子と縁を切りなさい」
「っ……!」
有無を言わせない一方的な通告に、クレアが激しく父親を睨みつける。王家ってのは、本当にこんなマンガみたいな話をさも当然のようにするのかよ……っ。
「……なんでお父さんにそんなこと言われなきゃいけないのよっ。誰と組もうがそんなのあたしの勝手でしょ⁉」
「……さっきも言ったが、お前はもっとオリエント家次女の自覚を持て。お前は自分が思うよりも世間の注目を集めている。それにお前は、ただでさえ『失敗作』なんだ。これ以上自分の商品価値を落とすな」
「……‼ っざっけんじゃないわよっ‼ あんた、自分の娘をなんだと思ってるのよっ‼ あんたにとって娘は、他家との関係を築く道具でしかないわけっ⁉ それにそもそも、こんな風に育てたのはあんたじゃないっ‼ なんであたしがあんたの失敗の責任を取らなきゃいけないのよっ‼」
父親のあまりに最低な言動に、クレアがブチ切れる。もしアイツがキレてなかった、俺がキレていたかもしれない。あのクソ野郎、マジで許せない。
「……私にも立場というものがある。それに、お前がパーティを組んだ相手が有力貴族の子息なら、なにも言わなかった。だが……」
そこで初めてクレアの父親の視線が、俺の方を向く。その圧にややたじろぎつつも、俺だってキレているので視線はそらさない。
「……少し、調べさせてもらった。ハルカ・タカミエだな?」
「……そうだが」
「そんな人物はこの世界に存在しない」
「「「「……⁉」」」」
突然の指摘に、脳が思考停止する。
「この世界に、大陸四王家で把握できない人物はいない。他の三家にもあたってみたが、やはりそんな人物はいないどころか、タカミエというファミリーネームすら存在しない。貴様は何者だ? 何の目的で、私の娘に近づく?」
「………………」
咄嗟に返しが出てこない。異世界人なのがバレたとか、別にあんたが疑うような目的があってクレアに近づいたわけじゃないとか、思考がグルグルして言葉にならない。
「それに、隣の妖精……オルネリア・ディーヴァ。貴様は10年前から行方不明ということになっている。どういうことか説明してみろ」
「………………」
クレア父の言葉に少し黙った後、オルネはこちらに向けてアイコンタクトを飛ばしてきた。
『この状況では仕方ないので、きちんと説明します。私が主に説明するので、ハルカ様は適宜フォローを』
『……わかった』
このまま誤解させてしまうよりは、きちんと説明した方がいいというのは俺も賛成だ。一つ心配があるとすれば……俺の隣に立つ2人のパーティメンバーが、どんな反応をするのかということくらいか。
「……『ODプロジェクト』という言葉に、もちろん聞き覚えはありますよね?」
「……異世界から、この世界の攻略の停滞を打ち破るために戦力を引き抜こうという計画のことか」
…やはり、大陸四王家の当主ともなれば知ってはいるのか。俺の隣からかなり戸惑っている気配が伝わってくるが、オルネは気付かないふりをしてそのまま続ける。
「そうです。私はそのプロジェクトによってこの世界にやってきた、この世界のことをほとんどなにも知らない人の案内役をするための教育を、ここ10年受けていました。私が行方不明扱いになっているのは、そのせいです」
「……そういうことか。では、そこの男は……」
「そうです。『ODプロジェクト』記念すべき1人目の次元間転送者、ハルカ・タカミエ様です。元の世界ではファミリーネームが先にくるようで、本来は高三重遥様と言います。まあ、有り体に言えば異世界人ですね」
「「⁉」」
隣で2人が息を呑む音が聞こえる。驚くのは当然のことだろう。……2人は今この瞬間、何を思っているのだろうか。
「そうか……見積もりではもう5年ほどかかるという話だったが、予想外に早かったのだな」
「はい。これで、私たちの素性には納得していただけましたか?」
「ああ。……だが、それでもうちの娘とは縁を切ってもらう」
オルネが説明し終えても、クレア父の意見は覆らない。そこまで有力貴族と自分の娘の結婚が大事なのか。
「……どうしてですか? ハルカ様は、将来ダンジョン攻略の第一線で活躍するようになるレベルの有望株ですよ? 縁を持っておいて損はないですし、優秀な冒険家なら王家の人物の結婚相手としては申し分ないと思いますけど」
「……私が娘を有力貴族と結婚させようとするのは、オリエント家に反抗する勢力を抑えるためだ。ダンジョン攻略の停滞以降、なかなか攻略が進まない事への不満が大陸四王家に押し寄せている。我がオリエント王国も例外ではない。今の王家が良くないから攻略が進まないのだと、我々王家を討ち滅ぼそうとする過激派まで出る始末だ。だから私は、現時点でかなりの実力を持っている、反王家派ではない有力貴族や第一線で活躍している冒険者を仲間に引き入れ、反対派の抑制をしている」
「……将来有望では、いけないと?」
「将来有望な人物と関係を持てば、反対派はその有望な人物を潰し、我々王家は見る目がない、だから攻略が進まない……、という風にも繋がりかねない。そこの次元間転送者がいかに将来有望であれ、現時点ではまだファーストダンジョンもクリアしていない初心者だ。このままでは反対派のいい標的にされるだけだろう。それに、クレアももうすぐ18だ。そろそろ結婚してもいい歳だろう。だから、今まで黙認してきたお前のダンジョン攻略も、ファーストダンジョンをクリアしたら終わりにしなさい」
「そ、そんな……っ!」
俺が異世界人だったというショックも抜け切れていない中、更なる衝撃の発言を喰らって呆然自失となるクレア。
……いい加減、あれやこれやと自分の都合を並べて娘の気持ちなんて何一つ考えていないクソ親父に、もう耐えきれない。それに、理不尽なことばかりの親に、耐えることしかできない無力な子供というこの構図。他人事には思えない。俺と彼女の環境は、似ている。だから、自然と口が動き出した。
「……今のところ問題なのは、俺に実力がないことだけか?」
「……ハルカ、様……?」
「……ハルカ、さん……?」
「……ハルカ……」
突然声を上げた俺に、その場の視線が集中する。
「……何が言いたい」
怒気を込めた俺の言葉に、クレア父の視線が鋭くなる。だが、この程度でひるんではいられない。
「……最初にクレアに俺との絶縁を求めたのは、俺がクレアの結婚相手として不足ないどこぞの有力貴族の子息じゃなかったから。そんなのと噂ができてしまってはクレアの結婚に支障が出るかもしれないから。そうだな?」
「…貴様がどこの誰だかわからなかったのもあるが、概ねそうだ」
「問題はその後だ。俺たちが自分の身分を明かしたことで、俺が将来第一線で活躍するかもしれない有望な人材であることをあなたは知った。第一線で活躍する冒険者なら、オリエント家にとって結婚相手として不足はないよな? だが、それでもあなたはクレアに俺と縁を切るように言った。理由はまだ俺が『将来有望』というだけでなんの確実性もなければ実績も残していないし、そんな俺がオリエント家の人間と関わりを持っていれば反対派に潰されるから。そうだな?」
「……そうだ。だから何だ?」
「つまり、俺に実力があると証明すれば、オリエント家と……クレアと、縁を切る必要はないんだろ? あなたに、こいつは間違いなく第一線で活躍する冒険者になる、反対派の陰謀なんかに潰されたりしない、そう確信を抱かせるような実力を、俺が示せば。違うか?」
「……ファーストダンジョンも未だにクリアできていない貴様に、そんなことができるとは思えないが。仮に出来るとして、どんな手段で私に力を示するもりだ?」
「そうだな……ファーストダンジョンのボス、ソロ討伐とかどうだ?」
「「「なっ……!」」」
女子3人が驚きの声を上げる。しかしクレア父だけはピクリとも反応しない。
「……随分大きく出たな。今まであのボスを討伐した冒険者はごまんといるが、ソロどころか3人以下で討伐したパーティは存在しない。それを分かっていての発言か?」
「当たり前だろ。3人で討伐した例すらない奴を1人で討伐したら、こいつは間違いなく第一線で活躍する冒険者になるって誰もが思わないか?」
実際元々、この世界をたった1人で攻略するつもりだったのだ。出任せを言っているわけでもないし、出来ないことを言っているつもりでもない。
「……面白いな。もし仮にそんなことが本当に出来るのなら、うちの長女の結婚相手にしても構わん」
「そんなのは別にいらない。代わりに約束しろ。俺が本当にダンジョンボスをソロで討伐出来たら、俺とクレアは縁を切らない。クレアの冒険も辞めさせない」
「……わかった。約束しよう。だが、オリエント家にも面子がある。もし貴様が本当にそんな偉業を成し遂げたとしたら、長女を差し置いて次女をそんな人物と結婚させては、オリエント家の評判は下がるだろう。だから、貴様が仮にそれを成し遂げたときには、長女の結婚相手として考える。異論は認めん」
「……わかった。とりあえずそれでいい」
いざその時になったら、上手いこと断ってしまえばいい。まだ会ったこともないクレアの姉には、ちょっと申し訳ないが。
「クレアへの話ってのは、それだけだな?」
「ああ。もう帰って構わん」
その言葉を聞いた俺は、固まったまま動かない2人の手をとって、そのまま部屋を後にしようとする。
「ただし」
両手が塞がる俺の代わりに、オルネが重そうな扉を必死で開けてくれたその時。クレア父の声が呼びとめる。
「今の話、期限は明日だ。この私にあそこまで大見得切ったんだ。当然できるよな?」
「……当たり前だ。『自己完結の四重奏』をなめんな」
OD時代、ネット上でいつの間にかついていたあだ名の1つをを口にする。たった独りで全てを成し遂げてしまうことから自己完結、二刀流と攻撃魔法、回復魔法の4つを表して四重奏……らしい。当時は別に何とも思っていなかったが、まあ格好つけるには丁度いいだろう。
「…一応、期待しているよ」
まあ無理だろうな、というニュアンスを含んだ言葉を聞きつつ、俺たちは部屋を後にした。
なぜか城の内部を把握しているオルネの案内で玄関まで戻ってくると、黒服のテレポーテーションで一瞬で宿前まで帰ってくる。なんとか19時には間に合った。
3階まで上がった俺たちは、自然と俺の部屋に集まった。集まるならツインで部屋の広いクレアたちの部屋の方が、と思わないでもなかったが、とてもそんなことが言い出せる雰囲気ではなかった。
「……いろいろと、言いたい事とか、聞きたい事が沢山あるんだけどさ……」
「……ああ」
「……あんた、異世界人なの?」
クレアから当然の質問が来る。
「……ああ。黙ってて悪かった」
「あ、いや、別に黙ってたことをどうこう言いたいわけじゃないのよ。アンタたちにも事情はあったんだろうし。真偽についてだって、お父さんとの会話を聞いてて、ハルカたちが嘘を言ってるわけじゃないのはわかってる。むしろ異世界人だって言われて、アンタの無茶苦茶なステータスにも納得いったし」
「……そうか」
「……いつぐらいに、この世界に来たの?」
「クレアたちと会う前日だな。だから本当に、この世界に来てからは2週間ちょっとしか経ってない」
「……その割には、結構この世界に順応してたわよね」
「まあ、その辺を補うために案内役がいるわけだし」
「あ、そっか……」
なんだか終始、クレアにいつもの元気というか、覇気がない。まあ、いきなりこんな話になっては無理もないのかもしれないが。
「……じゃあ、オルネさんの親戚が冒険者というのは……?」
「すいません、出任せです。みだりに異世界人や案内役について語ることは禁止されていたので。嘘をついて申し訳ありません」
プリムの質問には、オルネが謝罪付きで返答する。
「あ、いえいえそんな、謝らないでください。仕方ないことなのは、わかっているつもりですから」
……2人が理解のあるいい人で、本当に良かった。俺が異世界人だという話も割とすんなり受け入れてくれているようだし、今まで黙っていたことについても責めたりしない。本当に俺は、運がよかった。
「……まあ、ハルカが異世界人なのは、わかったし納得もする。オルネについても。もちろん口外だってしない。その方がいいんでしょ?」
「……そうしてもらえると助かります。異世界が存在することや、その異世界から人材を引き抜こうとしていることは、この世界でも本当に上の方の一部しか知らない事ですので。むやみに一般人には言わない方向でお願いします」
「わかったわ。……それじゃあ、もう1つの方についてなんだけど」
「……ああ」
クレアが、より真面目な顔になる。俺も、こっちに関してはオルネも含めた3人からいろいろ言われることを覚悟しての発言だったので、身を引き締める。
「……まずはとりあえず、ありがとうと言っておくわ。あたしのために動いてくれて。あのお父さんが自分の決定を覆したり、人の意見を聞き入れたりすることなんてそうそうないんだから。それについては誇っていいと思うわ。……でもね」
クレアがまっすぐに俺の目を見ながら、言う。
「あの提案はなによ⁉ ソロでダンジョンボス討伐? バカなこと言ってんじゃないわよ‼ それがどれだけ危険で無謀な行為かわかってるの⁉ いくらアンタが異世界人でステータスがチート級だって、それでどうにかなる相手じゃないのよ⁉ それに、私のためにハルカがそんな危険な行為に挑むことになって、あたしがどんな気持ちになるかわかってる⁉ もし仮に、考えたくもないけどっ、ダンジョンボスソロ討伐にハルカが失敗したら? 死んじゃったらっ? その後一体あたしがどんな気持ちになるか、想像できる⁉ その上ハルカが成功したらしたで、あたしはお姉ちゃんにハルカを取られるのよ⁉ オリエント家次女のパーティメンバーじゃなくて、オリエント家長女の旦那候補になるのよ⁉ 自分で見つけた大切な仲間までお姉ちゃんに取られるなんて、あたしはごめんよ‼」
堰を切ったように、クレアの口から怒気のこもった声が溢れ出す。普段キレているときとは比べ物にならない、本気の怒りの声。
「あたしのためにハルカが危険な行為に及ぶのも! それに失敗してハルカが死んじゃうのも! 成功してお姉ちゃんのものになっちゃうのも! あたしは全部嫌よっ‼ これっっっぽっちも、嬉しくない‼」
涙交じりに訴えてくるクレア。組んでまだたったの3日なのに、彼女が俺のことをどれだけ大切に思ってくれているかがダイレクトに伝わってくる。俺のステータスが高いから組んでるとか、そうな下心なんてまるでない、純粋な思いが。
だが、それは俺だって同じだ。俺に変わろうと思わせてくれた、そして今後俺を変えてくれるかもしれないこの2人の存在は、俺のなかで非常に大きい。下手をすると、天乃と同じくらいには膨れ上がっているかもしれない。だから俺は、この先もこの2人と冒険がしたい。この2人でなければいけない。どちらかが欠けることだって許さない。だから、クレアは文字通り死守する。あんなクソ親父の思い通りになんかさせない。
それに……今のクレアの環境は、昔の俺と重なる。このまま彼女が我慢するような道を選ばせてしまえば、俺は必ず後悔することになるだろうし、彼女だって死ぬほど苦労することになる。かつての俺と同じように。だから俺は、経験者として、彼女が自分と同じ未来を歩むことを、なにがなんでも阻止しなければならない。
「……俺だって、譲る気はない。もともとはこの世界をソロで攻略しようとしていたくらいだ。勝算だってある。死ぬ気なんて微塵もない。それに、クレアの姉と結婚するつもりだってない。俺はお前たちと……クレアと、プリムと、オルネと一緒に、この先も冒険したいんだ。妹の前で失礼かもしれないが、会ったこともない奴の旦那になる気なんてさらさらない。そう言っておかないと納得しないだろうからあの場では了承したが」
「………………」
俺は自分の主張をしっかり伝えたつもりだが、クレアはまったく納得していない様子だ。……まあ、そう簡単に納得できるならあんなにブチ切れはしないよな。
「……あの」
このまま平行線になるしかないのかと覚悟したその時。プリムが意を決したように声を上げる。
「……私は、ハルカさんの方に賛同です」
「ちょっ、プリムっ⁉」
「ごめんね、クレアちゃん。でもね、私だってクレアちゃんとこのままずっと冒険を続けたいんだよ。クレアちゃんが王家の人間だから、ダンジョン攻略なんてやめて結婚しろなんて、そんな話、私だって納得できないんだよっ。それに、ハルカさんだったらきっと勝てる。その強さは、私たちが一番知ってる。クレアちゃんのお姉さんとだって、結婚しないって言ってる。悪いこと、なにもないと思うの。だから私はハルカさんに賛同だよ」
……少し意外な主張だった。クレアよりも慎重な印象があるプリムには、絶対にとめられると思っていたのだが。……でも今回は、俺を止めること即ちクレアが冒険者をやめることを意味する。プリムにとってクレアとは、それだけ大きな存在なんだろう。
「………ってない……」
「……クレア?」
「アンタたちは、なにもわかってないっ‼」
プリムがこちら側についたことで、クレアも納得してくれるかと期待したが、そんなにうまくはいかない。
「あたしのお父さんのこと、なんにもわかってない! あの人がやるって言ったら、絶対やることになるの! こっちがいくら拒否しようとしたって、なんとしてでも自分の決めたことを推し進める人なのよ、あの人は! そんな人相手に、お姉ちゃんとの結婚を断るだなんて、そんなことできるわけないでしょっ! ハルカがいくら拒否したって、強引な手段で結婚させられるに決まってるわっ!」
「……そんなの、やってみなきゃわかんないだろ」
「わかるわよっ! あたしはあの人の娘なのよ⁉」
「……だとしても、俺がなんとかする」
「無理よっ!」
「なんとかするっ」
「無理!」
「絶っっ対になんとかするっ!」
「絶っっ対に無理っ!」
肩で息をしながらも、お互いに一歩も引かない。しばしにらみ合いが続く。
「……はぁ。もういい。あたし寝る」
先にしびれを切らしたのはクレアだった。さっさと立ち上がると、こちらが静止をかける間もない速度で部屋を後にしていった。……結局、クレアの納得は得られずじまいか……でも、やらないわけにはいかない。クレアには悪いが、俺は約束通り挑む。
「…一応、私からも意見を言っておくと」
クレアが出て行った後。今まで黙って俺たちのやり取りを見ていたオルネが口を開く。
「私は特に、反対はしません。プリム様も言いましたが、ハルカ様の強さは私たちが……というか、多分私が一番よく知っています。ですが、相手はダンジョンです。ハルカ様なら勝てると信じてますし、確信もしていますけど、なにが起こるかはわかりません。油断だけは、絶対にしないでください。私からはそのくらいです」
「……ああ。ありがとう」
案内役のオルネがこういってくれるのは心強い。もともと負けるつもりなんてなかったが、より一層負ける気がしなくなった。……いやまあ、こうやって油断するなとも言われたが。
「プリムも、賛同してくれてありがとな。こっち側についたのは、少し意外だったが」
「あ、それは私も思いました。プリム様はクレア様より慎重ですし、ソロでダンジョンボス討伐なんていう無茶には絶対反対すると思ってました」
「……確かに、あまりそんなことはして欲しくないです。でも、クレアちゃんと冒険を続けるには、もうハルカさんを頼るしかないんです。だから……お願いします、ハルカさん。絶対、勝ってください」
「……ああ。もちろんだ」
負けられない理由が1つ増えた。明日は、なにがなんでも勝つ。
「……じゃあ私、クレアちゃんが心配なので部屋に戻りますね」
「ああ。よろしく頼むな」
「はい。では、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさいです」
プリムも部屋を後にし、俺とオルネだけが残る。
「……ハルカ様。明日は絶対勝ってくださいね」
「……当たり前だ」
その一言だけを交わすと、俺たちは夕食も風呂も忘れて眠りについた。来たるべき明日に備えて。
翌日。俺たちは部屋に入ってきた人物の焦った声によって起こされる。
「ハルカさん! オルネさん!」
「…ん……どうした、プリム……」
「……もう朝れすか……?」
完全に寝ぼけている俺たちの耳に、とんでもない言葉が入ってくる。
「クレアちゃんがいませんっ! 私が起きたときには、もうどこにもいませんでした! 部屋にも、お風呂にも、食堂にも!」
「「……‼」」
それは、俺たちの目を覚まさせるのには十分すぎた。
「……どういうことだ? なにか手がかりとかないのか?」
慌ててベッドから起き上がりつつプリムに尋ねる。
「それらしいものは、とくになにも…………あっ、でも」
「なにかあるのかっ?」
「……昨日の、夜のことですけど。クレアちゃん、すごく思い詰めてるような感じでした。私が声をかけても、反応が薄くて……それに、ずっと『あたしが悪いんだ。あたしが全ての元凶なんだ。あたしが責任を取らなきゃ』って……」
「責任って………おい、まさかっ」
嫌な仮説が浮かんで、思わず声が荒くなる。
「……1人で、ダンジョンボスに……?」
同じ思考に至ったオルネが、その仮説を口にする。
「そ、そんな……っ!」
信じたくないという表情で瞳を滲ませるプリム。俺だって本当はそんなこと信じたくない。だが、現時点では一番その可能性が高いのも事実。現実から目を背けているだけでは、なにも解決しない。
「とりあえず、中央広場だ! そこまで行けば、ボス部屋の様子が確認できる!」
「「はいっ!」」
スピード重視のため、オルネをポケットに突っ込んでプリムを抱えると、中央広場に向かって全速力で駆け出した。
1分とかからず中央広場に辿り着くと、そこには早朝だというのにとんでもない人だかりができていた。なにかあったのは、間違いないようだ。
プリムをお姫様抱っこしながらというたいへん目立つ格好のまま人ごみをかき分けてモニターの確認できる位置まで進む。すると案の定そこには。
「「「……っ‼」」」
ポケットから顔を出したオルネも含め、3人で息を詰まらせる。
モニターに映っていたのは、ファーストダンジョンボス『カタストロフ・ナイト』と対峙する1人の金髪の少女。満身創痍でなんとか立っている少女の頭上に浮かぶHPゲージは、3段あるHPゲージをほぼフルで残すボスとは対照的に、既に赤色を示していた。
「クレア!」
「クレアちゃんっ!」
「クレア様!」
注目を集めるのも構わず、3人で叫ぶ。だが、叫んだって画面の向こう側には届かない。
くそっ、どうしてこんなことに……っ‼ …いや、それを考えるのは後でいい。今はこの状況をさっさとなんとかすることを考えないと……!
「ハルカ様、行ってください! パーティメンバーのハルカ様なら、ボス部屋にも入れるはずです! 事態は一刻を争います! だから早く!」
「お願いします、ハルカさん! クレアちゃんを……私の大切な人を、助けてくださいっ‼」
……考える必要なんて、なかったか。そうだよな。パーティメンバーがピンチなんだ。駆けつけて助ける以外の方法なんて、ないよな……!
「……わかった。じゃあ、ちょっと行って助けてくる!」
言うや否や、俺はひとっ跳びで群衆を飛び越え、ダンジョンに向かって駆けだす。注目? そんなもんはどうでもいい。今は一刻も早くアイツの元へ駆けつけることしか考えない。
早朝でまだ街中には人影があまりないことが幸いし、俺は敏捷3倍のフルパワーで駆け抜ける。ダンジョン入り口が見えてくると、走りながら「インタラプトォっ!」と叫び、勢いそのまま200層に飛ぶ。小部屋の先に待つボス部屋への扉は閉まっていたが、俺が押せば扉はあっさり内側に開いた。
「クレアっ!」
叫びながら、すぐに中の様子を確認する。カタストロフ・ナイトが振り上げた両手剣が、これでとどめと言わんばかりに、今まさに振り下ろされようとしていた。
「っ! 間っに合えええぇぇぇ‼」
全力で地を蹴飛ばす。弾丸の如き速度でクレアと両手剣の間に割り込むと、移動中に召喚したシングルソードで膂力の乗った両手剣をギリギリ受け流す。ギリギリ、本当にギリギリでなんとか間に合った。
「……え? ち、ちょっとアンタ、なんでここに――」
「その話は後だ!」
受け流された両手剣を素早く引き戻し、再び攻撃態勢に入るカタストロフナイトの斬撃を、クレアを抱えて横に跳ぶことで躱す。そのままボスから少し距離をとると、そこにクレアを降ろし、剣を構える。
「……言いたいことは山ほどあるが、今は目の前のデカブツをなんとかするのが先だ。お前は安全な所まで下がってろ」
「でっ、でも……!」
「いいから! ……アレの相手は、俺に任せろ」
「……は、はい……」
何かを言ってこようとするクレアを大声で遮り、ボスを見据える。
『カタストロフ・ナイト』。ざっくり説明するなら、超巨大な剣士だ。俺の20倍はあるだろう巨大な体躯に、両手で握られた大剣。顔を覆う剣道の面のようなものの下から挑戦者を見下ろすその赤い眼は、明らかに闖入者たる俺に怒りを向けている。
「……よくも……よくも俺の……」
その眼を負けじと睨み返しつつ、胸の内の怒りをぶつけ返す。
「俺の大切な人を、傷つけてくれたな……!」
誰かの為にこんなに怒るのは、いつ振りだろう。天乃のため以外では、ここまで自分が怒りに震えることなんてないと思っていたが……俺も変わり始めている、ということなのだろうか。
「……覚悟しろよ、デカブツ。今の俺は、本気で怒っている!」
宣言と同時に地を蹴り、一瞬で懐に入り込むと、その巨体では見辛いだろう足元、その右脚に移動の勢いそのままの一撃を叩きこむ。まるで鉄を斬っているかのような硬い感触だが、弾かれるほどではない。直後、ボスが大剣を足元の俺に向かって突き刺そうとしてきたため、バックステップで躱す。先程まで俺がいた場所に大剣が深々と突き刺さり、とてつもない音と衝撃、地割れを生みだす。衝撃で吹き飛ばされないように踏ん張っていると、大剣を素早く引き抜き、ボスがその大剣を上段に構え、振り下ろしてくる。あれだけ重そうな大剣を軽々振り回すとか、一体どんな膂力してんだよ、と内心で毒づきつつ、今度はサイドステップで躱す。大地を真っ二つに割ろうかという破壊力に驚きつつ、ボスが再び大剣を構える前にもう1度懐に入り込み、足元で上方に跳躍、大剣を振るった直後の右腕を、跳躍の勢いを利用して下から斬り上げる。空中で、眼が合う。ニヤリと笑った気がした。嫌な予感を感じて後方を振り返れば、左手だけで持たれた大剣が、すぐ背後まで迫っていた。
「っ!」
慌てて剣を構え、軽く当てるようにして大剣の軌道を上方に逸らす。あれだけの膂力の持ち主とまともに正面から切り結べば、間違いなく俺が力負けする。ここは受け流すのが正解だ。敵の武器を受け流すときにどこにどの角度で自分の武器を当てればいいかは、ODで嫌というほど学んだ。それがここで生きている。というかアイツ、自分の顔の方に向けて剣を振るうって何だよ。俺が受け流してなかったら自分の顔か首に当たってたぞ、あれ。普通の人間では考えられない動きに、驚きと戸惑いを隠せない。
地面に着地して距離を取ると、俺はボスの頭上のHPゲージを見る。それなりに力を込めた二撃を入れたつもりだったが、思ったよりもゲージは減っていない。……やはり、出し惜しみなんてしている場合じゃない、か。
「……来い、スカーレット・ブレード!」
ボスが大剣を構えなおすのを見ながら、俺はもう1つの剣を取りだす。緋色に発光する、特殊な剣。ダンジョン内の魔物にはオーバーキルだったが、ボス相手なら丁度いいくらいだろう。これで武器屋の店主との約束も果たせるしな。
そして、スカーレット・ブレードを取りだした代わりに、シングルソードをアイテムボックスにしまう……なんてことはしない。右手に取りだしたスカーレット・ブレード、左手にシングルソードで、二刀流の構えを取る。
「なっ……ハルカ、アンタ……!」
クレアが驚く気配が背後から伝わってくる。まあ、実戦で使ったことないしな。……だが、ODでの戦闘経験の話なら、圧倒的にこっちの方が上だ。戦闘シーンの映像も何千、何万と思い出せるし、再現だって出来る。
「……ここからは本気だ。覚悟しろよ、デカブツ!」
☆ ☆ ☆
中央広場は、騒然としていました。ハルカ様がひとっ跳びで広場の群衆を飛び越え、かと思ったら1分もしないうちに広場の中央モニターに現れて、オリエント家次女のピンチを華麗に救い。ボスとたった1人で交戦し、際どい攻撃も鮮やかに受け流し。しまいにはスカーレット・ブレードという超貴重な武器を取りだした上に、二刀流の構え。これで騒然としない方が可笑しいくらい色々てんこ盛りでした。さすがハルカ様。
「え、え……? あ、あの、オルネさんっ、ハルカさんって二刀流でしたっけっ?」
ハルカ様の実力を知っているプリム様も、さすがに二刀流には戸惑っています。
「元々向こうの世界では、化け物級の二刀流戦士でしたよ。……と言っても、ゲームの中の話ですが」
「……ゲ、ゲーム……?」
「はい。我々も、戦力になる人を引き抜かなければいけないので。ですから、とあるゲームを用意して、この世界に連れてくるのにふさわしいかどうかを見極めているんです」
「そ、そうなんですか……」
「はい。そしてハルカ様は、そのゲーム内で唯一の二刀流であり、魔法双剣士でした。誰ともパーティを組まずにたった1人でゲームを攻略し続け、想定以上の速さで私たちの設定した基準を突破しました。そしてハルカ様をこの世界に転送したのが、2週間前の話です」
「……やっぱり、すごい人なんですね。ハルカさんは」
「はい。ただ、ハルカ様の最も凄いところは……」
そこで言葉を区切って、モニターを見ます。丁度二刀流になったハルカ様が、ボスと交戦を始めたところでした。一瞬でも気を抜けば見失ってしまいそうな速度で移動しながら、巨大なボスを次々と斬っていきます。とても、初めて二刀流を実践した人には見えないような太刀筋で、滑らかさで、鋭さで。
「イメージを正確かつ鮮明に記憶し、再生することができる驚異の記憶能力と、それを寸分の狂いもなく再現することのできる神がかり的な再現能力です。といっても、後者はこの世界にやってきた影響で身体能力が飛躍的に上昇したからこそ可能になったんですけど。まあとにかく、あれ、とても初めて二刀流をやった人には見えないでしょう?」
「……え⁉ ハルカさん、二刀流の練習してないんですか⁉ 私たちと組む前からコツコツ練習していたとかではなく⁉」
「はい。よく剣を左右の手に持ち替えて戦ってはいますけど、両手に持って戦うのはあれが初めてなはずですよ」
ハルカ様がこの世界に来た時から、どの戦闘の時にも私は付き添ってますし。
「……そ、そんなのありえないですよ……」
「右に同じです」
でも、ハルカ様はそれを平気な顔してやってしまう。だからこそOD100層ボスも、事前情報なしでたった1発でソロ攻略してしまう。本当に、来たるべくしてこの世界にやってきた、まさに救世主ですよ、ハルカ様は。
☆ ☆ ☆
……ひとつ、ずっと疑問に思っていたことがあった。敏捷が3倍になる、この紅いコート。どうして俺以外に着ている人がいないのだろうと、ずっと疑問に思っていた。だってその恩恵は敏捷3倍だ。戦闘時に素早く動き回れる方が絶対に有利なのに、なぜ誰も装備していないのだろう、と。その疑問が、ようやく解決した。このコートを纏って全力で走りながら戦ってみて、気付いた。多分、普通の人はこの速さについていけない。まず、認識が追いつかないだろう。よっぽど動体視力が良くなければ、この速さで移り変わっていく目の前の光景を逐一認識し、適切に行動するのは至難の業だ。それに、急な方向転換や急制動はかなり難しい。素早く動ける方が有利だと思っていたが、前言撤回。この速度になると、たいていの人はこっちの方が危険だ。
……まあ、俺はその例外になるんだが。ODのリアルな超高速戦闘に慣れきっている俺としては、このくらいならまだまだ余裕だ。急な停止や方向転換も、ODのキャラの動きを再現すれ問題なくできる。ほんと、ODってよく作られている。
火力のある右手の剣をメインにしつつ、ダンジョンボスの攻撃後のわずかな隙を主に狙いながらHPゲージを削っていく。が、思ったよりも厄介だ。一体どんな膂力をしていればそうなるのか、恐ろしく大剣を振るのが速い。敏捷3倍で移動する俺を捉えようかという斬撃も少なくない。そして当然、攻撃後の隙も少ない。巨体のまわりを動き回らなければいけない俺に対して、その場で回転しながら俺をピンポイントで攻撃してくるボスとでは、明らかに俺の方が不利だ。幸い、その巨体のせいか回避行動というのは取らないので、こちらの攻撃は必ず当たる。ただ、近づくのが容易じゃない。
このまま地道に削っていっても勝てなくはないだろうが、俺は全力で走り続けている分、おそらくそこまでスタミナはもたない。そうなる前に、どこかで勝負をかけなければ。
隙を窺いながら攻防を繰り広げることしばし。少しだけ、ボスの攻撃が大振りになった。ここを勝負どころだと見定めた俺は、その上段からの斬撃を、ギリギリの紙一重で躱しにかかる。紅のコートを掠めるように大剣が俺のすぐそばを通過し、地面に突き刺さる。大剣を引き抜くのに手間取るほんの僅かな隙に、俺は大剣を持つボスの左手を双剣で思いっきり叩く。
「ガァッ!」
その衝撃で、ボスが反射的に大剣から手を離す。その隙に俺は、ボスの頭部目がけて地面を蹴る。空中で左手に持ったシングルソードを振りかぶると、面の隙間からボスの右目へと突き刺した。
「――アアアアアアアアァァァアァァアァアァアアァアァァァァッ!」
初めて、ボスの絶叫が漏れる。視界を半分奪われてのたうち回るボスを尻目に着地すると、残った右手のスカーレット・ブレードでボスの右脚だけを狙って斬りつけていく。切断しようなんてアホなことは考えない。とにかく右脚にダメージを蓄積させていく。ボスもやられっぱなしではいられまいと、大剣を引き抜いて力任せに振るうが、視力を半分奪われていては自分の20分の1程度しかない攻撃対象を狙うのは困難だ。まったく見当違いの方向に剣が突き刺さる。その間にも斬撃の手は止めず、ついにはボスが右膝を折った。とりあえず目的を果たした俺は、痛みのあまりか、大剣を見境なく振り回そうとするボスの間合いの外に一旦退避する。HPゲージは半分を切り、2段目ももう少しで削り終わるところまできている。だが、油断してはいけない。大抵のボスは、HPが少なくなって来れば行動が変化するのが王道だ。何が来ても対処できるようにはしておかなければならない。
無茶苦茶に振り回していた大剣が深く地面に突き刺さった隙をつき、再び接近する。地面に突き刺さったままの大剣を握る右腕を一気に駆け上がり、跳躍。右目に突き刺さったままのシングルソードを引き抜くのと同時に、ボスの顔面を、右手のスカーレット・ブレードで渾身の力で叩く。HPゲージの、2段目を削りきった。
「―――アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ‼」
ボスが大きく吠える。地響きがするほどに。間違いなく、行動変化の合図だ。先程思いっきり斬りつけたボスの顔面を足場に跳躍し、一気に距離を取る。ボスから遠くの地面に俺が着地するのとほぼ同時、ボスが立ち上がる。かなり右脚にはダメージを与えたはずなんだが。回復された感じでもないし、気力だけで立ち上がった感じだろうか。
「―――アアアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアア‼」
もう一つ雄叫びをあげると、ボスはこちらに向かって駆けだす。決して速くはないが、遅くもない。俺も応じるようにボスに向かって駆け出す。俺のほうが圧倒的にスピードがある為、交差点はすぐに訪れる。ボスは突きの構え。体格差のため、かなり上方からの突きが迫る。軽く地面を蹴って左右にステップすれば簡単に躱せる攻撃。だが、そんな読みやすい単純な回避行動なんてとらない。地面を蹴って更なる加速を加えると、突きを繰り出すボスの剣先に自ら突っ込むようにして跳ぶ。そして、剣先が触れる直前。僅かに自分の持つ剣を当て、ボスの突きを右後方に逸らす。その勢いを利用して右向きに回転。その途中にちらっと見えた大剣の行方は、やはり俺が左右にステップすることを想定していたのか、腕を伸ばしきったところから横薙ぎに移行していた。安易に避けていたら危なかった、と思いつつ一回転し終えると、ボスの腕に一度足を着き、もう一度跳ぶ。狙うは、ボスの伸び切った右腕。
「ち、ぎれろおおおぉぉぉぉ‼」
落下の勢いも乗せた渾身の二振りを、今の俺の全身全霊の力で振り下ろす。しかしやはりボスの筋力が異常なのか、3分の1ほど剣が食い込んだところで止まってしまう。だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。ここでこの右腕を斬り落とせば部位破壊ボーナスも入るし、ボスの動きを大きく制限することができる。絶対、このまま押し切る。
「――あああああああああああぁぁぁぁぁぁあああ‼」
気合いを入れて、さらに押し込んでいく。すると、その気合いに呼応するように、スカーレット・ブレードの緋色の輝きが増していく。その輝きはスカーレット・ブレードのみにとどまらず、左手に持ったシングルソードをも包み込んでいく。緋色の二刀はじりじりと腕の中に食い込み始め、ついにはその分厚い筋肉を断ち切った。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
右腕を切断されたボスが、痛みとも怒りともつかない叫び声を上げる。右腕の部位破壊ボーナスが入って、残りのHPは3段目の3分の2程度。そろそろ、決着の時か。
地面に着地をすると、右腕があった場所を押さえながらうずくまるボスを見据えたまま、指先に炎属性の魔力を集中させる。
「“刻む”」
魔力集中だけは、実はこっそり練習していた。二刀流と違って、ODで見てきたものを再現というわけにはいかなかったから。
「“其が示す属性は炎”」
おかげで、移動しながらとまではいかずとも、それなりの速さで魔力集中、呪文刻印・詠唱の一連の動作をこなせるようにはなってきた。
「“其が象る現象は灼熱の豪炎”」
俺の魔法の気配を察したカタストロフ・ナイトがない右腕を押さえたまま強引に立ち上がる。
「“其が冠する称号は破壊の極致”」
呪文を唱え、刻み続ける俺に向かって、ボスが雄叫びをあげながら突進してくる。だが。
「“其が背負いし命運を今ここに顕現し”」
ボスが俺に到達するよりも。
「“其の終焉の劫火を以て立ち塞がる障害を塵と化せ”」
俺の詠唱が終わるほうが、早い。
「“起動”」
呪文を押し込み、叫ぶ。
「アルティメット・フレイム・バーストッ‼」
押し込んだ呪文から鮮やかに紅く輝く巨大な魔法陣が展開する。魔法陣はその輝きを一気に増していき、それが限界に達したところで、その輝きは爆炎へと変換される。その灼熱の炎は俺よりはるかに巨大なボスをあっさりと呑み込み、焼き尽くしていく。やがて炎は収束していき、残ったのはハラハラと舞い降りながら空気に溶けていく塵だけだった。
☆ ☆ ☆
「……あれが、S級魔法……」
初心者の街ではまずお目にかかれない、しかし見たことなどなくてもそれとわかるハルカ様の魔法が、モニターを埋め尽くすほどの勢いで炸裂します。中央広場は、あまりに圧倒的なハルカ様の戦闘、そしてとどめのS級魔法に、騒然とすることすら忘れて静まり返っていました。誰もがモニターを注視しています。
爆炎で赤く染まるモニターの向こうにわずかに見えるカタストロフ・ナイトの体力ゲージは、ハルカ様の魔法に焼かれてみるみると減っていき、やがて――
「……『次元を超越する者』。まさにその名の通り、私たちの想像する『普通』なんて軽く超えてくれる、次元の違う圧倒的な戦闘でしたね」
そんな私の呟きと同時に、カタストロフ・ナイトのHPはなくなり、未だ燃え盛る炎の中で塵と化しました。
『―――わああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』
広場に観戦者たちの大きな歓声が、大地を揺らします。
これが、後にこの世界の歴史に名を残す偉大な救世主『ハルカ・タカミエ』の伝説の幕開けでした。
☆ ☆ ☆
「……勝った、んだよな……?」
全力を使い果たして肩で息をしながら、もう一度塵の舞う戦場を確認する。……うん、確実にいない。どうやら、無事に勝利できたようだ。
「ハルカぁ‼」
安堵と疲労のために棒立ちになる俺の後方から、何者かが抱き付いてくる。
「よかったっ、ハルカぁ~‼」
俺はその人物の方を振り返り、涙声の彼女を安心させるように頭をなで……ようとして、頭上のHPバーが視界に入り、チョップに切り替えた。
「あだっ。ちょ、ちょっと、なにすんのよっ」
「アホっ、俺が戦ってる間にHPくらい回復しとけ!」
抱き付いて来た人物――クレアの頭上のHPゲージは、まだ真っ赤に染まっていた。お前、ここが戦場だって覚えてるか? 攻撃が流れてお前の方にいく可能性だってゼロじゃないんだぞ? 一応、万が一にもそうならないようには立ち回ったが。
「え、え? で、でもあたし、回復手段が……」
「……はあ。パーティ内にヒーラーがいても、ポーションくらい用意しとけ」
文句を言いつつ、取りあえずヒールを唱える。ゲージが緑色に回復するまで何度か連続でヒールをかけた後は、お待ちかねの説教タイムである。
「……お前が独りでこんなことした理由は、別に聞かない。お前にも何か思うところがあっての行動なんだろうしな。……だがな、お前が昨日自分で言ったんだよな? お前が独りで危険を冒しに行って、俺やプリムがどんな気持ちになったかわかってるかっ? 中央広場でボスと交戦中の、死にかけのクレアを見つけて、俺たちがどんな思いだったか、想像できるかっ⁉」
「……っ! ……ご、ごめんなさい……っ」
「……わかってくれれば、それでいい」
本気で反省するクレアのしょげた表情に、それ以上怒れなくなってしまう。まあ、昨日の時点ではコイツと同じことを俺がやろうとしていたわけだし、どっちにしろあまり強く彼女を責めることはできないのだが。
「……でも、約束しろ。今後絶対、こんな無茶な真似はしないって」
「……うんっ、うんっ!」
しきりに頷くと、今度は正面から抱き付いて来た。
「助けてくれて……ほんと、に……ありがとう………怖かった…すごく、怖かった!」
そのまま涙を流し、感情が溢れ出してくる。
「このまま、あたし、死んじゃうかもって……ほんとに、怖くて……独りで来たことも、ハルカたちにだまって来たことも、ずっと後悔しっぱなしで……でも、もう後には引き返せなくなってて………ほんとに、ハルカが来てくれてよかった……っ!」
「……ああ」
泣きじゃくるクレアをそっと抱き返し、俺は彼女が落ち着くまでずっと頭を撫で続けた。
クレアが落ち着くのを待ってから、ダンジョンボスの向こう側に現れた扉を二人でくぐる。扉の先は、特に何もないただの小部屋だった。
『――ファーストダンジョンクリア、おめでとうございます』
「「……っ!」」
小部屋の中ほどまで進むと、どこからか無機質なアナウンスの声が響いて来た。
『ファーストダンジョンクリアを賞しまして、記念アイテムと転職用アイテムの二つを、最下層ボス攻略者及びそのパーティメンバーのアイテムボックスに送付します。――送付完了。転職はそのアイテムを使用することで可能です。自らの希望に沿った職業を選択してください。なお、使用期限は本日より三日になります。それを過ぎた場合、転職用アイテムはボックスより消滅いたしますので、ご注意ください。では、また別のダンジョンの最下層であなたたちと会えることを祈ります。この場所からは『インタラプト』を使用してお帰り下さい』
一気に喋り終えると、それっきりアナウンスは全く聞こえてこなくなった。これで終わりか。
言われた通りにインタラプトを使用して、ファーストダンジョンを後にする。移動してきたダンジョン入り口付近では、プリムとオルネが既に待ち構えていた。
「……ただいま。約束通り、救ってきたぞ」
「クレアちゃん!」
「プリム!」
互いに駆け寄ると、二人はきつく抱きしめ合う。プリムはクレアの無事を確認するように。クレアはプリムの存在を確かめるように。
「……言いたい事、山のようにあるけど……っ、でも、今は、クレアちゃんが無事で本当によかった……!」
「ごめん、ごめんねプリム‼ 心配かけて、本当にゴメンっ‼」
「……お疲れ様です、ハルカ様。お見事でしたよ」
このまま放っておいたらいつまでも抱き合っていそうな二人を微笑ましく眺めていると、オルネが近づいて来た。
「……ああ。色々ぶっつけだったけど、なんとか上手くいって良かったよ」
「そうですよねー。二刀流にS級魔法、どちらも上手くいくかどうかわからないのにいきなり実戦で使うとか、案内役としては丸三日ぐらいお説教をしなければいけないような事態なんですけど……」
「ぐ……」
確かに、いきなり使うのは危険だったかもしれないが、非常事態だったんだ。出来ること、出来そうなことは、全部やっておきたかったんだ。そうじゃないと、きっと後悔するから。
「……今回は、特別に説教は免除です。緊急事態でしたし、結果的に救世主様の実力の片鱗を見せていただけましたし、多くの人に見てもらうこともできました。ほんと、今回だけの特例ですからね? 今後こういう無茶は許しませんよ?」
「……ああ。ありがとな」
「……言うだけのことはあったじゃないか、少年」
「「「「っ⁉」」」」
突然背後から聞こえた、忘れたくても忘れられない嫌な声に四人が同時に振り向く。そこには案の定、黒服を何人も引き連れたオリエント家当主、クレアの父が立っていた。
「……直接見に来てたのか」
「ああ。あんな大口を叩いてくれたからな。そこまで言う少年の実力を、この目で確認したかったんだ」
「……約束は、守ってもらえるんだろうな?」
「……確かに、君の戦闘は凄かった。二刀流にもS級魔法にも驚かされた。スカーレット・ブレードが君を主と認めていることにもな。……だが、君はソロであのボスを討伐したわけじゃない。約束は無効だ」
「…………は?」
なにを、言ってるんだ、このおっさんは。間違いなく俺は、あのボスを一人で倒して――っ! まさか……まさかっ!
「最初にクレアが削った分があるから、俺がソロで討伐したわけじゃないって言いたいのか⁉」
「「「‼」」」
「そういうことだ」
……ざっけんなよ……確かに、厳密に言うならソロ討伐ではないかもしれない……だが、本来の目的の『俺の実力を示す』ということなら、十分すぎるくらいに示しただろ……っ! どこまで、どこまで腐ってんだよこのクソジジイは……っ‼
「――と、本来なら言いたいところなんだがな」
怒りの叫びが喉から出かかったところで、クソジジイが幾分か表情を和らげて言った。予想外の動作に、出かかっていた言葉が止まる。
「……今回、君には娘の命を助けてもらった。オリエント家として、恩を仇で返す様な真似は出来ない。だから、今回は特例だ」
「……それって、つまり……!」
「……クレアと共に、冒険を続けろ。ただし、クレアの安全には貴様が責任を持てよ」
「「「「……‼ や、やったー(やりました)‼」」」」
まさかの展開に、四人全員で手を取り合って喜ぶ。って、オルネの手ちっさ。
「お、お父さんっ、ありがとう! ほんとに、本っ当に、ありがとう!」
あれだけ父を嫌っていたクレアが素直にお礼を告げる。それだけ彼女の中では大きなことなのだろう。このメンバーと、まだまだ冒険を続けることができるというのは。
「……ふんっ。あ、それと少年。君は完全なソロ討伐ではないとはいえ、私の期待を大きく超える成果を残してくれた。約束通り長女との結婚の話を進めておくから、覚悟しろ」
……ええっ⁉ そこも約束守るの⁉ 守っちゃうの⁉
「……あたし、その話反対っ!」
戸惑う俺の代わりに、クレアが力強い声を発した。
「……クレア? 何を言っている?」
「他の何を取られるのも、もう構わない。……でも、でもね。あたしの大事な人たちだけは……プリムと、オルネと……それから、ハルカだけは……絶対、絶っっっ対に、お姉ちゃんには譲ってあげないんだからっ‼」
「……クレア…」
「クレアちゃん……」
「クレア様……」
「……好きにしろ。私は私で計画を進めるだけだ」
クレアの決意を聞いた父は、捨て台詞のようにそんなことを告げると、黒服と共にテレポーテーションで消えていった。……今のは果たして諦めたのかそうでないのか。どっちだろう?
「大丈夫よ、ハルカ! もしお姉ちゃんとの結婚を迫られたときは、あたしがなんとかするから‼」
「お、おう……その時は、頼むな」
言ってる内容は非常にありがたいんだが、なんでそんな剣幕なんだ……?
「うんっ♪ 任せといてっ!」
……だが、直後にこんな楽しそうな笑顔を出されてしまっては、もうそんなことなど尋ねられない。女の子ってズルいなー、なんて柄にもないことを思いながら、俺たちはプレミエルに向かって歩き始めた。
「さって。ファーストダンジョンも攻略し終わったし、次はいよいよセカンドダンジョンね。出発は明日でいいかしら?」
「はやっ」
ようやくファーストダンジョン攻略が終わったんだから少しゆっくりしようとか、装備品を整えようとか、もう少しレベリングしてから出発しようとか、そういう感じじゃないのか……?
「そうかしら? あたし、むしろ今日出発でもいいくらいよ?」
「ふざけんな」
朝からすげー心配させられた上にほぼほぼ一人でダンジョンボスと戦った俺を労え。すげー疲れてんだぞ、今。休ませろ。というか、少しは今朝のことを反省しろ。
「そんなに大変でもないわよ? セカンドダンジョンのある場所に一番近い街は、ここから歩いて10日くらいだし。ちょっと野宿するだけであっという間よ?」
「野宿で、俺の疲れが、とれるかっ!」
「あだだだだ! ご、ごめんごめん、そうよねハルカ疲れてるわよね、しばらくプレミエルで休むことにするわだからこめかみグリグリやめてぇぇ‼」
「……ふふっ、あはははははっ!」
「ちょっ、ちょっとプリムっ! 笑ってないで助けなさあだだだっ」
「無茶したクレアちゃんには、ちょうどいい罰だよ」
「ああっ、それを言われるとなにも言い返せない! いだい、いだいわよハルカぁ!」
「あはは、自業自得ですよ、クレア様」
「オルネも見てないで助けなさいよっ!」
「ぎにゃーっ! 潰れる、ほんとに潰れますって! その力加減はホントにやば――」
つい先日までの俺では想像もできなかったようなにぎやかなやりとりが街中に響く。こんな輪の中に自分がいることが、いまだに信じられない俺がいるけど。
俺はここから、変わる。新しくスタートを切る。大切な人たちと一緒に。
★ ★ ★
『……次元間転送者第一号、我々の予想を25日上回る速さでファーストダンジョンの攻略を完了しました』
『ほう……? さすがは選ばれし英雄、といったところかのう。じゃが、速い分には何も問題はない。そのまま監視を続けよ』
『はっ。かしこまりました』
『……くっくっく。さあ、神代の息子、遥よ。早く最前線へ、そしてこの世界の果てへと到れ。そして我が願いを叶えるのじゃ!』