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Over the Dimension  作者: 古河 聖
伝説のプロローグ
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第四章 パーティと変わるきっかけ

 第100層に辿り着いた日から5日。1日十数層というとてつもないハイペースで攻略を進めた俺は、オルネが勝手に交わした約束通り、なんとか2週間以内に180層まで到達した。我ながらよく頑張ったと思う。俺がこれほどまでに必死に頑張らなければいけなくなる原因を作った妖精はというと、本日もいつもの宿で俺用の枕を乗っ取って寝ようとしていた。……さすがに2週間も続くと、もう諦めた。あれはもう完全にアイツ用の布団だ。

「おいオルネ。寝る前に1つ教えてくれ」

「う……? なんれすか、ハルカ様。わらし、もう眠いんれすけろ……」

 ……この、可愛い声出しやがって。うっかり萌えるだろうが。…ってそうじゃなくて。

「電話って、どうかければいいんだ?」

 クレアが電話番号を渡してきたということは、電話自体は存在するのだろう。しかし、相変わらず俺のスマホは圏外のままだし、公衆電話のようなものを見かけた覚えも無い。どうやって電話をかければいいのかさっぱりだ。

「電話れすか……? ハルカ様、ケータイ持ってませんれしたっけ……?」

「持ってるが、ずっと圏外だ」

「あー……位相が合ってないんれすね…ちょっと貸してくらさい」

 寝ぼけ口調のままオルネが手を伸ばしてきたので、その近くにスマホを置いてやる。すると、オルネがスマホに手をかざして何かの魔法を唱えた。瞬間、バチィ、という音と共にスマホが一瞬光に包まれる。……お、おいおい……まさか壊れてないだろうな。

「はい、この世界に位相を合わせておきました。これで普通に使えるはずれすよ……ふわぁ」

「お、おう……さんきゅ」

 その位相と言うのはなんなんだろう、と疑問に思ったが、聞いたところで理解できない気がすると思い直し、スマホを手に取って電波状況を確認する。電波が12本立っていた。

「……っておい、12本って何だよ⁉」

 スマホの上のバーが大混雑してるんだが。

「あー……仕様れす」

「お前、眠いから適当に答えてるだろ」

「はい」

 こいつ、普通に認めやがった。……まあ、別にどうしても知りたいわけじゃないからいいけど。すごく気にはなるけど。

「…眠いのに邪魔して悪かったな。もう寝ていいぞ」

「あ、はい……おやすぅ……すぅ……」

 寝るのはえー……。

「……さて、どうするかな……」

 宿の部屋に掛かる時計を見れば、現在午後9時。元の世界ならまあ、迷惑というほどの時間ではないとは思うが……この世界の人たちの生活習慣はわからないしな……って、なんで俺はアイツに気を遣ってるんだろうか。あんな、見るからに他人に気を遣いそうにない奴に気を遣ってやる必要があるだろうか、いやない(反語)。

 というわけで、もらった番号にコールする。

『アンタ誰⁉ なんであたしの番号知ってるの⁉』

 すぐに出たと思ったらいきなり叫ばれた。……いや、不審だと思うならそもそも出るなよ……。

「……俺だけど」

『俺……? はっ! これが噂に聞くオレオレ詐欺ね⁉ あたしは騙されないわよ⁉』

 ……電話切りてぇ……。でも今のは名乗らなかった俺も悪いか。

「……ハルカだよ」

『…ハルカ……? あ、ああっ、ハルカね! なによーそれならさっさとそう言いなさいよー』

 一瞬忘れてやがったな、こいつ。やっぱ組むのやめてやろうか。

『それで、何の用? あたしに電話してきたってことは……ま、まさか、もう180層まで来たの⁉』

「そうだが」

『はぁ⁉ え、マジで2週間以内に終わったの⁉ てっきりあのちっこいのの冗談だと思ってたんだけど!』

 ちっこいのって……あれ、そういえばオルネのやつも自己紹介してないんじゃね……?

『……ほ、本当に180層ついたの……?』

「こんなことで嘘ついてどうすんだよ」

 まあ、これが相当な常識外れだということは重々理解しているので、その反応もわからないではないが。

『それもそうね……わかったわ。じゃあ、さっそく明日からお試しパーティ開始ね! 9時にダンジョン前でいいかしらっ?』

「……おう」

 一方的に決められた感じだが、特に異論はないので素直に頷く。

『じゃ、そういうことで。遅れるんじゃないわよ?』

「わかってるよ」

 そこで通話を切り、ベッドに寝転がる。

 いよいよ明日から、パーティを組んでの攻略が始まる。ODを通じても経験のないパーティを組むという行為に、楽しみな面がないとは言えないが、やはり不安の方が大きい。まあ、俺と組んでもろくなことにはならないとわかってもらうためのお試しパーティだから、そこまで気負う必要はないんだろうけど、やはり自分のせいで窮地に陥ったり怪我をさせてしまったりというのはできれば避けたい。前にも言ったが、俺がパーティを組まない理由の1つは、迷惑をかけたくないからだ。だから、できるだけ迷惑はかけないようにしつつ、俺と組んでもろくなことにはならないと分かってもらわねばならない。……あれ、これ結構難題?

 そんな思考に頭を悩ませていたら、いつの間にか眠っていた。


 翌日。目が覚めると9時だった。あー、久しぶりに寝過ごしたな……朝飯食いはぐったし……って、あれ、なにかもっと大事なことを忘れているような……。

「……ああっ、待ち合わせ!」

 やらかしたっ。ハイペースな攻略の反動か、すっげー爆睡してた!

「うにゅ……うるさいれすよ、ハルカ様……」

 俺の大声で起きたのか、オルネが眠そうに眼をこすりながら文句を言ってくる。

「オルネ、起きろ! もう9時だ!」

「くじ……って、9時ですか⁉ ご飯食べ損ねましたっ‼」

 そこかよ!

「それもそうだが、問題はそこじゃない! 実は9時にクレアと待ち合わせしてたんだ!」

「えぇ⁉ なんで昨日のうちに言ってくれないんですかっ!」

「お前は寝てたんだよ!」

 などと叫び合いながら、荷物を纏めてオルネをポケットに突っ込み宿を飛び出す。そして、普段なら30分かけて歩く道を全力疾走し、なんとか2分ちょいでファーストダンジョンに辿り着いた。初めて敏捷3倍のこのコートの恩恵を受けた感じだ。街中で人も結構いたのでフルスピードとはいかなかったが、普通に世界新記録級のスピードだったと思う。さすが3倍。

「すまんっ、遅れ――」

「遅いっ! 2分の遅刻よっ!」

 いきなり罵声を喰らった。え、2分でそんなに怒られるの……?

「……あの、クレアちゃん? 2分って、そんなに遅れてないよ……?」

「でもあたしは30分以上待ったわ!」

 ああ、9時より結構前から待ってたのか。それは申し訳ない。

「それはすまん」

「……なんで遅れたのよ」

「寝坊した」

「やっぱ殴るわ!」

「お、落ち着いてクレアちゃん!」

 拳を握りしめたクレアを、プリムが羽交い絞めで止めてくれる。た、助かった……。

「……まあ、いいわ。待ち合わせ時間にはそんなに遅れてないし、今日は許してあげる」

「……どうも」

 ナチュラル上から目線が気になるが、今回は遅れた俺が悪いので我慢。

「じゃあ、さっそくパーティ組むわよ」

「……どうやって?」

 まさかこれも念じる系か?

「それはですね」

「「わっ!」」

 オルネがおそらく説明のためだろう、ポケットからひょっこり顔を出すと、目の前の少女2人が驚いて飛び退いた。……そういや、急いでたからずっと入れっぱなしだった。

「ステータス画面を開いた状態の人が2人以上近くにいると、ステータス画面の下の方にパーティ申請のコマンドが表示されるんですよ。それをタッチすれば、パーティを申請したり、あるいは解除したりできます」

 今回は念じる系じゃないのか。……というか、空中に表示されてるのに触れるのかよ…さすが異世界だな。

「そのちっこいのの言う通りよ。というわけでステータス画面開いて」

「ちっこいのってなんですかっ。妖精族はみんなこんなもんですよっ」

 ぶーぶー文句を言うオルネを放置し、クレアに言われた通りにステータス画面を開く。

「じゃあ、あたしが申請するから」

 同じようにステータス画面を開いたクレアが空中をタッチする。すると、俺のステータス画面の下にメッセージが表示される。

『クレア・オリエント様からパーティが申請されました。許可しますか? Y/N』

 そのメッセージのすぐ下に、YとNのコマンドが現れる。タッチしろということだろう。Yのコマンドに触れると、新たなメッセージが現れる。

『申請を許可しました。あなたはパーティに入りました。リーダーはクレア・オリエント様、その他のメンバーはプライミリア・カルスティア様です』

 メッセージを読み切るのと同時に、クレアとプリムの頭上に緑色のバーが現れた。あれは……HPゲージか……?

「パーティメンバー同士は、相手のHPゲージが頭上に見えるようになるんです。仲間がピンチになったらすぐにわかりまね」

 すかさずオルネの解説が入る。なるほど、そういう理由か。

「そういうこと。じゃ、ダンジョンに入る前にお互いのステータスを確認しておくわよ」

「……なんでだ?」

「情報の共有よ。パーティの基本でしょ。あたしたちはお互いのことほとんどなにも知らないんだし、共有できる情報は少しでも共有しておいた方がいいでしょ?」

 ……意外と考えてるのか、こいつ。少し見直した。

「それに、あんたがこの2週間でどんだけ成長してるのかも気になるし」

 あ、こっちが本音か。やっぱり前言撤回。

「……まあ、いいけど」

 開きっぱなしのステータス画面をそのまま2人に見せる。

『ハルカ・タカミエ

 Lv:60

 年齢:18

 職業:無職

 種族:人間族

 所持A:256075A

 経験値:698480/721540

 HP:1957/1957

 MP:1808/1808

 筋力:1314(+50)

 知力:2463

 敏捷:2111(×3.0)

 防御:900

 命中:1437

 幸運:13

 装備:シングルソード、黒インナー、クリムゾン・コート、黒ズボン、靴下、スニーカー、トランクス

 攻略履歴:1D/180L』

「「レベル60⁉」」

 その画面をのぞき込んだ2人が同時に同じところに反応した。

「なんでそんな高いのよ! このくらいになると、もうレベル1つ上げるのでもかなり大変なのよ⁉」

「たった2週間でこんなにレベルが上がるなんて、聞いたことないんですけど……っ」

「ソロだとこんなもんじゃないのか? パーティだと分散される経験値が全部入ってくるわけだから、そのぶん成長ははやいだろ」

「…それは、そうかもだけど……」

 いまいち納得できていない様子の2人。まあ、無理もないか……。

「そういうお前らのステータスはどうなんだ?」

 話題をそらし、俺のステータスの話はほどほどにしておく。あんまり深く疑問を持たれると面倒だしな。

「あ、そうね。あたしはこんな感じよ。……まあ、あんたのを見た後だとかなりしょぼく見えるけどね」

『クレア・オリエント

 Lv:43

 年齢:17

 職業:無職

 種族:人間族

 所持A:86790A

 経験値:228420/230830

 HP:467/467

 MP:230/230

 筋力:260(+200)

 知力:278

 敏捷:356(-30)

 防御:268(+150)

 命中:214

 幸運:290

 装備:クリスタルソード、白インナー、軽鎧、サンダル、ブラジャー(ピンク)、ショーツ(ピンク)

 攻略履歴:1D/180L(1L~180Lまで『プライミリア・カルスティア』と共に攻略)』

「これでも、同年代の他の人よりはいい方なのよ?」

「ふ、ふーん……」

 そんなクレアの追加説明を、目を逸らしながら聞く。案の定、下着まで表示されやがった。というか、こいつは気にしてないのかよ。もしかしてこの世界ではこれが普通なんだろうか。……少し、確かめてみようか。

「……お前、ピンク好きなのか?」

「……まあ、そうだけど。急にどうして――って、あ……」

 クレアが自分のステータス画面を見ながら徐々に赤くなっていく。あー……これあれだ、今まで男子にステータス画面見せたことなかったんだろう。だから、うっかり失念してたパターンだ。つまり、このあと俺は――

「っっ、セクハラっ、変態っ、死ねっ!」

「ぐ、が、ごふっ」

 鮮やかな3連撃が決まった。……まあ、俺が悪いので文句は言わない。が、無防備なクレアも悪いし、殴られたので謝りはしない。

「プリム気をつけて! アイツ変態よっ!」

「…あ、あはは……」

 叫ぶクレアに苦笑で応じるプリム。その表情には『クレアちゃんも無防備すぎだよ……?』と書いてある。やはりプリムの方は常識人のようだ。

「…えと、クレアちゃんも見せたので、私も見せますけど……そ、その、下の方はあまり見ないでくださいね……?」

「お、おう」

 上目遣いにお願いしてくるプリムにやや動揺しつつ、彼女のステータス画面を拝見する。

『プライミリア・カルスティア

 Lv:43

 年齢:17

 職業:無職

 種族:人間族

 所持A:71660A

 経験値:228420/230830

 HP:454/454

 MP:240/240

 筋力:253

 知力:281(+200)

 敏捷:349

 防御:271(+100)

 命中:216

 幸運:267

 装備:クリスタルロッド、白ワンピース、緑ローブ、靴下、ブーツ、ブラジャー(ライトグリーン)、ショーツ(ライトグリーン)

 攻略履歴:1D/180L(1L~180Lまで『クレア・オリエント』と共に攻略)』

 服装を見たときからなんとなくそんな気はしていたが、ロッドを装備しているところを見るに、やはり魔法使い系の子なのだろう。あと、この子は緑系が好きなようだ。

 ……とまあ、それはさておき。この2人のステータスを見ただけで、おそらく彼女が後衛でサポートしつつ、クレアが前衛で殴りまくるという感じでここまで攻略してきたのだろうということが推測できる。実際のところがどうかはわからないが、少なくともこのことが推測できるだけで、なんの前情報もなくいきなり一緒に戦うよりずっと安全でやりやすいはず。やはりパーティ内での情報の共有というのは大事なことのようだ。

「うぅ……恥ずかしいです……もう、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとな」

 顔を真っ赤にして尋ねてくるプリムに頷くと、彼女はすぐにステータス画面を消した。相当恥ずかしかったのに、パーティのために必死で我慢してくれていたのだろう。この子はいい子だ。

「……ちなみにそのステータス画面ですけど。見せたくない情報は非公開と念じれば非公開にできますよ」

「「「それを早く言え(言いなさいよ)(言ってください)‼」」」

 オルネがボソッと呟いた一言に、3人が同時にツッコむ。このパーティの息がぴったり揃った初めての瞬間だった。


「そういえばさ」

 180層の小部屋を出てダンジョン内を歩き出すと、唐突にクレアが口を開いた。

「なんだ?」

「アンタ、2週間で180層まで来たのよね?」

「……そうだが」

 さっきも確認しただろ。

「アンタのステータスなら、戦闘時間もほとんどかからないだろうし、わからないでもないんだけどさ。でもやっぱ、迷路になってるダンジョン内をその早さで攻略するのは無理があると思うのよ」

 ……クレアが凄くまっとうなことを言っている。お前、そういうこと言うキャラじゃないだろ。

「だって、ダンジョン内のマップなんて売ってないでしょ? そもそも売買禁止だし。でも、マップもなにもなしでダンジョンを歩いたらわけわかんなくなるから、攻略のときはマッピングしながらになるじゃない。そうしたら、もっと時間かかると思うんだけど」

 ……さて、どう返したものか。案内役のオルネが案内してくれていると言ってしまっていいのだろうか。でも案内役って異世界人(おれ)絡みだし、できるだけ内密にした方がいいのだろうか。

 そんな思考を視線にこめてオルネを見れば、彼女は宙を漂いながら首をぶんぶんと全力で左右に振っていた。あ、言わない方がいいやつね。

 ……って、じゃあなんて説明したらいいんだよ。そうアイコンタクトで伝えれば『ハルカ様に任せましたっ☆』とウィンク付きで返ってきた。よし、あとはアイツに任せよう。

「あそこの案内役が最短ルートを道案内してくれたんだよ」

『ハルカ様ー⁉』というアイコンタクトが飛んできたが、当然スルー。

「へー。なんでそんなことできるの?」

「え? え、えーと、それはですね……」

 クレアの質問に、オルネが詰まる。まあ、頑張って誤魔化してくれ。

「……実は、親戚に冒険家がいまして。その人が攻略済みダンジョンのマップを家に保管してるんですけど、それを眺めるのが面白くてですね。気付いたらいつの間にか全部覚えてました。トゥエルフスダンジョンの途中くらいまでならいけますよ」

「凄っ! アンタそんな特技あったの⁉ 戦闘力皆無でも役に立つじゃない!」

「えへへー」

 クレアに笑顔で応じた後、こちらに向かって『どうです?』的なドヤ顔をきめてくる。こいつ、絶対に元からこの設定用意してやがったな……。あと、さらっとバカにされてるぞ。

「ねえねえ、その親戚って誰なのっ? トゥエルフスダンジョンって最前線よねっ? 結構な有名パーティ所属よねっ?」

「それは内緒ですよー」

「えーっ。教えてくれてもいいじゃないっ」

「ダメですー」

 オルネとクレアが、まるで何年も友達をやっていたかのようなやり取りを繰り広げる。アイツら、出会って間もないのによくあんな親しげに喋れるな……オルネなんて名乗ってすらいないのに。

 なんて思いつつそのやり取りを少し下がって眺めていると、ダンジョンに入ってから一言も喋っていなかったもう1人が隣から声をかけてくる。

「……あの、ずっと気になってたんですけど」

「なんだ?」

「あの妖精さん、なんてお名前なんですか?」

 あー、やっぱりこの子は気づいてたか。いやまあ、普通は気づくよね。アイツが特殊なんだよ。

「アイツはオルネだ。最初に会ったときにフルネームも聞いたはずなんだが……すまん、ずっとオルネって呼んでたから覚えてない。まあ、呼ぶのはオルネで大丈夫だ。本人がそう言ってきたから、俺もずっとそう呼んでるわけだし」

「オルネさん……ですね」

 ファミリーネームを出すとそこから先程のオルネの嘘がばれるかもしれなかったので、念のため言わないでおく。……本当はちゃんと覚えてるよ? いやマジで。

「ハルカさんは、オルネさんと一緒に攻略してきたんですよね?」

「そうだな」

 攻略したと言っても、アイツは道案内だけで、戦ったのは俺1人だがな。……まあ、十分助かってはいるが。

「でも、パーティは組んでないんですよね。どうしてですか?」

「んー、一番の理由は経験値だな」

「経験値、ですか?」

「ああ。パーティを組んでると、魔物を倒したときの経験値やアージェントはメンバーで山分けになるだろ? なら、戦闘に参加しない案内役をパーティにいれても、アージェントはともかく経験値はもったいない気がしてさ」

「なるほど……」

 納得がいったようにうなずくプリムの向こうでは『え⁉ そんな理由で⁉』という表情でオルネが驚いている。いや、大事なことだろ。アイツとパーティを組んでいたら、ここまで成長速度は早くなかっただろうし、たった2週間でこんな深層まで来ることは無かったかもしれない。そう考えれば、結構重要なことだ。

 という意味を込めた視線を送り返していると、そのさらに向こうに魔物の影を発見した。

「オルネ、後ろ」

「ほえ? おおっ、と」

 後ろ向きで俺の方を見ながら進んでいたオルネが、正面を振り返って慌てて飛び退く。その間にクレアは半透明の剣を構え、プリムはその後方で同じく半透明のロッドを構えて戦闘態勢に入る。平常時からの切り替えの早さはさすがと言ったところか。もちろん俺だってそれを棒立ちで見ていたわけではない。後退したオルネと入れ替わるようにクレアの隣に並び立ち、いつもの剣を構える。そんな俺を、クレアは驚いた表情で見ていた。

「……そんなに驚くことか?」

「それは、だって……初めて組んだのに、凄いスムーズに動いたから」

「まあ、ある程度フォーメーションは予測できてたからな」

「あー、そっか。剣士と魔法使いじゃ、この並びが普通だしね」

 という会話を交わしている間に、現れた魔物の確認をする。現れたのはビーストとバーサーカーの2人(?)組。バーサーカーというのは第150層から登場するようになったヒト型の魔物で、高速で強烈な連撃を放ってくるその姿はまさに狂戦士(バーサーカー)。一撃一撃がそこそこの重さを持っているのでまともに受けてしまうと辛いが、ラッシュ前には必ず目が赤く光るので、それを見落としさえしなければ比較的安全に対処できる魔物だ。

「じゃ、あたしがゴリラをやるわ。あんたは赤目ね」

 それだけ言うとクレアはビーストに向かって駆けだしていく。……ゴリラがビーストで赤目がバーサーカーなのはわかるが、初の共闘でそんなオリジナルの呼び名を使うな。聞きなれない呼び方されるとこっちも戸惑うし、伝わらなかった場合なんか最悪だぞ。ビーストだって目赤いし。

 と心の中で文句を垂れつつ、言われたようにバーサーカーの処理に入る。地面を軽く蹴って接近すると、赤く目を光らせ、両手で剣を上段に構えるバーサーカーの右脇を駆け抜けて背後にまわる。右足でブレーキをかけつつ反転、そのまま右足で地を蹴って右袈裟から一撃、返す刀で左脇腹にもう一撃。その二撃でバーサーカーは空気に溶けるようにして消える。

「は、はやっ」

 背後からプリムの驚く声が聞こえる。……まあ、この世界の平均と比べると、かなりオーバーな攻撃力だからな、俺。その分戦闘時間も短くなるのは当然である。

 ちらりと隣の戦況を見やれば、クレアが半透明の剣を左手に持ち、素早く繰り出されるビーストの殴打をジャンプやらステップやらで軽々と躱しながら、隙をついて左手を振るう。向こうも向こうで余裕ある戦闘してるなー、と思いながらとりあえず眺めていると、まもなく向こうの戦闘も終了した。

「……アンタ、アホみたいな速さね」

 戦闘を終えたクレアがこちらに近づきながらそんなことを言ってくる。それは、敏捷のことを言っているのか、それとも戦闘時間のことを言っているのか。

「ですね。凄かったですよ、瞬きしてる間にバーサーカーの背後に移動してて」

 後方にいたプリムも近づきながらクレアに同意する。どうやら敏捷の話のようだ。

「そんなに速かったら、背後に回り込む必要なくない?」

「んー……まあ、それでも倒せなくはないけど、この方が安全だからな」

 これは敵の視野の問題だ。バーサーカーに限らずヒト型の魔物は、俺たち人間と同じように顔の正面に目がついている。だから、せいぜい自分の真横がなんとか見える程度で、どうしても背後は死角になってしまう。そのためそこに入ってしまえば比較的安全だし、こちらの攻撃もほぼ確実に当たる。安全攻略には欠かせない1つの手法だ。これが逆にオオカミなどのような、どちらかと言えば顔の側面の方に目がついている生き物になると、後方も結構見渡せて死角が少なくなるので、背後に回り込んでもあまり効果はなかったりするんだが。

「そうね。その慎重な姿勢が大事よ。無茶や横着をしてパーティメンバーに迷惑をかけるのは最悪だし」

 ……あれ? もしかして俺、今試されてた……?

「まあ、今の戦闘は総じて悪くはないわ。アンタが前衛に加わってターゲットが2人になったから、今までターゲットが集中してたあたしの負担も減ったし、それをサポートするプリムの負担も減った。……というか、今回に関してはプリム、何もしてないし。戦闘時間も大幅カットだし、今のところはいいことばかりよ」

 リーダーモードで真面目に戦評を行うクレアの姿は、なんだか今までとは別人に見えた。


 その後もお試しパーティは怖いくらいに順調にいっていた。このくらいの深層になると常に2体か3体くらいのセットで出てくる魔物たちを、2体の時は前衛2人で1体ずつ、3体の時は戦闘時間の短い俺が2体受け持ち、プリムが状況を見ながらそこに魔法でサポートをいれていくという隙のない連携を見せ、圧勝を続けていく。オルネの道案内もあって、あっという間に180層のボス部屋までたどり着いてしまった。

 そしてここで、問題が起こる。ここまで順調にいっていた事が、順調にいっていたように見えていただけだったことを思い知る。隙のない完璧な連携だと思っていたものが、ただの分担作業であったことを、思い知らされる。

 180層ボスは『ダンジョンアント・ネオ Lv10』という、でっかいアリ。今までと同じように、俺たちは前衛2、後衛1のフォーメーションをとる。

 戦闘開始。ターゲットは敏捷の高い俺が取った方がいいだろうと判断し、クレアより前に出て、アリの顔面に一撃入れる。その直後。

「きゃっ」

「うおっ」

 背後から誰かがぶつかってくる。犯人は1人しかいない。

「てめ、何すんだよ!」

「アンタこそ、なんでここにいんのよっ!」

「はあ? ターゲット取るのに一撃入れるために決まってるだろ」

「なに言ってんのよ! ターゲットとるのはあたしでしょ⁉」

「お前こそなに言ってんだよ。ここは敏捷の高い俺がアイツのターゲット取ってる間にアンタとプリムで攻撃すんのが一番安全だろっ」

「はああっ? あたしがターゲット取ってる間に攻撃力の高いアンタとプリムで一気に片付けるのが一番安全よっ!」

「ああっ?」

「ちょ、ちょっと2人とも! そんな言い合いしてる場合じゃないですよっ!」

「「!」」

 後方からのプリムの声で、ヒートアップしていた感情が幾分か落ち着き、今の状況を思い出す。クレアとぶつかったのは、アリに一撃を入れた直後。つまり、今俺たちがいる場所は。

 間近でなにかを吐く体制を整えたアリを視界に捉えた瞬間、俺は地を蹴って緊急離脱をはかる。バックダッシュでアリから遠ざかる俺の目の前を、強烈な匂いを放つ液体が通過していく。ネオ種のアリだけが放ってくる攻撃で、オルネ曰くギ酸と呼ばれるものに近いらしい。モーションがそこそこ大きいので、いつもなら発射される前に叩いてモーションを中断させていたのだが、今回は俺たちがもめていたせいでそんな猶予はなかった。本物のギ酸とは違い、アレを喰らっても水疱ができたりといったことはないらしいが、かなりの痛みは伴うそうだ。できれば喰らいたくはない。

 なんとか喰らわないで済んだと安堵しながら視線をアリに戻すと、その目の前でクレアが倒れていた。おそらく回避が間に合わず、あの酸をまともに受けて、痛みのあまり立ち上がれないのだろう。そこまで推測したとき、前脚を振り上げるアリの姿が映る。

(マズイっ! 今のアイツじゃ避けられない!)

 宙に浮いていた両足を地面につけて急ブレーキをかけると、すぐにクレアの方へ向けて駆け出す。

「クレア!」

「“起動” サンダー・ランス!」

 俺が叫ぶのと、プリムが魔法を発動させるのは同時だった。が、気付いた時にはすでに遅い。俺が斬り払おうとしていた前脚に、雷の槍が迫る。前脚を斬ろうと既に飛び上がっている俺は今、その槍の射線上にいる。空中にいるため方向変換や緊急回避は厳しい。

 これは俺の判断ミスだ。前脚の処理は遠距離から攻撃のできるプリムに任せて、速さのある俺はクレアを抱えて敵から遠ざけるべきだったんだ。目の前の窮地を1人でなんとかしようとして、後ろにもう1人仲間がいることを完全に失念していた。そんな体たらくで、連携なんてできるはずがない。パーティを組んでいる、意味がない。

 背中に雷の槍が突き刺さる。痛い。痺れる。意識を手放したくなる。でも、耐える。迷惑をかけることしかできていない事への、せめてもの罪滅ぼしのために。

「――ああああああああああぁぁあぁあぁああ!」

 槍が刺さった勢いを利用して、前脚を切断する。そのままアリの脇に着地すると、残った右側の脚2本目がけて地を蹴飛ばし、一気に絶つ。右脚3本を一気に失ってバランスを崩したアリの背中に、壁を利用した三角飛びからの渾身の一撃。そこから背中に着地してラッシュ。十数撃目をいれたところでHPがゼロになり、巨大なアリが消える。

「……だっ、大丈夫クレアちゃん! ハルカさん!」

 アリが消えて地面に着地した俺と、未だ立ち上がれないクレアの元に、プリムが心配そうな声を出しながら近づいてくる。

「あたた……うん、あたしは大丈夫よ」

 プリムが到着するのとほぼ同時、クレアが痛みに表情を歪めながらも起き上がる。そしてぎこちない笑顔でプリムにそう告げると、今度は俺の方を見た。

「アンタも、結構強烈なの背中に喰らってたけど」

「……平気だよ。それよりも自分の心配をしろ」

 明らかにクレアの方が重傷だ。俺の心配なんかしてる場合じゃない。

「と、とりあえずクレアちゃんからヒールかけるねっ」

 プリムもそう判断したのだろう、クレアに対してヒールの呪文刻印・詠唱を始める。

「……ありがと、プリム」

「ううん、当然のことだよ。じゃあ、次はハルカさんを」

 クレアのヒールが終わり、今度は俺にヒールをかけてくれるプリム。減少していたHPは最大値まで回復し、痛みや痺れも和らぐ。

「……ありがとな」

「い、いえいえっ。…私の方こそ、ごめんなさい。その、思いっきり攻撃を当ててしまって」

「……プリムが謝ることじゃない」

 あの時悪かったのは、どう考えても俺だ。彼女は何も間違っていない。最善の行動をしていた。判断を誤り、行動を間違ったのは俺。謝るべきは俺だ。

「……ごめん、あれは俺が本当に悪かった。でも、これでわかっただろ? 俺とパーティ組んだってろくなことにならない、って」

 結局彼女たちに多大な迷惑をかけるかたちで思い知らせることになってしまったのは不本意だが、でもわかってもらえたと思う。

「……その話は、とりあえず後よ。今はひとまず、移動するわよ。後ろのパーティが困ってるかもしれないしね」

「「あ……」」

 クレアの指摘でようやく気付く。そういえば戦闘が終わってから結構な時間が経っている。もし後ろで別のパーティが待っていたら大迷惑だ。そんなことにも気が回らなくなっているとは。

 クレアに続くように181層への階段を降りると、俺たちは小部屋の端っこに集まる。

「さて。じゃあ、反省会よ」

 なんか唐突に始まった。

「まずは、あんたについてだけど」

 クレアが俺の方を見て言う。

「アンタと組むとろくなことにならないって言うけどさ。1回やらかしたくらいでなに言ってんのよ」

「え……?」

 予想外の方向から怒られて変な声が出た。

「だいたい、組んで初日のあたしたちが最初から全部うまくいくわけないでしょ? 何度やってもうまくいかないなら考えものだけど、まだたったの1回よ? ……それとも、そんなにあたしたちと組むの、いや?」

「う……」

 瞳を潤ませて見つめてくるクレアに、思わずたじろぐ。その顔は、反則だ。

「……別に、アンタたちと組むのが嫌な訳じゃない。ただ、俺がそもそもパーティ向きの性格じゃないんだ」

 小さい時からずっと、困った時も苦しい時も自分独りで乗り越えなければいけなかった。頼れる人なんて、誰もいなかった。だから俺は、あらゆることを1人でなんとかしようとするクセがついている。人の頼り方だって知らない。加えて人間不信でもある。パーティ内で上手くやっていけそうな要素なんかひとつもない。むしろ迷惑になる要素ばかりだ。

「このまま一緒に組んでいても、俺はアンタたちに迷惑をかけるだけだ。今度はさっきみたいな軽い怪我じゃすまないかもしれない。だから、俺とは組まない方がいい」

 それが彼女たちのためだと、真剣に発した言葉。さすがにここまで言えば諦めてくれるだろうと思っていたのだが、クレアは1つ溜息を吐いてからこう言った。

「アンタ、なんか勘違いしてるみたいだけどさ。迷惑かどうかを決めるのは、アンタじゃなくてあたしたちでしょ?」

「………………」

 すぐには言葉の意味が理解できず、俺は棒立ちするしかなかった。さらにクレアは続ける。

「アンタが自分で迷惑をかけていると思ってたって、それが本当にあたしたちにとって迷惑かどうかはあたしたち次第だし。アンタが勝手に決めつけることじゃないのよ。それにそもそも、パーティ内で迷惑かけるかけられるなんて、当たり前の話じゃない。むしろそうじゃないパーティの方が嫌よ、あたしは。だってそれってつまり、信頼してない、されてないってことでしょ? そんなパーティが上手くいくわけないもの」

 長い時間をかけてようやく理解できたクレアの言葉が、心に深く突き刺さっていく。彼女の言葉はどれも正しいものばかりだ。正しくて、まっすぐで、眩しい。なにが『王家の失敗作』だ。彼女はこんなにも強く立派に生きてるじゃないか。俺なんかとは大違いだ。

 ……俺も、彼女の傍にいれば変われるだろうか。人を信頼することもできないくらいに歪んでしまった自分を、変えられるだろうか。

「……そう、だな。俺が間違ってた」

 せっかく異世界にやって来たんだ。変わるタイミングとしては、やり直すタイミングとしては、これ以上はないだろう。

「ここから先も頼むよ。クレア、プリム」

 そう告げた俺を少し驚いた様子で見た2人は、1度顔を見合わせると、笑顔で返してきた。

「あったりまえよ」

「もちろんです」


「さてと。じゃあ改めて、180層ボス戦の反省会をするわよ」

 すっかり忘れかけていた反省会が再開される。まあ、大事なことだし、異論はない。

「とりあえず、時系列順に行くわ。まずは、あたしとハルカがぶつかったところね」

 ボス戦が始まった直後のことだ。今回のことの全ての始まりであり、これがなかったらもっとスムーズに色々進んでいたに違いない。

「これはどっちが悪いとかじゃなくて、お互いのこともよく知らないのに言語によるコミュニケーションを怠ったのが原因ね。せめてどっちかが『自分がターゲットを取る』って口に出していれば防げた事態よ」

 まったくその通りである。こうするのが最善だとお互いが勝手に判断して、勝手に行動に移したのが良くなかった。組んで間もない俺たちなんだから、言葉に出してのコミュニケーション、意思統一が何よりも必要だったのだ。冷静に考えてみれば当然のことなのに、どうして気づけなかったのだろう。そこまでの戦闘があまりに順調にいっていたせいで、気が緩んでいたのだろうか。

「それと、ハルカの移動速度が速すぎるのも問題ね」

「えぇー……」

 どっちが悪いとかじゃないんじゃなかったんかい。

「だって、あたしたちも追いつけない速度で動くんだもの。魔物に対してならその速さはかなり有利に働くけど、味方からするとどこにいるんだかわからなくなって、逆にあたしたちも動き辛くなるし、今回みたいにぶつかったり攻撃が重なっちゃったりするのよ」

 何も言い返せない。まさかコイツに言いくるめられてしまうとは。

「……む。アンタ、なんか今失礼なこと考えなかった?」

「いやまったく」

 勘が鋭すぎる。

「そう? ならいいけど。じゃあ、今度はぶつかった後ね。自分たちが戦場(ダンジョン)にいることも忘れて敵の目の前で言い争うとか、普通にバカだったわ」

「そうだな」

 あれはありえない。自分たちが死と隣り合わせの場所で戦っている自覚が薄すぎる。まあ、俺のこれまでの戦闘を振り返れば、命が懸かっていることをともすれば忘れてしまうような余裕の戦闘ばかりだったから仕方ないということもできるが、今後は仕方ないでは済まされない場面の方が多くなっていくだろう。気を引き締めなければいけない。

「で、そのあと。敵が攻撃してきて、ハルカはギリギリ躱したけどあたしが直撃喰らったとこね」

「あれは、すまん。お前を見捨てて逃げるような形になって」

 もう少し冷静だったら、クレアを抱えて回避するくらいの余裕はあったはずだ。あるいはやつの顎に一撃入れて、モーションを中断させるとか。だが、プリムの声で状況を思い出して、既に攻撃モーションをほぼ終えつつあった敵を前にして焦った俺にできたのは、回避行動だけだった。

「別にアンタの判断は間違ってないわよ。下手にあたしまで助けようとして、結果的に2人とも行動不能になったら意味ないし。パーティ内で一番戦闘力のあるアンタが行動不能になるのが一番最悪でしょ? だから、あれでいいの」

 そう言ってもらえると助かるが。今後はそもそもあんな状況を作らないよう心掛けていくべきだな。

「次は、プリムの魔法がハルカの背中に刺さったところね」

「あ、あの……本当にすいません……」

 ここまでずっと黙っていたプリムが久々に口を開き、頭を下げる。

「いやいや、あれは俺が悪いよ。後ろにプリムがいるのを完全に失念してたし、俺から魔法に当たりにいったようなもんだし」

「いえいえそんな、私がもっとはやくハルカさんに気づければ……」

「いやいや、俺がもう少し周りをちゃんと見てれば」

「いえいえ」

「いやいや」

「あー、もう、いつまでやってんのよっ! あれだって別にどっちが悪いとかじゃないでしょ! あたしのために2人が行動した結果、たまたま攻撃先が被っただけじゃない。ちょっと運が悪かっただけよ」

「……つまり、俺のせいか……」

 俺の幸運があまりに低いせいで、こんなことに……。

「え? あ、いや、そういう意味じゃないわよっ。確かにアンタの幸運はクソみたいに低いけどさっ」

「クソみたい……」

「って、あ、いや、だからそうじゃなくてっ。ステータスの話じゃなくて、普通に運が悪いっていうか……」

「ステータス関係なく不運……」

「だーっ! もう面倒くさいわよアンタっ!」

 クレアのキレる声を聞きながら、俺は落ち込むのではなく笑っていた。

 なんだか不思議な気分だ。少し前までは誰かとパーティを組むなんて微塵も思っていなかったのが、既にこのパーティに居心地の良さを感じている。こんな楽しいことを、俺はずっと避け続けてきたのだろうか。……いや、違うな。この2人だから、こんなに楽しいのだろう。俺に変わりたいと思わせてくれたこの2人だから、こんなに居心地がいいのだろう。この2人といれば……俺は本当に、変われる気がする。

「……さて。反省会も終わったことだし、さっさとこの層攻略しに行くか」

「……その意見には賛成だけど、なんでアンタが仕切ってんのよ。リーダーはあたしよ」

「でも、一番実力があるのは俺なんだろ?」

 さっきクレア本人がそう言ってたし。

「むかーっ! 確かにさっきはそう言ったけど、アンタの実力のほとんどはそのステータスよっ! 戦闘技術なんかまだまだ全然よ! なんかこう、あれよ、いい師匠の真似をしているだけで、まだまだアンタ本人の実力じゃないって感じだわ!」

「ク、クレアちゃん、落ち着いて」

 すぐにエキサイトするクレアをプリムがなだめる中、俺は内心舌を巻いていた。……こいつ、マジで意外と鋭い。俺がODの恐ろしくリアルな戦闘映像を頼りに、それを見よう見まねで実践しているだけのただの付け焼刃だということを、たった1層で見抜きやがった。実は案外凄い奴なのかもしれない。

「……とにかく。このパーティのリーダーはあたしだから。異存はないわね?」

「お、おう」

 もともと異存なんてなく、ちょっとしたジョークだったのだが、クレアの放つ妙な気迫に気圧され、なんだか言わされたような返事になってしまった。

「よろしい。じゃあ、181層の攻略を始めるわよ。各自、さっきの反省会を意識しながら戦うように」

「おう」

「うんっ」

「お? やっと私の出番ですね。ファーストダンジョン181層は、最初の小部屋を出てすぐの十字路を左ですよ」

「「……………………」」

「……え? な、なんですか、その『そういえばいたな』みたいな視線は。確かに250行くらい喋ってませんでしたけど、え、私ってそれで存在を忘れられる程の存在ですか⁉」

「250行ってなんだよ」

 メタ発言すんな。

「ひどいですよハルカ様っ! もう2週間も一緒に寝てる仲じゃないですかっ!」

「「……………………」」

「え、今度は俺⁉ や、やめろよ、その冷ややかな視線! だいたい一緒に寝てるったって、同じ部屋で寝泊まりしてるだけだぞ⁉」

「……いや、なんで同じ部屋に泊まるのよ。男女なんだし、別部屋取りなさいよ」

「……このちっこいのに、俺たちと同じ宿泊費を支払ってでもか?」

「「……あー……」」

「あー、って何ですか⁉ 妖精族だってちゃんと1人ですよっ! なんですか、妖精族差別ですか⁉」

 そんな風にガヤガヤと楽しくやり取りをしながら、俺たちはダンジョン内を進んでいった。


 約2時間後、丁度12時になろうかという頃。ダンジョン攻略を183層に辿り着いたところで一時中断し、俺たちは本日の宿を予約しに街へ戻ってきていた。

「クレア様たちは、どちらの宿を使っているんですか?」

「あたしたちは、ダンジョンに近い所のやつを日替わりで、って感じよ。その分値段も競争率も高いけど、やっぱ楽だし」

 まあ、それが普通だろう。効率よくダンジョン攻略を進めるなら当然近い方がいいし、クレアたちなら、宿泊費が高いって言っても2人分で済むし。

「アンタたちは、随分遠くの宿使ってるわよね」

 確かに、ダンジョンと宿を往復するだけで1時間近くかかるし、あまり効率がいいとは言えない。まあ、俺の全力疾走なら片道2分だが。

「まあ、その分安いし、露天風呂付きだし」

「え、嘘⁉ あそこ露天風呂付いてんの⁉」

 驚くクレア。そういえば、店の看板には書いてなかったかもしれない。

「それを早く言いなさいよ! 今日からはそこに泊まるわよ!」

 露天風呂によっぽど興奮しているのか、叫ぶや否や街中を走りだすクレア。お前は子供か。

「露天風呂って、珍しいのか?」

 クレアの興奮っぷりがあまりに尋常でないので、隣を歩くプリムに尋ねてみる。

「はい。ダンジョン近場の宿にはまずないですよ。あの辺りは本当に冒険者が寝泊まりするためだけの施設ばかりなので」

「ふーん……」

 なのに宿代は高いとか。……いやまあ、立地的に地価とかも高いんだろうから、そうでもしないと元とれないのか。世知辛いな。

「……だから、こう見えて私も結構テンション上がってるんですよ」

 そう言って笑うプリムは、確かにどこかウキウキしているような感じがする。クレアのように思いっきり行動に出たりしないだけで、きっと心の中は似たような状態なのだろう。

「ほらー、そこ2人! もたもたしてると置いてくわよっ!」

「置いていきますよーっ」

 かなり先行しているクレアとオルネが急かしてくる。オルネ、お前も子供か。

「……じゃあ、俺たちも行くか」

「はいっ!」

 普段よりも元気よく返事をするプリムと共に、急かされながら歩くこと20分くらいか。いつも利用している宿に到着する。そして、もはや慣れた動作でオルネが俺のポケットに収まる。

「……アンタたち、そうやって人数誤魔化してたんだ……」

「……確かに、それなら払うのは1人分の宿泊費で済みますけど……」

 ジト目で俺の方を見るめてくる2人。い、いや、確かに悪いことかもしれないけどさ……ほんと、あのちっこいのに俺と同じだけの宿泊費を払わなきゃいけないのかと思うとこうしたくなるんだって。

 そんな居心地の悪い視線を浴びつつ、俺はいつもの宿に入っていく。

「いらっしゃい! お、いつもの坊主じゃないか! 今日も宿泊かい?」

「ああ。だが、今日は俺1人じゃなくて、後ろの2人もだ」

 俺に続いて入ってきた2人を指さす。

「お、なんだ女連れかい? 夜はあまりうるさくはしないでくれよ?」

「おいこら」

 昼間っから下品なことを言うんじゃない。ほら、2人して顔真っ赤じゃねえか。

「俺と、あの2人のぶんで2部屋頼む」

「あいよ! シングル1つにツインが1つで、合計60Aだ!」

「「やす(いです)っ!」」

 おっさんの告げた値段に2人が驚く。そこまで驚くってことは、ダンジョン近辺の宿は相当高いのだろうか。とか思いつつ60Aを支払う。

「はいよ」

「まいど! 坊主の部屋は303、嬢ちゃんたちの部屋は304だ! 注意事項はいつもと同じだから、坊主から伝えといてくれ!」

「わかった」

 だいぶ耳に馴染んできた無駄にデカいおっさんの声を聞きつつ鍵を受け取り、片方をクレアに渡す。

「あ、ありがと……」

 おっさんのジョークをまだ引きずっているのか、クレアが真っ赤な顔のまま鍵を受け取る。

「…あっ、そうだ。お金払うわよ」

 が、数瞬後には会計を俺が済ませたことを思いだしたのか、そんなことを言ってくる。

「あー、今日のぶんはいいよ」

「いや、でも……」

「いいって。180層で迷惑かけたお詫びとでも――いや、違うか。お試しパーティ結成記念とでも思ってくれ」

 言葉の途中でクレアがすごい睨みつけてきたので、慌てて言いなおす。

「……ん。まあ、そういうことなら奢られてあげるわ」

 なんとかクレアからお許しをもらい、取り敢えず今日の部屋へと向かってみる。今までずっと104だったので、少し新鮮ではある。カウンター脇の階段を上って3階へ。構造は1階とほとんど同じだが、よく見てみると扉の間隔が微妙に違う箇所がある。あれは、ツインだからだろうか。だから今回は3階に通されたのか。

 303号室に入ってみる。内装は104とほぼ変わらない。違うのは、窓から見える景色くらいだろうか。

「ぷはぁっ。今日は3階なんですね」

 オルネがポケットから顔を出す。またすぐにダンジョンに出掛けるのがわかっているからか、完全に外に出ることはしない。ずっとこの状態でいられると、結構くすぐったいんだがな。

「……ハルカ様。3階はセーフですか、アウトですか?」

「……アウトだな。だがまあ、外を見なければギリギリいける」

 なんの話かというと、俺が高所恐怖症であるという話である。コイツに話した覚えはないが、まあ俺の家庭環境も知っているくらいだから当然知っているのだろう。

「ギリギリって……なんで受付の時に言わなかったんですか」

「いや、だって……この歳で高い所怖いとか、なんか格好悪いだろ?」

「子供ですかハルカ様は」

「お前に言われたくない」

 なんて会話をしていると突然部屋のドアが開いた。

「入るわよー」

「入ってから言うな」

 まあ、言うまでもなくクレアである。

「ふーん、やっぱシングルの方がツインより狭いのね」

 何を当たり前のことを確認しに来ているんだろうか、コイツは。

「っと、そうじゃなくて。そのちっこい妖精のことなんだけど」

「オルネですよっ」

「初耳よっ」

 ……そういえば、プリムには紹介したが、クレアにはしてないな。

「…まあ、それはいいわ。で、そのオルネなんだけど、ちっこい妖精とはいえ一応女の子じゃない? だから、あたしたちの部屋に泊まった方がいいんじゃないかなー、と思ったんだけど」

「一応ってなんですか⁉」

「なるほど……」

 キレるオルネをよそに、俺はそのクレアの提案に頷く。オルネがそっちの部屋で寝てくれれば、俺が枕を使えるじゃないか。

「よし、そうしよう」

 この世界に来てから初めて枕アリで寝られるという未来に希望を抱き、即決した。

「……まあ、私は別に構わないんですけど。ハルカ様、なにか不純な動機で即決しませんでしたか?」

「そんなわけないだろ」

 世の女子はどうしてそんなに勘が鋭いのだろう。それとも俺のまわりがやや特殊なだけなんだろうか。


 宿も取って部屋も確認したところで、その辺の店でやや遅めの昼食を済ませてから午後のダンジョン攻略を開始する。午前中に攻略した3層の中で見つかった問題点を確認、修正しながら、1時間に1層くらいのペースで進んでいく。クレアやプリムからするととんでもないハイペースらしい。普通は12年くらいかけて200層を攻略するのだから、そうなるだろう。単純計算で1層当たり22日。まあ、このパーティはオルネのおかげで各層の迷路をマッピングしながら攻略していく作業がないぶん、異様なハイペースになるのだろう。

「……なんかあたし、だんだん怖くなってきたわ」

 あまりの早さにクレアがそんなことを言い出す始末。まあ、今まで20日近くかけてじっくり攻略していたのが急にポンポン進みだしたら、不安にもなるかもしれない。俺はこのペースに慣れてしまっているからか、全然なんとも思わないんだが。

「……私も、こんなにサクサク進んでこの後ちゃんと戦えるかなって、少し心配です」

 プリムもクレア同様不安そうな様子だ。ふむ……これは、あんまりハイペースで攻略を進めない方がいいんじゃないだろうか。戦闘力では合格点でも、メンタル面に不安があっては、この後に控える大事な一戦で本来の力を発揮できないかもしれない。

「皆さんのステータスであれば、問題はないと思いますよ。連携もだいぶ上手くいくようになってきていますし。それにいざとなれば、そこのチートハルカ様がなんとかしてくれますよ」

「チート言うな」

 ズルは何1つしてない。まあ、チート級なステータスなのは否定しないが。クレアたちの立場で俺みたいなステータスの奴を見たら、まず間違いなくチートを疑うと思うし。

「……そうね。階層ボスも難なく1人で倒すハルカがいるなら、なんとかなりそうな気がしてきたわ」

「心強いですね」

「お、おう……」

 ずっとソロでやってきたので、なんだかこうして誰かに頼られるのはこそばゆい。なんかこう、新鮮というか、慣れていないというか。

「あ、ハルカ様照れてますね?」

「うるさい」

「ぎゃーっ! 久々に握りつぶされるー!」

 余計なことを指摘する妖精には恒例行事。

「……ひ、久々に……?」

「……あたし、いまだにこの2人の関係がよくわからないわ……」

 この恒例行事を初見の2人をポカンとさせつつ、この日は188層まで進んだ。


 宿に帰ってきて夕食を済ませた後は、いつもの露天風呂タイムである。いつもはなんやかんやで人間モードになって露天風呂を満喫しているオルネを先に入れさせるのだが、今日はアイツは隣の部屋でクレアたちと入るので、実は何気にこの世界に来てから初の一番風呂だ。地味にテンションが上がっている。

「ふぅ……」

 3階にある露天風呂ということで若干の違和感はあるものの、露天風呂の心地よさは変わらない。1日の疲れが取れていくのが実感できる。今日は特に色々あったし、なおさらだ。初めてパーティ組んで、やらかして、説教されて、変わろうと決意して、反省会して、楽しいやり取りして、徐々に連携も上手くいくようになって………って、こうして振り返ると本当に怒濤の1日だな。イベント詰め込み過ぎというか、なんというか。まあ、最終的にはかなり楽しかったし、今後も楽しそうな日々が送れそうな気がするので、最終評価としては色々盛りだくさんで大変だったがいい日だった、という感じか。初の一番風呂だし、久しぶりに枕使って寝られるし。

『オルネって人間モードになってもちっちゃいわよね』

『失礼なっ。これでも140あるんですよっ』

『いや、17でそれはちっちゃいでしょ』

 湯船に浸かってのんびりしていると、板1枚向こうからそんな会話がもれ聞こえてきた。まあ間に1枚しかないし、そりゃ聞こえてくるか……って、オルネって17歳なの?

『そっ、そんなことないですよっ。プリム様だって同じくらいでしょう?』

『ふぇ? え、えっと、身長は140ですけど……』

『ほらー、変わらないじゃないですかー』

『どんぐりの背比べよ』

『むかっ』

 どうやら3人で風呂に入りに来たらしい。会話を聞く限り、なんだかオルネとも仲良くやっているようで何よりである。

『……そういうクレア様は、意外と着痩せするんですね!』

 オルネが無駄に声を張り上げてそんなことを言う。なぜアイツはそんなに風呂で大声を出しているんだろうか。内容も内容だし。

『ふふん。普段は鎧のせいでわかんないかもしれないけど、これでもDはあるわよ』

 自慢げに言うクレア。あのね、隣に聞こえてるから、そういう話はもっとボリュームを下げて、ね……?

『クレアちゃんって、結構スタイルいいよね……羨ましいなぁ』

『プリムだってまだ17なんだし、これから成長するわよ。そこのちっこいのは知らないけど』

『私だって成長途中ですよっ!』

 だからお前ら、声がデカいって……。かと言って注意しようにも、そうすると今までの会話が俺に聞こえていたことがバレてしまうので、そうなると後が怖い。聞き流すしかないか。

『はいはい。成長するといいわねー、Aカップさん』

『失敬なっ! 私だってBはありますよっ!』

『え、嘘⁉ そんなぺったんこなのに⁉』

『……私、負けました……?』

『本当ですよっ! 嘘なんかついてません! ねえ、ハルカ様⁉』

「知るかっ! 俺に聞くんじゃない!」

 ……あ。ついうっかり返事してしまった。

『……え、待って。もしかしてハルカ、ずっとそこにいた……?』

『いましたよ、結構前から。私は気配でわかってました』

 なにそれ怖っ。というかなんでお前が返事してるんだよ。

『……じゃ、じゃあ、今までの会話ももしかして聞こえてたんですか……?』

『多分聞こえてたはずですよ。私なんかあえて大声で喋ってましたし』

 無駄に声はってると思ったら、そういうことだったのかよ。というか、これってもしかしなくてもあまりよくない流れなんじゃないだろうか……?

『……ハルカ。ちょっと話があるから、部屋で待ってなさい』

「……は、はい……」

 それから風呂上りに隣の部屋の女子3人(2人と1匹?)がやってきて、約1名は俺の記憶を消そうと殴りかかってきて、もう1人は終始俺と顔を合わせないようにしながら真っ赤になって俯いていて、俺の存在がばれる元凶となった残る1匹は、まったく反省の色も見せないまま俺の部屋の枕を占領して寝始めやがった。ああ、せっかく枕使えると思ったのに……。

 結局、そのまま俺の部屋でわーわーと騒いでいる(主にクレアと俺)うちに、そのままみんなで寝てしまった。宿代、1部屋分もったいなかったな……。

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