第三章 魔法とドロップアイテム
翌日。午前中で40層まで進出し、同じ宿を予約して昼食をとった後。俺はオルネに誘われて、プレミエルの中央広場にやってきていた。
「なあオルネ。そろそろここに来た理由を説明してくれ」
ついて来てください、と言うから来てみたが、理由は一切説明されていない。人も多いし、大した用じゃないならさっさとダンジョンに向かいたいんだが。
「今日はアレを見ていただこうと思いまして」
言いながらオルネが指差した方に視線を向ける。そこには四方八方どこからでも見れるように設置された何台ものモニターがあった。
「……何、アレ」
「ボス戦中継用のモニターです。ファーストダンジョン200層の階層ボス戦、ダンジョンボス戦は、プレミエルの中央広場で中継されるんですよ」
「……なんのために?」
「これからダンジョンに挑んでいく子供たちのためですね。この敵とはこう戦うんですよ、という手本を見せるのと同時に、こんな風になりたいな、という憧れを抱かせる狙いがあります」
「……なるほどな」
子供のモチベーション維持のため、ってところか。ダンジョンは危険な場所でもあるし、将来の職のためと言って聞かせたって納得できない子供もいるだろう。そんな理屈を語るよりも、将来こんな風になりたい、という憧れの方が、子供たちにとってはより高いモチベーションになる。
「……で? それを俺に見せてどうしようって言うんだ?」
「ハルカ様には、少しパーティの必要性を知ってもらおうかと思いまして。あ、ほら、ちょうど始まりますよ」
オルネに促されて、広場中央のモニターに視線を移す。その中では、7人の男女が彼らの20倍はあろうかという巨大なヒト型の魔物と今まさに交戦しようとしていた。そして間もなく、戦いの火蓋が切られる。パーティメンバー7人のうち5人が前に出て大剣を振り回す魔物の注意を上手く分散させつつ攻撃を繰り出し、残る2人は少し離れたところから魔法を撃っている。それは時に攻撃魔法であったり、時に回復魔法であったり。7人がそれぞれ分担した役割をしっかりこなすことで、戦闘は終始優位に進んでいる。3段ある魔物の体力ゲージは、そこそこの速さで減っている。このままのペースならあと十数分くらいで倒しきれるだろう。
「あれは今注目のパーティ『七色の魔法剣士』の7人ですね。1列に並ぶとまるで虹のように見える各人の装備と、炎、水、雷、土、風、氷の6つの属性、そこに支援系も含めた7種類の魔法を全員が器用に使いこなすことから、その異名がつけられたそうです。職業は全員が魔法剣士志望で、誰もが前衛も後衛もこなせるので、ローテーションしながら戦うのが基本スタイルですね。間違いなく将来、最前線を担う一角になるパーティになるともっぱらの評判です」
へー、とその無駄に詳しい解説を聞き流しつつ、スクリーンを眺め続ける。しばらくすると、前衛のうち2人が後ろに下がってきて、代わりに先程まで魔法を撃っていた後衛2人が前衛に上がっていく。これがオルネの言っていたローテーションか。前衛後衛が入れ替わっても戦力は何ら変化することなく、同じペースで敵の体力を削っていく。そしてついに2段目が空になり残り1段になると、広場が大きな歓声に包まれる。彼ら『七色の魔法剣士』を応援する声がひっきりなしに広場に響き渡り、思わず耳を塞いでしまう。それでも彼ら7人の鮮やかすぎるその戦いぶりから目が離せない。体力ゲージが残り1段になって暴れまわる魔物の大剣をひらりとかいくぐり、次々にダメージを蓄積させていく。そしてその勢いのまま、危険らしい危険も特になく、残りの体力ゲージが削り取られた。広場が揺れるほどの勢いで歓声が上がる。広場に集まった人たちがそこまで興奮するほど、彼らの戦闘は見る者を魅了し、それが命のかかった戦いであることを一瞬忘れてしまうほどだった。
そして、その歓声にこたえるように『七色の魔法剣士』が一列に並び、スクリーン越しにこちらへ一礼する。赤、橙、黄、緑、水、青、紫の装備が整列したその姿はなるほど、確かに虹のようだ。
「さすがの圧勝でしたねー。各人のレベルは40を少し超えるくらいなんですけど、戦闘技術と連携が他のパーティと圧倒的に違うんですよ。今後どんどんと強くなっていって、知能も身につけてくる魔物たち相手でも十分通用しそうです」
オルネの絶賛する声を聞きながら、俺はスクリーンの映像が切れた今でも興奮冷めやらぬ広場の端をこそこそと移動し、ダンジョン方面へと足を向ける。
「どうですか? 少しはパーティを組むことの重要性を理解してもらえましたか?」
後からついて来たオルネがそんなことを尋ねてくる。
「……まあ、な」
アレを見て何も感じないやつなんて、そうそういないだろう。子供たちは間違いなく「あんな風になりたい」と憧れを抱いたはずだし、同年代なら「負けていられない」と奮起し、大人たちは「彼らなら停滞したこの世界を動かしてくれる」と予感したはずだ。そのくらい彼らの戦闘は鮮やかで、そして圧倒的だった。そしてその強さを生みだしているのがあの7人の連携であることは、想像に難くない。
「だが、アレを見て逆に確信したよ。やっぱり俺にパーティは無理だ」
「……どうして、ですか?」
「彼らがあの連携を出せるのは、幼い頃から積み重ねてきた信頼関係と、共に戦った戦闘経験があるからだ。俺にはあそこまで他人を信用することはもちろん出来ないし、突然この世界にやってきて急速に攻略を進めていく俺の付け焼刃じゃ、十何年もかけてこの世界の人たちが磨いてきた戦闘技術には並び立てない。パーティにいても邪魔になるだけ。……違うか?」
「……それ、は……」
この世界はゲームに似ているが、ゲームとは決定的に違う。誰かとパーティを組むということは、その誰かに背中を預けるということ、命を預けるということだ。当然、信頼のおけない人物とパーティを組むことなんてできやしない。
「ソロなら、リスクを背負うのは俺1人で済む。だがパーティを組めば、俺が失敗したときのリスクを背負うのはパーティ全体だ。そして未熟な俺は失敗する可能性が高い。だから俺は、ソロでいいんだよ」
「ハルカ、様……」
「ほら、少しでもリスクを減らすために、さっさとダンジョン潜って鍛えるぞ」
「あ……は、はいっ」
そこで辛気臭い雰囲気を断ち切ると、俺たちはダンジョンへ急いだ。
午前中に中断した40層から攻略再開。ダンジョン内部の通路を歩きながら、俺は気になっていたことをオルネに尋ねてみる。
「なあ、オルネ。魔法ってどうやったら使えるようになるんだ?」
「魔法ですか? ……さてはハルカ様、さっきの戦闘に影響されましたね?」
「……そういう面がないとは言わない」
一ゲーマーとして、あんなものを見せられたら奮起しないわけにはいかない。それに、彼らが7人でやったことを俺は1人でやろうっていうんだ。休んでいる暇なんてないし、できることはやっておきたい。加えて、アイテムによらないHP回復手段の確保はソロの俺にとって割と急務だ。そういう意味でも、魔法の習得は出来ればしておきたいことの1つである。彼らが使っていたのだから、この初心者の町でも魔法の習得は可能なのだろうし。
「…ハルカ様って、案外負けず嫌いですか?」
「うるさい。いいから教えろ」
「あ、図星ですか」
「…………」
「あー待って待って、ごめんなさいすぐ教えますからその今にも私を握り潰さんとする手の動きをやめてくださいぃっ!」
……意外と効くな、この脅し。今後も適宜使うことにしよう。
「えっとですね、魔法は基本的に魔導書によって習得します」
「ODと同じか」
「そうですね。ただ、ODでは魔導書を購入するだけで習得できましたけど、さすがにこの世界ではそうはいきません。この世界で魔法を使用するのに必要なことは、魔力による呪文の正確な刻印と詠唱です。それを魔導書によって習得するんですよ」
「……呪文の刻印?」
この間オルネが空中に書いていた、あの文字のことだろうか。
「はい。体内の魔力を指先に集中させて、空中に魔力で刻印を刻むんです。使用する魔法の属性によって集中させる魔力も異なりますし、指先に集中させるのにもコツが必要なので、習得にはそれなりに時間がかかりますよ」
さすがに一朝一夕でとはいかないか。
「魔導書にはその魔力集中のコツや刻印する呪文の書き方、詠唱の仕方など書かれていて、1つの魔法につき魔導書1冊。そして一番安い魔導書でも50000Aです」
「誰が買うんだよ」
とんだぼったくり商品だな。その魔法が使える人から習った方が断然いいじゃないか。
「それが買わざるをえないんですよねー」
「……どういうことだ?」
「だって、自分が50000Aも支払って入手した呪文とかコツを、タダで誰かに教えたいですか?」
「………あー」
そう言われると、確かに嫌だな。自分は大金支払って情報を入手したんだから、お前だってちゃんと金払って入手しろ、と思ってしまう。
「なので、パーティメンバー同士ならいざ知らず、そうでない人たちの間で魔力集中のコツや呪文に関する情報がやり取りされることはそうそうないんですよ。だから、魔導書を買わざるをえないんです」
納得。大金を払わないと得られない情報だから他人からは教えてもらえない、でも魔法はダンジョン攻略では必須だから魔導書を買わざるを得ない、と。よくできたシステムだな。
「あ、でも、私はハルカ様の案内役ですし、ハルカ様にはすぐに強くなってもらわないと困りますので、言ってくれれば魔力集中のコツでも呪文でもお教えしますよ。私が知っている魔法に関しては、ですけど」
「あ、そう」
すごくチートっぽいな、それ。……でもまあ、それで一体いくら浮くんだということを考えると………うん、ここはオルネの厚意に甘えさせてもらおう。
「……じゃあ、とりあえず魔力集中のコツから教えてくれ」
「了解です! じゃあ、各階層の階段前の小部屋まで移動しましょう。そこは魔物が出現しないセーフティエリアなので、比較的安全に魔法の練習ができます。ここからだと……この層のセーフティエリアに戻るよりも1つ下の層のセーフティエリアのほうが近いですね。さくっと階層ボスを倒して41層に行きましょう」
「了解」
いつ魔物に襲われるかわからない環境では魔法の練習に集中できないしな。
というわけで、40層のボスをサクッと倒し、下へ続く階段を降りてすぐの小部屋……セーフティエリアとやらへ。小部屋の端っこに陣取ると、オルネからのレクチャーが始まる。
「じゃあ、ハルカ様の希望通り魔力集中のコツからお教えしますね。まず、自分の身体の中を魔力の束が流れているのをイメージしてください。血液と同じように、心臓を基点として身体の端から端まで流れているイメージです」
「ん……」
言われたとおりにイメージしてみる。全身を血流が流れるように、白い光(魔力の色なんてわからないのでとりあえずそう仮定)が流れるイメージ。目を閉じてイメージし続けること約15秒、全身がほのかに暖かくなってきた。
「お、もう魔力の流れを掴みましたか。さすがハルカ様ですね。その、全身がほんのり熱を持つ感覚が、自身に流れる魔力を掴んだ感覚なので、よく覚えておいてください。次は、魔力の属性ですね。今ハルカ様が掴んでいる魔力の束の中に、6本の異なる魔力が流れているのをイメージしてください。それぞれ赤、青、黄、緑、橙、水色の6色の魔力の流れです」
「………」
今度は色の指定も入ったので先程よりもイメージしやすい。さっきイメージした白い光の中を6色の光が流れるのをイメージする。今度はすぐに、身体が熱くなる感覚がやってきた。先程よりも熱い。
「ありゃ、もうここまで……。普通は1ヶ月くらいかかるんですよ? ここまで来るの。いくら私が魔導書より格段にわかりやすく教えているからって、どれだけチートなんですか、ハルカ様は」
「………さらっと自慢してないでこの後どうしたらいいか教えろ」
ずっと魔力を掴んでいるせいなのか、段々熱さが増してきた。そろそろ限界だからさっさとどうしたらいいか教えろ。
「あ、それもそうですね。このままじゃハルカ様の魔力が暴走しそうですし、さっさと次の工程に行きましょう」
おい待てこら。魔力の暴走ってなんだよそれ聞いてないんだが。
「今度は、使いたい魔法の属性に合わせた魔力を指先から放出します。ハルカ様は炎属性の魔法を多用していたので、それでいきましょうか。利き手の人差し指のあたりを流れる赤色の魔力の流れに、針で小さな穴をあけるイメージをしてください」
身体の熱さが耐えきれないレベルになってきていたので、オルネの指示をすぐさま実行する。すると、穴をあけるイメージをした場所から鮮やかな赤い光の奔流が溢れ出すのがはっきり見えた。イメージなんかではなく、実際に指先から赤い光が溢れ出ている。そして同時に、今まで身体にたまっていた熱もそこからほどよく放出されたようで、身体には魔力を掴んだ時のようなほんのりとした暖かさが残る。
「これが魔力の放出のやり方です。あとはその溢れ出る魔力で空中に呪文を刻んで、同時に呪文を詠唱すれば魔法が発動しますよ」
「なるほどな」
思ったよりも難しくはなかった。もっと長い特訓期間とかが必要になると思ってたんだが、オルネの説明が非常にわかりやすかったからだろうか。まあその辺はさておき、あとは刻印・詠唱する呪文をオルネから教わって覚えれば、晴れて魔法が使えるようになるわけだ。……だがこれは、実は最初から知っていたりする。
「“刻む”」
右手の人差し指から溢れる赤い魔力で空中にグニャグニャとした文字の呪文を刻みながら、同時に呪文を詠唱する。
「え、ちょ、ハルカ様⁉」
驚くオルネは無視して、呪文に集中する。
「“其が示す属性は炎” “其が象る現象は槍”」
詠唱を進めるたびに、刻んだ魔力が一層赤く発光していく。そして。
「“起動” フレイム・ランス!」
最後に刻んだ”起動“の文字を押し込みながら、魔法の名前を叫ぶ。それを合図に、魔法が起動する。刻んだ呪文を中心に魔法陣が展開され、強く赤く発光する。やがて魔法陣の中心から紅蓮に燃え盛る槍が出現し、正面に向かって高速で射出された。燃え続ける槍は少し向こうの壁にぶつかると、そこそこの音量で爆発し、煙を巻き上げる。……これが、魔法……マジで俺が撃ったのか……。すげえ……!
「……な、ななっ、なにあっさり魔法発動してるんですかっ⁉」
自分の手から魔法が放たれたことに感動していると、オルネがものっそい勢いで迫ってきた。
「詠唱呪文に関しては英語ですし、ODにも登場していたと思うのでまあ知っていても一応おかしくはないんですけど、なんで刻印呪文まで知ってるんですか⁉ だってこれ、古代アテナ文字ですよ⁉ ハルカ様の世界には存在もしない言語ですよ⁉ そんなの一体どうやって……!」
「それはほら、アレだよ。ODの魔法発動時のエフェクト」
「あの1秒にも満たないアレを⁉ 間違いなく記憶した上に、完全再現⁉ ちょっとハルカ様の性能が予想以上過ぎて私混乱してきたんですけど!」
オルネが頭を抱えて叫びまくる。……そんなに異常なことをやったのだろうか、俺は。ゲーム内で何千、何万と見ていれば、たとえ1回1回は1秒未満でもなんとなくのかたちぐらい頭に入ると思うんだが。
「……すいません、取り乱しました。よくよく考えたら、ハルカ様の能力が頭おかしいレベルなのは、あのOD100層ボスをソロ攻略している時点でわかってたことでした。だからこそ即戦力になりうるということでこちらに転送したわけですし」
……頭おかしいは、ちょっと言いすぎなんじゃないだろうか。
「いちいち驚いていたら大変そうなので、もうハルカ様の異常な能力については驚かないことにします。それで、ハルカ様が刻印文字を記憶している魔法って、あとどれくらいあります?」
「ODにあった魔法なら、一応全部覚えてるが」
「……驚かない、驚かないですよー私は! えっと、じゃあ、C級からA級までの全ての魔法と、S級魔法の一部は既に発動できるってことですか」
「……なんだ、そのランクみたいなの」
ODにはそんな表示はなかったと思うが。
「そのまんま魔法のランクですね。先程の『フレイム・ランス』のような弱い魔法はC級、そこから威力や消費MPが上がっていくとB級、A級、S級、SS級とランクも上がっていって、一番上はL級です」
「ソシャゲかよ………。でも、SS級とL級の魔法はODに出さなかったんだな」
ODの魔法をすべて把握している俺が一部のS級魔法までしか使えないということは、そういうことだろう。
「あ、はい、そうですね。そりゃ、ランクが上がって威力が上昇すると、どうしてもエフェクトが派手で複雑になっていきますから。再現するの面倒なんですよ」
「またそんな理由かよ!」
ウルフのときも思ったが、あれだけグラフィックもキャラ操作もハイレベルなゲームが作れるんだから、もう少しくらい頑張れよ。
「あはは……まあ、その話は置いておきましょう。ちなみにハルカ様、補助呪文に関しては説明が必要で?」
「いや、そっちも覚えてるから平気だ」
補助呪文とは、文字通りそれを呪文に加えることで魔法に様々な効果を付与できる呪文のことだ。例えば“強化”という補助呪文なら魔法の威力・効果が上昇し、“追尾”という補助呪文なら魔法を避けようとする敵を自動追尾してくれる、というような感じだ。1つの魔法に対して何度でも重ね掛けすることができて、そのぶん威力や精度、効果時間なども上昇する。が、補助呪文だって当然MPを消費する。例えば“強化”なら『使用魔法の消費MP×0.2』のMPを追加で消費する。わかりやすく言えば、先程発動した『フレイムランス』は消費MPが30だが、呪文に“強化”を加えると、消費MPが36になるぶん威力が増大する、ということだ。倍率は補助呪文によって決まっていて、強力な効果のある補助呪文ほど、当然その倍率は高くなる。
「……説明完璧ですね。私のお株が……」
「サラッと人の心の声を読むな」
そんな魔法あっただろうか。それともオルネの特殊能力か何かだろうか。……後者だと厄介だな。
「ま、まあとにかくっ。これでもうハルカ様に魔法について教えることはありませんね。あとは実戦レベルで使えるようになるまで練習あるのみです!」
「……え、まだ実戦レベルじゃないのか?」
さっきのやつ、割と完璧に撃てたと思ったんだが。
「当たり前ですよっ。ハルカ様は魔法1発撃つのにどれだけ敵に隙を見せるおつもりですか? 私の説明が入ったとはいえ、魔力集中から魔法発動まで1分近くかかりましたよ?」
「………そっか。それもそうだな」
なんで気付かなかったんだろう。俺はソロなんだから、魔力集中したり呪文を刻印している間は完全に無防備になってしまうじゃないか。
「ハルカ様の場合、走ったり跳んだりしながら魔力集中・呪文刻印・呪文詠唱ができるくらいまで頑張らないと実戦では使えないですね」
「……ハードル高っ」
まあ、ソロで敵に隙を見せるわけにはいかないから、当然そうなるんだろうけどさ。現状、ただでさえ1分近くかかっているものを移動しながらこなすようになるまでは、一体どれほど練習すればいいのやら。はあ、やっぱり魔法は一朝一夕では身につかないな。
魔法の練習はまた後ですることにして、ダンジョン攻略を再開する。だが、魔法など使えなくてもまだまだ戦闘が余裕である事実は変わらず、あっという間に1つ目の節目、50層に到達した。
「ここからは、いよいよヒト型の魔物『ダンジョンナイト』が登場します。出現率は他の魔物と同じなので4分の1ですが、出てくるとなかなか厄介です。ODに登場するものとは少し異なるので説明しますね。まず、この魔物は剣を持っていて、それで攻撃してきます。素早さも、ウルフ系ほどではないですがそこそこ高いです。そして、ここからがODと違うところですが、ナイトはこちらの攻撃に対して防御行動、回避行動をとることがあります。若干ですが、知性が備わってるんですね。まあ、ハルカ様の敏捷なら当たらないことはまずないと思いますけど、HPもそれなりにありますし、鎧を着ていてダメージも通りにくいので一撃では倒せないと思います。なので、あまり軽率な攻撃は控えてください。攻撃後の隙をサクッとやられる可能性もありますので」
「了解」
アドバイスに頷き、50層を歩き出すと、ほどなくして件の『ダンジョンナイト』が姿を現した。ありがたいことに単体だ。
まずは敵の出方をうかがう。フルフェイスの装備で顔が見えないそいつは、両手で持った剣を上段に構えてこちらに駆けてくる。確かにオオカミほどではないが、アリやクモに比べれば断然早い。しかし敏捷3倍の俺からすればまだまだ余裕だ。軽いステップでその攻撃を避け、がら空きの背後に一太刀。今までの魔物であればここでHPがゼロになっていたのだが、ナイトは違った。まだ4分の1くらいは残っている。そして、振り返りざまに横薙ぎの一撃を放ってきた。オルネの助言を聞いていた俺はこれをバックステップで余裕を持って躱し、攻撃直後で無防備なボディに剣を振り、ナイトを倒す。
「あっさり倒しましたねー。まあ、今くらい冷静に戦えていれば大丈夫でしょう。では、油断はせずに先に進みますよ」
戦闘では一切役に立たないくせに妙に偉そうなオルネの案内で最短ルートを辿りつつ、攻略を進めていく。ナイトを倒すのに二撃必要なので今までより多少攻略に時間がかかるが、それでもまだまだ余裕の戦闘が続くのでペースはさほど落ちることはなく、52層のボスを倒すところまで進んだ。
宿に戻ってステータスを確認すると、レベルが30になっていた。ソロ攻略の成長速度恐るべし。……まあ、初期ステータスがチートだった俺ぐらいしか、こんな所までソロ攻略なんてできやしないのだろうが。
「うは。相変わらずアホみたいな成長速度ですね」
後ろから俺のステータスを覗き込んだオルネがそんなことを言う。
「アホみたいってな……」
「だって実際、こんな速度で成長する人今までにいませんし。今までの最速記録をぶっちぎりで更新してますよ」
そりゃ、ソロ攻略が俺しかいないのだからそうなるだろう。経験値が分散しないで全部俺に入ってくるわけだし。
「この感じなら、180層までソロでも全然大丈夫そうですね」
「……なあ、やっぱりアイツらと組まなきゃダメか?」
180層までソロでも大丈夫だとこの案内役が言うなら、もう20層くらいソロでもいけると思うんだが。そこで得られる予定の経験値が、最終的に組むつもりなんてない人たちとのお試しパーティで3分割されてしまうのは、なんだかもったいない気もするし。
「……ハルカ様がパーティを組みたがらない理由は、理解しました。だから私も、今後はあまり無理強いはしません。ですが、クレア様たちとのお試しパーティは既に約束したことですから」
勝手に約束したのはお前だがな。
「……な、なんですかその目は……」
「……いや、別に」
「とか言いながら右手をにぎにぎするのはやめてくれませんか⁉ その右手その後どうするんですか⁉」
……まあ、自分が納得するまでは永遠に付きまとってきそうな感じだからな、あのお姫様。この機会は逆にチャンスだととらえて、しっかり俺のことは諦めてもらってアイツと縁を切るのが最善策か。
そうと決まれば、明日からもせっせと攻略を進めなければ。なんせ期限まではあと12日しかないし。
「……まったく、お前が2週間とか言わなければもっとゆっくり攻略できたものを……!」
「ぎゃーっ! やっぱりこうなりましたーっ!」
3日後。時間の許す限りダンジョンに潜り続けていたので、恐ろしいはやさでファーストダンジョンの折り返し地点、第100層に到達した。ここからはまた新しい種類の魔物が出現するようになるらしい。
「この層から登場するのはビーストですね。あの、2足歩行のゴリラみたいな魔物です」
……ああ、あいつ。何気に素早い上にパワーが今までの敵とは桁違いなので、意外と厄介な敵だろう。
「ダンジョンナイトと違って防御行動や回避行動はとりませんが、そのぶんこちらの攻撃にも構わずに突っ込んできますので、注意してくださいね」
捨て身で突っ込んでくるってことか。その一撃はかなり重いだろうし、慎重に行くとしよう。
今までよりもやや慎重になりつつ、最短距離でボス部屋を目指していく。2回ほど角を曲がったところで、そのビーストとご対面した。こうしてみると意外とデカい。隣にダンジョンナイトも立っているのだが、そのナイトよりも2回りくらいデカい。全身ムキムキの筋肉がそう感じさせるのだろうか。
などと考察している場合ではなかった。俺と目があった瞬間、ビーストはその目を赤く光らせてこっちに突進し始め、隣のダンジョンナイトもその後を追って迫ってくる。あっという間にこちらとの距離を詰めたビーストが放つ右腕の横薙ぎを、俺は上空へ跳ぶことで回避する。そのままビーストの頭の上を跳び越えると、その後ろを走っていたナイトに狙いを定め、上空から落下の勢いも使い、右手に握った剣をナイトの頭に振り下ろす。直前でナイトも剣を構えて防御を試みたが、落下の勢いも乗った俺の剣は受け止めきれず、後方に弾かれる。そのままダンジョンの壁に激突し、ゲージが半分くらい減る。それを確認すると、すぐさま前方に跳ぶ。直後、今まで俺がいた場所にはビーストの巨大な拳が突き刺さっていた。
「なんで今のをノールックでよけられるんですか……⁉」
「……まあ、気配とか。結構わかりやすかっただろ」
「気配⁉」
オルネにそう返しつつ、拳を固い地面に突き刺したことで若干腕が痺れているらしいビーストの隙を逃さず、懐に潜り込んで下から斬り上げる。すかさず二撃目に移ろうとしたところでビーストが拳を引き戻したので、バックステップで射程外に出る。その背後で、そこで待ち構えていたかのようにナイトが剣を振りかぶった気配がした。これは……袈裟切りか!
そう判断するや否や、左足で地面を蹴って右にサイドステップ。同時に身体を180度反転させ、その勢いのまま剣を横に薙ぐ。読みは当たり、袈裟切りをスカした体勢のナイトを、俺の剣が真横から叩き切った。それでナイトのHPはゼロになり、空気に溶けるようにして消える。残すはビーストのみ。共に戦っていたナイトを失ったことへの悲しみなのか、ビーストが大きく雄叫びをあげると、今までにない速さで俺に向かって迫ってくる。だが残念、あまりに単純だ。
最初の一撃のときと同じように、俺はビーストの突進を上空に跳ぶことで躱す。頭の上すれすれを通過したあたりで、身体を反転。無防備な首裏に、渾身の一撃を叩き込んだ。それでビーストのHPゲージはゼロになり、ナイト同様空気に溶けるようにして消える。
「……ふう」
着地と同時にそれを見届け、右手で額の汗を軽く拭う。これまでよりもずっと戦いらしい戦いだった。こう、一気に戦闘レベルが跳ね上がった感じ。でもまあ、まだまだ余裕はありそうだ。
「……ハルカ様は、武道の達人かなにかでしたっけ?」
「なんでそうなる」
「だってそうでもないとおかしいじゃないですか! どうやったら気配だけで斬り方までわかるんですか⁉ ちょっと化け物の域を超えてますよ⁉」
化け物よりさらに上なのか……せめて、人間の域を超えてるくらいにしてほしかったな。
「……まあ、負の遺産みたいなものだ」
「………負の遺産?」
「ああ。一言で言えば、義理の父親が理由だ」
高三重のクソ野郎が暴力ばかりのクズだという話は前にもしたと思うが、アイツは想像以上にクズである。俺だって何度も何度も殴られていれば多少学習はするもので、身体へのダメージが少ない受け方を覚えたり、衝撃を弱めるためにあえて自分から吹っ飛んだりといったことをするわけだが、そうなると面白くないのがクソ野郎である。俺を殴ってもあまり効いていないとみるや、俺に目隠しするよう要求してきた。目が見えない状態ではどこから拳が迫ってくるかわからず、最初のうちはいいように殴られ続けた。だが人間不思議なもので、何度も受け続けるうちに、なんとなくだがどこから拳が来るかが感じ取れるようになってきたのだ。別に第六感が目覚めたとかではなく、視界を塞がれたことで他の感覚が鋭敏になり、わずかな物音や空気の流れの微妙な変化を感じ取れるようになった、ということなんだと思う。そう意識したらクソ野郎の拳は見えているも同然だった。そうやってクソ野郎によって身に付けさせられた技術が、皮肉なことに今こうして俺の身を助けているというわけだ。
「……それは確かに、あまり好ましい方法で得た技術とは言えないですけど……。でも、すごい技術じゃないですか! それができるなら、このファーストダンジョンで死ぬことはまずないと思いますよ!」
「……そうか」
だがまあ、安全にダンジョン攻略が進められるというのなら、そんな俺の過去も無駄ではなかった、ということか。結果的にクソ野郎のおかげということになってしまうのは大変癪だが。
「……ところで、オルネ」
「なんです?」
「この、腐った肉みたいなのはなんだ?」
ビーストを倒した場所に落ちていたそれを指さしながら尋ねる。
「ああ、『ビーストの肉』ですね。ビーストがよく落とすドロップアイテムです。やりましたねハルカ様、第100層にして初のドロップアイテムですよ!」
……ああ、これドロップアイテムか。ここまで100層、マジで縁がなかったのですっかり忘れていた。
「これ、食えるのか?」
ODには食べ物系のドロップアイテムがなかったので、この『ビーストの肉』がどういうアイテムなのかわからない。
「……加熱調理すれば食べられなくもないですが、あまり美味しくない上に6割の確率で中ります」
「……なに、そのクソアイテム」
食べても何も得しねえじゃねえか。
「はい。だから、基本的には家畜の餌にするアイテムですね。換金ショップで売ればアージェントに換金できますよ」
「………換金ショップ?」
「不要なアイテムをアージェントと換えてくれるお店ですね。今日は少し早めに攻略を切り上げて、帰りに寄ってみますか」
「そうだな」
クソアイテム……もとい『ビーストの肉』をアイテムボックスにしまい、ダンジョン攻略を再開する。第100層の階層ボス、ビースト・ネオがやたらとデカかったこと以外は、特に何事もなく進行していく。第102層の階層ボスを倒したところで、予定通り早めにダンジョン攻略を切り上げ、換金ショップとやらに向かう。プレミエルの中心付近にあるその店は、意外と混雑していた。
「結構混んでるな……」
「まあ、ハルカ様と違って皆さんバンバンアイテムがドロップしてるはずですからね。そりゃ、不要なアイテムもたくさん出てきますよ」
「……今、さらっと馬鹿にしなかったか?」
「いえいえ、そんなことないですよ?」
「……………」
すっとぼけるオルネにジト目を送りつつ、待機列の最後尾に並ぶ。店の中には受付が何か所もあるようで、回転率は思ったほど悪くはなく、ほどなくして順番が回ってくる。
「いらっしゃいませ! 本日はなにを換金なさいますか?」
「これを」
受付のお姉さんの指示に従い、『ビーストの肉』をアイテムボックスから召喚する。
「『ビーストの肉』1つですね。まだ新鮮ですので、5Aで買い取らせていただきます」
…………ビースト安っ。新鮮なのに5Aにしかならないのかよ。
「『ビーストの肉』、たくさん採れますからねぇ。むしろ10体以上ビーストを倒して一つしかドロップしないハルカ様のほうが異常ですよ」
「異常言うな」
オルネとそんなやり取りをしつつ、受付のお姉さんから5Aを受け取り、換金ショップを後にする。まあ、自分で食べてもデメリットしかないし、金になっただけマシか。
その後、宿に戻ってステータスを確認してみたら、幸運の値が微妙に一だけ上昇して13になっていた。幸運というのは、アイテムがドロップするほど上昇する値なのだろうか。だとしたら、俺の幸運は一向に上がらないことになるのだが。
「……もう、諦めましょうよ、ハルカ様」
「……余計なことを言うのはこの妖精か」
「ぎゃあ! つ、潰れるっ! 潰れちゃいますからぁっ!」
……だがまあ、別に何か対策ができるわけでもないし、アイテムがドロップするまで気長に頑張るしかないのか。