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Over the Dimension  作者: 古河 聖
伝説のプロローグ
2/9

第二章 ダンジョンとクレア・オリエント

「……これがダンジョンか……」

 プレミエルの街を30分かけて突っ切って西側から外に出て、そこから舗装された道を歩くこと5分。ようやく目的地にたどり着く。巨大な岩をくりぬいてできたような、人が出入りするにはあまりに大きすぎるその入り口は、入ろうとする者を圧倒する荘厳な空気を纏っていた。

「まあ、とりあえず入りましょう」

 オルネに促され、俺はその入り口に足を踏み入れる。入り口の先はすぐに階段になっており、その螺旋状に続く階段をおりて行けば、やがて広い空間に出た。どことなく見覚えがある。多分、ODダンジョン第1層の、一番最初の小部屋だ。ギルドから第1層に跳んだら、確かここに出るはず。

「ダンジョンの中は、迷路のようになっています。ここは、各階層にいくつか存在する小部屋の1つですね。……って、ODで見てるので知ってますよね」

「まあ、な」

 しかし、第1層を訪れるのなんてODを始めた当初の2年10ヶ月前以来だ。ODではギルドから行きたい階層までショートカットができたからな。どの道が次の階層に通じてたかなんて、さっぱり覚えていない。

「……オルネって、ダンジョン内の地図とか把握してたりしないのか?」

 いちいち階段を探すのは面倒なので、ダメもとでオルネに尋ねてみる。

「してますよ? 現在探索済みの階層は一通り。道案内はするつもりでしたが、しないほうがいいですか?」

「いや、ぜひよろしく」

 さすが案内役。ナイス。

 というわけでオルネの案内で、最初の小部屋を出て迷路の中に足を踏み入れていく。層が深くなるほど複雑になる造りのはずなので、第1層はさほどやっかいな造りはしていない。何度か十字路を折れ曲がり、片手の指の数ほど、ダンジョンウルフとかいう、ワイルドウルフを少し赤くしたような感じの魔物と出くわしただけで第1層ボス部屋へとたどり着いてしまった。

「……ダンジョンってこんな狭かったか?」

「第1層ならこんなものですよ。深くなればなるほど広域かつ複雑になっていきます」

「そうか……」

 OD深層の広さに慣れきっていたから感覚がおかしくなっていたのか。

「まあ、とりあえずボス部屋に着いたわけですし、サクっと倒しましょう」

「そんなノリで挑むものなのかよ」

 一応階層ボスだろ。

「大丈夫ですよ。確かにここはODの元になったダンジョンですが、元にしたのはダンジョンの内部構造だけです。ODに出てくる魔物や階層ボスはクリア難易度調節のために恐ろしく強めに設定されているので、そこまで身構えなくて大丈夫ですよ」

 そうなのか。というか、ODに出る魔物や階層ボスは強化されていたのか。よかった、あれが初心者用の難易度ではなくて。

「じゃあ、行くか」

「はい」

 ボス部屋の扉を開……こうとしたが、鍵がかかったようにびくともしなかった。

「あー。誰か別の人が挑んでるみたいですね。別の誰かが階層ボスと交戦中だと、パーティを組んでいる人が中にいる場合を除いて、扉が開かないんですよ。だから、しばらくは待機ですね」

 ああ、そういえばODでもそんなシステムだった気がする。深層だとボス戦に挑むパーティの数もかなり少なく、しばらく活用されていなかったので忘れていた。

 待つことほんの数分。ガシャンという、まるで鍵が外れるような音が響いた。おそらくボス部屋が空いた合図なのだろう。軽く扉を押してみれば、今度はなんの抵抗もなく開いた。

 部屋に入り、中ほどまで進むと、扉がひとりでにしまり、正面にボスと思しき魔物が出現した。

『ダンジョンウルフ・ネオ Lv1』

「……ネオ?」

「通常のダンジョンウルフよりも一回り大きいのがこのネオ種です。階層ボスということで、入る経験値は普通の種よりかなり多いですよ」

「なるほど。……ちなみに、ワイルドウルフとダンジョンウルフは体色以外に何か違うのか?」

「いえ、特には。出現する場所と体色が違うだけで、能力は変わらなかったはずです。ODではすべてワイルドウルフで統一してましたっけ」

「ああ。……でも、ダンジョンウルフがいるならこっちに統一した方が名前的によかったんじゃないか?」

 ODには地上フィールドないわけだし。

「それはそうなんですけど、ほら、ダンジョンウルフってちょっと赤っぽい色してるじゃないですか。その点、ワイルドウルフは真っ白なので、彩色が楽かなー、みたいな」

「そんな理由かよ」

 などと会話をしている間に、ダンジョンウルフ・ネオを倒し終わった。本当に、さっき戦ったワイルドウルフに毛が生えたレベルの強さだった。雑談しながらでも勝てるとか、どんだけ弱いんだよ。剣の使い心地もろくに確かめられなかったぞ。

 ボスが空気にとけるようにして消えると、その奥にあった扉が自動で開く。その向こうには下層へと続く螺旋状の階段があった。

「時間的にはまだ平気か?」

「ぜんぜん余裕ですよ。まだダンジョンに潜ってから10分しか経ってませんし」

 まだそんなもんなのか。じゃあ、このまま第2層に行くか。

 階段をおりて第2層。第1層とあまり変わり映えしない。道中、第1層よりは魔物とエンカウントしているが、5秒もしないうちに戦闘が終わる。攻撃にプラス補正でもかかるのか、購入したこの剣で一撃入れただけで敵が倒れていくのだ。あと、敏捷3倍のコートを身に纏ったせいか、魔物の動きが遅すぎてやばい。正直つまらないが、身の安全を考慮すればこれぐらいでいいのかもしれない。

 あっという間に第2層、第3層……と攻略していき、第8層に辿り着いたところでオルネがストップをかけた。

「時間的な理由もありますけど、初日なので今日はこの辺までにしましょう。ハルカ様、徹夜明けな上に何も食べてないですもんね」

 ……そういやそうだな……よく平気だったな、俺。

 というわけでその言葉に従い、来た道を引き返そうとして、再びオルネにとめられた。

「ダンジョンから出るときは、『インタラプト』という魔法を使用してください。この世界の人ならだれでも使える魔法で、呪文詠唱やMPがなくても発動できます。ダンジョン内で使用するとダンジョンの外に出ることができて、ダンジョンの前で使用するとそのダンジョンで行ったことのある層の最初の小部屋に飛ぶことができます。普通に引き返すと、再び階層ボスを倒しながら帰らなければならないですし、移動時間もかなりかかるので面倒なんですよ」

「ふーん……」

 オルネの説明を聞きつつ、インタラプトと念じてみる。が、何も起こらない。アージェントボックスやステータスと違って念じるだけではだめなのか。

「インタラプト」

 口に出してみると、視界が一瞬白く染まり、直後にはダンジョンの外の景色が目に飛び込んできた。振り返れば、数時間前に入った荘厳な入り口がある。本当に外に出てきてしまった。魔法って凄いな。

「上手くいったようですね。では、宿に戻りましょう」

 俺に遅れること数瞬、同じようにインタラプトで移動してきたオルネと共に宿を目指す。宿に着く頃にオルネに時間を尋ねれば、6時半と返ってきた。もう1層行っていても十分間に合ったと思うが……まあ、向こうの世界から数えて30時間以上動きっぱなしで休みたいのも事実だし、そんなに急いでダンジョンを攻略する理由もないので、結果的にはこれでよかったか。カウンターで鍵を受け取り、104号室に入る。紅いコートの胸ポケットに入っていたオルネが出るのを確認し、俺はベッドに腰掛けてステータス画面を開いた。

『ハルカ・タカミエ

 Lv:10

 年齢:18

 職業:無職

 種族:人間族

 所持A:1080A

 経験値:3400/3600

 HP:712/712

 MP:538/538

 筋力:569(+50)

 知力:944

 敏捷:590(×3.0)

 防御:298

 命中:537

 幸運:12

 装備:シングルソード、黒インナー、クリムゾン・コート、黒ズボン、靴下、スニーカー、トランクス

 攻略履歴:1D/8L』

 どのステータスもかなり伸びている。やはり伸び率がいいのは知力と敏捷か。まあ、ODではステータス値は5桁までいったし、まだまだなんだろうが。幸運は相変わらずか。どうりでドロップアイテムがちっとも出ないわけだ。オルネも不思議がってたし。ここまで魔物を狩り続けて1つもドロップアイテムがないなんて異常だ、って。

 まあ、幸運の話はいいよ。それよりも、ステータスの最後に現れたこいつだよ。

「なあ、オルネ。この攻略履歴って何だ?」

「現在、世界各地にはファーストダンジョンからトゥエルフスダンジョンまであって、そのどのダンジョンをどの層まで到達しているかを表示してくれるんです。ダンジョン番号は、そのダンジョンの難易度順ですね。ちなみにDはダンジョン、Lはレイヤー、つまり層を表しています」

「ふーん」

 俺はさっき、初心者用のダンジョン……ファーストダンジョンの第8層まで辿り着いたから、こうして記録されている、と。

「パーティを組んで攻略した場合はその旨も記載されたりするんですよ」

「へー……」

 どんな感じで表示されるのか見てみたい気もするが、この世界でも誰かとパーティを組むつもりはないので諦めるしかないか。


 20時まで適当に時間をつぶし、食堂で夕飯をとった後(そこそこ美味かった。料理の見た目も向こうの世界とあまり変わらなかったし)、いよいよ風呂である。

「オルネって、風呂入るのか?」

「入りますよっ! 当たり前じゃないですかっ!」

「いや、それはそうなんだろうけどさ……そうじゃなくて、人間用の深さの風呂に入るのか、って意味だったんだが……」

「ああ、そういうことですか。まあ、入れなくはないですが、ずっと立ち泳ぎで疲れるので、できれば桶とかにお湯をすくってもらったところに入りたいです。あるいは、人間と同じくらいの大きさになることも可能ですけど」

「へぇ……って、え?」

 ……今、なんと?

「あれ、言ってませんでしたっけ? 妖精族は人間の姿をとることができるんですよ。あまり燃費がよくないので、こっちの姿の方が楽ですけど。なんならお見せしましょうか?」

 聞いてねえよ……。

「まあ、見せてくれるなら見てみたいが」

「じゃあ、変身しますね」

 そういうと、オルネが白い光に包まれた。その光は徐々に大きくなっていき、やがて俺より少し小さいくらいのサイズまで肥大したのち、光がはじけ飛んだ。

 そこに現れたのは、金髪の美少女だった。十数センチではあまりわからなかったその容姿が、今ははっきり見て取れる。蛍光灯の光を鮮やかに反射する金髪。あどけないながらも十分に整った顔立ち。ともすれば天使のようにも見える純白の衣に、それをわずかに押し上げる見た目相応の胸部。服から覗く色の薄い手足はすらっと細長く、これで身長が高ければ完全にモデルというレベルだ。背中の4枚の羽根も身体同様大きくなっているが、さすがに人間サイズになると飛べそうにはない。

「一応これが私、オルネリア・ディーヴァの人間モードです。エネルギー消費が激しいので維持するのは1時間が限界ですし、空を飛ぶこともできなくなりますが、そのぶん魔法の威力が4倍になります。言うなれば、超攻撃モードみたいなものですね」

 いくつかのデメリットと引き換えに攻撃力と美少女力を上げるわけか。

「……で、結局風呂にはどっちのモードで入るんだ?」

「そうですねー、せっかくこの姿になったわけですし、このまま入りたいと思います」

「そっか。なら、先入って来い」

 人間モード、1時間しかもたないらしいからな。オルネが先に入る方がいいだろう。

「いいんですか⁉ じゃあ、お言葉に甘えて一番風呂いただきますねっ!」

 そう言うと、オルネは光の速さで浴室へと駆け込んでいった。…そんなに入りたかったのか。あいつは終始上空を漂っていただけで、大して汗はかいてないはずなんだが……空を飛ぶというのは意外と汗をかくのだろうか。羽根のない俺にはわからない。

 しばらくすると、浴室の方から鼻歌が聞こえてきた。よく聞けば、ODのBGMだ。結構壁薄いな、浴室。もうちょっとどうにかしてほしいんだが。……って、ここ元々1人部屋か。そりゃ、壁の薄さは考慮されてないよな。2人(?)なのに1人部屋で誤魔化している俺たちが悪い。

 仕方なく耳を塞いで無心で耐えること30分。出てきたオルネと入れ替わるように浴室へ向かう。露天風呂は予想に違わず最高だった。初心者の街にこれだけのものがあるとなると、この先の街への期待も高くなる。こういうのも、この世界の楽しみの1つかもしれない。


 風呂上り。特にすることがないので、明日に備えて早めに寝ることにする。ちなみにオルネは既に妖精モードに戻っており、ベッドの枕に全身を投げ出して寝ている。そこに寝られると俺が枕使えないだろ、と何度も抗議したのだが、この案内役は聞く耳持たずでさっさと寝やがった。仕方ないので、俺はその枕をベッドの脇に下ろし、枕なしの状態で寝る体勢に入る。

 ……怒涛の24時間だった。バイト帰りの午後10時から、OD第100層ボスとの戦闘を始めて、半日かけて倒しきって、異世界にやってきて、魔物と戦って、ダンジョンに潜って……。

 多分、俺にとって一生忘れることのない日になるだろう。

 そんなことを考えていれば、徹夜状態で魔物と戦ったりした俺の瞼はあっという間に限界を迎え、深い眠りへと落ちていった。


 翌朝。窓から差し込んできた光に目を覚ます。ベッドから体を起こし、辺りを見回す。あれ、ここはどこだ? と10秒ほど考え込み、ようやくここが異世界だったことを思い出す。

(そうか……俺、異世界に来たんだった……)

 ベッドの脇を見やる。予想に違わず、枕の上でオルネが安らかな寝息を立てていた。こいつも昨日はの案内で疲れたのだろう。俺が初の次元間転送者ということは、昨日はその案内役・オルネの初仕事ということにもなる。それなりに気を張っていたはずだ。

(お前も大変だな……)

 とか思いながら見下ろしていると、ちょうどオルネが目を覚ました。

「…………誰?」

 寝起き第一声はそれだった。

「誰って……遥だが」

「ハルカ? ……ハルカ…………ってああ! ハルカ様でしたか!」

 ようやく思い出したのか、枕から跳ね起きるオルネ。

「すいません! すっかり忘れていました!」

「……まあ、別にいいよ」

 俺も寝起きの一瞬はここが異世界なのを忘れてたし。寝起きってそんなもんだよな。


 朝食を済ませ、街に繰り出す。本来ならさっさと本日の宿を確保したいところなのだが、昼の12時以降でないと宿をとれないらしいので、それまではプレミエルかファーストダンジョンで時間をつぶさなければならない。

 まず最初に向かったのは、昨日とは別の武器屋。昨日のように初心者用の店ではなく、この街を出て次のセカンドダンジョンへ向かう人たちが利用する武器屋らしい。昨日の店では俺サイズの片手剣が売ってないので、こうしてこちらに出向いたというわけだ。目的は、予備の武器の確保。昨日は金銭的な理由(ちなみにまだ返済できていない)で最低限の装備しか整えなかったが、俺はソロなので本当なら武器の予備や回復アイテムなどは所持しておきたい。特に後者。

 店内で片手剣を物色する。長さは問題ないんだが、剣の目利きなんかできないのでどれにしたらいいかわからない。

「どれがいいんだろうか?」

 困ったときの案内役、ということでオルネに尋ねてみる。

「ピン、ときたのがいいと思います」

「なんだそれは……」

 案内役の適当なアドバイスにげんなりしつつ、片手剣を眺めていく。いくつもの剣が傘立ての中の傘のごとく無造作にささった入れ物の隣にポツンと置かれた剣が目に留まった。近くに貼られた札には『スカーレット・ブレード』とだけ書かれている。値段等は特に書いていない。俺は誘われるように手を伸ばし、その剣を手に取った。

 途端、今まで何の変哲もなかった刀身が緋色の光を放ち始める。

「……え、何これ」

「おっ、さすがハルカ様! これはですね……」

 発光し続ける剣についてオルネが解説を始めようとしたところ、店主と思しきドワーフのおっさんがやって来た。ドワーフ率高いな、武器屋店主。

「おい坊主! アンタにこの剣が反応したのか⁉」

 何やら随分と興奮した様子で店主が尋ねてくる。

「あ、ああ……持った途端、光り出したんだが……一体なんなんだ?」

「こいつは意思を持つと言われる特殊素材『スカーレット・クリスタル』を使って生成した武器で、自分を装備するのにふさわしい奴が手に取ると緋色に発光してその真価を発揮するっつう特性があるんだ。意思を持つと言われる所以だな」

「ふーん……」

 つまり俺は、この剣に選ばれたというわけか。……悪くないな。

「これ、いくらだ?」

「お代なんかいらねえよ。10年間店頭に飾って、何人もの冒険者が握っていったが、ピクリとも反応しなかった代物に、ようやくふさわしい所有者が現れたんだ。あんたがその剣で戦って有名になってくれることが、何よりの代価だよ」

 そう言っておっさんは、カウンターの方へ戻っていった。

「……いいのか?」

 本当にもらっていいのか不安になりオルネに尋ねてみると、解説役をとられた彼女はやや不機嫌そうにしながらも答えてくれた。

「……本人がいいって言ってるならいいんじゃないですか? それに、スカーレット・クリスタル産の武器や装備はかなり貴重ですよ? あの結晶、どんなに腕のいい鍛冶師でも加工成功率が1%にも満たないんです。上級冒険者が集まる街などでは普通に売ってたりしますが、軽く8桁くらいしますよ?」

「……は……?」

 これ、そんな高価な武器なの……? なんでそんなもんがこんな駆け出しの街に置いてあんだよ。誰も買えないだろ。

「多分、偶然素材が手に入って、偶然生成に成功してしまったんでしょうね。でも、この武器が正規の価格で売れる街へ行くにはかなり危険な地上フィールドを突破しなければいけませんから、仕方なくこの店に飾っておいたのでしょう。それで、この武器が反応した客にプレゼントしようということになったのではないかと」

 疑問が顔にでも出ていたのか、オルネが推測混じりにそう返してくる。まあ、考えられる理由としてはその辺が妥当だろうな。

「だからまあ、ここはありがたく厚意に預かりましょう」

「……おう」

 代金をきちんと支払うとなると、一体何年かかるかわかったもんじゃないしな。

 というわけで、あの店主のためにもこの剣でしっかり功績をのこすことを誓い、今度はお隣の道具屋へと向かう。ソロプレイに限らず、回復アイテムの所持は必須だ。パーティにヒーラーでもいればその限りではないのかもしれないが、それでもヒーラーに何かあったときのために所持しておくのが常識だろう。

 店に入り、まずはポーションを確認する。ODと同じで、回復量200で一つ30A。今のHP最大量からすればこの程度でも十分だろうと判断し、いくつかを手に取る。万が一に備えてということで、一応ハイポーション(回復量500で100A)もひとつ買っておく。あとは、状態異常を回復できるアイテムを少々。ソロプレイだと状態異常はかなり怖いからな。

 支払いを終えるころには、それなりの量になっていた。しかし、アイテムボックスと念じるだけですべて解決。このシステムが意外と便利なことに今更ながら気付く。普通に持ち歩くのではきっとかさばって大変だろう。


 装備品の調達を終えてもまだ9時前だったので、ダンジョン攻略に繰り出すことにする。昨日と同じように街の西から出て、ファーストダンジョンに赴く。辺りを軽く見渡せば、同じような目的の冒険者がちらほらいる。年齢層はかなり俺より低いが。

「ファーストダンジョンって、何歳ぐらいから潜るんだ?」

 ふと気になったので、そばを漂う案内役に尋ねてみる。

「6歳ぐらいからですね。それで、冒険者志望なら18歳くらいでダンジョンボスを攻略して次の街に行くのが一般的です。ハルカ様の世界で言う、学校に近いかもですね。ファーストダンジョンは言わば、この世界の子供たちが魔物との戦い方を学んだり、信頼できる仲間を探すための場所ですから」

「ふーん。じゃあ、今の俺でもステータス的にはファーストダンジョンは攻略できるわけか」

「そんなに簡単ではないですよ。5人ほどのパーティを組んで、10年近い戦闘経験があって、その上全員がしっかり役割分担をして、初めてファーストダンジョン200層のボスは倒せるんです。いくらOD最強ソロプレイヤーのハルカ様でも、この世界をソロ攻略で進めるのはあまりお勧めしませんよ」

「……ご忠告どうも」

 そう返事はしたものの、俺はやはり誰かとパーティを組むつもりはなかった。


 ファーストダンジョンに到着すると、無駄に大きな入り口の傍に俺と同年代くらいの女子が2人佇んでいた。かたや動きやすそうな軽鎧を身に纏った、見るからに活発で気の強そうな金髪美少女、かたや緑のローブを羽織った、いかにも気の弱そうな感じのやや幼い茶髪美少女。随分とアンバランスに見える2人組だったので、思わず目がいってしまった。そして、それがよくなかった。金髪の方と目が合ってしまった。

「アンタたち、2人パーティなの?」

 初対面の人物をいきなりアンタ呼ばわりしやがった金髪は、どうやら俺がオルネとパーティを組んでいると勘違いしているらしい。

「いや、ソロだが」

「ソロ? じゃあ、そっちの妖精は?」

「戦闘能力皆無の案内役です」

 自分で言っちゃうんだ……。

「ふーん……まあ、細かいことはどうでもいいけど。それでアンタさ、他に組んでる人がいないならあたしたちと組まない?」

「は?」

 初対面で、しかも互いの名前も知らないこの状況で、彼女はいったい何を言っているのか。

「アンタ、あたしたちと同じ18ぐらいでしょ? ってことは、ファーストダンジョンの攻略も終盤よね。しかもソロ攻略ってことは相当強いハズ。あたしたちも2人でかなり深層まできてるんだけど、さすがにそろそろ2人じゃ厳しくなってきてねー。だから、パーティメンバー増やそうってなって」

 ……なるほど。年齢と攻略スタイルのせいで、かなりの強者だと誤解されたわけか。先のオルネの発言に従えば、俺は単純計算でレベル40×5人分くらいの強さになるわけだし。ぜひともパーティメンバーに引き入れたいだろう。

「悪いが、俺はまだ8層までしかたどり着いてないんでな。協力は出来そうにない」

「はぁ⁉ その歳で8層なんてありえないでしょ⁉ つくならもっとまともな嘘つきなさいよっ!」

「お、落ち着いてクレアちゃんっ」

 俺の断りに金髪が激高し、それを今まで傍でオロオロしていた茶髪がなだめる。……別に嘘は言ってないんだがな。まあ、この世界の常識に当てはめれば無理もないのか。

「……おいオルネ、これどうしたらいいんだ」

 自分がこの世界の常識に当てはまらない理由を説明できない(しても多分信じてもらえない)俺としては、もうどうしようもないのだが。あと、こういう輩は単純にうざくて嫌いだ。

「そうですね。ステータス画面を見てもらうのが一番早いと思いますけど」

「……え、あれって他人も見れるもんなの?」

 普通ああいうのって、自分のしか見れないもんじゃないの?

「本人の了承があれば可能ですよ。もちろん、他人にステータスを公開したくないというのであれば、別の策を講じますけど」

 ……まあ、別に見られて困るようなステータスは……あ、トランクス……ま、いいか。どうせこいつらとはこれっきりだろうし。

「……ほら、これ見て納得しろ」

 ステータス画面を呼び出し、未だにうるさい金髪とそれを必死になだめる茶髪に見せる。

「うわっ、ほんとに8層だし!」

「……で、でも、8層、レベル10でこのステータスは、かなり異常ですよ……? なにか特殊な事情でも……」

 おっと、これ以上は危ない。さっさとおさらばしよう。

「わかっただろ? 俺じゃアンタたちの戦力にはならない。他をあたってくれ」

「あっ、ちょっと!」

 引き止めようとする金髪を無視し、俺はファーストダンジョン第8層に跳んだ。



「……なによ、アイツ。あんな冷たい言い方しなくてもいいじゃない」

「……えっと、クレアちゃんの態度にも結構問題があったような……」

「どこがよっ」

「……ぜ、全体的に?」

「嘘だッ!」

「そのネタもうだいぶ古いよ~」

「とっ、とにかく! さっきの……えっと、ハルカ? ってヤツ、絶対にパーティに引き入れるわよ! クレア・オリエントとして、このままじゃ引き下がれないわ!」

「……やる気は十分わかったんだけど、そのためにはやっぱりクレアちゃんの態度改善が……」

「だから、どこが問題なのよっ!」

「……ううっ、振り出しだよぉ……」



「もうっ、私を置いて勝手に先に行くなんてひどいじゃないですかっ」

 ファーストダンジョン第8層最初の小部屋に、俺に数秒遅れてやってきたオルネの小言が反響する。

「……すまん。あれ以上は危なかったんでな」

 下手をすれば、俺の素性を明かさなければいけない事態になっていたかもしれない。

「確かに、ハルカ様の素性バレはできれば避けたいですからね……特別に、今回だけは不問にしてあげます」

 戦闘力皆無のくせに偉そうだな……まあ、案内役の彼女に拗ねられても困るので、ここは俺が大人になろう。

「にしても、さっきのやつらはなんなんだ? 自己紹介もしないでパーティに入れとか」

「……そういえば、自己紹介されてませんね」

 気付いてなかったんかい。

「すみません。私は既に知っていたので気付きませんでした。えっと、私から説明しておくと、金髪の方がクレア・オリエント様、茶髪の方がプライミリア・カルスティア様です」

「……なんで知ってんだよ……」

「あのお2人はこの世界ではそこそこ有名ですよ。クレア・オリエント様はこの上位次元世界の大陸東部に存在するオリエント王国を統べる大陸四王家の1つ、オリエント家の次女でありながらダンジョンにも潜っているということで知名度は言わずもがなですし、プライミリア・カルスティア様はそのパーティメンバーとして有名です」

「は? あの金髪、あれでお嬢様なの?」

 性格と肩書きが不一致すぎてちょっと何言ってるかわからないんだが。

「というよりは、お姫様ですね。次女ということで自由に育てられた結果、現在のような性格なのだそうです。世間では『王家の失敗作』などと呼ばれたりもしていますが。で、そんな彼女と幼い頃からパーティを組んでいるのが、プライミリア・カルスティア様です」

「……ふーん……」

 何やらあの金髪にもいろいろ事情があるらしい。

「ところでさっき『王家の次女でありながらダンジョンに潜っている』って言ったよな? 普通王家の人間はダンジョンに潜らないもんなのか?」

 まあ、命を落とす危険もあると考えれば、それが普通なのかもしれないが。

「そうですね。王家の人たちは基本的にダンジョンには潜りません。身の安全というのも理由の1つですが、それに加えてもう1つ、転職というのがあります」

「……転職?」

「はい。ハルカ様は、ODでの転職条件を覚えてますか?」

「…確か、普通は特定階層に到達した時に転職できるんだったよな。俺の場合は、魔法双剣士とかいう隠し要素中の隠し要素だったから例外だが」

 偶然に偶然が重なってあの職業に辿り着いたわけだが……ってまあ今はいいか。

「その通りです。そしてそれは、この世界でも同じ……つまり、各ダンジョンのダンジョンボスを倒すことで、転職が可能になるんです。ボスを倒した時点でのレベルやステータス、経験などによって選べる職が変わるんですよ」

「なるほどな……でもそれが、王家の人間がダンジョンに潜らないのとどう繋がるんだ?」

「この世界の人たちは、生まれたときはみんな無職です。ファーストダンジョンを攻略して転職をしないことには、冒険者にも商人にも鍛冶師にも、どんな職にも就けないんです。これは、この世界のほとんどの人がダンジョンに潜る理由の1つでもありますね。ですが王家の人たちは、職に就く必要は特にないんですよ。生活は保障されてますし、将来は家を継いだり他の王家や有力者と結婚したりすることになるので、わざわざ危険を冒してまでダンジョンに潜ったり転職したりする必要はないわけです」

「あー……そういうことか」

 そんな王家の人間がダンジョンに潜ってたらまあ、話題にはなるだろう。もしかすると、『王家の失敗作』なんて呼ばれていることと何か関係があるのかもしれない。……まあ、だからなんだって話だが。

「……まあ、いずれにせよ現在8層の俺じゃ、ステータスはともかく戦闘経験の点で足手まといだろ」

 かたや12年、かたや2日(OD時代を含めても3年足らず)だ。仮にステータスが同じでも、その差は歴然だろう。

「まあ、それもそうかもですね。惜しいですが、今回は縁がなかったということにしましょうか」

 結論が出たところで、小部屋を出て本日のダンジョン攻略を開始する。ちなみに武器は、先程譲り受けたアレではなく昨日から使っている普通のやつ。スカーレット・ブレードの方は装備したら筋力に1500の補正がかかり、これでは戦闘経験もへったくれもないので、戦闘が苦しくなるまではとりあえずこちらで行くことにした。すまない店主。

 ダンジョン内部は第1層に比べればやや広くはなったが、いかんせん敵がダンジョンウルフだけなのでやや退屈だ。レベル3の個体が出てくるようになったが、一撃で倒せることには変わりない。階層ボスもずっとダンジョンウルフ・ネオのまま。そろそろ何か変化が欲しい。

 そんな状態で進み、10層に辿り着いた時。初めてダンジョンウルフではない魔物が現れた。

『ダンジョンアント Lv1』

 名前の通り、アリみたいな魔物だ。六本足でちょこちょこと移動するのでオオカミに比べて動きは格段に遅いが、胴体がそれなりに堅い。子どもの腕力だとそこそこ苦戦しそうだ。18の俺だと割とあっさり斬れるが。

 10層の階層ボスは『ダンジョンアント・ネオ Lv1』になっていた。巨大なアリの気持ち悪さはなかなかだったが、それでもかなりの余裕を持って攻略できた。

 10層以降は、アリとの戦闘が続く。オオカミはぱったり出てこなくなった。階層によって出る魔物が決まっているのか。

 17層まで来たところでお昼になったので、宿の確保のために1度プレミエルに戻る。向かうは昨日と同じ宿。

「あっ、やっと来たわね!」

 宿の近くまでやって来たところで、聞き覚えのある声が耳に届く。嫌な予感を覚えながら音源の方に目を向ければ、案の定例の金髪――クレア・オリエントとそのパーティメンバーの茶髪――プライミリア・カルスティアだった。

「……なんでここにいる」

「紅いコートの冒険者の情報を聞いて回ったら、ここに泊まってたって情報がいっぱい手に入ったの。だから、待ち伏せさせてもらったわ!」

 ……やっぱりこのコート、すげえ目立ってるじゃねえか。半眼でオルネを見やると、口笛を吹きながら目を逸らしやがった。どうしてくれよう。

「……パーティの話なら断ったはずだが」

「そこをなんとか! あたしたちのパーティに入ってくれたら、宿代とか装備代とか全部あたしが払うし!」

 ……はぁ。このお姫様、本当に常識とかないのか。……いや、教えられてこなかったのか。

「……そういうことじゃないだろ。俺はそもそも、あんたらの名前すら知らないんだぞ」

「え……? あ、そういえば名乗ってないわね」

「……まさかクレアちゃん、今気づいたの……?」

「なによっ。そういうプリムは気づいてたのっ?」

「うん……」

「なら早く言ってよっ!」

「だ、だって、まさかそこに気付いてないとは思わなかったし……」

「むきーっ!」

 ……どうしよう。なんか、急にコント始まったんだけど……。

「ご、ごほんっ! えっと、遅くなったわね。あたしはクレアよ。で、このちっこいのが」

「ち、ちっこいは余計だよっ。……あ、えっと、私はプライミリア・カルスティアです。長いので、気軽にプリムと呼んでください」

 ようやく、2人の口から自己紹介を聞く。クレアの方は、家名は名乗らなかったな。まあ、オルネの与えてくれた情報から察するに、あまり自分から名乗りたくはないのだろう。俺の高三重と一緒だ。

「クレアとプリムだな。で? どうしてアンタたちは俺にこだわる?」

「もちろん、そのステータスよ!」

 迷いなく断言するクレア。やっぱり、相当俺のステータスは普通じゃないのだろう。軽々しくステータスなんて見せるんじゃなかったな。

「でも、今の俺はただステータスが高いだけで、戦闘技術はあんたたちの足元にも及ばないと思うぞ。実戦経験なんてたった2日だ」

 ODの戦闘がかなりリアルだったので、敵の武器のどこにどの角度で剣を当てれば受け流せるとか、そういう戦闘知識は豊富なんだがな。

「2日……でもまあ、その辺はあたしたちが教えればいいわけだし。特にノープロブレムよ」

 一瞬微妙な顔になったクレアだが、結局引き下がらない。ほんと、どうやったら諦めてくれるのか。

「……なあ。さっきからコイツの意見しか聞いてないんだが、あんたはどうなんだ?」

 一旦クレアとの会話を中断し、俺たちの会話をそわそわしながら見ていたプリムに話しかけてみる。

「……ふぇ? そ、そうですね……」

 まさか自分に話が来るとは思っていなかったのか、可愛らしい声をあげるプリム。

「……仲間が増えるのは、いいことだと思います。でも、無理にパーティメンバーに引き入れるのはよくないと思います。パーティは、信頼が大事ですので」

「…と、あんたのパーティメンバーは言っているが?」

「ちょっとプリム! どうして目的と真逆の発言してるのよ!」

「ご、ごめんクレアちゃんっ。でも、本当のことだし……」

 そんな2人のどこか微笑ましい喧嘩を眺めつつ、俺は先のプリムの発言を振り返る。

『パーティには、信頼が大事ですので』

 ……ますますもって、俺はパーティには向いていない。戦闘技術や実戦経験以前の話だ。人間不信の俺はまず間違いなくどのパーティにもなじめない。技術や経験があったところで、パーティメンバーを信用できないのだから連携なんてとれやしない。いても迷惑になるだけ。やはり、俺はソロであるべきなのだ。

「では、ここはひとつ、お試し期間を設けるというのはいかかでしょうか?」

 心を固め、未だ軽く喧嘩を続ける2人にきっぱり断りを入れようとしたところ、それまで黙っていたオルネがそんなことを言いやがった。

「「「……お試し期間?」」」

「はい。このままではずっと平行線な気がしますので。ですから、一度試しにパーティを組んでみましょう。で、本人の言うようにハルカ様が足手まといになるならパーティの件はなし、ハルカ様が今後も組みたいと思えばパーティ継続。これでいかがでしょう?」

 ……ふむ。案外悪くないのかもしれない。このままクレアと言い合いを続けていても解決しそうにないし、このやり方なら数字だけじゃない本当の俺の実力を彼女たちも知ることになる。そうすれば俺とパーティを組むなんて言い出さなくなるかもしれない。

「……ふむ。悪くないわね。期間は?」

「上層で組んでも大して意味はないので、深層、お2人が今いる180層から199層までとしましょう。ハルカ様が180層に到達してからお試し期間スタートってことで」

 勝手に決めるな、と言いたいところだが、まあ妥当なところだろう。

「……それ、何年かかるのよ?」

「そんなにかからないと思いますよ? 今日も午前の3時間で10層進みましたし、戦闘もまだまだ余裕ですので。このままなら、あと2週間もあれば180層につくと思います」

「「凄っ!」」

 …まあ、オルネが最短ルートを案内してくれているし、俺のステータスも最初からレベル40相当だしな。あれ、これ俺チートじゃね?

「…まあ、わかったわ。じゃあ、180層まで来たら連絡ちょうだい。これ、あたしの連絡先だから」

 言いながら、クレアは何かの紙切れを差し出す。どうやら電話番号のようだ。見たところ携帯番号っぽいが、この世界って携帯あるんだろうか? 俺のはずっと圏外だし。

「じゃあ、あたしたちは行くわね。約束、破るんじゃないわよっ」

「し、失礼します……」

 クレアはどこか嬉しそうに、プリムは少し申し訳なさそうに去っていった。ほんと、好対照な2人だ。なんで仲がいいのかよくわからん。

「……さて、オルネさん」

「……な、何ですか急に?」

「よくも勝手にいろいろ決めてくれたな?」

「ええっ⁉ で、でも、ハルカ様だって納得してたでしょう⁉」

「それはそうだが、ああいう大事なことは事前に本人に相談しろよ……!」

「の、のおぉぉぉ! つ、潰れる、潰れちゃいますからぁ! ごめんなさい許してくださいー!」

 オルネが片手で握りつぶせそうなことが判明した。


 宿の連泊は扱ってないとのことだったので、とりあえず当日分の部屋をとって軽く昼食をとり、再びダンジョンに潜る。2週間で180層とか誰かさんが言ってしまったので、少しペースを上げて攻略していく。剣を持つ手をときどき入れ替え、腕が疲れないようにしつつ進むこと3層。節目の20層に到達した。

「ここからはダンジョンアントに代わってダンジョンスパイダーが登場します。そのまんま、クモみたいな魔物ですね。動きは遅いですが、糸を飛ばしてきます。当たっても行動がスローになる程度ですが、運が悪いとしばし完全に行動不能になります。ソロな上に幸運がアレなハルカ様は要注意ですね」

「……ご忠告どうも」

 言い返したかったが、反論できるポイントがないので仕方なく素直に受け取る。

 俺には最高に相性が悪いな、と思いつつ実際ダンジョンスパイダーと戦ってみると、大して脅威ではなかった。大概は糸を飛ばすモーションに入る前に倒せるし、糸を飛ばされてもかなり遅いので余裕で躱せる。階層ボス戦も余裕だった。

 そして攻略はサクサク進み、あっという間に30層到達。案内役曰く、ここから先は階層によってボス以外の敵が固定されることはなくなり、オオカミもアリもクモも出てくるようになるらしい。50層までは、この構成は変わらないそうだ。

「50層に入ると、いよいよヒト型の魔物が登場するようになるんですが、それはまたその時に説明することにします。さあ、時間的にはあと1層くらい行けますので、サクっと攻略しましょう!」

 戦うの俺なんだがな……、とテンションの高いオルネを微妙な目で眺めつつ、30層の攻略を開始する。とはいえ、3種類の魔物が同時に出てこようがそれぞれは大した強さではないので、正直余裕だと思っていた。

 ところが、実際に戦ってみると少々厄介だった。特に、オオカミとクモがセットで出てくると面倒くさい。まず先にすばしっこいオオカミから片付けにかかるのだが、その相手をしている間にスパイダーが糸発射体勢に入るのだ。かといってクモから倒そうとするとオオカミがちょこちょこ動き回って攻撃してくるので、クモへの攻撃がままならない。2人以上いればターゲットが分散するので戦いやすいのだろうが、ソロだとターゲットが集中するので大変だ。

 それでも一撃入れれば倒せる俺のステータスなら苦戦というほどでもなく、難なく30層を攻略し終え、昨日と同じ宿に戻ってくる。今日の部屋も104。

「ハルカ様ハルカ様、今日はどのくらいステータス伸びました?」

 部屋に入るなり、胸ポケットから飛び出したオルネが尋ねてくる。

「言われなくても確認するつもりだっつの……」

 と返しつつ、ステータスを表示させる。

『ハルカ・タカミエ

 Lv:21

 年齢:18

 職業:無職

 種族:人間族

 所持A:11405A

 経験値:28005/31430

 HP:980/980

 MP:811/811

 筋力:733(+50)

 知力:1284

 敏捷:939(×3.0)

 防御:430

 命中:737

 幸運:12

 装備:シングルソード、黒インナー、クリムゾン・コート、黒ズボン、靴下、スニーカー、トランクス

 攻略履歴:1D/31L』

 レベルが11ほど上がっていた。30層でレベル21というのは、おそらくかなり早いペースだろう。経験値分散型のこの世界をソロで攻略する大きなメリットだ。

「あ、やっぱソロ攻略だと成長が早いですね。経験値もアージェントも分散しないので、普通の人の何倍ものスピードで伸びているみたいです」

 俺の推測をオルネが裏付ける。……あ、そういえば。

「オルネ、今のうちに借金を返しておく」

 今日だけで1万くらい稼げたし、借金はいつまでも残しておきたくはない。

「そんな、別にいいですよ。私は私で寝る場所やご飯はハルカ様にお世話になってますし」

「いや、それじゃ釣り合わないだろ」

 昼飯は1食5Aだし、宿+夕食朝食代に至っては自分の分を払ってるだけだから実質0Aだ。借金額の1300Aとはとても釣り合わない。

「そんなことないですよ。今後一生分のお昼代を考えれば、確実にハルカ様の方が高くなりますし」

「……一生?」

 え、なに。こいつ、今後一生ついてくるの?

「はい。私はもう、ハルカ様専属の案内役になってますので。ハルカ様に捨てられてしまうと、戦闘力皆無のまま路頭を迷うことになります」

 ……こいつ、軽く脅しをかけてきやがった……。

「……わかった。じゃあ金は返さん」

 1300を5で割ったら260、オルネの言うように昼食をおごり続けていれば1年もかからずに借金額を越えてしまう。コイツが一生ついてくることや、この先別の街に行けば宿代や昼食代が初心者用価格でなくなることを考えれば、間違いなく俺の負債が大きくなる。それに、脅しもかけてきやがったし。絶対1Aも返してやらん。

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