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プロローグ 神話のお話

 男の前に女が倒れていた。 それは不思議な光景。


 男は女を起こす事もなく、ただ見下ろし、女は視線を虚空に彷徨わせていた。


 互いに外傷はなく、何故、女が倒れているのか、外野からはそれを推し量れない。


 そこには二人の世界が出来上がっており、ただ時だけがゆったりと流れていた。



 静寂を破ったのは、男の方だった。


「ノクスラ。 どんな気分だ? 死ぬ と言うのは?」

「悪くない。 アガリス 他でもない、貴方に殺されたのよ。 フフフ、とても幸せな気持ち」


 言葉が引き金になったのか、女の体から光が漏れ出した。

 女の存在が光とともに薄れ、消え逝こうとしている。

 残された体は地に帰る為か、砂の様に崩れ始めていた。


「悪く思うな。 これも定めだ」

「ええ、そうね」


 後悔の色を濃く滲ませる男の顔と対照的に、女の顔は清く晴れ渡っている。


「この世界から神々が去り、残すはノクスラ。 お前と私だけになった。

 なのに… 何故だ! 何故、堕ちた? 何故、私と共に歩まなかった!!」


 それは叩きつける様な感情の発露。

 最後に残った同胞を手に掛けなくてはいけなかった男の悲痛な叫び。


「あらあら、酷い顔をしてますよ。 アガリス。

 落ち着いて下さい。 感情を荒げた所で結果は変わりません。

 それに、答えは決まっています。

 だって、その方が面白いでしょ?」


 事も無げに語るノクスラ。

 アガリスは、その答えが信じられないとばかりに、動揺していた。


「面白いから? それだけの理由で、地の男と交わったと言うのか?」

「ええ。 そして、私は邪神となり果てました。

 色々な経験の代償に、去った神々が定めた邪悪へとなり果てたのです」

「馬鹿な…」

「馬鹿ではありません」


 ノクスラはアガリスを諭すように、事の核心を突きに掛かった。


「それにアガリス。 貴方も楽しかったのでしょう? 私との最後の戦いは。 ウフフ」

「ふざけるな! ノクスラ!! 楽しい? だと? そんな訳…」

「あるわ! 

 だって、アガリス。 貴方、闘いのさなか笑みを絶やす事が無かったもの」

「…」


 図星だったのか、男は黙り、静寂が空間に舞い戻っていた。

 女を包む光が、より光を増し、最後の時を迎えようとしている。


「安心して、アガリス。 貴方を一人にはしないわ。

 感傷を持てる暇など与えない。 ウフフ。

 私が消えても… 分っているのでしょ?」

「ああ。 邪神の体が土に帰る」

「ええ、私の子供達をよろしくね。 それに… 」


 ノクスラが消え行く体の一部を優しく撫でる。

 

「生まれる事すら許されなかった、この命」


 その言葉に、アガリスが狼狽した。


「あらあら、とても元気がいいわ。 ウフフ。

 でも駄目。 ここには、とても怖いおじさんがいるから。

 生まれて来るのは、次の機会よ」

「まて、ノクスラ!!」


 その声を無視するかのように、存在の消滅が加速する。

 身体の風化速度が急激に増していた。

 

 覚悟を決め、目を閉じる美しき女。

 そして彼女の全貌は、音を立てる事も無く崩れ去った。


「ノクスラ―――――――――――――――!」


 男の叫びだけが、その場に空しく取り残されていた。




 これは語られざる神話の一部である。

 この後、世界は大きな変革の時を迎える事となった。




 古より神々に愛されし子。 人間。

 その支配せし地に、現れた災厄。

 ノクスラの残骸より生まれし存在。 魔族。

 そう、彼らがその地に誕生したのだ。



 人間と魔族。

 相容れぬ二つの種が衝突するのは、必然の出来事だった。

 姿が違い、生き方が違う、そんな異種を受け入れられる程、人の暮らす地は広くなかったのだ。


 始まりは些細な出来事だったと言われている。

 しかし、その火種は瞬く間に燃え上がり人間の地を焼き尽くした。

 神の一部より生まれし魔族は人間よりも強靭な存在だったのだ。

 雌雄は早期に決する。

 世界は魔族が支配し、人間は表舞台から追い出されたのである。


 人間は滅びの時を迎えようとしていた。



 そこに、神アガリスが顕現する。

 アガリスは去りし神々が愛した人間の立場を憂いて、それに助勢する事にしたのだ。


 これにより、後に語られる事になる神魔戦争の時が始まる。

 ただし、それは戦争とは名ばかりの殺戮の時代だった。


 アガリスは幾度となく魔族と矛を交え、強き相手を葬り続けた。

 数える事が馬鹿らしくなる数を相手にして、闘争を続けた。

 そして、悟る事になった。 ノクスラが言いたかった事の意味を。

 魔族との闘いのさなか、ノクスラが指摘した通り、己の笑みが絶えない事に気付けたのだ。

 楽しいという感情が、黒くアガリスの心を塗りつぶしていた。


 結局、アガリスの笑みは魔族を世界の最果てに追い出すまで続いた。

 闘争とはアガリスにとって、とても楽しい物になっていた。 その事に、ようやく思い至れたのだ。

 完全に駆逐せず一定数の残党を残したのは、不謹慎にも、もったいないと感じたからだ。

 残党を残せば、次がある。 そんな確信がアガリスにはあった。


 期待が裏切られる事は無かった。

 魔族は戦意を失わず。 再び人間へと牙をむく。


 アガリスは幾度となく人間を救い、戦闘を楽しんだ。

 唯、その時を楽しみ、次の戦闘を心待ちにしていたのである。

 アガリスは、己が黒く薄汚れ、邪神へと傾いている事に気付く事が出来なかった。

 しかし、周りに侍る人間達はその不穏な空気を見逃さなかった。



 気付けば、敵は無数にいた。

 助勢していた筈の人間が裏切り、魔族と手を組んだのだ。

 

 アガリスは暴れる為の大義を失い沈黙する。

 愚かにも敵のさなかで、どうしてこうなったのか、考えを巡らせる事にした。


 そして、結論にたどり着く。

 己が邪神になっている事に、ここで気付いたのだ。


 なってしまえば、大した事は無い。

 アガリスはアガリスだった。 何も変わらない。

 ただ、娯楽を理解した神が、そこに居るだけ。


 悪しき神。 去った神々が定めた邪神の定義が、今では滑稽な物に思える。

 ノクスラもこの心境に至っていたのだろうか?


 勿論、答えは返ってこない。

 アガリスはノクスラを屠った過ちを悟る事になった。

 恐らく、この世界において最高の理解者をアガリスは既に失っていたのである。



 沈黙を続ける神を人間と魔族は見逃さなかった。

 人魔共同による封印術。

 神話に終止符を打った最後の出来事。


 アガリスは納得していた。


 楽しかった。

 ここ最近は、暇な時などなかった。

 この世界を見捨てた神々達が愚かであったと、今では心底そう思う。


「これもまた一興。

 今は甘んじて封印を受け入れよう。 そう言う事だろ? ノクスラ」


 その名前を口にすると、自然と笑みが溢れ出た。

 ノクスラが消え逝く際に見せた、清く晴れ渡った顔の真意を悟るに至る。


 私達は長い時を生き過ぎたようだ。

 今は一時、眠りに就こうじゃないか。

 次の… 娯楽の為に。



 アガリスの封印は滞りなく進む。



 そういえば…

 薄れゆく意識の中、思い残す事が一つ浮かんだ。


 ノクスラの忘れ形見。 神と人の混血児。 我が運命の同胞よ。


 あわよくば… 後の目覚めが間に合ってくれる事を願おう。

 あわよくば… 我が前に…

 アワヨクバ…



 封印が完了する。


 それは神話の時代が、終わりを告げた時。

 最後の一柱を封印し、世界から神が居なくなった瞬間。


 人間と魔族が手を取り創った、神なき世界。

 歪ながらも手に入れた一時の平和。


 そこに、神の血が再び混じるのは、まだ先の話である。

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