進まば買い物
町の時計塔を中心に放射線状の通りを無数に持ち、全体的に見ると円形の形をしている学園都市セルラノフィート
その学園都市全体に朝の到来を告げる鐘の音が響き渡る。
フィラート魔法学園から歩いて20分ほどの場所に学園所有の寮がある。
大陸の至る所から学問を学びにくる生徒や親と離れて一人で生活する生徒のために作られた寮は全部で五棟ある。
フィラート魔法学園に在籍する生徒の半数がこの寮で生活している。
寮の部屋は完全に一人部屋でそれぞれ生活に必要な机やベットなどは初めから備え付けられていた。
五つある寮の内二番目に規模の大きい建物の一室でセフィーはゆっくりと寝返りを打つ。
掛けぬのがずれて露わになるすらりとした足。
絹のようにきめ細かく健康的に白い地肌がやけになまなましかった。
薄い掛けぬのを体に巻き付けむにゃむにゃと寝言を言うセフィー。
彼女以外誰もおらず時折漏れる彼女の寝言以外、物音一つしない部屋にも時計塔の鐘の音が響く。
「うぅぅん」
そろそろと開かれた瞳はまだうつろだった。
ごろごろと何度か激しく寝返りを打った彼女はゆっくりと起きあがる。
小さくあくびをしてぐっと背伸びをする。
寝癖で乱れてしまった髪を適当に整え、近くにある目覚まし時計の設定を解除する。
彼女にしては珍しく早起きだった。
どことなく暗く光のない空色の瞳でセフィーは黙々と朝食を作っていた。
朝食を作りながらセフィーは昨日の出来事を思い出していた。
「はぁあ嫌だなぁ、あの人と行動するの」
思い出しただけで憂鬱になりセフィーはため息をつく。
昨日レベッカたちに警告をした後、ルシーナとともに申請書を提出してセフィーはそのまま寮の自室へと戻り夕食もとらずに寝てしまった。
毎晩欠かさず手の込んだ料理を作っては一人で食べてしまうセフィーだが、昨日はとてもそう言う気分にはなれなかった。
「だめだめいつまでも気にしてられない。今日はルシーナと買い物でも行こう」
「それにあの人たちの課題を手伝うとき以外は別に一緒に行動しなくても良いんだし」
「うんそうだ。元気だそう」
一人気合いを入れ、いつもの明るい調子に戻ったセフィーはできあがった朝食を皿に盛りつけ一人食べ始めた。
昨晩夕食を抜いたせいか、はたまた朝早くから朝食を作っていたからか、彼女の前の料理は一人の少女が食べるには多かった。
課題実習の申請書提出期限まで、ちょうど一週間のこの日からは、セルラフィートの様子はがらりと変わる。
いつも多くの学問を学ぶ生徒で賑わうそれぞれの学園は閑散とし、代わりに普段、朝や昼間は傭兵や自警団が数えるほどしかいない職人や商店の通りは、たくさんの学園の生徒でごった返す。
学園都市全体の決まりとして一部例外はあるものの、課題実習期間の始まる一週間前からは学園に申請することにより出席扱いで学園を休むことができる。
たいていの場合その間に実習のために必要な道具をそろえたり、打ち合わせをしたりする生徒が多い。
弟子入り志願の生徒や討伐以来の課題の生徒はこの日から実習に入ることもある。
また未だに課題のための仲間が集まらない生徒たちは血なまこで仲間集めに奔走することになる。
セフィーとルシーナは早めに道具集めを終わらせ一日二日の休日を挟み目的地へと出発する予定だった。
時計塔から南西の方角にある職人や商店の通り。その通りの中程に小規模な広場がある。
敷地は綺麗に掃除され中央にある噴水からは絶えず綺麗な水が水しぶきを上げている。
その噴水の近くで褐色の肌をした少女が誰かを待っていた。
「さぁあてセフィー、今日は時間通りにくるかなぁ」
少女は遠くに見える時計塔を見ながらつぶやいた。
彼女が待ち人であるセフィーとの約束した時間を時計塔が知らせるまで、まだしばらく時間があった。
「ちょっと早く来すぎたかな」
少女はどこか自嘲気味に笑ってつぶやいた。
彼女が何気なく広場を見渡していると幼い子供たちが遊んでいた。
無邪気に遊ぶ子供たちの顔を見ている内に、彼女の表情は優しい表情となっていく。
彼女も幼い頃よく親友と二人でこの広場で遊んだのだ。
幼い頃遊び足りなくて、二人して駄々をこねては母親たちを困らせたあの日。
母親にしかられて、家を飛び出し公園で暗くなるまでつきあってくれたあの日
いじめっ子を懲らしめて、噴水の中に隠れてやり過ごしたあの日。
そして、誰も迎えに来てはくれないと解っているのに、誰もいない家に帰りたくなかったあの日。
「お待たせルシーナ」
不意に聞こえた待ち人の声に褐色の肌をした少女は驚く。
一歩二歩と後ずさるルシーナにセフィーはいぶかしげな表情で声を掛ける。
「どうしたのルシーナ」
ルシーナは突然現れたセフィーの顔と、遠くにある時計塔を交互に何度も見て驚きの声を漏らす。
「凄いじゃないまだ約束した時間にもなってないの」
「何か凄く傷つくのですけどその言い方」
すぐさまセフィーが言い返す。
時計塔の鐘が約束の時間を告げるにはまだ早かった。
立ち並ぶ店を順に見ながら二人はゆっくりと通りを歩いていた。
セフィーもルシーナも普段の制服ではなく私服を着ていた。
セフィーは全体的に白を基調とした上下一つなぎのドレスのような服。生地はとても薄く、風にたなびいているのに透けることなくセフィーの体を包み、首元や背中には薄い生地を編み込んだ複雑な模様が描かれていた。
ルシーナも同じような上下一つなぎの服だが白ではなく淡い空色をしており描かれている模様もセフィーと比べて簡単な物だった。
二人が着ているのは最近、都市の中ではやり出した服で、元は南大陸から伝わってきた物でワンピースという服らしい。
商店の建ち並ぶとおりでもちらほらと、二人と同じような格好をした娘を見ることができた。
ルシーナは楽しげに店先を眺めるセフィーに声を掛ける。
「ずいぶんと楽しそうだけど何か良い物見つかった」
「ううん。まだでもこうやって眺めてるだけでも楽しいよ」
振り返りながら答えるセフィーは満面の笑顔だった。
昼食をとる前に、遺跡探索の課題に必要な物をそろえるため、二人はまず消毒薬や魔力を回復する薬、解毒剤など一通りの薬やら治療道具が買える店へと足を運ぶ。
「すいませーん」
古ぼけた看板に店内に怪しげな薬品や道具がおいてある店に二人は入った。
「いらっしゃい」
中から出てきたのは初老の女性だった。頭には髪の毛が落ちないように三角巾をつけ、黒い服の上には白い粉が所々付着していた。
「あらぁセフィーにルシーナじゃないかい。久しぶりだね」
彼女は二人の姿を見るとしわのある顔をにこやかに歪ませた。
「二人とも元気だったかい。しばらく見ない内にきれいになったねぇ」
「久しぶり、おばちゃん」
「おばちゃんの方こそ元気だった」
「あぁ元気だったとも。それにしても本当に大きくなったわね。これじゃもうお嬢ちゃんなんて呼べないねぇ」
「おばちゃんの方はちっとも変わってないね昔のままだよ」
「やはり妖怪は年はとらないのか」
「ルシーナ言い過ぎ」
「「「あははははははは」」」
二人が来た店は、以前何度か利用したことのある店で、店主の女性ともとても仲がよかった。
またその店で売られている薬は効果がとてもよく他の店で買う量の半分で倍以上の効果が期待できた。
多少値は張るがふつうの薬とは桁違いの効き目があり副作用が全くないそれはこの店で代々受け継がれてきた秘宝で作られる物だった。
探索や討伐の課題では、動きやすさを得るため少しでも荷物を少なくしたい。
だからこそ二人はこの店を選んだのだった。
「それで今回は何が必要なのかい」
女性の質問に二人は事情を話し始めた。
二人の話を聞いた店の店主である女性は腕を組みしばし考えにふけった。
「うぅぅん。未探索の遺跡かぃ。そりゃまたやっかいな所だね」
女性は店の奥に一度引っ込み棚からごそごそと薬を探し始めた。
遺跡探索などでとくに重要なのが解毒剤選びである。
遺跡には様々な仕掛けや罠があり、閉ざされた環境のため中にいる魔物もやっかいな物が多い。
しびれ毒、精神毒、麻痺毒、昏睡毒、神経毒など様々な毒に冒されることもある。
そんな時に、それぞれ毒に対応した解毒ができなければ最悪の場合、死にいたることがある。
実際にはそう言った緊急事態の場合、課題実習実施前に全員に渡される帰路石器という魔道具を使うことによって、一瞬で都市の医療機関に転送されるため命を落とすことはすくない。
が用心に越したことはない。
何より、もし転送されてしまったらその時点で、その生徒の実習は失敗と見なされ成績は目も当てられない物になる。
ましてや未探索の遺跡となるとその中にどんな仕掛けがあるか、どのような毒を持った敵がいるかなど全く解らずその危険性は増すばかりである。
しばらくごそごそやっていた女性は、奥から両手にたくさんの袋や小箱などを持って二人の前に戻ってきた。
そしてそれらを店のカウンターの上に置く。
そして一つずつ説明を始める。
「まずこの小さい袋が塗り薬やら包帯やら消毒薬など、外傷の治療道具が一式入っている。これを一袋ずつ持っていけばとりあえずたいていの外傷は手当てできる。次に回復薬のたぐいだけど、いつもの錠剤だけじゃなくて即効性の液体薬も持っていった方が良いね」
「ありがとうおばちゃん。助かるよ」
「ほんとここの店以外でそろえると大変そうね」
説明の合間に二人は完璧なまでに薬をそろえてくれる女性に礼を言う。
女性はにこやかに笑い、次にはどこか真剣に表情になって説明を続ける。
「さて問題はこれからだ」
「解毒剤。だよね」
二人も真剣な表情になる。
「その通り、しびれ毒、精神毒、神経毒の一通りの解毒剤を持っていくのが良いだろうね。一応ここに私がこれまで見たり聞いたりして知っている毒の解毒剤を用意してる。これらをできるだけ多く持って行きなさい。それからこれを、、、」
そう言うと女性は二人の手のひらに一つずつ小さな球状の物を渡した。
「これは?」
ルシーナが女性に渡された物の正体を聞く。
「それはこの店に古くから代々伝わる秘薬の一つ。私のおじいさんの代から私までか3代掛けて作り上げた物だよ。その薬にはどんな毒でも解毒できる効果がある。だけど力のない物がうかつに飲むとあっという間に全身の力を奪われその場で動けなくなる。そう言った秘薬さ」
セフィーは自らの手のひらにある小さな丸い秘薬を黙って見つめていた。
「いいかいその秘薬は本当に緊急の時だけに使うんだよ。下手に使ったら逆に命の危険を招くよ」
「解ったありがとう。おばちゃん」
「できるだけ使わないで帰ってくるわね」
二人は店の店主である女性に言われた物の他にいくつかの生の薬草や薬の材料を買い店を後にした。
「気をつけるんだよ。無理はしちゃ駄目だから。あんたたちが帰ってくることが一番の願いだからねぇ」
「わかったよ。いろいろとありがとうおばちゃん」
「帰ってきたら昔みたいに話聞かせてあげるから待っててね」
去り際大きく手を振りながら二人は次の店へと向かった。
二人が次に向かったのは、旅の途中で食べることになる携帯食の店だった。
遺跡の手前まではまだ村などで食事はできるが遺跡の中にはいると完全に携帯食となってしまう。遺跡に入る前に近くの村で要することもできなくはないが、きちんとしたものがそろえられるかどうかは解らない。
そんな危険を冒すよりは荷物は多くなれど、こっちでそろえた方が確実で心配がなかった。
通りで有名な雑貨屋へと足を運ぶ二人。
「いらっしゃいませー」
若い店員の声に誘われるまま中へとはいていった。
店の棚には所狭しと携帯用の食料が並べてあった。
「いいセフィーあくまで必要最低限の分、買うのよ」
「わかってるってルシーナ いくら私でも携帯食はそんなに食べられないって」
何気ない会話をしながら二人は必要な日数分より少しだけ多めに買い、店を後にした。
時計塔の鐘が昼の鐘音を鳴らしてしばらくたった頃、二人は近くの喫茶店で昼食をとっていた。
足下には実習のために買った品々が一カ所にまとめられていた。
しかし、その中にはまだ彼女たちの本来の目的である創作に使う材料はなかった。
「で、これからどうするそのまま材料も買いに行く?それとも一度寮に戻る?」
ルシーナが食後のお茶を飲みながらセフィーに尋ねる。
尋ねられたセフィーは足下の荷物をしばらく眺めた後ゆっくりと答える。
「このまま行くつもりだったけどやっぱり一度、荷物を置きに行こう」
「そう、、、そうね。そっちの方がゆっくりみられるしね」
セフィーの意見にルシーナも賛成し二人は喫茶店を後にした。
昼下がりの通りは朝よりも人の数が増えておりよそ見をしていると物や人にぶつかってしまうほど賑わっていた。
現にあちらこちらでもめている姿を目にすることができる。
二人は人混みの中をぶつからないように注意しながら歩いていった。
「それじゃぁまた後で、今度は鐘音が四つの時ぐらいに朝と同じ場所で落ちあいましょう」
分かれ道まで来たところでルシーナはセフィーに言う。
「わかった鐘音四つだね」
自分の寮へと向かいながらセフィーは答える。
「遅れたら置いてくからねぇ」
「わかってるよぉ」
手を振り合い一端別れる二人。
彼女たちの仲の良さを知ることができる光景だった。
「ふふん。全く仲の良いこと。本当、楽しそうにしてるじゃない」
その光景を離れた建物の陰からこっそりと見る人物が一人いた。
「実習当日は楽しくなりそうね。お二人さん」
誰に言うでもなくただ独り言のようにそう言った女の瞳は怪しく輝いていた。