蒼穹と金色
セフィーとルシーナがレベッカ達と彼女たちの目的の場所にたどり着いたのは遺跡に入ってから、かなりの時間が過ぎたときだった。
外の様子を見ることができない彼女たちにも、過ぎ去った時間の感覚で、日は沈み、すでに空は暗くなっているであろうことが容易に想像できた。
「ここまでで結構ですわ。感謝いたしますわ、お二人」
二人に、そうレベッカ告げたのは神殿であった頃の面影を色濃く残す大きな扉の前だった。元は何か神聖な儀式の神殿であったのだろう、それ。
この古びた遺跡の中で、壁に刻まれた文字や描かれた壁画が、その神聖な雰囲気を今でも醸し出していた。
「じゃぁ私たちは此処でお役御免って訳ね」
レベッカ達より少し距離をあけて遺跡内を進んでいたルシーナは尋ねる。
「そう考えてもらって結構ですわ。後はご自由になさって下さい」
レベッカは事務的にそれだけ言うと扉を調べ始めていた。
セフィーはそのことを気にせずそそくさとその場を離れていった。
その後を追うようにルシーナもその場を離れた。
次第に暗闇にとけ込んでいく二人の後ろ姿を、申し訳なさそうな表情で見送っている二人がいた。
一人は教会の服を着た青年、もう一人は魔法学園のローブを着た少女であった。
レベッカ達と別れたセフィーとルシーナは更に遺跡の奥へと進む。
課題である石版はどの遺跡でも建物の最深部にあるのが普通である。
何度か他の遺跡に入ったことのある二人は、その経験を生かし石版の在処に目星を付けていた。
目的の場所を目指して二人は歩く。
彼女たちの予想通りに遺跡の最深部には石版があるであろう一つの部屋があった。
「と、まぁ何というか予想通りねセフィー」
石版がある部屋は大きな壁に遮られていた。
ただの行き止まりのように見える壁はよく観察すると、周りの壁より新しく綺麗だった。刻まれた装飾は全く崩れておらず、表面に掘られた言語も古代魔法言語ではない。
明らかに後から誰かが此処に造ったものだと言うことが解る
「そうだね、たぶんこれが二番目の課題だろうね」
セフィーは壁に近づき刻まれた文字を声に出して読む。
「汝の力此処に示せ 我は七つの宝玉を持ちしもの 七つの宝玉、順に灯すことできぬなれば この先進みしなかれ 我、属性の王になりし心して挑め」
読み終わったセフィーの横でルシーナがため息をつく。
「はぁ、相変わらず簡単な魔法言語ねぇ。入り口のよりはましだけど」
「だね、何でわざわざ魔法言語で書いたんだろう」
セフィーも読み上げた魔法言語の単純さに苦笑いする。
もう少しひねりを加えてもいいのではと、セフィーが考え込む横でルシーナが左袖から愛用の指示棒を抜き右手に持つ。
「取りあえず力を示してやりましょ。 セフィー少し下がってっ」
セフィーより一歩前に出てそう言うルシーナ。言われたとおり後ろへ下がりルシーナを見守るセフィー。
「我、命令す 踊れ火炎球」
ルシーナが魔法言語を唱えると彼女の前にぽっと小さな灯火が灯る。
徐々に大きくなる灯火はこぶし大ほどになると自転を始める。
ルシーナは指示棒を大きくひくと自転する火の球を力一杯叩く。
「わっちょと、やりすぎだよルシーナ」
叩かれた火の球は勢いよく正面の壁へとぶつかると、角度を変え跳ね返える。
跳ね返った火の球は天井にぶつかり、跳ね返ってまた正面の壁へとぶつかる。縦横無尽に跳ね返っては正面の壁へとぶつかる。
そのたびに二人の顔や体をぎりぎりで掠めていくのでセフィーが文句を言うのも当然だった。
「このぐらいやった方が派手でいいでしょ」
片目を瞑り悪戯っぽく舌を出しながらルシーナはセフィーに言う。
納得のいかないセフィーはしばし顔を不満そうにゆがめていた。
ある程度火の球が壁にぶつかったところでルシーナは指示棒を降ろす。
それにあわせて火の球も消える。
「で、これはどういう事だと思うセフィー」
「どういう事だろうねルシーナ」
何度も火の球がぶつかったのに壁は何の変化も起きていなかった。
「力不足、、、てことでは無いと思うけど? あれだけぶつけたんだし」
「力だけじゃ駄目なのかな」
何の変化も起こさない壁に二人は困惑する。
入り口の扉のように力不足ならばそれ相応の反応が出るものだが、この壁は全く無変化だった。
二人は壁に近づき、叩いたり、触ったり、蹴ったり、殴ったりするが何の変化も示さない。
「どうなってるのこよこの壁」
ルシーナは壁から離れあきれ口調で言う。
「やっぱり力だけじゃ駄目って事かな」
そうつぶやきながらセフィーも壁から離れる。
「取りあえず少し休みながら考えましょ、セフィー」
「そうだねルシーナ、ちょうどお腹も減ったし、休むには好都合だね」
二人は頷き会うと壁から離れたところで荷物を降ろし、腰を下ろす。
「あっあれって、もしかして」
壁から少し離れた場所で座りながら休息を取っていた二人。
簡単な携帯用食料をもそもそと食べながら、しげしげと壁を眺めていたセフィーは突然声を上げる。
「どうしたのっ、セフィー」
驚くルシーナをその場に残し、セフィーは立ち上がると壁に近づき、一カ所を穴が開くように見つめた。
「何か見つけた? 」
「たぶんこれが原因だと思う」
セフィーは隣まできたルシーナにそれを指さしながら言う。そこにはうっすらと白く、透明な宝石が埋め込まれていた。
その宝石は指さすセフィーの指の爪ほどの大きさしかなかった。
「うーん、これぇってっ、、、これっ魔法石じゃない。しかもこの魔法石って」
「うん、クオーツだと思う」
されどその宝石の大きさより正体の方が重要だった。
「なるほど属性の王ってのはこのことかぁ、」
ルシーナは腕を組み、壁に刻まれていた魔法言語の一文をつぶやく
その表情は悩み事が解決したときのようにすがすがしかった。
魔法石の一つであるクオーツ。魔法石の中で一番採掘されており広く一般に流通している。
クオーツは魔法の力を吸収する効果がある。そのクオーツを加工して造られた鎧や装飾具は旅人や傭兵に重宝されている。また呪いや魔物の毒などからも守ってくれるため護符やお守りとして町や村の店先に並ぶことも多い。
「宝玉ってのがこのクオーツのことを指しているんだとしたら、、、」
「後、六つ全部で七つあるはずよ。探しましょう」
二人は壁に隠された残りのクオーツを見つけようと、壁を入念に調べ始める。
壁には他に大小様々な六つのクオーツの宝石が隠されるように埋め込まれていた。
あるものは文字の中に、またあるものは文字と文字との間に簡単には見つからないように隠されていた。
「七つの宝玉を順に灯せってのは七回攻撃を壁に当てろってことね。そして七つ全部をひからせろ、と」
「うん、クオーツは魔法を吸収すると吸収した属性にひかる性質があるから」
セフィーとルシーナは七つのクオーツを見つけた後、刻まれた魔法言語の指示を考えていた。
「やっかいね。クオーツって確か、一度吸収したら同じ属性の魔法攻撃を完全に防ぐのよね」
「うん、クオーツが光ってる間はね。その所有者、、、この場合、壁に同じ魔法は二度と通じない」
二人は大きくため息をつく。あまりに課題の条件が複雑だったからである。
「なんか思ってたより面倒だね、ルシーナ」
「そうね、これじゃぁ魔法言語が読めれば誰でもって訳にはいかないわね」
二人は再びため息をついて項垂れた。
「まぁ、こうしてても始まらない。取りあえずこの壁抜けなきゃどうにもならないしね」
いつまでも項垂れていても仕方ないとセフィーは頭を上げ声たからかに宣言する。
「こうなったら全力でぶっ壊す」
そう宣言するセフィーの表情は先ほどまでとうってかわってはつらつとしていた。
「セフィーらしいわね。それじゃぁやってやりましょうか、壊れない程度に」
そんなセフィーを見てルシーナも顔をあげる。そして今にも飛び出しそうなセフィーに答える。
「せっかくだから跡形もないぐらい粉々にしようよ」
「却下ね」
「どうして? 」
「そんなことしたら、私たちより後に来た人たちは簡単に石版までたどり着けるじゃない」
やる気に火がつき暴走気味のセフィーにルシーナは冷静に対処する。
時折、周りが見えないほど何かに夢中になるセフィーを止めるのはいつもルシーナの仕事だった。
落ち着きを取り戻したセフィーは一端、壁の側を離れると体から外して置いたサイドバックの中から道具を取り出す。
「セフィー何か思いついたの」
ごそごそと荷物を漁るセフィーにルシーナは首をかしげる。
「うん、私に任せて。できるだけ疲れずに、それでいて確実な方法を思いついた」
にこやかに、まるで子供のように笑うセフィー。
そんな彼女にルシーナは優しく微笑むと側まで行って尋ねる。
「何か私が手伝えることない? セフィー」
尋ねられたセフィーはしばし手を止め考えた後、おもむろにサイドバックから何本かの棒状の固形物を取り出し、それをルシーナに手渡す。
「これって陣式魔法用の固形墨よね、しかも無属性の」
ルシーナは渡された魔道具を手に取りセフィーに確認する。
「うん、それで壁から少し離れたところに陣式魔法の陣を二つ書いて欲しいの」
「陣式魔法の陣を? 」
「うん、陣を」
なぜ陣式魔法用の陣が必要なのか不思議だったルシーナだが、セフィーのやろうとしている事に思い当たる。
「なるほど、考えたわねセフィー。確かにいい方法ね」
「ということで、よろしくルシーナ。私、何かよりルシーナの方が上手く書けると思うから」
「任せておいて」
ルシーナはセフィーの側を離れ壁から少し離れた地面に陣を書き始める。
円形の基礎の周りに複雑な魔法言語を、ルシーナは間違えることなく書いてゆく。
セフィーは取り出した道具を器用に、手に持った刃物で加工していた。
セフィーは道具の加工を終えると必要な物以外を一つにまとめ離れた場所に置く。
村を出てからずっと身につけていたローブも脱ぎ、屋外実習用の制服姿になる。
ルシーナが書いた二つの陣より後ろに二つより大きな陣を書く。
多少、歪んでいたりしたが彼女の中では許容範囲だった。
おおかた準備が終わるとセフィーはルシーナに説明する。
「私が考えた方法は、、、だいたい解るよね」
「えぇ、解ってるつもり。詠唱魔法だけじゃなくて、魔道具や陣式魔法も使おうって事でしょ」
「うん、その通り」
大まかな方法はルシーナも理解していたためセフィーは注意すべき点だけを説明する。
「たぶん知ってると思うけど、陣を書くのに使った固形墨。無属性だから詠唱する前にその魔法の属性に変化させる必要があるの。属性付のと比べて発動までに時間がかかるから気を付けて」
「解ったわ」
セフィーから注意すべき点を聞き終わるとルシーナはセフィーと同じように身につけていたローブを脱ぎ、四肢を軽く伸ばすように動かす。
腕を伸ばし足をのばし体を大きくそらし、腰をひねり、間接をならす。
さながら大暴れの前の準備のように体を動かすルシーナを横目にセフィーは石の壁に手を加えた魔道具を取り付けてゆく。
「それじゃあ、ルシーナ始めよう」
「ええ、いつでもどうぞ順番はどうするの」
石の壁に取り付けも終わりセフィーはルシーナへと声を掛ける。大きく腰をひねっていたルシーナは腰を元に戻すと尋ねる。
セフィーは石の壁に放つ魔法の順番を手振り身振りで伝える。
「まず初めにルシーナが一回、次に私が二度続けて三回」
「この間にルシーナが陣式魔法を発動させて四回、そして私の陣式魔法で五回、その後私が魔道具を発動させて魔道具による魔法攻撃で六回、最後に、、、」
「二人がかりの陣式魔法で決めるって事ね」
「うん」
セフィーは順番を伝え終わるとゆっくりとルシーナの背後に回り込む。普段あまり見せないような悪戯小僧のような表情で自身の後ろへ回り込むセフィーにルシーナは警戒しながらも、不安要素を指摘する。
「確かに詠唱魔法を交互にやるよりは楽だし、私は全部で三つだからいいとして、大丈夫なのセフィー陣式魔法と魔道具を使うと言っても、連続で五つじゃぁ魔力の消費は並大抵じゃないわよ」
いつしか背中あわせにぴたりとくっついていたセフィーにルシーナは首をひねりながら話していた。
ルシーナより背の低いセフィーは背中合わせのまま話す。
「大丈夫だよ。五つと言っても一つは初歩的な陣式魔法だし、一つはルシーナと共同の陣式魔法。詠唱魔法の右手左手連続は、さすがに疲れるけどそんなに強力な魔法はやらないから大丈夫。それに、、、」
いつもの声より優しげで、まるで安心させるような口調のセフィー、しかしルシーナは彼女の表情がみれないせいか、普段なら安心できるセフィーのその声が逆に不安に思えた。
「それに、、、どうしたの? 」
さらに突然小さくなるセフィーの声に不安をかき立てる。
今までの経験からルシーナはセフィーが何か一人でやっかいなことを背負い込むのではないかと焦る。
実際に二人の長いつきあいの中でセフィーがルシーナに秘密で厄介ごとを一人で全部背負い込むことがあった。
「セフィー、あなた、また何か隠して」
不安に耐えられずセフィーを問い詰めようとルシーナが体の向きを入れ替えようとするが、
「えいっ」
彼女が完全に向きを入れ替えセフィーの方を向く前に、セフィーは右手をルシーナの首筋に当てる。
「何、何してるのって、、、何これ、、、っ」
ルシーナは突然おそう目眩に立っておられずその場にしゃがみ込む。
数秒前までのはつらつとした表情が嘘のようにその顔色は悪かった。
しばらく肩で息をしていたルシーナだったがある程度おさまると、どこか申し訳なさそうなそれでいて悪戯が成功したような表情を向ける親友に、切れ長の目を細め睨む。
「魔道具で起こす魔法の分の魔力はルシーナから貰うから大丈夫って、、、言うつもりだったんだけど 」
セフィーが罰が悪そうに説明する。
最後の方は何とも小さく、聞こえるかどうかさえ危うい大きさのセフィーの声。
それもそのはずで、セフィーが説明している間にルシーナは無言で立ち上がり、ゆっくりとセフィーに近づく。
怒っているのか、呆れているのかさえ解らない表情で近づいてくるルシーナにセフィーは思わず後ずさりしてしまう。
一歩、一歩とルシーナが近づくたびにセフィーも後ろに下がるが、最後は壁に行き当たり下がれなくなる。
なおもルシーナはセフィーに近づく。
彼女はセフィーの正面、一歩ほど離れたところで立ち止まると両腕をそっと伸ばしセフィーの両肩に乗せる。
肩に触れられた瞬間びくりとすくむ、セフィー
「そう言うことは先に言いなさい、先に。いきなりやられたら驚くでしょ」
ルシーナは優しく子供を諭すように言う。
「ごめん。ちょっとびっくりさせようとしたんだけど、、、」
セフィーは、母親に悪戯がばれた子供のようにシュンと項垂れる。
そんなセフィーをみてルシーナは小さくため息をつく。
「本当に顔や体は成長しても、中身は子供のままねセフィーは」
セフィーは自身が悪いと解っていながらもルシーナの言葉につい反論してしまう。
「そんなに変わらないもん。見た目も中身も」
そのセフィーのささやかな反論には薄く笑みを浮かべるルシーナ。
「そうよねぇ、やっぱり見かけも中身も同じぐらいかしら」
そう言いながら彼女は肩に置いていた右手をゆっくりとセフィーの胸の前まで持っていく。そして二本指を立て、
「胸なんか相変わらずだし」
ふっくらと丸く、しっかりと膨らんだセフィーの胸を服の上からつつく。
感触を確かめるようにルシーナは何度もつつく。
「ちょっ、やぁあ、ルシーナさわんないでよ。それに、胸だってもう小さくはないよっ」
一瞬で赤面し体をよじってルシーナの腕から逃げるセフィー。
ルシーナはそれを見て、笑みを深くする。その笑みはどこか怪しさを秘めるものだった。
「私は、誰も小さいとは言ってないよ。相変わらずとは言ったけど」
セフィーはそこで初めて自身がからかわれていることに気がついた。
自分のちょっとした悪戯心が事の始まりとはいえ、このままではとセフィーは考える。
「まぁ、今じゃ同い年では大きい方だけど、私から見ればまだまだよ」
彼女が考えている内にルシーナは自慢げに言う。
セフィーはちらりとルシーナの胸元を見ると一言
「万年巨乳むすめ、め」
その一言にルシーナの表情が一瞬反応する。セフィーは思わず口にしてしまった言葉にものすごく焦る。
「言い度胸ねセフィー。ううん、童顔持続むすめ」
ルシーナは笑顔でそう答える。笑顔ながらも彼女のその表情どこか恐ろしいものがあった。
セフィーは額に汗が浮かぶのを感じるとくるりと背中を向けルシーナから逃げ出す。
「に、が、さ、な、いっ」
セフィーがその場を離れるよりも早くルシーナが彼女を背中から抱きしめるように捕まえる。
じたばたと逃げようしていたセフィーは耳元で囁かれた言葉に動けなくなる。
おそるおそる彼女が振り向くと怪しく微笑むルシーナと目が合う。
「覚悟はいいセフィー? 」
優しく告げるルシーナの手がセフィーの頬をなでる。セフィーはふるふると首を横に振る。
「いやぁあ、くっくっくすぐらなっいでぇ」
所々、灯りの灯る細い通路に少女の声がこだまする。そしてひっきりなしに続く笑い声。
「くすっくすぐったいてぇルシーナぁあ。って密かに胸触らないでよぉ」
遺跡の一番奥、晴れた青空のような瞳の少女と、鮮やかな金の髪を持つ少女がじゃれ合っていた。
間近に迫る危機など知るよしもなく。
長く更新と止まっていましたが何とか復活。
消えてしまったデータや資料、その他もろもろも、だいぶ復旧できたので更新再開します。