嵌りて破壊
照明用の松明を一つ手に取り、セフィーとルシーナそれにレベッカの仲間達は緩やかに下る通路をしばらく歩き続けた。
通路の両端に点在する照明用松明に手に持った松明で火を付けながらゆっくりと進む。
未探索の遺跡と言うことで、魔物に警戒していたが彼女たちの前に害をなす魔物が現れることはなかった。
代わりにといっては何だが、遺跡内部に描かれた抽象的な絵が薄暗いなか異質な空気を醸し出していた。
緩やかな下り坂だった通路が突然、平坦になる。
「セフィー、何かおかしくない? 」
そのことに気づいたルシーナは隣を歩くセフィーに声をかける。
ルシーナに言われセフィーは立ち止まり、今まで歩いてきた通路と先に続く通路を見比べる。
「うぅん。言われてみれば確かに変だね。下にくだらせてきたのに今度はわざわざ昇らせるなんて」
「何か意味があるのかしら、どう思う」「どうかな、解らないけど、意味があるとしたら『あれ』かな、、、、、、」
「やっぱり、、、、、、
「『あれ』よねぇ」
「いったい、どうしたのです? 」
思ったような障害もなく、順調に通路を進んでいたことで上機嫌だったレベッカは、突然立ち止まり二人だけで話し出したセフィーとルシーナに苛立ち口を挟む。
そんなレベッカにルシーナが軽く首を傾けながら答える。
「たぶん、侵入防止用か何かの罠に嵌ったってとこ」「なっどういう事ですかそれは、」
表情とは逆にさらりと問題発言をするルシーナの言葉にレベッカは動揺を隠せなかった。
「あなた達どこかで何か触ったり、取ったりしなかった? 」
そんなレベッカを横目にルシーナは冷静にレベッカ達に尋ねる。
「これナニか関係あるか? 」
不意にレベッカの後ろにいた武術学園の生徒の一人が手に持った小さな腕輪を見せる。
「それは何処で?」
ルシーナはその男のもつ腕輪について尋ねる。
「サッキ絵の中に埋もれテタ」
男は低い声で告げる。男が手に持った腕輪には強く紫に輝く石がはめ込まれていた。
その石の輝きにルシーナは心当たりがあった。
「よりにもよってアメシスト、ねっ。セフィー、、、、、、」
男の持つ腕輪にはめ込まれた石の正体に気づくとルシーナは疲れた顔をセフィーに向ける。
「十中八九それが原因だね。他に何もしてなければ」
「はぁ、余計なことするから、こうなるのよ」
ため息をつきつつ話す二人とは裏腹にレベッカはものすごい剣幕で男に詰め寄る。
「何をやっているのですかっ 勝手なことをしてこのまま済むとお思いですかっ 早くそれを戻してきなさいっ そうすれば命までは取りはしません」
少々荒いながらも丁寧な言葉使いで脅し文句を言う彼女。
しかし男は全く動じず逆に言い返す。
「確かに協力スルとは言ったがお前に忠誠ヲ誓った覚えはナイ。だからお前ノ命令に従うツモリは全くナイ」
冷たく言う男にレベッカは不適に笑みを浮かべ話す。
「貴族に本気で逆らうとおっしゃるのですか。それも別にいいでしょう。ただし貴族を敵に回してただで済むとは思わない事ね」
「ならココで危険な芽をツむだけダ」
男は肩に括り付けたナイフを音もなく抜く。その刃は刃こぼれしたかのようにギザギザとしていた。
「私に勝てるとでも思っているのですか。あなた、ごとき、が」
対するレベッカも愛用の指示棒を取り出し男に向ける。
互いに距離を取り身構える二人。
「レベッカっ」
一触即発の空気を破りローブを着た魔法学園の少女がレベッカに制止の声を掛けるべく叫ぶ。
「そんな事してる場合じゃないでしょ」
「それにそんな事してる暇もないしね」
今にも泣きそうなその少女を見てルシーナとセフィーが少女よりも先に口を出す。
予想外の声の主にレベッカは視線を目の前の男からそらす。
「珍しいですわね。あなた方が止めにはいるなんて」
今まで一度も話そうとしなかった二人に言われたことでレベッカは男のことなどどうでも良くなった。
「どういう風の吹き回しかしっらっ、、、」
興味ぶかげに聞いてくる彼女をルシーナはさえぎって尋ねる。
「どうでもいいけど何か聞こえないかしら? 」
ルシーナに言われレベッカは耳を澄ませる。
細長い通路の前方から地を揺らす音が聞こえていた。それは徐々に音を大きくし近づいてきている。
音でしかなかったそれは次第に地響きへと代わり、通路全体を揺らし始める。
空気の揺れで何かがものすごい勢いで迫ってくる。
「なぅぁあっ」
レベッカはその正体を知ると驚きで声を上げ、口を半開きの状態にして固まってしまう。
迫りくるは人など簡単に押しつぶしてしまいそうな程の丸い大岩だった。
下りの急勾配に勢いを増しながら迫る大岩。
「にっ逃げなきゃ、、、。レベッカ様、取りあえず入り口までっ」
驚きと恐怖で完全に動けなくなったレベッカに、ローブを着た少女は叫ぶ。
一刻も早くこの場から逃げなければならないと思ったのは彼女だけではない。
が、しかし、
「あの速さの岩からこの坂を上って逃げるのは無理だと思うけどなぁ」
放心状態のレベッカの手を引きながら叫ぶ少女に他人事のようにセフィーは告げる。
少女はセフィーのあきらめに似たような言葉を否定すべく、また、来た道を折り返すべく振り返る。
「そっそんな、さっきまでこんな坂じゃなかったのに、、、」
そんな彼女をあざ笑うかのように通路はその姿を変えていた。
「罠に嵌ったって言ったでしょう」
ルシーナの言葉が少女にはとても冷たく感じられた。
緩やかな下り坂だった通路は、勾配をきつくし走って逃げるどころか、二足で歩くのがやっとなほどの坂に変貌していた。
「いや、ぃやぁ、何でっどうしてっ。あり得ない、、、こんなの嘘でしょ」
少女は信じられぬ光景にその場に座り込んでしまう。
口から漏れるは死への恐怖の言葉ではなく、現実を拒む言葉。
そんな彼女の肩に優しく手を置く教会の青年。
「君は僕が守ってみせる。必ず、君を死なせはしない」
耳元でそっとつぶやくと青年は立ち上がる。
足を肩幅に開くと首から掛けたペンダントを高々と掲げる。
「逃げられないなら、防げばいい」
青年の声と同時にセフィーやルシーナ達、全員を覆うように薄い緑の半透明の壁が出現する。
それは淡く光を放つ魔法の防御壁だった。
以前、セフィーの光の魔弾を防いだものより、しっかりとしたその防御壁。
青年の顔には皆を守るという確かな覚悟が見て取れた。
「確かに逃げられなきゃ防げばいい。でもこれじゃ何の解決にもならないわよ」
その顔を真正面に見ながらルシーナは皮肉っぽく言う。
「では、どうするのですか? この坂を逃げるなんて無理です」
青年は普段の口調より幾分荒い口調で答える。
「ここは私たちに任せ置いて」
その青年を宥めるようにセフィーが穏やかに微笑みながら答える。
その表情がここ数日で見てきた、幼さの残る愛らしいものではなく、どこか大人びたものであったため、青年はしばし見とれてしまった。
がすぐに我に返り、尋ねる。
「本当に任せて大丈夫いいのですか?」
不安げに尋ねる青年にルシーナは愛想良く笑うと片腕を曲げ青年に言う。
「まかせなさい。だからこの防御壁解いてくれる?」
青年は無言で頷くと掲げていたペンダントを降ろす。
防御壁が消えるとセフィーとルシーナは一行の前に並んで立ち、大岩を迎え撃つ。
「あんまり協力なのは使えないわよ、ここじゃ。たぶんランク4や5の魔法なんて使ったら遺跡崩れるわね」
「それなら、私が壊すね。ランク1の光の魔弾を両手でやって、くっつけ魔弾にしてやればうまくいくと思う」
「なるほど、くっつけ魔弾なら確実ね。なら私がその詠唱時間を稼ぐわ」
「じゃぁ、私が最初にその魔法の詠唱時間、稼ぐね」
二人で大岩を破壊する算段を手短に話し合うとセフィーは右腕を横にのばし魔法言語を詠唱する。
「守りしは汚れ知らぬ白き光 その光にて我らを包め」
セフィーの詠唱が終わると同時に、彼女を中心に白い光が発せられる。
その光は徐々に白く光る魔法の防御壁となる。
最初セフィーを包むように球状の形をしていたその防御壁は、次第に球を大きくしていった。
隣のルシーナを包み、後方のレベッカ達を包み込み、なおも包み込む範囲を広げ大岩へぶつかる。
防御壁と大岩がぶつかった衝撃音が通路に響き渡る。
相当の勢いがついているのか大岩は防御壁にぶつかってなお回転をやめず、通路の地を削り始める。
だが、防御壁は壊れることなく、完璧に大岩の進路を防ぎ、進行を妨げていた。
「悠久の時の流れし光の裁きよ 我が命に従いその裁きをここに下せ 」
右腕はそのままに左腕を前に突き出しセフィーは新たに魔法言語を唱える。
唱え終わると、セフィーの周辺に幾つもの光の固まりが出現する。
セフィーはそれを確認するとルシーナの方へ合図する。
「ルシーナ、いくよ」
ルシーナは無言で頷き魔法言語の詠唱に入る。
「荒ぶる疾風はすべてを拒み 荒ぶる衝撃を望む我は 荒ぶる疾風にてすべてを吹き倒す」
ルシーナの詠唱が始まると同時にセフィーは右手を降ろす。
食器が割れるような音と共に光の防御壁がくだけ大岩がまた動き出す。
セフィーは開いていた左腕の手のひらを握りしめる。
セフィーの動きにあわせ光の固まりは無数の矢となって前方へ飛ぶ。
迫りくる岩の手前で次々と通路に刺さり簡単な留め具になる。
大岩は多少、勢いをなくしたものの簡単に光の矢を轢き壊していく。
その岩にどこからともなく向かい風が吹いてくる。
そよ風だったのはほんの一瞬で、瞬く間に風は疾風へと姿を変える。
通路という閉ざされた空間では、その疾風の効果はすさまじく大岩は再び動きを止める。
疾風は、ただ止めるだけにとどまらず、大岩の周りを小さく砕き、はじき飛ばしてゆく。
突然吹きすさんだこの風はルシーナの唱えた風の詠唱魔法。
「我が敵を討て光の魔弾」
ルシーナの魔法によって大岩が動きを止めている間にセフィーは最後の魔法の詠唱に入る。両手を左右に広げ何度かゆっくりと深呼吸した後、目を瞑り両手に意識を集中させ魔法言語を詠唱していく。
「我は悠久の時を過ごし光の使い手 対になりし魔弾の光よ討て我が敵よっ 」
彼女の両手の前にそれぞれ光の球が出現する。
「我のぞむ対は一つとなり光はまし 敵を砕く魔弾となりし」
セフィーの手の動きにあわせ光の球は一つになって大きな光の魔弾となる。
「ルシーナっいいよ」
両手を前に突き出したままセフィーはルシーナに告げる。
ルシーナは指示棒を横に振る。その動きであれほど吹き荒れていた疾風は嘘のように静かになり、そよ風から無風へと変わる。
風の妨げが無くなり岩は動き出す。セフィーは転がりくる岩にねらいを定める。
そしてぎりぎりまで引きつけ岩の勢いをも利用する。
「我、今放たんっ」
十分に引きつけた後セフィーは最後の魔法言語を叫ぶ。
その声が岩に届くよりも早く魔弾が飛んでいく、風を切る音を伴い真っ直ぐに岩へぶつかる。
響く衝撃音、震動する大気。
無機物である岩に魔弾を防ぐすべなどありはしない。
見事なまでに中心へと当たり、自らの勢いも相まって岩はもろくも崩れ去る。
なおも止まらぬ勢いは無惨に砕けたかけらをとばすもそれも次第に無くなった。
「一件落着? ちょっと違うかなぁ」
無惨にも瓦礫とかした岩を見て、突き出したままだった両手を降ろすセフィー。
小さく笑いながらルシーナに尋ねる。
「それでいいんじゃないの。よくわからないけど」
指示棒を左袖に付けなおしながらルシーナは首をすくめる。
「た、助かった」
呆然としていたレベッカ達の中で最初に声を出したのは、皮肉にも原因を作った武術学園の生徒だった
「た、助かりましたよレベッカ様。助かったんですよ」
「えっぇええ」
へたりこんでいたローブを着た少女は呆然としているレベッカを揺らしながら喜ぶ。その彼女の目はうっすらと潤んでいた。
レベッカはしばらく少女に揺さぶられていたが、立ち上がり体に付いた泥や埃を払うといつもの丁寧な口調で話し出す。
「さすがお二方、お見事です。おかげで命拾いさせて頂きました。本当に感謝いたしますわ」
気のせいか多少柔らかい雰囲気を醸し出すレベッカにセフィーとルシーナは普通に返事をする。
「別にいいわよ、このぐらいたいしたことじゃない」
「それより先に進もう。できるだけ此処には長居しない方がいい」
そして先に進むことを諭す。
「先に貴方達の課題を優先してあげる」
「そう、なら早く行きましょうか」
それに賛成するレベッカ。
「くれぐれも余計なことはしないようにね。此処は未探索の遺跡。何があってもおかしくはないんだから」
歩き出す前にルシーナはレベッカの仲間達に釘を刺す。
肩にナイフをっくりつけた武術学園の生徒は苦虫を噛みつぶしたような表情でそれを聞いていた。
「未探索の遺跡、、、そう何が起きてもおかしくない、、、何が起きても、ね、、、ふふっ」
歩き出す前に小さくつぶやいたレベッカの声を聞いたものはいなかった。
この小説には全く無関係ですが、私の別の長期更新休止状態の作品を削除しようかなと思ってます。