進入
その光景は見る者に困惑と疑問を抱かせるには十分だった。
神殿の入り口付近ではいくつものの、人の集団が点在していた。
遺跡を調べるのが目的か、遺跡内に眠る物が目的か定かではないが、どちらにしろ目の前の巨大な遺跡に侵入することができなければ意味がない。
それなのに、誰一人としてその遺跡の入り口に近づこうとしない。
否、近づきはするが、そこから遺跡内に入ることはせず、少し離れた場所で点在する集団の一つになっていた。
そして、その集団の間を目をぎらつかせた傭兵が歩き回る。
まるで、はぐれた獲物をねらう捕食者のように。
唯一、普段通りなのは気ままに遺跡を知らべる考古学者だけだった。
「どう言うことなんだと思うセフィー? 」
「解らない、けど、何か問題が会ったことは確かだと思う」
遺跡の正面まで回り込んだ二人は、先ほどまでの様子とは一変した光景に困惑する。
明らかに様子の違うこの光景から何かしら問題が起きたことを感じ取る二人。
「ねぇ、何かあったの? 」
ルシーナは適当に側を通りかかった馬車の運転手に訳を尋ねる。
突然、声を掛けられた運転手は警戒した眼差しで二人を見る。
しかし、その警戒した眼差しは二人がセルラノフィートから来た学生と解った時点で解かれた。
代わりに何とも疲れた様子で二人にこの様子について話し始める。
「あぁ、何でも遺跡の入り口がおかしいらしい。この間、つい一月ほど前にセルラノフィートから調査団が来たときには開いてた入り口が閉まっているらしい」
「しまってる? どういうこと」
「さぁ、詳しくは見た訳じゃないんだが、何でも奇妙な文字が刻まれた石の扉が、入り口を入れなくしてるらしい 」
「その奇妙な文字が刻まれた石の扉っていうのは前からあったの? 」
「いやぁ そうでも無いらしい。ここに来たことのある学者が、前はそんな物無かったって話してるらしい」
「そう、でっ、みんなここで立ち往生してるって訳ね」
ルシーナはそう言うと手に腰をあて周りを眺める。
彼女の視界にはいるだけでもたくさんの集団が点在している。中には早々に火を炊き就寝に備える集団もある。
「見たところ、お前さん達 魔術師かそれ関係の学生だろ。だったらそこいらの傭兵どもには気を付けたがいい」
周りを眺めていたルシーナではなくセフィーに運転手は忠告する。
「どうしてですか? 」
セフィーの当然のような質問に運転手は答える。
「石の扉に奇妙な文字が刻まれているって言っただろ。 どうやらその文字は傭兵や傭兵気取りの学生どもには読めなかったらしい。 それがあいつら頭にきたらしくてな。腕力では自分たちに適わない学生を片っ端から、ひっ捕まえてはその文字を読ませてるって話だ 」
「そうなんだ、、、、、、でもやっぱり中には、、、」
「見ての通り誰一人として入れちゃいない だからお前さん達も気をつけな」
それだけいうと運転手は自分の馬車へと戻っていった。
その姿を見送るセフィーにルシーナが話しかける。
「どう思うセフィー? 」
セフィーはそれにはっきりと答える。
「断定はできないけど、入り口の石の扉は学園の人が作った物だと思う」
「やっぱりそう思う? まぁその刻まれてる文字ってのは魔法言語ね、おそらく」
「だとしたら、ちょっと面倒なことになりそうだね、、、はぁあ」
魔法言語が使われている時点でフィラート魔法学園が何かしら手を施しているのは確実だった。
セフィーはがっくりと項垂れ、ため息をつく。
「まぁ、ここで立ち止まってても意味がないわ。取りあえず入り口まで行ってみましょう」
そんなセフィーを元気づけながらルシーナは歩き出す。
セフィーも、ルシーナに続いて歩き出す。
遺跡の入り口まで何の問題もなく歩いてきた二人は、入り口への階段を上る。
元は神殿だったことを確証づけるように遺跡の入り口は十数段の階段を上ったところにあった。
どうしても周りから目を引く位置にあるため、二人はローブに付いているフードを深くかぶり入り口へと近づく。
後ろ姿だけを見れば二人を見知った者でさえおそらく二人だと気づくことは無いであろうその姿。
どうか、一番会いたくない貴族だけには見つからないようにと二人は願う。
入り口の前には話通り石の扉があり、しっかりと入り口を封じていた。刻まれた文字は二人の予想通り魔法言語だった。
が、しかし
「我、力無き者を通す事なかれ ここを通りたきならば汝の力しめすべし 我、通り抜けし事できぬは、この先、進みし権利なし」
刻まれていた魔法言語は驚くほど簡単な文字だった。
ルシーナは声に出して読んだ後、盛大にため息をつく。
「はぁあ。これが読めないなんて、、、どんな頭してるのよ。拍子抜けもいいところね」
「確かに、ね」
そんなルシーナの横でセフィーが苦笑いする。
二人がそんな行動に出るのも当たり前で、刻まれていた魔法言語は驚くほど単純だった。
その文字を読むのに複雑な知識など必要なく、異世界マボロディアでの一般教養さえあれば苦もなく読めるものだった。
「これ、読めないのはさすがにね。 たぶん何か秘密があるんじゃないかな 」
セフィーにはこの文字が読めないことだけが、遺跡には入れない原因とは思えなかった。
それが原因だとするには、いささか入れない人の数が多すぎたのだ。
「きっと入るには他の条件がいるんだよ。そう思うよねルシーナ 」
「でしょうね。さしずめ学園が出す最初の課題って所かしら」
冷静に告げるセフィーにルシーナも頷く。
「さすが、学年トップの実力を持つお二人。見事なまでの推理ですわね」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
ここにきて一番会いたくない人物に声を掛けられ二人はとたんに無口になってしまう。
「まぁ、その文字を読む事ができるなら、すぐにその結論に至りますけどね 」
最初の褒め言葉とは裏腹に見下したような口調で話す女の声。
「お待ちしていましたわ。セフィルーナ・クレセントに、ルシーナダ・シャムラ」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
なおも無言の二人に女は口の端をわずかにあげ笑う。
「刃失いし風の息吹よ」
女はローブの内側から自身の媒介である指示棒を取り出し、魔法言語を唱える。
とたんに激しい風がセフィーとルシーナの間を駆けめぐる。
その風にあおられ深くかぶっていた二人のフードは頭からとれる。
二人の顔が露わになると、女は満足したように手を下ろす。
「歓迎しますわ。お二方」
女の言葉に二人は少し振り向く。
二人の視線の先には口の端わずかにあげた魔法学園の女子生徒がいた。
レベラーデラス・カカストラ・ル・クーナ・コベリア 、二人が今一番会いたくなかった人物だった。
「別に、わざわざ待って無くて良かったのに」
嫌な気持ちを隠そうともせず、そのまま声と表情に出すセフィー。
「てっきり先に行ってると思ったわ。文字を読む事ができたでしょうから」
敢えて嫌みな口調で言うルシーナ。
そんな二人の言葉など、気にもとめずレベッカは肩をすくめて話す。
「そう簡単に事が運べばお二人の力などお借りしようとは思いませんわ」
その言葉にセフィーは若干表情をゆるめて尋ねる。
「どういう事? 」
「言葉のままですわ」
レベッカはいつの間にか後ろに待機していた仲間の一人にゆっくりと目で合図する。
ゆっくりとレベッカの後ろから出てきたのは武術学の生徒だった。
その生徒はルシーナに傷を負わせ、セフィーに吹き飛ばされた男だった。
食堂での傷が癒えていないのか、顔にはどす黒く黄色がかった痣が大きく残り、あちらこちらに手当の包帯を巻いていた。
男はセフィーを睨みつけたが、少しも怯まず見つめ返すセフィーに逆に怯えたようにあわてて目をそらす。
石の扉の手前まで来た男は腰に下げていた剣をさやから抜くと両手で構える。
「我は欲す大地の鼓動」
男が低くつぶやくと両手で持った剣が小刻みにふるえ始める。
徐々に振動が増し目に見えて揺れ幅が大きくなるの待って男は動く
「へぇー魔法剣士なんだ」
ルシーナが意外そうにつぶやくが男にはすでに聞こえていなかった。
「はぁああ」
気合いを入れた後、男は地を蹴る。両手で高々と剣を掲げ一気に振り下ろす
「でやぁあ」
男が振り下ろした剣は激しく震えながら石の扉にぶつかる。
振動にあわせ石のかけらが四方八方へと飛び散る。
「りゃぁあ」
声と共に男は剣を振り下ろしきる。
地へと付いた剣はなおも震えることを止めず剣の周りの地面をはじき飛ばす。
男は一刀両断にすべく斬りつけたはずだった。
「くそっ」
だが、扉は薄く溝ができたぐらいだった。
その溝も瞬く間に修復されていく。
その様子を見届けた二人にレベッカが言う。
「この壁を壊そうとしてもご覧の通りですわ。おそらく力だけでは通れないようになってるみたいですわ」
腕を組み顎で扉を指しながら言うレベッカ。
セフィーとルシーナは一端、顔を見合わせて頷くとレベッカに告げる。
「ただ単に力が足りないだけじゃないの」
「なぜ、そう思うのです? 」
「なぜって、扉にそう出てるし」
思いがけない内容にレベッカは扉の方を見る。
扉の文字は男が攻撃する前と今とでは明らかに変化していた。
「汝の力で我を通りしは許されぬ。汝死に急ぐ無かれ、、、」
レベッカは変化した文字を読みあげる。
呆然と立ちつくすレベッカをよそにセフィーとルシーナが扉の前に立つ。
ルシーナは左袖から指示棒を抜き右手に持つ。セフィーは右腕を前に突き出す。
「「我が敵を討て光の魔弾」」
そして同時に同じ魔法言語を唱える。
ゆっくりと動き出した光の魔弾は瞬く間に前方へと飛ぶ。
同じ動き、同じ瞬間に二つの光の魔弾は石の扉へとぶつかる。
石の扉へぶつかった二つの魔弾はかけらを辺りにまき散らしながら扉を削る。
徐々に表面を細かく砕きながら扉へとめり込む魔弾、それと同時に扉には大小様々な亀裂が走る。
魔弾は完全に扉にめり込んでなお勢いを落とすことなく、ついに扉を貫通する。
扉は貫通した衝撃でゴトゴトと大きく砕け始める。
扉に刻まれていた文字は消えていた。
「我が敵を討て光の魔弾」
扉が瓦礫となって崩れ落ちる前にセフィーはもう一度、同じ魔法言語を唱える。
唱え終わると同時に動き出した魔弾は崩れ落ちようとしていた扉を吹き飛ばす。
小さなかけらとなって崩れ落ちた石の扉。
閉ざされていた扉はセフィーとルシーナの手によって開かれた。
「取りあえず最初の課題突破、かな」
右腕を降ろしながら隣のルシーナに言う。
「まっそんなところね」
ルシーナも指示棒を左袖に付けなおしながらセフィーに答える。
「お見事。さすがは学年トップだけなことはありますわね」
レベッカは手をたたきながら感情のこもらぬ口調で二人をねぎらう。
そんなレベッカなど気にもとめず二人は遺跡の中に足を踏み入れる。
「入るなら早くしないと、扉もとに戻るよ」
背を向けたまま忠告するセフィーの言うとおり、足下に広がる扉の残骸は小刻みに震えていた。
レベッカ達は先に遺跡内に入った二人をおうように急いで遺跡内部に入る。
一番、後ろにいた教会の青年が、遺跡内部に入り終えると同時に、石の扉の残骸は動きだし元の石の扉となり、入り口をふさぐ。
入り口からさしていた光が扉の復元によって遮られ遺跡内は暗く視界は闇に染まる。
「我、命令す 踊れ火炎球」
不安をかき立てるような闇の中、少女の声が響く。
遺跡の中を声が反響する中ルシーナの前に、ぽっと小さな灯火が灯る。
小さな灯火は徐々に大きくなり拳ほどの大きさになると、自転を始める。
ルシーナは自転する火の球を指示棒で軽く叩く。
とたんに火の球は勢いよく動き出す。縦に横に前に後ろにと、火の球はまるで命があるかのように動き回る。
「わぁあ 」
暗闇になれていないのか、いつの間にかレベッカのローブを片手で握りしめていた魔法学園の少女は、火の球の動きを見て感嘆の息を漏らす。
「取りあえず明かりがあった方がいいでしょ 」
ルシーナは火の球を目で追いながら言う。
火の球は遺跡に付けられている照明用の松明に次々と火を灯す。
よく見ると、照明用の松明は新しいが、それを支える土台はかなり昔のものであることが解った。
明かりがついたことで安心したのか、魔法学園の少女はレベッカのローブから手を離す。
彼女が手を離すと同時にレベッカは自分の指示棒をそっとローブの内側にしまう。
「おそらく、ここはまだ奥へと続く通路ね」
ルシーナはあらかた火を付け終えたのを確認すると、指示棒を下げ火の球を消す。
現在地の大まかな位置を把握するとルシーナはセフィーに尋ねる。
「セフィーこれからどうする?」
「取りあえず進もう、たぶんここの遺跡も他の遺跡と似たような作りだろうから」
「了解。まぁ課題の石版も奥にあるでしょうし 」
軽くやりとりする二人の姿をレベッカは無言で見つめていた。
その眼差しはどこか寂しげなものだったがそれに気づくものは誰もいなかった。