それぞれの夜に
学園都市セルラノフィートを照らしていた日の光も地平線に沈み、無数の通りにある街灯に灯がつき始めた頃、セフィーは自らの寮の前に戻ってきていた。
幼い頃から父親の顔を知らず長い間、母親と二人で暮らしていたセフィー。
だが数年前にその母親とも死別した。
それ以来、彼女にとって自分の家と呼べる場所はなくなった。
代わりに魔法学園が所有する寮に部屋を一つ借り、そこが現在の彼女の居場所になった。
彼女が母親と暮らした家は昔と変わらず同じ場所に立っておりその気があればセフィーはそこに住み続けることができた。
しかし彼女はその家に住み続けることができなかった。
経済的な面や生活面などではなく精神的な理由が大きかった。
大好きだった母親との死別。その母親との思いでが残る家での生活は、年端もいかなかった当時のセフィーには耐えられる物ではなかった。
「ただいまぁ」
部屋の鍵を開け、両手に持った買い物袋を落とさないように部屋の中に入る。
部屋の扉はセフィーが閉める前に勝手に閉まり、閉錠時、特有の機械的な音を立て鍵を閉める。
扉の部屋側の面には魔法言語による装飾が施され誰かが閉めずとも勝手に閉まるよう細工され、鍵がついている部分には扉が閉まると同時に自動的に鍵を掛ける用細工された鍵がつけられていた。
どちらも魔法技術を使った細工なのだが、これはすべてセフィー自らが施した物だった。
勝手に閉まる扉に自動的にかかる鍵、どちらも毎朝遅刻ぎりぎりで部屋を飛び出すセフィーならではのアイディアだった。
部屋に入ってすぐのところにある手のひらより大きい石にセフィーは触れる。
間をおかずに部屋のあちらこちらにつけられた照明器具のランプが灯をともす。
台所と別に二つの部屋が一組となった寮の部屋。寝具や着替えがおいてある部屋ともう一つ別の部屋。
綺麗に整頓されたその部屋の真ん中では、四角いテーブルが妙に寂しそうだった。
テーブルの足下には昼間かって置いた遺跡探査実習のために必要な道具一式が無造作に置かれていた。
「これも整理しないと」
足下の道具一式を見ながらセフィーは手に持った買い物袋を丁寧にテーブルの上に置く。
「まぁ、取りあえず整理するのはご飯食べてからにしよう」
そう一人つぶやくと彼女はテーブルの上にのせた買い物袋から夕食にと買った食べ物を取り出しテーブルに並べ、それ以外の物は一つにまとめて足下に置いた。
一端、台所へと向かいお茶の用意をした後、一人で食事を始める。
照明用のランプに照らされた料理はどれも輝いていた。
ランプはともした光をゆらゆらとくねらせながら、テーブルの上に並べた料理を一人、黙々と食べる少女を照らしていた。
食事を終え、お茶を飲みながらセフィーは探索実習用の道具を整理していた。
以前かっておいた布製のサイドバックに、買ってきた薬やいくつかの護符、お手製の攻撃用魔道具を入れ閉じる。
同じく布製のベルトをサイドバックに通し、腰に付けられるようにする。
ベルトには他に、小さな筆差しのような物がいくつかつけられている。
セフィーは一度立ち上がり、部屋の隅に置いてある机の引き出しをあけた。
机には学園で使う教科書や普段の実習時に使う魔道具などがしまってあった。
引き出しから、平らで果物を切る刃物ほどの大きさと幅の魔道具を取り出した。
持ち手の方に鮮やかな飾り布が巻いてあるそれを、筆差しのような物の数だけベルトに差し込んでいった。
「よしっ」
作業を終えベルトの留め具を調整した後セフィーはそのサイドバックやその他諸々がついたベルトをはめてみる。
立ち上がりベルトを一端腰の後ろに回し両端を前に持ってきて留め具で固定する。
セフィーの細い腰回りに幅広の布ベルトは不釣り合いで、道具を入れてふくらんだサイドバックはすらりとした彼女の足とでは違和感があった。
そんなことにはかまわずセフィーは筆差しのような物の位置やサイドバックの位置の調整をする。
ベルトをつけたまま部屋の中を歩き回り、軽く飛び跳ね、腕を大きく振り回す。
一通り動いて腰に付けた道具が一連の動作に支障をきたさぬよう調整を続ける。
「ちょっと重いかな」
調整を終えベルトを外してセフィーはぽつりとつぶやく。
予想したより重くなってしまったそれを仕方がないとあきらめテーブルの下に置く。
次にセフィーは携帯食や就寝時の掛け布の準備を始めた。
学園支給の布製の鞄を持ってきてその中に携帯食を入れ、その上から何枚かの掛けぬのを丁寧に折りたたみしまう。
その後、普段長めにしている肩に掛ける為のベルトを短めにし、サイドバックの時と同じように実際につけてみる。
肩の少し下まである、明るく色の薄い土色の髪を鞄やベルトで挟まないように調整する。
移動する時に邪魔にならないよう、また戦闘になったときすぐに体から外せるように微妙な長さを調整していく。
「やっぱり少し重たいな。荷物ちょっと減らそうかなぁ」
彼女はその整っっていながらどこか幼さの残る顔を歪ませる。
晴れた青空のような瞳の視線はサイドバックと手に持った鞄の間を何度か行ききする。
「まぁいいや何とかなるよね。途中まで馬車だし」
結局一度まとめた荷物を開くのが面倒だったセフィーは鞄の調整を終え、鞄を肩に掛けたまま、床に置いたままだったサイドバックを通したベルトを手に取り腰につける。
両方をつけたままセフィーはその場でくるくると何度か回る。
彼女の動きにあわせて来ていた上下一つなぎの服の裾がふわりと宙を舞う。
その後も、いろいろと体を動かした後セフィーはゆっくりといすに座る。
「ちょっと重たいけど、久しぶりにしては上出来かな。名付けて腰道具に肩道具」
多少、重くはなったが十分な仕上がりにセフィーは満足げに頷く。
見た目のままの安直な名前の付け方はセフィーならではだった。
その後もあれやこれといろいろと準備を整えるセフィー。
一通りの準備を終え、椅子に座り一息つく。
「取りあえず今日はこれぐらいでいいかな」
彼女は準備した道具一式をテーブルの下に置く。
代わりに下に置きっぱなしだった袋から、数冊の本を取り出しテーブルの上に置く。
そして椅子から立ち上がり机の上に置いてある長細い箱と、引き出しから何枚かの何もかかれていない紙を取り出し、テーブルへと戻ってくる。
テーブルの上に本と紙を適当に並べ、セフィーは手に持った箱をゆっくりと開ける。
中にはセフィーの母親が彼女の為に残した髪飾りが納められていた。
セフィーは首をそらし大きく一度息を吸う。同じはずの空気が少し冷たく気持ちを切り替えるにはちょうどよかった。
「帰ってからのつもりだったけど、、、、、、少しだけなら良いよね。明日、明後日休みとってるんだし」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、セフィーは箱から髪飾りを取り出す。
手に持った髪飾りを前にセフィーは先日のことが頭をよぎる。
自らの不用意な言葉で大事な親友であるルシーナに傷を負わせてしまった。
その傷がたいした物でなくてもセフィーは自分が許せなかった。
いつも自分を母親のように見守ってくれる存在。
時には意地悪なことをされるが、悲しい時、くじけそうになった時、いつもそばにいてくれる。
時には力強く引っ張って行ってくれる。
何より月のように優しく暖かい笑顔は、いつだって元気づけてくれる。
そんなルシーナだからこそ守りたい。
そのためには今できることをやる。
「よしっ」
セフィーは頭を軽く左右に振り気合いを入れる。
手に持った髪飾りを詳しく見ていく。
その姿を用意した筆記用具でまっさらな紙に書き写していく。
小さな石の周りに掘られた見えにくい魔法言語までセフィーは調べる。
時折、ランプの明かりにかざしながら隅々まで入念に書き写していくのだった。
セフィーのその作業は夜を通り越して深夜と呼ばれる時間帯まで続けられた。
部屋の中ではずっと彼女を見守るようにランプの灯が消えることなく揺れ続けていた。
セフィーが自らの部屋で準備をしているとき、ルシーナもまた同じように準備をしていた。
「取りあえずはこれで良いわね」
以前、親友であるセフィーと共に買っておいたサイドバックに必要な物を納め終わり、彼女は寝るための準備をする。
昼間買い物をするときに着ていった淡い青色の服を脱ぎ、寝間着を着た後、寝室へと向かう。
ベッドに腰掛け寝ている間に乱れないよう、自らの金色の髪を軽く一つにまとめる。
「っっ、、、」
何気なく触れた首筋に違和感を覚えるルシーナ
もう一度、今度は確かめるように指で触れる。
違和感の正体は小さな切り傷だった。
一度、部屋の明かりをつけ寝室においてある小さな鏡でその傷を見るルシーナ。
その傷は先日やっかいな誘いを受けたときに付けられた傷だった。
幸い刃物で付けられた傷はごく浅い物で、すでに切り口はふさがり傷自体も数日もすれば跡形もなく消えるほどの物だった。
彼女は鏡を置きベッドへと戻り腰掛ける。
しかし、そのまま横になることはせず深々とため息をつく。
彼女にとって傷の状態なんてたいしたことではなかった。
それよりも自らが原因で大事な親友に嫌な思いをさせてしまったことの方が重要だった。
「私はいつもあの子に迷惑ばかり掛けてるな、、、、、、、」
ルシーナは一人自分のふがいなさを嘆いていた。
あなたは悪くない、と笑って言ってくれた親友に助けられてばかりの自分自身に、ルシーナは嫌気がさした。
「そう言えば私はあの子に何もしてあげてない」
おそらく当の本人が聞けば大きく否定するだろう考えをルシーナはつぶやく。
「いつだってそう、、、、、、、あの時だって」
ルシーナは過去の出来事を思い出していた。
初めて公園にいって誰にも相手にされなかったとき。
自らの見た目で周りからからかわれたとき。
女一人で何不自由なく育ててくれた母が亡くなったとき。
一つ一つ思い出すたびにルシーナは自分の情けなさにいつしか涙がこぼれていた。
守りたい、傷つけたくない、そう思っているのにいつも守られ助けられているのは自分だという事実がルシーナは悔しかった。
決して腕っ節が強いわけではない、体だって自分より小さい。
遅刻の常習犯で子供のような言い訳しかできず、熱中すると周りが見えなくなる。
それなのにいつも自分を太陽のように照らして明るい気分にさせてくれる。
かけがえのない存在。
そんな大事な親友一人守れないことが許せなかった。
そんな思いがあふれ耐えきれずルシーナはベッドへと倒れ込み、一人声も出さず泣き続けた。
、、、、、、ルシーナの泣き顔は凄い変だよ、、、、、、
ふとっルシーナの頭の中で過去のセフィーの言葉がよみがえる。
、、、ルシーナには暗い顔や泣き顔なんて似合わないよ。、、、
前に守られたとき、今の自分のように泣いてしまった自分を元気づけようとしたセフィーが言った言葉。
、、、ルシーナの笑顔は私を元気にしてくれるんだ。、、、
今より幼い顔立ちのセフィーがそう話す姿がルシーナの記憶によみがえる。
、、、だから泣かないで、ルシーナ。私はルシーナのいつもの元気な姿が良い。、、、
泣いていたはずだったルシーナはいつしか笑っていた。
「そう、、、そうっだったわね」
時折しゃくり上げながらルシーナはつぶやく。
彼女は思い出していた親友であるセフィーに自分自身がしてあげようと思ったことを。
それは彼女のそばでいつも励ましてあげること、彼女がルシーナにしているように。
彼女のことを守れないかもしれない、でも大事なのはそのことで嘆き悲しむことじゃない。
大事なのはそばにいて傷ついた彼女を精一杯元気づけること。
彼女がそうしているように。
時には今みたいに耐えきれず泣いてしまうかもしれない。
でも絶対にセフィーの前では笑っていよう。
そのことで彼女を笑顔にすることができるなら。
「泣いてる場合じゃないわね」
目元に残る涙を手でぬぐい、ルシーナは自分ができることをやるために寝室から元の部屋に戻り、一度まとめた荷物を机の上に並べていく。そして部屋のあちらこちらから様々な機材を取り出しては机の横に置いてゆく。
機材をとり出し終わると、今度は買ってきて手つかずのままだった買い物袋から何冊も本を取り出しては、机に置きそれを一冊ずつ呼んでゆく。
「私は私にできる方法であの子を支える」
「あの子を傷つけることなんて私が許さない」
熱心に本を読むルシーナの切れ長碧眼の瞳は、火が燃え上がるように力強かった。
それぞれの夜それぞれの思いを胸に夜は更けていく。
学園都市セルラノフィートは月明かりに照らされてとても静かたっだ。
しばらくの間、週末に3話ずつの予定で更新していこうと思っています。