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 まだ整地が行き届いていない荒れた道を蹴って、オオル大地にある特別工事区域をクラドは走る。周囲を見渡しても乾いた大地と拳骨のような岩があるだけ。定期的に行われる魔獣討伐のおかげで、この辺りは凶暴な魔獣がいない。魔獣除けの鈴があれば、襲われる心配はほとんどない。


 大きな岩が時々転がっている単調な一本道の周囲に、高い塀のような工業用の防音布がある。荒野に点在している作りかけの建物を、守り囲むように設置されている。風で防音布がなびく。外から部屋の内部が丸見えの壁のない建物や、土台に柱だけ立っている骨組みだけの建物がある。どの建物も完成の産声を上げる時を待っている。

 その作りかけの建物たちの後ろに、先程から見えている灰色の岩壁の姿がある。近付くほど視界一杯に広がり、行く先に立ちはだかるように感じた。これ以上、誰かが近づくことを拒むように。



 魔獣が大きく開けた口のような岩壁のトンネルに入り、薄暗い通路を行く。中はひんやりしていて涼しい。馬車が二台通れるほどの幅がある通路は風通しも良く、汗が心地よく身体を冷やす。

 しばらく進むと熱気に包まれた空気が流れてくる。この先にクラドの会社の工事現場がある。再び汗が出始める頃、外の光がだんだん視界に広がった。トンネルを潜り抜けると、目の前に山のような建造物が堂々と佇んでいた。



 バラクの遺跡だ。



 バラクの遺跡は、岩壁が守るように丸く囲んだ中心にある。その姿は、山と城が同化して存在しているように見えた。大地から伸びる極太の支柱、岩石を削り取って形成された壁や窓、空に向かって伸びる屋根まですべて巨大。近づけば視界のほとんどを独占するほどだ。

 そのどっしりとした図体は所々土や石で埋まっていたり、崩れて落ちて痛んでいる箇所がある。傷付いた遺跡を治療する為、朽ちかけた外壁に木板の足場を組んでいた。新しい大きな石のブロックを積み、キレイに修復した箇所は堂々とした風格がにじみ出ていた。



「みなさん、おはようございます」

 朝の挨拶がここまで聞こえた。クラドの口が開いたまま固まる。やっば、社長の声だ。遺跡の近くにある仮設事務所の前で、朝礼が始まった。社長の前にダンジョン建設課の社員が集まっている。営業、事務、建築、ハンター、作業補佐などそれぞれの班に分かれて整列していた。


「今日も朝からすごく暑い。こんなに日差しが強いと、まるで試練のように感じますね。でも、バラクの遺跡を作るのには、お似合いの日だと思います」

 課長の怒った顔が頭に浮かぶ。朝礼に間に合わなかったのがバレたら何を言われるか、クラドは考えただけで胃が締めつけられた。気付かれないように、そ~っと社員の列に近づいていく。



「バラクの遺跡は将来の勇者育成の為に、現存する遺跡のひとつを改築した訓練施設です。改築作業はとても困難なうえ、我が社初の試みになる設備も多いので、みなさんも疲労が溜まっていると思います。

 ですが、あと三十日で完成させなければオープンに間に合いません」

 社長が両手を広げて社員全員を見渡した。姿勢を低くして近くに置いてあった資材の陰に隠れる。

「期日に間に合わなければ、私達は子供達にウソをつくことになります。努力してもできないことがあると、未完成のダンジョンを通して子供達に伝えてしまうことになるのです。私には、そんなメッセージをとても伝えることができない。勇者を目指している子供達が、バラクの遺跡の完成を心待ちにしているというのに」



 社長の視線を掻い潜り、クラドは音を立てずに社員の列の最後尾に並ぶ。なんとかバレずに切り抜けることができた。

「だからこそ、今、すべての力を出す時なのですっ。

 試練は乗り越える為にある。このことを子供達に教える為に全力を持って作業に当たり、ダンジョンを完成させましょう。

 バラクの試練がお客様の心を満足できるように、みなさん、がんばりましょう!」



 社長の挨拶が終わり、拍手が辺り一面に鳴り響く。社長は朝から気合入ってるなぁ、とクラドが感心して拍手をしていると小さく緩やかに肩を叩かれた。

「君はそんな所で何をしているのかね?」

 機嫌の悪そうな低い声。クラドの額から冷や汗が流れた。恐る恐る振り返る。今一番会いたくない人物、キリュウ=サブログ課長がいる。眉間にシワを寄せながら、腰の後ろで両手を結んで立っていた。


「え、あの、朝礼なので整列をですね」

 サブログ課長の毛糸のような目がさらに細くなった。

「ここは営業班の社員が並ぶところだ。キミが所属している作業補佐班はあそこだろう」

 サブログ課長が顎で示した場所は、ここからかなり離れていた。建築班の列の隣で、ジュウナが堂々とあくびをしながら一人で立っている。

 クラドが配属されている作業補佐班は今、ジュウナとクラドの二人しかいない。他の班がそれぞれ分かれて列を成している中、作業補佐班だけ一人足りないのは明らかに目立っていた。



「あ、あ~しまった」

 クラドを自分の額を叩いた。

「すみません、列を間違えました。今朝は通勤途中で」

「魔獣にでも襲われた、とか言いださないよなワーグス君。まさか、そんな嘘つくわけがない」

「え、いや、その」

 クラドが固まる。遅刻の言い訳の定番『魔獣に襲われていました』が、さくっと潰されてしまった。やはり恐ろしい上司だ。夢にまで出てくる上司は現実でもすごいプレッシャーを放ってきた。

「ワーグス、なぜ黙っている。遅刻の言い訳は一つでおしまいか?」

 サブログ課長が発する一つ一つの言葉が、クラドの精神をえぐっていく。何も言葉が出ない。額から大量の汗が流れて止まらない。クラドは頭を下げることしかできなかった。


「もっと背筋を伸ばしてしっかりしなさい。それでも我が社の社員か? 自分の行動を管理できず、就業時間もロクに守れない人間は我が社の負債だ。キミは足を引っ張る為にエルオスに入社したかね?」

 建築会社エルオス。住宅や工場、城など建物全般の建設や改築、補修などを主に仕事にしている会社だ。三年前から、どんな企業もやらなかった勇者育成用のダンジョン建設を始め、業績を伸ばしている。リリが憧れる勇者関係のお仕事だ。


 クラドは背筋を伸ばして志望理由をハキハキと答えた。

「いえ、違います。僕は、勇者の役に立ちたい、少しでも力になりたいと思ったのでエルオスに入社しました」

 クラドは真剣に、それこそ本心で言ったのだが、周囲の社員は鼻で笑っていた。サブログ課長は淡々とした口調でバッサリと切った。


「思っているだけでは全くダメだ。少しは行動に移しなさい。大体キミの仕事に対する態度は――」

 目の前の説教マシーンは工場の流れ作業のごとく、お叱りの言葉をどんどん量産し続けた。クラドが何か言ったとしても、しばらく収まりそうにない。ほかの社員達は自分の仕事場にそれぞれ向かい始めていた。周りにいた営業班の人達は、口元の笑みを手で隠しながらクラドの横を通った。


 他の社員も笑っていることにクラドは気付いた。自分にいろんな人の視線が集中しているのがわかる。事務班の女の子達にも見られている。その中に同期のフィルナ=ルイノウもいた。顔を青くしながらクラドは思った。穴があったら入りたい、マジで。



「クラドぉ!」


 工事現場に大きな声が拡散した。クラドはいきなり呼ばれてビクっと固まった。回りの社員達も突然の大声に動きが一瞬止まり、視線を声の元に送る。その先にジュウナがいた。

 ジュウナはみんなの視線を集めながら、社員の列を掻き分けてクラドとサブログ課長の前に来た。

「こんな所で何やってんだ。もう仕事始めるぞ。早くこい」

 強引にクラドの襟を掴んで歩き出すジュウナ。サブログ課長が呼び止めた。

「待ちなさいルルフ君。こちらはまだワーグスに言うべきことがある。先に仕事を進めていなさい」


 ジュウナが振り返る。

「その言うべきことは遅れている仕事よりも優先される事なんですか? 社長の話、聞いていましたよね」

 刺々しい言葉を受け、サブログ課長の片方の眉毛が少し上がる。二人の視線が交差すると周囲は一気に緊張感が走った。社員達の歩みが止まり、みんなが注目する。中でもハンター班の視線はキツイものだった。



 ど、どうしよう。僕の遅刻の所為で、ジュウナ先輩とサブログ課長が今にもぶつかりそうだ。クラドが何もできなくてあわあわしていると、社長の元気のいい声がこのピリピリとした雰囲気を破った。


「サブログ君、ムービン商会の件なんだが」

 回りの空気に気づいていない社長が手を上げて呼んでいた。サブログ課長が腕の時刻石を見る。ジュウナがその隙に口を開いた。

「遅刻の事は、先輩である私がキツく言い聞かせておきます。課長も御自分の仕事を進めてください」

 サブログ課長が眉間にしわを寄せ、ジュウナから視線を外した。

「わかった。この件は終わりにする。ワーグス、これからは十分に注意したまえ」


 サブログ課長は長身をひるがえし、社長と供に歩き仕事の話を進める。そしてこの騒ぎを注目していた社員達を注意しながら、仮設の事務所へ姿を消した。注意された社員達も自分の仕事場に向かっていった。クラドはほっと胸を撫で下ろした。

 だが、危機がまだ完全に去っていない。ビビりながらジュウナの表情をうかがう。普段と一緒だ。心の中は読めない。

「クラド」

 ジュウナが拳を振り下ろした。クラドは目を閉じて体を硬直させたが、頭に当たったゲンコツはこつん、と軽くだった。


「朝からサブログに説教されてんじゃねえよ。時間のムダだろ」

「す……すいません」

「もう遅刻すんなよ。さあ仕事仕事」


 あれ、これだけ? クラドは首を捻った。ジュウナが言うキツいお説教は、意外とあっさりと終わった。

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