第二十九話 しばしの休憩
「よーし、それじゃあ、出発するよ」
「任せろ」
「「「はーい」」」
3列シートの2列目に座っているコータが、車に乗っている他のメンバーに告げると、運転席に座るミツルと2列目と3列目に分乗する女子たちが元気な声で返事をする。
「よりによって、なんで俺が助手席なんだァァァァ!!!!」
「仕方ないよ、くじ引きだったんだから」
「ミホの隣が良かった! というか、それしか望まないから、今からでも交代してください」
「くじ引きでも、運命の相手を引き当てるのが、このワタル様だ!だとか言ってなかったっけ?」
「じゃあ、運命の相手はミツルってコトじゃないかな」
「やめてぇぇぇぇ!!!! 気持ち悪いコト言わないでぇぇぇえええ!!!!」
「おまえ、降ろすぞ」
叫ぶワタルに、困った顔をしながら応えるコータと、茶化す誠二。
そして、怒気を孕んだ声音でワタルを睨みつけるミツル。
あまりにも、いつも通りの雰囲気を醸し出す4人だが、これから死ぬかもしれないのだ。
本人たちも、それをわかった上での空元気である。
常に気を張ったままでは、いつしか切れてしまうのはわかりきっていることなので。
「じゃあ、今後の進路を言うけど、とりあえずは、高速道路は使わずにひたすら北上だね。 なるべく、大通りは使わないってことで」
「了解」
「高速で一気にビューンと行けたら楽なのになぁ」
「そんな風に高速乗ったら、怪物ホイホイになっちゃうよ」
「それは勘弁」
「なら、黙って助手席に座ってろ」
2列目で、左にカオリと右にユキの二人に挟まれて座るコータが、人差し指を立てて、今後の予定を告げる。
運転手のミツルが何も言わずに了承したのに対し、ワタルが呑気に危険なことを言うが、コータがやんわりと答え、肩をすくめる。
相変わらず辛辣なコメントをするミツルだが、ワタルは珍しく何も言わない。
「アレ、ワタルがミツルに突っかからないなんて珍し」
「ホントだね。 どうかしたのかな?」
「寝てる」
ミホが目を丸くしながら言うので、コータが前の席を覗き込もうとするが、その前にミツルが一言。
やれやれと嘆息する一同だが、ミツルが無言のまま車のエンジンをかける。
バンのような車によくある低い振動は全く感じられず、音も小さいので、これではすぐに寝入ってしまいそうだが、乗って数十秒ではさすがに寝ない。
ただ、遊軍の車両なので、なんらかの改造はされているとは思うが、睡眠促進などという改造はないだろう。
「まぁ、寝かしておいてあげようか。 …………こんなにリラックスして眠れるのも、今だけだし」
「そうね。 みんなも寝ていいわよ。 私は起きてるから」
「僕も道案内のために起きてるから、休んでていいよ」
コータが、ワタルを静かに見ながら言い、気を利かせたユキが他のメンバーにも寝てていいと促す。
だが、隣に座るコータが、案内役を申し出たので、それには素直に従い、他のメンバーにはゆっくりと休んでもらう。
無論、運転手であるミツルは休むわけにはいかないのだが、当の本人は文句も言わずに、黙ったまま何も言わない。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわねー」
「じゃ、おやすみ~」
「zzz……zzz……」
嬉々として返事を返すミホとカオリと、すでに寝ている誠二。
やはり、誠二はワタルとはどこか似ているところがあるのかもしれない。
そんな3人が寝息を立て始めるのに長く時間はかからなかった。
「やっぱり、みんな疲れてるんだね」
「そうね…………ここ何日かは忙しかったからね」
優し気な目をしながら言うコータに、思い出すように応えるユキ。
確かに、学校が襲撃されてから、まだ3日しか経っていないのだ。
大変なことが続いたせいで、もう1か月くらい経ったような不思議な感覚になる。
「それに、これからはもっと忙しくなるんだからね。 …………全員で、生きて訓練所に戻るためにも」
「…………そうね。 頑張らなきゃ」
「心配しないで! ユキのことは僕が全力で守るからさ」
「えへへ、ありがとう、コータ。 私もコータのことを守るね」
「そ、そう? あ、ありがと」
真剣な眼差しで決心を固めるコータに、嬉しそうにしながらユキも同じ言葉を返す。
自分が先に言ったくせに、コータは顔を赤くして、恥ずかしそうに感謝を述べたが、この一連のやりとりを気に食わない顔で見ている人が一人。
「おっと、手が滑った」
「わわっ!?」
「きゃっ!?」
運転席に座るミツルが、ステアリングをミスするように見せかけて、わざと左にハンドルを切る。
いきなりのことで驚いたコータとユキが、右側にふらつき、コータはカオリに、ユキはコータにもたれかかる。
そして、なんとコータが体を支えようと手を伸ばした先には、気持ちよく眠っているカオリの顔で、とっさに位置をずらし、カオリの横腹にキレイに決まる。
「ひゃうっ!?」
「あっ、ゴメン、カオリ!!」
「どこ、触ってるのよ、この変態――――!!」
「誤解だよ!! それに、横腹触っただけじゃん!!」
「どこ、触ろうとしてたのよぉぉぉ!!!」
「あっ、しまった!!」
運転席で、一人ニヤリと笑う策士と、まんまと策に嵌められたコータとそれに利用されたカオリ。
だが、ミツルが考えた策はホントはカオリの胸にコータをぶつけるつもりだったのだが、それは本人の無意識でのユキに嫌われたくない衝動により、阻まれた。
もっとも、カオリに手でビシバシと叩かれるコータを見て、これはこれで十分かとも思うミツルであった。
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順調に進んでいった一同は、ゆっくりと3時間ほどかけて埼玉の上の方にある沼がある公園に休憩を取っている。
途中にあるスーパーで食料(もとい弁当や総菜)を買い込み、紅葉になりかけた木々の根元で優雅に食事をしている。
弁当と一緒に買ったインスタントコーヒーを、登山用の携行式の湯沸かし器で沸かしたお湯で淹れる。
「やっぱり、コーヒーはいいねぇ」
「インスタントだけどね」
「俺は紅茶の方が好きだ」
「水で十分」
しみじみと呟くワタルに対し、コータ、誠二、ミツルがそれぞれ返す。
といっても、ちゃんと反応したのはコータだけだが。
後のコメントはただ自分の好きな飲み物を上げただけに過ぎない。
「それにしても、この後はどうするんだ?」
「そんなこと言って、出発した時からずっと寝てたじゃない」
「それはそれ、これはこれ!!」
「はぁ、わかったよ。 とりあえずは、海の方に出ようかと思うんだ。 だから、茨城の方だね」
「アレ、海があるのって栃木じゃなかっけ?」
「位置が逆だよ!」
「そうだったのか…………初めて知ったわ」
「バカめ」
「んだと、テメェ!!」
「全くもう、ケンカしないの」
今後の予定を話し合う、ずっと爆睡していたワタルと、ユキと楽しく話しながら案内役を一応果たしていたコータ。
ワタルのバカ発言に、吐き捨てる様にミツルが反応したので、一触即発の状態になる二人をコータが仲裁する。
ここまで来ると、いつもの平常運転であり、わざとではなく本気でやっているようだ。
「アンタたち、ホントに元気ねぇ。 どこから、その元気が来るのよ?」
「海よりも深くて、宇宙よりも広大な場所からさ!!」
「バカなの?」
しんねりと見つめるカオリに堂々と意味の分からない発言をするワタル。
カオリはそんなワタルに肩をすくめ、それ以上は何も言わない。
代わりに、コータに話を向ける。
「それより、なんでわざわざ海の方に出るの? せっかく、内陸の埼玉まで普通に来たのに」
「ここから先には、強力な怪物が出るんだよ。 特に、あの巨大ダンゴムシがね」
「うげぇ、アイツか。 もう見たくないな」
「だよね。 だから、ここからは海に向かうんだよ」
「なるほどね、わかったわ。 あのコータが警戒するぐらいの怪物だものね」
コータが北を向きながら答えるのに、ワタルは露骨にイヤそうな顔をして反応する。
あの巨大ダンゴムシのことなので、思い出したくない思い出の一つであることには違いない。
「あれ、ミホさん? 俺の言葉は無視ですか?」
「うん? だって、ワタルは怖がりでしょうが」
「グッサァァァァ!!!! 自分の恋人にまでこんな扱いを受けるなんて!?」
「あたし、なんか間違ったコト言ったっけ?」
「「「「いいや、全然」」」」
「うおぉぉぉぃぃぃいいい、おまえらっ!?」
きれいにワタルだけを無視して会話を進めようとするミホに、ワタルは寂しげに問うたが、事実だけをぶつけられる。
それに加え、ミツル以外の全員が頷きと共に返す。
仰け反りながら驚愕するワタルを尻目に、運転手であるミツルがその場を立ち、車のほうへ向かう。
ミツルが立ち上がった場所には、キレイに片づけられた弁当の空箱と、水を飲んだ後の紙コップなどが置いてある。
食事は終わり、ということだろう。
「さてと、それじゃあ、僕たちも行きますか」
「そうね」
「俺は置いてけぼりかいっ!?」
「ゴミ片づけてよ」
「ええっ、俺がっ!?」
「彼氏でしょ」
「はい、喜んで!!」
一人で驚愕に包まれているワタルを置いて、コータたちは先に行ってしまう。
そんなワタルを唯一見捨てなかったミホは、ワタルにゴミの片づけを命じ、文句も言わずに嬉々として従う。
そして、車に乗り込んだ一同は、また北海道へと歩みを進める。
この先、とてつもない困難が待ち受けているとは知らずに。
~次回予告~
ワタル「今日の夕飯はどうしようか?」
コータ「さっき、昼食摂ったばかりじゃない」
ワタル「ほら、成長期の男の子は食べ盛りじゃん」
コータ「それ、説明になってるの?」
ワタル「なってない?」
誠二「なってないでしょ」
ワタル「そうかなぁ」
ミツル「バカめ」
ワタル「なんで、おまえはいつもそればっかりなんだよ!!」
ミツル「事実だろうが?」
ワタル「テメェェェェ!!!!」
ミホ「うっさい!!」
ゴッ!!!
ワタル「ぎゃあああああ!!!!」




