第5章ー3
前話に続いて、義和団の背景説明です。
「役人が頼りにならないなら、自分で身を護るか、他人と一緒になって身を護るかですな」
斎藤一は答えた。
「そのとおり、大抵の人間は他人と一緒になって身を護ろうとする」
本多海兵本部長は答えた。
「ここから後は俺の推測が多分に入るのは承知してくれ」
斎藤が肯くのを確認してから本多は続けた。
「というのは、山東省の現地事情が今一つ精確に分からないのだ。どうもあやふやというか、あいまいな情報が多い。ともかく他人と共に身を護るために自警団が発生し、それがキリスト教の宣教師やキリスト教の信徒とそれ以外の民衆との争いの際に民衆側に立って行動しだしたらしい。その自警団では体を鍛えて身を護るために拳法を学ぶことにした。また、拳法を学ぶ集団が自警団になった例もあるみたいだ。拳法とはいうが民間信仰も多分に入っていて、この拳法を究めれば銃弾からも身を護れる等々のことを宣伝していた。その拳法にしてもどうも複数あったらしい。その自警団が学ぶ拳法の中で最も人気があった拳法が梅花拳だったが、自警団の行動が過激化するにつれて、本来の拳法の指導者に迷惑が掛からないようにということで、指導者側と自警団側のどちらが主に言いだしたのかは分からないが、自らの拳法は梅花拳ではなく義和拳だと名乗りだした。そして、自らの拳法も義和拳だと他の拳法を学んでいた集団もいうようになり、それもあってこういった集団のことをひとまとめにして部外の者たちが義和団というようになった」
「それにしても、何で義和団の活動が山東省で活発になったのですか?北京のすぐ側ではないですか?」
斎藤は口をはさんだ。
「2つ理由があると睨んでいる。まず第一に山東省で力を得たのが独だということだ。独は英仏より清国では新参者だ。だから、清国事情を相対的に知らずに独人は行動する。更に山東省は孔子の出身地でもある。キリスト教宣教師からしてみたら山東省で儒教からキリスト教徒を獲得したら、他の土地で信徒を増やすより大きな効果があると見て熱心に布教に勤しんだ。だが、儒教の側から見たら、孔子の出身地、聖地で何をしているということになる」
本多は言った。
「厄介ですな。伊勢神宮や京の傍で宣教師が活動するようなものだ」
斎藤は言った。
「もう一つの理由が、清国の上層部にも義和団を歓迎する動きがあることだ。何しろ排外愛国運動は清国にとって正義だ。義和団の行動が排外愛国運動なのは否定しきれないからな。特につい最近まで山東省の巡撫をしていた毓賢は義和団の排外愛国行動を黙認した。それもあって、義和団は山東省で急速に勢力を拡大したが、独等欧米列強も黙っていはいない。義和団を取り締まれと清国政府に圧力を掛けて、毓賢は解任されて袁世凱が後任の巡撫になり、アメとムチで山東省の義和団の取り締まりを行った。穏健派は袁世凱のアメとムチで大人しくなったが、過激派は山東省以外に活路を見出そうとして山東省外に溢れ出して、主な者は北京を目指しだした。厄介なことに清国全体の民衆に排外愛国運動はくすぶっている。北京に義和団の過激派が近づくにつれ、それに呼応する民衆が義和団に続々と参加してしまったというのが現状なのだ。最新情報によると既に北京では義和団の過激派が闊歩しだしていて、外国人は北京の街中を歩けなくなりつつあるらしい」
本多は一息入れた。
斎藤はいつの間にか自分が息をのんでいたことに気づいた。
すいません。背景説明が長くなりました。
次で終わらせます。
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