第5章ー2
義和団の乱の背景の説明話です
「すみませんが、この半年余り、台湾の山の中で戦ってきた私にわかるように話していただけませんでしょうか。何しろ新聞すらろくに読めなかったもので」
斎藤一大佐は思わず口をはさんだ。
本多海兵本部長は、自分が何もかも把握していると思っているらしい。
本多海兵本部長はこの十年近く海兵本部長、または軍令部第3局長を務めてきた極めて有能な人物ではあるが、時々、他人も自分と同様に全てを把握しているという前提で話すという悪癖がある。
台湾から離れる際に交代で派遣されているはずの舞鶴海兵隊がまだ到着していないので、何かおかしいとは思ってはいたが、清国で大規模な排外暴動が起きているとは思ってもいなかった。
「そういえば、そうだった。すまないことをした」
本多海兵本部長は謝罪して考えを巡らせた。
「あの戦争で清国が日本に莫大な賠償金を払うことになったのは知っているな」
「それは当然、知っています。清国の税収の3年分近いとは。よく払ってくれる気になったものです」
斎藤大佐は半分呆れたような口調で話した。
「当然、清国に払えるわけはない。借金して払うことになる。どこが貸してくれる」
「そんな大金を貸せる国は欧米列強しかありません」
「無担保で貸してくれると思うか」
「貸すわけがありませんな。当然、担保を取ります」
斎藤大佐は答えた。
「ドイツ、イギリス、ロシア、フランス、金を貸す代わりにいろいろ担保を取りまくったろう」
「取りまくりましたな。特にロシアが旅順や大連を租借したときには本当に腹が立ちましたよ」
「全くだな」
本多海兵本部長も同意した。
「そして、欧米列強が進出するとキリスト教の宣教師も来る。問題は善意からキリスト教の宣教師は往々にして行動することだ。善意が全ての人に好意的に受け取られるわけではない」
「全くですな。新選組は京の治安のために奮闘したのに京の住民の怨嗟の的になりました」
斎藤は諧謔を込めて言った。
「そういうことにしておくか」
本多も諧謔で答えた。
「私は嘘は吐いていません」
斎藤大佐は真面目な声で答えた。
だが、目は笑っている。
30年以上前の話だ。
自分に都合よく覚えていて話をして何が悪い。
「話がそれそうなので、話を戻すが」
本多はわざとらしく咳払いをして続けた。
「キリスト教の宣教師は貧民や孤児を保護し、役人に掛け合うこともあった。多くが弱者を見捨てられないという善意からだと私は思いたいが、別の立場からすればどうかな」
「弱者の側が虎の威を借りて、役人たちをいいようにしているですか」
「そういうことだ。それに本当に虎の威を借りる狐のごとく私利私欲からキリスト教に改宗する者も多数でだした。更に賠償金支払いのための増税が加わり、民衆はますます苦しむ。それこそ、迷信からキリスト教のせいで天災等が起きていると騒ぐ者も出だした。困ったことに役人は外国人のキリスト教の宣教師には手を出さない。どうすればいい?」
本多は斎藤に尋ねた。
斎藤は考えを巡らせた。
長くなったので分けます。
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