幕間3-3
台湾では7月に入っていた。
海兵隊の脚気対策として導入された麦飯は脚気を完全に撲滅していた
(当時の海兵隊は知らなかったが、実は海兵隊の脚気対策が奏功していたのは副食の充実も大きかった。
特に塩漬け豚肉は脚気対策に好適だった)。
一方の陸軍では脚気が蔓延し、作戦行動に支障が出るレベルになっていた。
陸軍の士官からは、麦飯の導入を海兵隊を見習ってすべきだという声が(少しずつだが)上がりだした。
「陸軍は疫病の巣になったみたいですな」
海兵隊の軍医士官の独り言が林大佐に聞こえてきた。
「そう悪く言ってやるな。彼らも全力を尽くしているのだ」
林大佐はたしなめたが、内心では小躍りしていた。
完全に陸軍は負け戦に突入している。
脚気が蔓延し、弱りきったところにマラリア等の伝染病が陸軍の将兵に襲い掛かっている。
一方の海兵隊は、脚気が絶無な上に、生水、生食厳禁を徹底したこともあり、赤痢やコレラを完全に防いでいた。
一般の兵科士官まで衛生教育を学ばせたのだ。
海兵隊の士官は衛生の重要性を理解しており、軍医の指導に従っていた。
ナポレオンのロシア遠征の悲劇は一般的にはロシアの冬将軍にやられたとされることが多いが、実はロシアの疫病(発疹チフス等々)の前にやられたのを林大佐はフランスに留学していた時に叩き込まれていた。
そういったことから、林大佐は海兵隊の兵科士官にまで衛生教育を学ばせていた。
その効果が完全に挙がっている。
キニーネの予防効果は限定的でマラリアにやられる兵はいるが、健康なところに罹るのと脚気で弱ったところに罹るのでは全く違う。
脚気対策どころか疫病対策でも海兵隊は陸軍を圧倒しつつあった。
7月8日の夕方、林大佐の叱声が新竹で響き渡った。
「近衛師団の兵も予備に回されたいという要望は分かる。だが、脚気が蔓延し、更に赤痢等の疫病まで流行っているのが近衛師団の現状ではないか。予備の兵は急場に駆け付けるだけの行動力が必要不可欠だ。近衛師団の兵は可能なのか」
近衛師団の若手士官たちは全員、下を向いてしまった。
彼らは、海兵隊を予備としておいて急場に駆け付けさせるという林大佐の作戦は、近衛師団を軽んずるものだと抗議するために来たのだった。
だが、林大佐の叱声は全く正しいとしか言いようがない。
新竹にいる近衛師団の兵の2割以上が脚気に罹り、疫病にやられている兵も多い。
一方の海兵隊は脚気が絶無で、疫病に罹っている兵も数少ない。
林大佐の指摘は全く正しかった。
彼らは黙然と林大佐の前を辞去せざるを得なかった。
「畜生、陸軍省医務局は無能ぞろいだ」
「何で海兵隊は脚気が0なのに、我々は脚気が蔓延するのだ」
林大佐の前を辞去した近衛師団の若手士官たちは号泣して、悲憤慷慨した。
「脚気が蔓延するだけならまだしも、赤痢やコレラまで我々は発生させているではないか」
「陸軍省医務局がここまで酷い存在だとは」
彼ら若手士官の興奮はますます高まった。
(だが、これは陸軍と海兵隊の衛生教育の差というものだろう。
彼ら若手士官は生水、生食の危険性の高さを完全には理解しておらず、それもあって赤痢等が陸軍では蔓延していたのだから)
「小松宮師団長に直訴しよう」
「それだけで済ますな。伝手は全部使って告発だ」
彼ら若手士官は激昂して行動を決意した。
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