幕間3-2
土方中尉が部下と共に台湾に上陸してから数日が経っていた。
夕食後はキニーネを飲まねばならない。
それを思うと気が重いが、夕食は楽しみだった。
今日の夕食は豚肉の塩漬けを使った肉じゃがの予定だった。
故郷を思い出す味だ。
そして、父が伝えた料理でもある。
二重の意味で土方中尉にとっては好きな料理だった。
兵と共に車座になって、今日は夕食を食べる。
ご飯は麦飯だ。
兵の中には少しげんなりした顔をするものもいた。
土方中尉はその1人に声をかけた。
「やはり、麦飯は嫌か」
「いや、陸軍がうらやましいです。陸軍は白米を1日に6合も食べていますから」
その兵は答えた。
「それなら、陸軍に入ればよかったではないか」
別の兵が言った。
「父親に言われたんですよ。陸軍ではなく海兵隊に入れ、と」
「何でまた?」
「父は元御家人でして。旧幕臣の者が陸軍に入ろうとするだと、海兵隊に志願せんでどうする、お前は勘当だと父に脅されまして」
「はは、勘当か。ひどい父親だな。それにしても、旧幕臣だから志願したとは、家の誇りというのは、まだあるのだな」
土方中尉は笑った。
「土方中尉が言いますか」
別の兵が言った。
「まあ、否定はできんな」
土方中尉は返した。
「温かいうちに食べてしまおう。冷めるとますます麦飯がまずくなる」
「そうですね」
土方中尉達は夕食を食べだした。
「それにしても麦の補給は大変ですね」
林大佐に対して、補給担当士官は顔をしかめて報告した。
「こういう点では、陸軍がうらやましい」
「まあな」
林大佐も同意せざるを得なかった。
陸軍が麦飯の導入に踏み切れないのは、補給の困難と言うのもある。
米だけ確保するのと、麦も米も確保するのでは2倍近い手間の差が出てくる。
そして、麦飯を供給されることに兵が不満を覚えだしたので、海兵隊が対応策として考えたのが、副食を充実させることだった。
肉じゃがにカレー、豚汁等々が麦飯と共に供給される。
このため、海兵隊の補給が更に困難になっている。
重ばん馬の導入等、それなりに対応はしているが、補給担当士官の苦労は林大佐にとって察するに余りあった。
「しかし、その代り、この酷暑の台湾にいるにも関わらず、脚気患者は海兵隊に出ていないのだろう」
「そのとおりです」
その場にいた軍医士官が誇らしげに胸を張った。
「脚気患者は一人もいません。新聞記者が驚嘆していますよ。海兵隊員は全員が走っていると」
「兵隊が走れないのでは困るのだがな。それにまだ台湾に上陸して数日だ。陸軍の方が台湾に前からいるので、脚気の蔓延が早いだけかもしれん」
林大佐は言った。
「脚気になったら、しびれが出て、走るのが困難になりますからね」
軍医士官が言った。
「麦は腐敗しやすいのも悩みのタネです」
補給担当士官が続けた。
「腐敗を見越して、麦については予め2割増しでの補給を要望します」
「分かった。海兵本部にはわしから進言する」
林大佐は言った。
ともかく、台湾で戦病死者を多数出すわけにはいかん。
海兵隊にも面子がある。
陸軍よりも海兵隊の脚気対策が優れていることを実証し、20年前と同様の結果を迎えてやる。
林大佐はそう決意していた。
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