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幕間3-1 脚気問題

「台湾出兵のような恥は困るぞ、石黒」

 山県陸相がいった。


「もちろんです。陸軍の軍医全体の名誉が掛かっています。全力を尽くします」

「尽くしますでは困る。成果を上げるか否かだ」

「当然のことです。クビを賭けております」

 石黒忠直軍医総監にして陸軍省医務局長は断言した。

 陸軍省医務局には苦い思い出があった。


 時は20年前、台湾出兵の時にさかのぼる。

 台湾出兵は疫病との戦いだったと言っても過言ではなかった。

 陸軍省医務局は、疫病対策として事前準備を充分にしていた(つもりだった)が、実際には全く足りなかった。

 最高指揮官の西郷従道陸軍中将(当時)もマラリアにかかり、最終的に派遣された陸軍の兵士の内7人に1人が台湾の土になった。


 一方、海兵隊は実際に事前準備をしていた。

 海兵隊の死者は20人に1人、割合にして3分の1だった。

 海兵隊の最高指揮官の古屋少佐自らがマラリア治療に当たるという危機もあったが、陸軍と比較するとその差は圧倒的だった。


 新聞報道等で陸軍省医務局は袋叩きにされ、屯田兵は完全に海兵隊のものになった。

 時の陸軍省医務局長の松本良順はこれらのことの責任追及を受けたことから、引責辞任する羽目になった。

 陸軍省医務局の面子が丸潰れになった一件だった。


 そして、最近のこともあった。

 日清戦争によって朝鮮に派兵された海兵隊は脚気が絶無だった。

 その一方で、陸軍の兵は脚気に苦しめられていた。

 脚気は国民病と言われており、脚気対策は国の急務だった。


 海兵隊は海軍の傘下にあることから、海軍省医務局の指導により、麦飯を導入する等の食事改善を行っていたことから、脚気を駆逐することに成功していた。

 海兵隊では脚気が絶無という事実が新聞で報道されると、陸軍省医務局では、海兵隊と陸軍の差は任地によるものであり、脚気が蔓延するところに陸軍がいるために過ぎないと説明することで、実態を糊塗していた。


 だが、陸軍内でも陸軍省医務局の説明に疑問の声が上がりだした。

 その急先鋒になっているのが、桂太郎陸軍中将だった。

 桂は山県陸相の後継者として自他ともに認める存在である。

 その陸軍の重鎮が声を上げたのである。


 桂は、海城攻防戦等で第3師団長として海兵隊と肩を並べて戦ったが、相変わらず海兵隊は脚気が絶無なのに対し、自らの第3師団には脚気が蔓延するという惨状が納得できなかった。

 本当に脚気が伝染病ならば、何故、肩を並べて戦っている海兵隊に一人も脚気患者が出ないのか、陸軍の軍医に説明を求めても要領を得ない。

 海兵隊と同様に麦飯を導入すべきではないか、それによって脚気を減らすべきではないか、と桂は言いだした。


 石黒は桂中将は医学に関しては門外漢ではないか、と内心で侮蔑したが、さすがに桂中将が指摘する現実があっては、無視するわけにもいかない。

 そこで、山県陸相が介入し、日清戦争後の台湾派兵で白黒をつけてはどうか、ということになったのである。

 共に同じ戦場で戦う海兵隊で相変わらず脚気が絶無なら、陸軍省医務局の間違いが明るみになるが、そんなことはあるまい、と山県陸相は言った。


 山県は石黒を信用しており、石黒の正しさを証明するいい機会になると思っていた。

 石黒も思っていた。

 海兵隊と肩を並べて陸軍が戦う、しかも、台湾でだ。

 松本先輩の無念を晴らすいい機会になる。

 今度こそ、陸軍省医務局の名誉を取り戻して見せる。


 だが、石黒も山県も間違っていた。

 脚気は伝染病ではなかったのである。

 そして、それによって生まれた悲劇は、陸軍省医務局史上最大のものとなった。

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