第4章ー15
「ここに来るのは1年半ぶりか」
1895年の年の瀬に林大佐は独り言を言って、海兵本部のある建物に入った。
事前に連絡していたので、すぐに北白川宮海兵本部長室に通される。
「林大佐、本日、無事に台湾から帰国しました」
北白川宮海兵本部長に帰朝報告をする。
北白川宮殿下は満面の笑顔でそれを出迎えた。
「よくやってくれた。来年1月1日付で林大佐は少将に昇任だ。また、子爵に陞爵されるらしい。良かったな」
「私としては依願退職したいのですが、やはり、けじめと言うものが」
「そういうな。お国のためにこき使ってやる。それがお前への罰だ」
室内に既にいた本多軍令部第3局長が笑いながら言った。
「かないませんな」
林大佐は元大名ではあったが戊辰戦争で滅藩処分を受けたことから、華族にはすぐなれなかった。
結局、西南戦争の功績によって林大佐は男爵に授爵されている。
今回の日清戦争の功績で更に子爵へと陞爵されることになったのだった。
「1年半に及ぶ戦役で出征した海兵隊員は約5000名、その内で戦死、戦病死者した者は全部で60名程で済んだのだ。しかも、戦病死者は戦死者よりも少ない。これは充分に誇ってよい」
「軍夫を忘れていませんか」
「軍夫は3000名ほど動員したが、亡くなったのは20名程だ。併せても80名程。ちなみに陸軍の軍夫は10万人の内7000人程亡くなったらしい。もう少し少なくできたかもしれん。でも、陸軍と比較する限り、それは望み過ぎだろう」
北白川宮海兵本部長が答えて言った。
「そうですな」
林大佐は思った。
西南戦争と比較すると遥かにマシな結果だった。
「台湾情勢はどうなのだ」
本多軍令部第3局長が尋ねた。
「私の知る限りですが、台湾民主国軍は1万5000人程が戦死しました。一方、日本軍の戦死者は300名程です。ただ、戦病死者が陸軍で多数出ています。1万人に達したとも聞きました。また、台湾住民の抗戦意欲はまだまだ旺盛です」
「そうか」
林大佐の答えに、本多軍令部第3局長は考え込んだ。
また、台湾に海兵隊は行かねばならない事態が起こるかもしれん。
「ともかく、我々にとって戦争は終わったのだ。ひとまず喜ぼうではないか」
北白川宮海兵本部長が言った。
他の2人も笑顔で応えた。
「ただいま」
同じ頃、土方中尉は横須賀の海兵隊の官舎の戸を開けていた。
新妻が赤子を抱いて、夫を出迎えた。
「お帰りなさいませ」
妻の目元には嬉し涙が溜まっていた。
「出産の際に傍にいてやれなくて済まなかったな」
「お義母さんに言われました。私も3人目の時は、歳三さんが傍にいなかった。軍人の妻として覚悟を固めていたとはいえ辛かった。お前はもっと辛かろうと」
妻は答えた。
「そうだったな」
土方中尉は思い出した。
下の妹が産まれた時に、父は台湾でマラリアに罹り生死の境を彷徨ったのだった。
母や妻は、それも思い出して、自分のことを心配していたのだろうな。
「そういえば、実家からいろいろとこの子のお祝いの品が回って来ていますよ。送り主の方々にお礼状を書いてくださいね。海兵隊の方から新選組の方まで、本当にたくさん届いているのですから」
「そうか。年末年始に書かないといけないな」
土方中尉は思った。
日常が帰ってきた。
自分にとって本当に戦争は終わったのだ。
こんな平穏な日々が続いてほしいものだ。
第4章の終わりです。
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