第4章ー12
「土方中尉、部下と共に帰還しました」
上官の斎藤少佐に土方中尉は報告した。
「損害は?」
「ありません。台湾民主国兵、3人が戦死しました。遺体は埋葬しました。捕虜はいません。他の兵は逃走に成功したようです」
斎藤少佐の問いかけに土方中尉は自然に答えたつもりだったが、斎藤少佐には見抜かれてしまった。
「何かあったな。少年兵でもいたか」
「はい。どうみても10代後半でした。自分が殺しました」
「そうか」
斎藤少佐はぽつんと答えた。
2人の間に沈黙がしばらく落ちた。
「第3中隊が捕虜を捕まえたが、男装した女性だった。声や体形で気づいたそうだ。岸大尉自ら監督して捕虜収容所に送ることになった。女性の捕虜が複数いるらしい。そのために捕虜収容所の側では女性専用を造るべきか、上に打診しているらしい」
斎藤少佐は沈黙を破って言った。
「こんな戦闘、早く終わらせたいものです」
「全くだな。だが、台湾の住民の抵抗意欲は旺盛だ。少年や女性まで自ら志願しているのだ。早く終わる目途は全く立たないな」
斎藤少佐は、遠くの何かを見つめながら言った。
表面上の戦況は日本軍優勢だった。
第2師団全体に加え、更に第4師団から1個旅団が抽出されて台湾の後方警備任務にあたるために増援として派遣されてきた。
こういった状況から、小松宮近衛師団長は、台北から新竹間の警備に当たっていた近衛第2旅団を海上機動させて高雄方面に上陸、台湾民主国軍に後方の安全地帯を失わせる大作戦を発動することにした。
9月7日に台湾中部の要衝である彰化が第2師団の攻撃の前に陥落した。
劉永福将軍は遊撃戦を広範囲に展開することで、日本軍の後方兵站線に脅威を与えて、日本軍の進撃を少しでも遅らせようとしたが、日本海軍の艦隊が基隆港を根拠地として展開し、台湾民主国軍の海上交通路(清本国から台湾民主国に援助は無かったが、武器等物資の売買は行われており、細々ながらも台湾民主国軍はこの物資に最後の望みをつないでいた)を遮断し始めたことから、いよいよ台湾民主国の黄昏は近づいていると表面上は思われていた。
だが、前線で戦う日本軍の将兵は別の感想を持っていた。
「台湾住民の抵抗は鬼神をも哭かしめるものであり、後世まで称賛されるものである」
第2師団の司令部を訪れた林大佐は、乃木中将が大本営に送る報告書の下書きを見せてもらった。
その中の一節を思わず林大佐は言葉に出して読み上げてしまった。
「敵に対する称賛が過ぎると言われるかな」
乃木中将が尋ねた。
「いや、私も同感です。私と連名にしていただきたいくらいです」
「女性や少年まで、自ら志願して我々と戦っているのだ。こんな敵を称賛せずにおれるものか。しかもこの国は生まれたばかりなのだぞ」
乃木中将の目に涙が浮かんでいた。
「全くですな」
林大佐も目を潤ませていた。
「台湾民主国が降伏したとして、戦闘は終わるかな」
「終わらないでしょう」
乃木中将の問いに林大佐は答えた。
「いつ本当に終わると思う?」
「台湾が独立を果たしたとき」
「それはわしの目が黒いうちに見るわけにはいかんな」
「私も目が黒いうちに見るわけにはいきません」
2人は嘆息した。
それを見ていた周囲の者も2人に共感した。
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