第4章ー10
「待たせて済まなかったな」
第2師団長の乃木中将は林大佐に声をかけた。
日本から待ち望まれていた増援の第2師団は新竹に8月10日、ようやく集結を完了した。
「我々は東北の精鋭だ。威海衛で実戦も経験している。共に全力を尽くそうではないか」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
林大佐は敬礼して出迎えた。
「ちょっと来い」
乃木中将は目を笑わせて、林大佐を手招きした。
「何か」
「耳を貸せ」
林大佐は乃木中将に耳を貸した。
「新竹から追撃しなかったのは、陸軍に配慮したからか」
乃木中将は林大佐にささやいた。
「そんなことはありません。本当に疲労していたからです」
「そういうことにしておいてやる」
乃木中将は豪快に笑って、林大佐の耳から口を離した。
「さて、新竹から南下していくか」
乃木中将は隷下の第2師団に命令を下した。
近衛第1旅団と海兵隊も共に南進を始めた。
「それにしても、竹林での戦闘がこんなに難しいとは予想外でしたね」
土方中尉は兵のぼやきを聞いた。
「全くだな」
土方中尉も心から同意した。
新竹からは鉄道は無い。
道路に頼るしかないのだが、その道路は大抵、林の中を通っている。
特に厄介なのが、それが竹林の時だった。
そこで戦闘を行うと見通しがきかない上に、跳弾がしばしば発生して、それによる負傷者が多発する。
精鋭を失った台湾民主国軍は、遊撃戦に回帰し、林の中に小部隊を伏せての襲撃戦術を多用している。
「こんな戦闘が台南まで続くのか」
土方中尉はうめいた。
新竹での戦闘は台湾民主国軍の敗北に終わったが、台湾の民衆には別の衝撃を与えた。
よそ者の劉永福将軍が子飼いの黒旗軍の多くを投入して奮闘してくれたのだ。
我々、台湾の民衆が立ち上がらなくてどうするのだ、という声が巻き上がり、女性や少年まで続々と台湾民主国軍に志願した。
後世、新竹の戦いは台湾の民衆にとって、台湾独立の最初の花火となったと語られることになる。
だが、哀しいかな、現実の彼らに渡す武器は最早、ほとんど台湾民主国軍には尽きていた。
それならば、と倉庫の奥に死蔵されていた火縄銃や弓を志願兵は持ち出した。
果ては竹槍を自作して、それを持って志願する者までいた。
劉将軍は、そういった兵を見るたびに心を痛め、内心で涙を流した。
「新竹での戦闘で失われた兵は数の上では補充され、更には増えたようだが、哀しいな」
劉将軍は最早数少なく宝石のように貴重な存在になった生き残りの子飼いの部下の1人に、そっとこぼした。
「全くですな。彼らに対して、帰宅するように言ったこともありますが、故郷のために戦いたい、と拒絶されました」
その部下も涙をそっと浮かべていた。
「彼らが出来るのは攻撃だけだ。耐え忍んで我慢強く戦う防衛戦闘は、ああいう志願兵にはとてもできまい。本当は防衛戦闘こそ、彼らにやってほしいのだが。わしは、彼らを攻撃に送り出すことしかできん。防御は任せられん」
劉将軍は嘆いた。
「彼らの士気は天を衝かんばかりです。しかし、それに見合うだけの訓練の時間は」
部下は途中で激情があふれて絶句した。
「そうだ。とてもない。そして、武器もない。ないない尽くしだ」
劉将軍は部下の言葉を引き取って続けた後、落涙した。
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