第4章ー9
「これは間違いない情報か」
先程、届いた手紙に目を通し終わった劉永福将軍は尋ねた。
「はい。張之洞閣下からの手紙です」
幕僚の答えに劉将軍は肩を落とした。
やられた、三国志の陸遜の策に掛かったか。
関羽を油断させるために、呉は呂蒙から陸遜に将を交替させた。
そして、陸遜は関羽に勝った。
わしも老いたか、海軍の軍人が陸戦の指揮を執るということ自体がおかしいという勘が働かなかった。
「どうしたのです」
別の幕僚が問いかけた。
「これを読め」
劉将軍はその幕僚に手紙を渡した。
その手紙に目を通すうちに幕僚の顔色が変わる。
「新竹防衛の指揮を執っている海軍軍人は林忠崇といい、戊辰、西南、日清と戦いぬいた歴戦の軍人ですか。しかも戊辰以外は戦場で不敗の軍人」
幕僚は目を丸くしている。
「何となく嫌な勘がしたのでな。清本国に照会したのだ。その結果がこれだ」
劉将軍は手紙を幕僚から取り返した。
劉将軍は考えに沈んだ。
賭けに敗れたか。
遊撃戦を続けるべきだった。
新竹が陥落しない現状で攻撃を中止すれば、台湾民主国軍の敗北を広めることになる。
新竹を守り抜いたことで、日本軍は勝利を宣伝するだろう。
かといって、最早、攻撃を続けても台湾民主国軍に勝算は無い。
砲兵隊の指揮官からは残弾0の連絡が届いている。
そして、弾薬の補給の見込みはほぼ絶無だった。
更に人員の消耗も深刻だった。
黒旗軍以来の自分の子飼いの部下はほとんどこの新竹攻防戦で失われた。
最早、自分の意を汲んで自在に動いてくれる部下はほぼいない。
新竹攻防戦の台湾民主国軍の表向きの損害は死傷者、捕虜全て併せても2万人余りの内6000人程に過ぎないが、精鋭が失われ、質の面では取り返しのつかない損害を被ったのだ。
「撤退する。新竹以北の全ての部隊に新竹以南に退却するように伝令を走らせろ。大砲は破壊して、日本軍に渡すな」
劉将軍は命令を発した。
これから後は、辛く長い退却行が続くだろう。
銃弾の補給もままならない。
銃弾の自作が可能な前装式ライフルや火縄銃を倉庫の奥から持ち出して、我々は戦わざるを得なくなったか。
台湾民主国の終わりの始まりだな。
劉将軍は思わず落涙した。
だが、少しでも日本軍を苦しめてやる。
台湾民主国の意地を最後まで貫いて見せる。
劉将軍は頭を振って内心で誓った。
「台湾民主国軍が包囲を解いて退却していくか」
林大佐は斥候からの報告を受けて考え込んだ。
予想通りだな、砲声が轟かなくなり、補給切れで撤退する頃合いだと思っていた。
「追撃しましょう。敵の退却は追撃の好機でもあります」
陸軍の若手士官は逸り立った。
「止めておこう。包囲戦で兵は疲れ切っているし、わしも疲れた。わしも年だな」
林大佐は韜晦して、内心を押し隠した。
本音としては追撃したいが、それでは、陸軍の嫉視が強くなる。
新竹防衛に成功したという功績で満足すべきだろう。
疲れているのは本当だしな。
子飼いの海兵隊を予備とする代わりに防衛線が崩れそうになるたびに自ら駆けつけて回ったのだ。
幾ら日頃から鍛えてきたとはいえ、本当に疲れた。
部下たちに疲れている姿を見せまいと無理をし過ぎたかな、
林大佐は内心で苦笑いもした。
「分かりました」
陸軍の若手士官は不承不承、林大佐の命令に従った。
「心配するな。もうすぐ日本から増援が来る。そうしたら、好きなだけ追撃が出来るぞ」
林大佐は陸軍の若手士官を慰めた。
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