第4章ー1 台湾民主国
6月1日、土方中尉は漢城近郊に設けられた海兵隊の駐屯地で部下たちと訓練を共にしていた。
日清戦争開戦以来の朝鮮半島から遼東半島への戦闘の結果、2人の部下が戦死または戦病死し、また、重傷を負った結果、傷い兵として除隊を余儀なくされた部下も1人いた。
また、諸般の事情から戦争終結に伴い除隊を許可された部下もいる。
その代りとして補充兵を漢城で受け取り、完全に部隊は充足された。
結局1割ほどの自分の部下が入れ替わったことになる。
これは多いのだろうか、少ないのだろうか。ふと、そんな思いが頭をよぎった。
6月後半に台湾に自分たちは赴くことになっている。
5月末には台湾に到着することになるのだろうと思っていたのだが、下関条約で日本に割譲されることになった台湾では独立運動が発生しており、独立勢力が武装しているという情報が入ったことから、一旦、漢城に移動して補充兵を受け取り部隊を完全充足し、物資等を十分に調達した上で台湾に赴くことになったのだった。
1割ほどの部下が入れ替わったとはいえ、部下の練度は日清戦争当初と同程度を維持している。
取りあえず問題はないな、と土方中尉は判断した。
それにしても、愛妻と長男の待つ家に帰れるのはいつになるのだろう。
少しでも早く帰りたいものだが。
部下たちの多くも似たり寄ったりのことを言っている。
林大佐が漢城での部隊の再編制等を決断したのは、そのためらしい。
佐世保等で部隊の再編制等をすると、脱走する兵が出るのではないかと林大佐は心配したとのことだった。
確かにその心配はある、と土方中尉は思った。
自分も佐世保だったら部下を脱走させずに済む自信は無い、いや、自分が脱走しそうだ。
「小隊長、士官全員集合と林大佐が言われています」
伝令が土方中尉の下に駆け付けてきた。
「分かった。すぐに行く」
土方中尉は返答し、訓練を部下の分隊長たちに任せて、集合場所に赴いた。
集合場所である会議室に入ろうとした土方中尉は、先を歩いていた黒井大尉が会議室の中を見た瞬間に敬礼をしているのを見かけた。
自分の位置からは会議室の中に誰がいるのかは見えない。
誰が来ているのだろうか、本多軍令部第3局長が来られたのだろうか、と思いつつ、会議室の中を見た土方中尉も思わず敬礼をした。
会議室の奥には北白川宮海兵本部長自らが来られていた。
「そう畏まらなくていい。却って、私が緊張する」
北白川宮殿下が声を掛けられたが、北白川宮殿下は海兵隊のトップである上に皇族でもある。
会議室の中にいる士官全員が畏まっていた。
唯一、平然としているのは林大佐だけである。
林大佐の神経の図太さに呆れるべきか、感心すべきかと土方中尉が思っている内に士官全員が集合した。
妙に多い、と思って思わず周囲を土方中尉は見まわしてから気づいた。
漢城にいる士官ほぼ全員が集まっている。
殿下の急な来訪に気を取られ過ぎていて気付くのが遅れた。
「全員集合しました」
士官の1人が報告した。
「よし、最新情勢の報告とそれに基づく行動について会議を始めるが、その前に海兵本部長からのお言葉がある」
林大佐が言った。
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