第3章ー25
5月1日、土方中尉は祖国の家族から届いた手紙を読んで思わず笑みをこぼした。
戦争は終わった。
早く帰国したいものだ。
待っているものがある。
「何だ。笑顔になって、何が書いてあった?」
それを見咎めた岸大尉は土方中尉が読んでいた手紙を奪い取った。
土方中尉からの抗議を聞き流し、岸大尉は手紙をざっと斜め読みした。
手紙を読み終わった岸大尉は顔色を変えて言い放った。
「これは上官に報告を怠ったということで非違行為だ。懲罰ものだ」
「何でそんな話になるのです」
「分からないのか。ともかく斎藤少佐にすぐ報告に行かねばならん」
岸大尉は、土方中尉の抗議を無視して斎藤少佐を探しに走り出した。
土方中尉は慌てて岸大尉を追いかけた。
「報告します。とんでもない非違行為が発覚しました」
岸大尉は斎藤少佐を見つけると、すぐに大声を上げた。
「何事だ」
斎藤少佐が問いただした。
土方中尉は何とか岸大尉から手紙を奪い返そうとしていたが、斎藤少佐の声を聞いて動きを止めた。
「はい。土方中尉に長男が誕生していたとのことです。斎藤少佐はご存知でしたか」
「初耳だが、どうしてそれが非違行為なのだ」
斎藤少佐は思わず言ったが、段々顔色が変わり言った。
「確かに非違行為だな」
「どうしてそうなるのです」
土方中尉が抗議した。
「土方中尉の長男ということは、土方歳三提督の嫡孫ではないか。新選組の関係者に知らせないでどうするのだ。特に斎藤少佐はお前の上官でもあるのだぞ。すぐに話さないでどうする」
岸大尉が言った。
「岸の言うとおりだ。どうして真っ先にわしに報告せんのだ。報告しないのは非違行為だ」
斎藤少佐も岸大尉に味方した。
「公私混同は止めてください」
土方中尉が抗議したが、二人は聞く耳を持たない。
「土方中尉に訓戒処分を下すべきでは」
岸大尉が言うと、斎藤少佐も肯いた。
「当然の処分だな。報告が遅れた以上当然だ」
「どうしてそうなるのです」
土方中尉は更に抗議した。
「何を賑やかにやっているのだ」
林大佐が3人の騒動を聞きつけてやってきた。
3人共思わず畏まった。
「何で騒いでいたのか、説明しろ」
林大佐の一喝に、3人はお互いの顔を見合わせたが、斎藤少佐が一番の上官として意を決して林大佐に話し出した。
「はっ、土方中尉に長男が誕生していたとの話を聞き、3人で話していました。林大佐は既にご存知でしたか」
「初耳だな」
林大佐は言った。
だが、顔に笑みが浮かびつつあった。
「そうか、あの土方提督に嫡孫ができたか。それなら仕方ないな。だが、土方中尉が長男に会えるのはまだ先になるな、ちなみにいつ生まれたのだ」
「2月の終わり頃ですが、何で先になるのです。もう、戦争は終わったのでは」
土方中尉が林大佐に尋ね返した。
「我々横須賀海兵隊は台湾へ赴くことになったからな」
林大佐は言った。
「えっ」
それを聞いた3人は顔を見合わせた。
結局、岸大尉が恐る恐る林大佐に尋ねることにした。
「初めて聞く話なのですが、どういうことなのでしょう」
「海兵本部から連絡があった。台湾接収のために海兵隊も協力することになった。横須賀と呉が台湾に赴く。佐世保と舞鶴は朝鮮の治安維持任務だ」
林大佐は答えた。
「北へ赴いたと思ったら、今度は南ですか」
斎藤少佐がぽつんと言った。
「そういうことだ。諸君の奮闘を期待するぞ。それから、土方中尉、本当におめでとう。わしから海兵本部に連絡はしておく」
「話を大きくしないでください」
土方中尉は抗議したが、誰も聞く耳を持たない。
その後、土方中尉の実家に新選組や海兵隊の関係者から祝いが殺到し、実家が大混乱したのはまた別の話である。
第3章の終わりです。
次話から第4章、台湾民主国になります。
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