第3章ー23
山県陸相は本多海兵本部長への発言を守った。
陸奥外相に対し、露が実際に介入の意向を示しているのかどうかの確認をし、外務省が確認していることを把握すると、遼東半島を諦めることにしたのだ。
ただし、さすがの山県陸相も表立ってはまだ言えなかった。
世論の熱狂がすさまじかったし、李鴻章との交渉もまだ始まってはいない。
そんな中で遼東半島を諦めたことが漏れたら、李鴻章を勇気づけるし、世論の猛反発も買う。
だが、伊藤首相や陸奥外相に、陸軍の意向としては遼東半島還付に応じる用意があることを内々に山県陸相は示した。
陸奥外相は、ほっとした。
外務省内では小村政務局長の猛運動により、遼東半島獲得については否定的な動きが強まっていた。
そうした中で、最も遼東半島還付に反対すると思われていた陸軍が反対しない旨を内々に示してくれたのである。
これで、外務省内を一本化できる。
病身の陸奥外相にとっては、外務省をまとめるのに絶好の援護射撃を行ったことに山県陸相の言動はなった。
伊藤首相もほっとした。
衆議院内も小倉の根回しにより、遼東半島断固獲得を叫ぶ声は徐々に小さくなりつつあった。
露をはじめとする列強の介入をはねのける力は今の日本にはない。
伊藤首相にとって列強の介入の芽を摘むにこしたことはなかった。
表立っては日本政府の意向は、未だに遼東半島獲得と賠償金の獲得を日清講和の際の条件の2本柱としていた。
だが、遼東半島については撤回するという内諾が日本政府の元老、内閣内ではまとまったのだ。
実際問題として、列強はいざとなったら、日清戦争に実際に武力介入できるように軍事力を競うように極東に展開しつつあった。
直隷決戦に日清が突入した後に、露仏が清国に立って介入した場合、露仏連合艦隊は日本艦隊を圧倒できると見込まれていた。
そうなった場合、直隷決戦にほぼ全陸軍を投入している日本は本土防衛すら困難になってしまう。
そういったことを考えると、これ以上の列強の軍事力が欧州から到着する前に講和を行う方が日本にとっても望ましい状況が生まれつつあった。
一方、本多海兵本部長はため息を内心で吐きながら、北白川宮殿下に海兵本部長の事務の引き継ぎを行った。
「今度から、私の方が上官と言うことになりますね。妙な感じです」
北白川宮殿下が言った。
「海兵本部長になると政治的な動きが要求されますから、皇族である北白川宮殿下にお願いするのは、本当は望ましくないのですが」
「軍令部第3局長として私を補佐してください。よろしくお願いします」
「微力を尽くします」
本多は答えた。
「それにしても、林大佐は今度は台湾行がほぼ確定ですか」
北白川宮殿下は同情的な視線を上に向けた。
「林大佐を指揮官に横須賀と呉の2個海兵隊を台湾には向けようと考えています」
本多は言った。
「わずか実質2個大隊、どう見ても1個連隊にしかならない海兵隊を台湾に送ることもないでしょうに」
「おかげで朝鮮に派兵した2個海兵隊の予備もままなりません。速やかに朝鮮軍を再編制して、少なくとも1個海兵隊は祖国に速やかに撤兵させたい」
「同感ですな」
2人はお互いに顔を見合わせて肯いた。
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