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第3章ー21

 小村と小倉の師弟が日清講和条件について奮闘している頃、本多海兵本部長も同様に動いていた。

 軍人勅諭によって本来、軍人が政治に関与することは厳禁のはずだが、今回、本多が動くのは多くの軍人の命が掛かっている戦争の講和条件についてである。

 本多は軍人勅諭はこの場合には適用されない、という自己の理屈を押し通すことにした。


 まず、本多が接触したのは中牟田倉之助海軍中将と榎本武揚予備役海軍中将だった。

 海軍本体の派閥は大雑把にいって3つあるが、薩摩閥が最大で、肥前閥、旧幕府閥が続く関係にある。

 中牟田は肥前閥の領袖であり、榎本は旧幕府閥の後見人的立場にあった。

 幾ら薩摩閥が海軍内で最大と言っても、肥前閥と旧幕府閥が手を組んでしまうとどうにもならない。


 中牟田はそもそも日清開戦自体に反対であったし、榎本は本多とは戊辰戦争以来の仲である。

 本多の説く日清講和の条件として遼東半島を還付し、その代償として台湾を領有して、更に賠償金を獲得するという提案に二人とも賛同した。

 そして、中牟田と榎本が動くことで、海軍は大体、本多の提案する講和案でまとまった。

 だが、まだ最大の難関が残っていた。


 それは陸軍だった。

 どうやって陸軍を説得しようか悩んでいる本多に、山県陸相から呼び出しがあったのは、3月初め、李鴻章の訪日が決まった頃のことだった。


 取るものも取りあえず山県陸相の下に赴いた本多は、山県陸相とすぐに面談することになった。

 山県陸相は不機嫌極まりない顔をして本多を待っていた。

「よくない話を聞いたぞ」

 山県陸相は本多と顔を合わせるなり言った。


「何でしょうか」

 本多はとぼけることにした。

「軍人勅諭は暗唱できるか」

「もちろん、できます」

 本多はすぐに暗唱して見せた。

「暗唱できるということは覚えているな。軍人は政治に関与せずだ。それなのに日清戦争講和の条件に付いてお前が動き回っていると聞いた。言語道断だ。すぐに止めろ」


 本多は思った。

 政治に関与して回っているのは、山県陸相、あなたでしょうに。

 自分のことは棚に上げて言われても説得力がありませんな。


 だが、さすがに口に出すわけにはいかない。

 それに自分も山県陸相の政治力を悪用したことがある。

 本多は一旦、更にとぼけた。

「一体、どこからそんな戯言が」


「わしの耳は内務省にも通じているとだけ言っておこう。小倉と会ったのも知っておるぞ」

「さすがですな」

「とぼけるのも大概にしろ」

 山県陸相はとうとう本多を一喝した。

「遼東半島を還付しろだと。軍人が大量に流した血を何と考えているのだ。戦死した英霊に何というつもりだ。占領した遼東半島を清国に還付することは絶対に許さん」


 仕方ない、こうなったら正面突破しかない、本多は腹をくくることにした。

「それは露英仏が日本に宣戦布告しても戦い抜くという覚悟があるということですか」

「何だと」

「外務省は露英仏が遼東半島を日本が領有しようとするなら介入するつもりがあるという情報を入手しているとのことです。軍令部もそれを確認し、参謀本部にも知らせています。この介入という意味が分からないことはないでしょう」

「ふん」

 山県陸相は鼻を鳴らした。


 本多は更に畳みかけた。

「特に問題は露です。露の南下政策は露骨極まりない。幕末に対馬に根拠地を造ろうとしたこともあるではありませんか。朝鮮に触手を伸ばして来たら何とします。井上馨公使の苦労が水の泡になりますよ」

「ふむ」

 山県陸相も気持ちが落ち着いたのか、本多の話に耳を傾けだした。


「遼東半島の代わりに台湾を手に入れるのです。面積も台湾の方が広いですし。物産も豊富ですよ。戦死した英霊も満足するのではありませんか」

 本多は懸命に説いた。

長くなったので分けます

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