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第3章ー19

 小村寿太郎が料亭から辞去したのを見届けて、本多海兵本部長は小倉処平のいる一室に入った。

 私服を着ているので、一見するだけでは軍人には見えない。

「どうもすみません。内密にしたかったもので」

 本多は小倉に頭を下げた。


「いやいや、私があなたと会っているのを見たら、小村は何を思うか。私の右足を奪った仇敵だとあなた方、海兵隊を小村は思っているはずです。私にとっては、戦場の習いに過ぎませんが。それに私をはじめとする捕虜の治療に全力を尽くしていただき、また、西郷さん達の遺体を鄭重に取り扱ってくれたこと、未だに海兵隊の皆様には感謝にたえません」

 小倉も本多に頭を下げた。

 小倉と本多は旧知の仲だった。


 時は西南戦争の最後の戦い、城山の戦いの直後にさかのぼる。

 小倉は負傷して人事不省となり、海兵隊の捕虜になった。

 海兵隊は大鳥旅団長の指導の下、捕虜の治療に全力を尽くした。

 小倉が右膝下切断の重傷を負いながら、一命を取り留めたのは、海兵隊の初期治療が適切に行われたのが大きかった。


 また、海兵隊は西郷隆盛や桐野利秋といった西郷軍の幹部の遺体を鄭重に取り扱った。

 小倉は海兵隊の病院に入院中にそういったことも聞き、心から感謝した。

 そして、部下の見舞いに海兵隊の病院に来た本多と小倉は知り合い、友人になったのだった。

 だが、元は敵と味方である、何となく内密の友情と言うことになり、その状況が今も続いている。


「ところで、やはり、列強が日清の講和の際に介入してくることは、外務省の小村政務局長もあり得る話しだと言いましたか。吉松中佐が言ってきたときは、私としては信じられませんでしたが」

 本多が言った。


 吉松中佐は、東学党の挙兵の時期をぴたりと当てた功績から(本人としては不本意だったが)、引き続き日清戦争全般の情報収集と分析に当たっている。

 そして、ロンドンタイムズの記事等を分析して、露英仏の介入が日清の講和の際にあり得ると吉松中佐は北白川宮軍令部第3局長や本多海兵本部長に警告したのだった。

 少なくとも遼東半島を日本が取得すると露英仏等が介入する公算は必至とまで吉松中佐は警告した。


 だが、吉松中佐は情報分析には強いが外交の専門家ではない。

 そういったことから外交の専門家の意見を聞こうと本多と北白川宮が思案を巡らせた末、小倉を介することになったのだった。

 陸奥外相は先日の朝鮮王宮襲撃の一件以来、海兵隊とうまくいっていない。

 小倉を介するのが無難だった。


「小村は列強の介入を肯定しました。あなた方の情報分析は間違っていないようです。私としても2つから聞かされては信じざるを得ない。遼東半島は諦めて、その分、多めの賠償金で満足した方がいいと私は思います」

 小倉は言った。

「それが無難で現実的でしょうな。私としては、朝鮮の独立と言う大義で起こした戦争なのですから、遼東半島まで取ってはやり過ぎだと思います。やり過ぎは大抵よくない結果になります」

「全くですな」


「軍部は私達が全力で説得します。山県陸相は現実が見えておられますから、列強の介入が現実の脅威となれば遼東半島還付に同意されるでしょう。今は血が頭に上っていますから、時間がかかるでしょうが。山県陸相が同意すれば、他の軍人も多くが同意するはず。最悪の時は大御心を北白川宮を通じて動かします。そこまですれば軍部は遼東半島還付に同意するでしょう」

 本多は小倉に言った。


「では、私は衆議院の議員連中を説得して回ります。外務省は小村が何とかしてくれるでしょう。そこまですれば、国内に不満は出るでしょうが、大したことにはならないはずです」

 小倉は言った。

「ではお互いに頑張りますか」

「ええ、頑張りましょう」

 2人は肯きあった。

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