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第3章ー17

「露英仏が日清の講和に介入してくる。少なくともそれは十分にあり得ることだと思います。この時代に他国が利益を得るのを列強が黙ってみることはありえない。列強の歓心を買うために外務省としてもいろいろと日清の講和の際には日本が直接必要なくとも列強が以前から求めていた要求を付けようと考えています」

 小村は答えた。


「ふむ」

 小倉はしばらく黙考した後、ぽつんと言った。

「遼東半島は諦めんといかんな」


「今なんと言われました」

 小村は思わず自分の耳がおかしくなったかと思った。

 これまで大量の血を流してきたのだ。

 それなのに占領地を割譲させることを諦めるなんてできるものか。


「遼東半島は諦めんといかんな、と言ったのだ。耳が遠くなったのか」

 小倉は少し声を大きくした。

「そんなことはありません。しかし、遼東半島の日本への割譲要求を諦めるなんて世論が絶対に納得しませんよ」

「もっと世論が怒ることが起こりかねんぞ」

 小倉の声に怒りが少し籠った。


「どういうことです」

「これまで戦争で清国が失った領土がどれだけか分かっているのか。アヘン戦争以降にだ」

「香港と九龍半島くらいですね」

「北京を英仏連合軍が占領したこともあるのに、それだけしか清国は領土を割譲しとらんのだ。まだ、北京を占領してもいない日本が遼東半島を寄越せといったら、露英仏の嫉視を絶対に勝って介入は必至とわしは考えるぞ。そうなったときに日本は露英仏の介入をはねのけれるのか」

「それは無理です」


 そんなの子どもでも分かる。

 その1国だけでも日本は太刀打ちできまい。

 それが3国束になったら、三本の矢どころではない。

 小村は汗が噴き出すような思いに駆られた。


「露英仏の干渉に屈して遼東半島を還付してみろ、世論は政府の弱腰を絶対に糾弾するぞ。それにもう一つ問題があるのを忘れていないか」

「何でしょうか」

 小村は問い返した。

「朝鮮問題だ」

「あっ」


 小村は思わず頭を殴られたように感じた。

「これまでに井上公使を通じた朝鮮政府の借款要請はどれくらい支払い済みだ」

「300万円は少なくとも既に渡していたかと」

「日本が露英仏の干渉に屈したら、朝鮮政府がどう転がると思う。あの寄らば大樹の陰で腰の全く据わらん朝鮮政府が露英仏におべっかをつかって日本政府の干渉をはねのけようとするのが目に見えているぞ。英仏はともかく露が朝鮮に介入しないと思っているのか。そうなったら、これまでの朝鮮政府への借款が無駄金になるぞ。それも世論からの攻撃のタネになる。数百万円も何のために遣ったんだとな」


「先生のおっしゃる通りです」

 小村は頭を下げざるを得なかった。

「どうだ、これでも遼東半島を諦めないというのか。遼東半島は北京の咽喉もとを扼する要地だ。日本で言えば東京と伊豆半島のようなものだ。更に清国の故地でもある。そんなところを手に入れようとしてみろ、清国政府が列強の介入のために頭を下げまくるぞ。清国からの列強への要請がまだないと思われる段階でこの始末だ。遼東半島は諦めるしかない」

 小倉は舌鋒鋭く小村を論難した。

 小村は小倉の弁舌に黙って肯かざるを得なかった。

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