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第3章ー16

 場面が変わっています。

 少し時間が戻っており、2月半ばの東京が舞台です。

 小村寿太郎外務省政務局長は、料亭の廊下を仲居に先導されて歩いていた。

 恩師から内密に会いたいという連絡を人伝に受けて思案した挙句に、この料亭で会うことにしたのだった。

 この料亭は潜り戸を使用することで他の料亭とつながっており、誰が誰と会ったのか極めて分かりにくい構造になっている。

 恩師は既に料亭に到着しているはずで、小村は内心で焦っていた。


「お連れ様がお見えになりました」

 目的の部屋の前に到着し、仲居が中にいる人影に声をかけた。

「入ってもらってください」

 中の人影が返答した。


 仲居は黙って障子をあけた。

「お久しぶりです。小倉先生」

 小村は頭を下げた。

「久しぶりだな。小村君」

 小倉処平は小村に声をかけた。


「まずは、一杯やろうか」

 小倉は言った。

 小村は無言で小倉に酌をした。

「すまんな。とうとう外務省政務局長にまで出世したか」

 小倉は小村に酒を注ぎ返しつつ言った。


「先生のおかげです」

 小村は酒を受けつつ思わず畏まった。

 小村にとって小倉は大恩のある恩師である。


 西南戦争中に小村はちょうど米国に留学していた。

 もし、日本に小村がいたら、西郷軍に参加した小倉を追って自分も西郷軍に参加したはずである。

 米国で小倉先生が西郷軍に参加したと聞いて、小倉先生はどうなったのか小村はやきもきし、また、西南戦争終結に伴い小倉先生が犯罪者として懲役刑に処せられたと聞いた時は小村は号泣したものだった。


 米国から小村が帰国したときは、既に特赦により小倉は釈放されており、飫肥であらためて教育者の路を歩んでいた。

 西南戦争で右足を膝下から失ってはいるが、口は健在だから何も問題はない、と小村と再会した際に笑って小倉は言ったものだった。

 その後、衆議院選挙が実施されたことに伴い、故郷の人々の懇望を受けて代議士に小倉はなった。


 一応、自由党所属ではあるが過去の経歴や性格が相まって孤高の存在であり、政界の一言居士として今の小倉は名を馳せている。

「そう畏まるな。とりあえず食事をしよう」

 小倉は小村に言った。

 2人は食事を始めた。


「ところで、最新の日清戦争についてのタイムズの記事は見たか」

 一しきり、食膳が空になりつつある頃に小倉は言った。

「ええ、露英仏が大陸の清国領を日本が獲得するかどうかということに重大な関心を持っており、それを許さない計画であるという記事のことですよね」

 小村は小倉に答えた。


 その一方で小村は疑問を覚えた。

 外務省の幹部である自分ですら知ったばかりなのに、小倉先生はどこでこのことを知ったのだろう。


「わしも代議士の端くれだ。それなりの情報源は持っている」

 小村の疑問を先読みしたのだろう、小倉は答えをはぐらかした。

 本当は本多海兵本部長から情報を得たのだが、幾ら信頼している教え子とはいえ、そこまで小倉は小村に教えるつもりはない。

 小倉に言わせれば、これくらい教え子の修行の一環だった。


「小村はこの記事をどう思う。本当にあり得ることだと思うか。忌憚のない所を聞きたい」

 小倉は小村を半分睨み据えた。

 嘘は絶対に許さないということか、小村は正直に自分の考えを言わざるを得ないと腹をくくった。

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