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第3章ー15

 牛荘城への攻撃に際して第5師団の主力が正面の東から、第3師団と海兵隊が側面の北から攻撃することになった。

「第5師団は南側に攻撃翼を伸ばして清国軍の包囲殲滅を図るようだな」

 桂中将が第5師団の攻撃計画や実際の部隊の展開を見て林大佐に言った。

「では、わざと西側、そこも第5師団が防ごうとするなら北側から清国軍を逃がしますか」

 林大佐は言った。


「何を考えている」

 桂中将は林大佐を睨んだが、表情は微妙に緩んだものだった。

「いや、囲む師は欠く、と孫子にもあるではないですか」

 林大佐は答えた。


「確かにな。逃げ道を敵に与えてやるか」

「一度、逃げ出したら抗戦はできませんからね」

 桂中将と林大佐は悪い表情を浮かべあった。


 牛荘城の攻防戦は1日で終わった。

 林大佐に言わせれば見え見えの罠に引っかかる清国軍がどうかと思う話ではあるが、包囲網に穴があると即断した牛荘城の清国軍が今の内にと撤退を開始して、牛荘城から脱出を完了して気を緩めたところに、第3師団と海兵隊が襲い掛かったのだった。


 脱出してほっとしたところを急襲されてはたまらない、清国軍は潰走を始めた。

 第3師団と海兵隊は猛吹雪で溜まった憂さ晴らしを清国軍に対して存分にすることが出来た。

「勝ち戦は気持ちがいいな」

 斎藤中佐は晴れ晴れとした表情を浮かべて西方を見た。

 その視界内には敗走する清国軍の兵士が見えている。


「全くです」

 土方中尉も心から同意した。

 ここまでの快勝は公州以来だった。

 凍傷患者は相変わらず発生しており、それを思うと気が悪くなる。

 しかし、今はこの勝利の快感に酔いたかった。


 野津中将は完全包囲して清国軍を殲滅した上での牛荘城攻略を策していたので、桂中将と林大佐の立てた作戦により勝利を得たことについて、いい気分はしなかった。

 だが、結果的には桂中将と林大佐の立てた作戦の方が上だったと認めざるを得なかった。

 第1軍は更に田庄台へと進軍することになった。


 3月7日に田庄台へ第3師団と第5師団、海兵隊は到着した。相前後して第1師団も到着している。

「遼河を防衛線として清国軍は死守を図るだろうか」

 野津中将は各師団長と林大佐を集めて会議を開き諮問した。


「それはないと思います」

 桂中将は答えた。

「牛荘城と営口で予想以上の打撃を清国軍はこうむっています。むしろ撤退を策すのでは」


 実は桂中将と林大佐は事前に入念な打ち合わせをしていた。

 桂中将としては少し疑問を覚えなくもなかったが、林大佐が清国軍は撤退すると強く主張するのでそれに合わせて意見を言った。

 薩摩閥の野津中将は旧幕系の上に海兵隊という林大佐を嫌っている。

 林大佐が何か言うと会議が荒れる危険があった。

「ともかく準備を整えよう。9日朝を期して攻撃を開始する」

 野津中将は断を下した。


 8日夕方、田庄台から煙が上がった。

 清国軍は牛荘城と営口で予想以上の損害が出ていることから、更なる撤退を行った上での直隷決戦を策したのだった。

 夜陰に乗じて清国軍は撤退する。

 野津中将は追撃を検討したが、これ以上の追撃を行うことは深追いとなり、直隷決戦に支障が出る可能性が高いとして追撃を断念した。

 ここに日清戦争の大陸における地上戦は終了した。


「勝ったというには犠牲が多すぎましたね」

 林大佐は桂中将に言った。

「全くだな。死傷者は全部で数百名で済んだが、2月後半からの作戦開始以来、凍傷患者を1万名以上も出してしまった」

 桂中将も答えた。


「それにしても林大佐は相手の行動を読むのがうまいな。陸軍に来ないか。中将で迎えるように山県陸相に言うぞ。林大佐なら陸軍中将が充分務まる」

「ありがとうございます。しかし、海兵隊の水があっているもので」

「だろうな」

 桂中将は林大佐をみやった。

 本当に惜しい、陸軍に欲しい名将だ、桂中将は心から思った。

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