第3章ー14
桂中将が林大佐の説得を受け入れて、一度、海城に戻ったことは、結果論から言えば大失敗だった。
海城へ部隊全体が引き返して守備隊と凍傷患者を海城に残す等、部隊の再編制をした後に改めて鞍山站に向けて2月27日朝から第3師団と海兵隊は出発したのだが、その直後から猛吹雪が彼らを襲ったのだ。
「1尺先もまともに見えんな。この地に一旦、止まるしかない」
斎藤少佐は半ば達観したように言った。
斎藤少佐の視界は猛烈な吹雪によって閉ざされている。
後続しているはずの中隊の兵の姿もまともに見えない。
ただでさえ不案内な土地だ。
強引に進めば完全に進路を失い、同じところをぐるぐる回る危険さえあった。
顔面は目以外を完全に布で覆っているが、それでもまつ毛が凍りつくのが分かった。
「雪洞を造れ。吹雪が収まるまで、この地に止まる」
斎藤少佐は号令を下した。
雪洞にこもれば多少は暖まるだろう。
それが今の彼らにできる精いっぱいだった。
「しくじった」
林大佐は後悔の念にさいなまれていた。
こんなことになるのなら、清国軍への追撃を打ち切った後、速やかに鞍山站に向かうべきだった。
もちろん、海城へ戻ったのは凍傷対策だけではない。
地理不案内であり、詳しい道路を把握していない以上、海城から鞍山站へとつながっている、少しでも幹線の道路を使う方が進軍が容易になるという判断も働いていた。
清国軍の追撃を打ち切った時点での場所から鞍山站に直接向かうのでは、道がどのようにつながっているのかよく分からない以上、隘路に進んで進軍が困難になる危険が大きいと考えたのだが、結果としては猛吹雪に巻き込まれてしまった。
直接、鞍山站に向かっていれば猛吹雪に遭わずに鞍山站へ到着できたかと思うと後悔の念は倍加した。
「事を謀るは人にあり、事を成すは天にあり、という。今回ばかりは天が清国に味方したということさ」 桂中将は林大佐を慰めた。
幸いなことに2日ほどで吹雪は収まった。
3月2日、鞍山站へ第3師団と海兵隊は到着した。
第5師団の主力は既に鞍山站に到着している。
第1軍の野津司令官は、第3師団と海兵隊の到着を待っていて、直ちに命令を下した。
「第5師団と第3師団及び海兵隊は牛荘城をまず攻略し、田庄台を目指す。なお、第1師団は既に営口攻略に向かっている。営口攻略後の第1師団と協同して田庄台を攻略し、遼河平原を掃討し、直隷決戦の準備を整える」
桂中将と林大佐は内心で悲鳴を上げた。
猛吹雪のために第3師団と海兵隊は既に2割近い凍傷患者を出してしまっている。
不幸な事故に遭ったようなものだが、現実は現実である。
数日は鞍山站で凍傷患者の治療を行いたかった。
桂中将と林大佐は野津中将の説得を試みたが、野津司令官は頑なだった。
「その数日の間に、清国軍の増援が北京から到着したらどうする。一刻も早く遼河平原を掃討すべきだ」
桂中将と林大佐は不承不承、牛荘城の攻略に向かうことになった。
牛荘城に第1軍が迫ると清国軍の守備隊が応戦してきた。
さすがに遼東半島方面の日本軍が陸路北京に向かう際の第1関門となる牛荘城を空にする程、清国軍は無能ではない。
「攻撃の準備を整えろ」
野津司令官は命令を下した。
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