第3章ー10
「攻撃に今こそ転じるしかない。私はそう考えるが、皆はどう考える」
桂太郎中将が獅子吼した。
「そうだ。今こそ攻撃を行うべきだ」
「師団長に全面賛成します」
周囲の陸軍将校が挙って桂中将に賛同の声を上げている。
横にいる中村中佐も自分が予め釘を刺していなければ、周囲の陸軍将校に同調していそうな雰囲気を出している。
林大佐は周囲の熱気に飲まれないように全身全霊を挙げて自制心を働かせねばならなかった。
「海兵隊はどう考えているのだ」
桂中将は林大佐の態度に目ざとく気づいたらしく、声をかけてきた。
「私も攻撃は必要だと考えます。ただ、状況を冷静に考えるべきかと思料します」
林大佐は自分にも落ち着け、と内心で声掛けをしながら発言した。
周囲の熱気に巻き込まれてはダメだ。
2月も後半が迫り、少しずつ暖かくなる気配を示していた。
そういった状況から、日清両軍双方はお互いに攻勢を計画しつつあった。
清国軍は海城奪還を図る攻勢を計画していると日本軍から見られていた。
一方、日本軍(というか第1軍)は第2軍から割かれた第1師団とも協働して、本来の第1軍所属の第3師団、第5師団を併せた3個師団により直隷決戦に備えた遼河流域の制圧を検討している状況にあった。
お互いにとって厄介なのは広大な土地と比較して部隊が相対的に僅少なことだった。
このような状況だと先制攻撃を行った方が戦場の主導権を握り、優位に立つ傾向がある。
「だが、まだまだ寒い。ここまで寒いと攻撃に出た際の凍傷の心配をせねばならない。それに海城攻撃を交通の便等から清国軍は第一に考えざるを得ない以上、ここ海城に清国軍の第一撃は加えられるはずだ。それを迎撃して清国軍に大打撃を与えた後、返す刀で清国軍に攻撃を加えた方が日本軍にとって有利と考えるが」
林大佐はそう考えていた。
それに林大佐はもう一つ引っかかるというか、あえて言えば気に食わない点があった。
フランス陸軍の影響を陸軍は今でも受け過ぎているのではないか。
普仏戦争の大敗の結果としてフランス陸軍では、攻撃は最大の防御であるとして、攻撃を極めて重視し過ぎていた。
そのために戊辰、西南と2つの戦争を経験した林大佐ではあるが、フランス留学時に自らの実戦経験から防御をそれなりに重視する林大佐の態度は、周囲のフランス士官と防御を巡る見解を巡って喧嘩をすることがしばしばだったのだ。
その経験がある林大佐の目からすると、桂中将ら陸軍将校の主張は自分が留学時代に喧嘩をしたフランス士官のように攻撃を重視し過ぎの嫌いがあった。
「まずは、大本営に対して意見を具申し、第1軍全体で直隷決戦に備えた計画を立てませんか。余りにも現地での考えを主張し過ぎの気がします。第2軍、とりわけ第1師団とも共闘しないと直隷決戦の際に思わぬ齟齬が出かねません」
林大佐はそう言って、周囲をなだめた。
「ふむ」
桂中将は考えた。
林大佐が歴戦の名指揮官なのは東学党農民軍制圧でも実証されている。
その林大佐が慎重な意見を主張する以上、少しは考えるべきか。
「まずは第1師団との共闘体制を確立しようか。蓋平まで第1師団の先鋒は前進しているが、まだ第3師団との連絡は完全には採れていない。第1師団の主力もこちらに完全に呼び寄せ、第1師団、第3師団、第5師団が完全に連携できるようにしたうえで攻勢を執ろうではないか」
「それがよいと海兵隊も考えます」
林大佐もすかさず桂中将に賛成した。
共闘体制を整えてから攻勢は採るべきだ。
「では、そうしよう」
桂中将は会議を締めくくった。
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