第3章ー3
横須賀海兵隊と舞鶴海兵隊は、とりあえず海城へ向かうことになった。
海城は12月13日に桂太郎中将率いる第3師団によって占領されていたが、清国軍の逆襲により半包囲されてしまい、増援を切望していたのである。
1月2日を期して、横須賀と舞鶴の両海兵隊は漢城から仁川港へ移動して、そこで輸送船に乗船して移動し、大孤山港に上陸する。
大孤山港からは陸路で岫巌、析木城を経由して海城に横須賀と舞鶴両海兵隊が何とかたどり着いたのは、1月13日になっていた。
海城で桂中将は海兵隊を出迎える準備を整えながら思っていた。
所詮は海軍の陸戦隊ではないか、本当に海兵隊は精強なのか。
これには桂の経歴も関連している。
桂は西南戦争の際には、ドイツに留学中で実戦を経験せずに終わった。
西南戦争で銃弾をかいくぐった乃木希典少将らとうまくいかないのも、それが一因である。
また、台湾出兵の際にも内地にとどまっている。
従って、台湾出兵や西南戦争で海兵隊が勇名をはせた際に、桂は肩を並べて戦わずじまいだったのである。
もちろん、陸軍にいたのだから、それなりに情報は入ってくる。
それに桂自身、四境戦争から戊辰戦争まで戦い抜いた実戦経験者である。
だが、桂の目には、誇大宣伝で海兵隊は評価を膨らませているようにしか思えていなかった。
そんな思いをしながら、寒風にさらされつつ海兵隊を待っていた桂中将の目にまず止まったのは、山砲を率いて海城に入ろうとする海兵隊のばん馬だった。
「何で砲兵中隊が一番前なのだ」
黒井大尉は林大佐から命令を受けた際に思った。
海城入城の先頭は砲兵中隊が務めると林大佐は決めて命令を発した。
これには土方中尉のみならず、斎藤少佐や岸大尉らも不満を覚えた。
本来なら海兵中隊が先頭に立ち、砲兵中隊が後続するものではないのか。
だが、林大佐から次のように説得されては全員納得せざるを得なかった。
「桂中将は、西南戦争や台湾出兵に従軍されていない。従って、海兵隊と肩を並べて戦ったことがない。そのような桂中将は我々海兵隊を軽視しているだろう。第一印象で、海兵隊は重装備を持ち、決して弱兵ではないというように思い込ませる必要がある。そのためには、砲兵中隊が先頭に立った方がよいのだ」
そして、黒井大尉は林大佐の判断が正しかったことを覚った。
中将の肩章を付けている以上、目を見開いて前にいるこの人物は桂中将に相違ない。
林大佐が進み出て、桂中将に敬礼しながら発言する。
「横須賀海兵隊及び舞鶴海兵隊、ただ今、海城に到着いたしました。海城防衛の一翼を微力ながら懸命に支えたいと思います」
「よろしく頼む」
桂中将も答礼しながら発言した。
「それにしても、まことに怪しからん」
だが、その口調には笑いが含まれていた。
「何がでしょうか」
林大佐は聞き返した。
「こんなばん馬を連れていることだ。まさか、全ての海兵隊のばん馬がこんなにでかいのか。我が陸軍のばん馬が小さく見えて仕方ない。陸軍より立派なばん馬を持っているとは誠に許し難い」
「申し訳ありません。実は海兵隊の全てのばん馬がこんな大きさです」
「何と」
桂中将は絶句した。
ばん馬が重要なのは自分のドイツの留学の際に分かっていた。
だが、ここまで海兵隊がきちんとばん馬を整備していたとは。
我が陸軍は何をしてきたのだ。
海兵隊に対する認識を改める必要がある。
一方、林大佐は桂中将の表情を見て確信した。
うまくいったようだ。
「海城防衛について、海兵隊の協力を得られることを感謝しないといけないようだ。あらためて、よろしく頼む」
桂中将は言った。
「微力を尽くします」
林大佐は答えた。
たかがばん馬のことで、と思われるかもしれませんが。
自動車の無いこの時代では馬は大変重要な存在です。
従って、桂中将の反応も決して大げさではないと思います。




