幕間2-1 朝鮮政府への借款問題
7月27日に朝鮮では金弘集政権が成立したが、その政権で早速難題として挙がったのが、官吏の給料未払問題であった。
金弘集自ら給料を半減して模範を示したが、それでも朝鮮政府の財布は空っぽで既に平均3月、中には6月も給料の支払いが遅れている官吏がいるというのが現状だったのである。
「これはいかん。国家財政を立て直さないとどうにもならん」
金弘集らは早速、頭を抱え込むことになった。
給料が支払われないのでは、官吏の規律が弛緩するのは当然である。
逆に給料がきちんと支払われるようになれば、官吏は上の命令に自然と服するようになる。
金弘集らは財源探しに奔走したが、朝鮮半島南部は東学党の乱により荒れ果てていた上に、全羅道を中心に東学党による自治政権が事実上樹立された結果、税収がほぼ入らなくなっていた。
それに追い打ちをかけるように朝鮮半島西北部は日清の戦乱の渦に巻き込まれている。
また、長年の党争や最近の閔氏政権の乱脈ぶりにより、朝鮮半島全体が疲弊しきっていた。
そのために朝鮮政府には財源はほとんどないと言っても過言ではない状況に陥ってしまっていたのである。
金弘集政権は2か月かけて財源探しに奔走したが、無いものは無いという現実を受け入れざるを得なかった。
「それで、日本に借款をお願いしたいと」
井上公使は9月末に金弘集の相談を受けていた。
「そのとおりです。官吏の削減は当然考えておりますが、少なくとも今いる官吏に今までの給料はきちんと払ってやりませんと」
金弘集は万策尽きたという表情を浮かべていた。
「いかほど必要で」
「日本円にして500万円です。それだけあれば今いる官吏全員の未払いの給料を全て支払い、更に当面の給料の支払いの目途が立ちます」
「ちなみに朝鮮政府の今年度の収入見込みと今の資産状況は」
「はっきり申し上げて資産は全く無いに等しい状況です。今年度の収入は関税収入が主なもので100万円には到底達しないものと」
「そんな状況で500万円を貸してほしいですか」
井上公使は呆れ果てたような表情を浮かべた。
「こちらも分かってはいます。しかし、勤労意欲のある官吏に給料は払ってやりたい。その上で有能無能を判断し、不要な官吏は削減するつもりです。そして、戦争が終わり、朝鮮政府による統治体制が確立されれば、朝鮮政府の年間収入は500万円以上にはなるのです。だから、返済の見込みもあるのです」
金弘集は井上公使に力説した。
「ふむ」
井上公使はその話を聞いて、考えを巡らせた。
金に困っているところにつけこむか、性質の悪い金貸しのやり口と言われそうだが、実際に極めて効果的なことは間違いない。
金を返さないのなら、利権を寄越せと言えばよいし、返済のためにはこうした方が良いのでは、と言われれば、その案を受け入れざるを得ないという心境にもなる。
今の朝鮮政府にそれを断ることは多分できまい。
「よく分かりました。日本本国に相談してみましょう。私としては借款に協力したいと考えます」
「よろしくお願いします」
金弘集は井上公使に頭を下げた。
そのために井上公使の顔面に邪悪な笑みが浮かんでいたことに気づかなかった。




