第2章ー15
結局、東学党農民軍の主力は公州攻めをどうするか、明確な決断を下せなかった。
全琫準としては、東学党農民軍を一時解散して、海兵隊を本拠地の全羅道に引き込み、東学党農民軍を再編制したうえで徹底したゲリラ戦を展開したかったが、本拠地を荒らされることに対して、一部の幹部から猛反対が起きた。
また、王室の救援という大義名分に背くという反対論が別の幹部からも出る有様でどうにもならなかったのだ。
結局、だらだらとした公州攻めが数日、続くことになった。
だが、東学党農民軍の主力は知らなかった。
佐世保海兵隊が急進して、彼らの背後を狙おうとしていたのだ。
佐世保海兵隊の奇襲が成功した要因は幾つかある。
まず、横須賀海兵隊が長期籠城の構えを取っていたことから、海兵隊は長期戦を希望していると東学党農民軍の主力を率いた幹部の多く(全琫準もそう判断していた)が判断したこと、公州からの電信線の切断や攻囲により外部との連絡が完全に断たれているので挟撃作戦は不可能と判断したこと等である。
だが、最大の要因は、佐世保海兵隊の進軍速度が彼らの常識に完全に反していたことだった。
清州までは佐世保海兵隊はのろのろと進軍しており、横須賀海兵隊より遅く進軍していた。
清州までの進軍速度から東学党農民軍主力の幹部は、それ以降も佐世保海兵隊は同程度の進軍速度で進むと判断していた。
だが、清州を過ぎた後、1日30キロ以上という急行軍を佐世保海兵隊は行ったのだ。
東学党の組織は慌てて佐世保海兵隊の動向を公州に知らせた。
だが、公州にいる東学党農民軍の主力を率いる幹部達の耳にその情報が届いたのは24日の深夜であり、それも佐世保海兵隊が進軍速度に速めたというだけでどこを目指しているのか、明確な情報ではなかった。
そして、東学党農民軍主力の参加者の多くはその情報を全く知らぬまま寝ていた。
その間に佐世保海兵隊は、ほぼ丸一昼夜かけて60キロ近い急行軍を行い、東学党農民軍主力の背後に迫った。
25日の早朝というより夜明け間近なころ、佐世保海兵隊の砲兵中隊は公州近くの丘の上に展開して砲撃準備を整えていた。
星明りのみが彼らの頼りであったが、練度の高さがそのような暗闇でも彼らの砲撃準備を可能にしていた。
「どうだ、何とかなるか」
一戸中佐は砲兵中隊長に声をかけた。
「ご安心を。もう少し明るくなれば砲撃は可能ですし、弾着修正もできます」
砲兵中隊長は答えた。
「日の出の光によって、彼らからすれば逆光になります。奇襲効果は万全でしょう」
「よし」
一戸中佐は笑みを浮かべた。
作戦会議で25日黎明を期して佐世保海兵隊が東学党農民軍の背後から攻撃を仕掛け、それに東学党農民軍が対応しようとしたところに横須賀海兵隊が突出して挟撃することになっている。
公州からの連絡が絶たれようと事前計画通りに動くだけなら問題はない。
本当に進軍が可能かどうか、それが唯一の不安点だったが、ここまで来て部隊は展開し、僅かな時間とはいえ疲れを癒す間が取れた。
そして、東学党農民軍の主力はどう見ても眠りの中だ。
奇襲作戦は完全に成功間近になっている。
事前の作戦会議では夜襲案も計画されたが混乱を嫌い、明け方と同時の奇襲ということになったのだ。
「では、腕前を実際に披露してもらおうか」
一戸中佐は言った。
「精いっぱい披露します」
砲兵中隊長は答えた。




