プロローグー3
「西南戦争以来の海兵旅団編制まで想定しているのですか」
林大佐が少し驚いた口調で言うと、他の2人が黙って肯いた。
「私だって、正直に言うと考えたくはない。だが、朝鮮に一度、出兵したら、一戦交えずには済みそうもない。そうなると最大限の動員を考えざるを得ない」
本多海兵本部長が言うと、北白川宮第3局長も続けて言った。
「伊藤首相は日清開戦に否定的だし、大御心も平和を望まれていると仄聞している。だが、世論がそれを許すまい。景気のいい国粋主義は、世論の受けがいいからな。明治維新前の攘夷論をここにいる皆、覚えているだろう。どうみても冷静に考えれば、英米等に勝算が立たないのに無責任な攘夷論がまかり通っていたではないか。今の世論を見て見ろ。条約改正問題が前へ進まず、対外硬派の声が高まる一方だ。内政面もうまくいかず、近々開催される帝国議会もすぐに解散総選挙されるのではないか、という噂が乱れ飛んでいる。内政面の危機を対外戦争でそらす、という決断を伊藤首相がいよいよの際に絶対にしないとも限るまい。釈迦に説法だと思うが、海外に留学経験の長い林大佐なら、歴史上の実例が幾らでも思い当たるのでは」
「思い当らないと言ったら、嘘になります。それにしても弱りましたな」
林大佐が言った。
「そこまでの事態を想定するなら、陸軍との協調が必要不可欠です。秘密裏に陸軍参謀本部と連絡を取っておくべきです。ですが、それは火に油を注ぐことになりますよ」
「どうしてだ」
本多海兵本部長が口をはさんだ。
「陸軍の一部が日清開戦を希望しているらしいからです。犬養毅さんから耳打ちされました。元新聞記者であることや交友関係の広いことから、犬養さんのところにはいろいろ情報が入ってくるみたいです」
林大佐が言った。
「本当に難儀な状況だな」
本多海兵本部長が天を仰いだ。
「確かに今なら、日清開戦という事態になってもある程度の勝算は立つ。西太后の方針もあり、清国はあからさまな軍拡を行っていないからな。あの国力が統一されて、対日戦争を想定した軍備に踏み切れば日本の今の国力ではどうにもならなくなる」
北白川宮第3局長が言った。
「そう考えてみると、陸軍の一部の考えも一理ありますな。西太后もかなりの高齢です。光緒帝が西太后の死後の清国の政治を掌握するでしょうが、光緒帝の取り巻きは排外愛国を叫ぶ輩が集まっているらしいとのことです。光緒帝が大幅な軍拡を決断したら、日本の国力では早晩対抗できなくなりかねません」
林大佐が言った。
「おいおい、戦争になった際の実戦部隊の最高指揮官が物騒極まりないことを言わないでくれ」
本多海兵本部長が慌てて林大佐を制した。
「これは失礼しました。でも、事実ですよ」
林大佐が言った。
「取りあえず、現今の朝鮮の状況に鑑み、朝鮮への海兵旅団派遣を前提とした作戦計画を軍令部第3局で至急策定する。海兵本部もそれに協力する。横須賀鎮守府海兵隊もその作戦計画に即応できるように態勢を整えるということでどうかな」
北白川宮第3局長が言った。
他の2人も無言で肯き、会合は終わった。